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第二十五章「水晶の龍」(4)

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「はい、まっちー君、これが今回の冒険の予算。ヴェンツェルくんも」
「ありがとうございます。ミスティ先輩」
「まっちー君……」
「いいでしょー、女の子たちはそれぞれのあだ名でキミを呼んでるみたいだし」

 ミスティ先輩がそう言いながら、僕と、特別講習を無事に修了したヴェンツェルに手書きの羊皮紙を手渡した。

「たっ、高っ! 冒険ってこんなにお金がかかるんですか?」
「ベルを入れて15人だからな。妥当なラインだと私は思う」

 そんなにいたっけ……。
 キム、ルッ君、ユキ、メル、アリサ、ジルベール、ジョセフィーヌ、花京院、ゾフィア、テレーゼ、エレイン、僕とミスティ先輩、あと魔法学院から戻ってきたミヤザワくんとヴェンツェル……。

「本当だ……。いつの間にかすごい大所帯になったもんだ」
氏族クランを運営できちゃうレベルよね。いっそ、作っちゃったら?」

 ミスティ先輩が悪戯っぽい目で僕を見る。

氏族クランってよくわかってないんですよね。冒険者ギルドでバイトしているとよく誘われるんですけど……」
「あなたならそうでしょうね。むしろ取り合いになってるんじゃないかしら」
「ええ、まぁ。僕が入るとも言ってないのに、勝手にクラン同士でケンカしてます」
「まったく……、しょうがないわね」

 ミスティ先輩が肩をすくめた。


氏族クランとは、元々は貴族家の血族を意味する言葉だったのだが、貴族間の抗争がなくなるにつれて、冒険者が同じ目的のために集まる組織のことをそう呼ぶようになったのだ」

 ヴェンツェルがノンフレームの眼鏡を押し上げながら言った。
 さすがC組の知恵袋。
 
「冒険者のパーティってだいたい4人、普通は多くても8人ぐらいでしょ?」
「そうですね」
「そういうパーティが大所帯になったら、氏族クランを結成することが多いの。大手だと200人を超えるところもあるわよ」
「すごい……。何かいいことあるんですか?」
「いっぱいあるわよ。氏族クランは所属する国に申請して、審査、許可をもらわなきゃいけないんだけど、正式に氏族クランになったメンバーには指輪が贈られるの。……もちろん、その分の登録料はガッツリ取られるんだけどね」
「指輪……」
「ほら、コレ」

 ミスティ先輩が自分の指にはめた指輪を見せてくれた。
 
「これは私が所属しているクラン、『暁の明星』のものよ」
「ほわー、かっこいい」
「大手クランの1つだ。少数精鋭だが、高名な冒険者が多数所属していると聞く」
「へぇー」

 シルバーの三連リングに星々が描かれた、とてもオシャレな指輪。
 暁の明星というぐらいだから、真ん中にある一際輝いている星が、金星だろうか。

「これを身に着けたメンバーとは、氏族通話クランチャットが使えるの」
氏族通話クランチャット?」
「まっちー君って、広域魔法伝達テレパシーが使えるんでしょ?」
「は、はい」

 イグニア新聞で大々的に公表されたせいで、僕が魔法伝達テレパシーを得意としていることは世間に知れ渡ってしまっていた。
 おそるべき取材力……。
 イグニア新聞の記者とは、そのうち会っておかないといけない気がする。

氏族通話クランチャットはどこにいても、ギルドメンバー全員でそれができるの。個別会話はできないけれど」
「ええっ、すごいじゃないですか」

 一度に多人数に伝達できる広域魔法伝達テレパシーは大魔法クラスの魔法だそうだけど、正直、使い勝手はイマイチだ。
 相手も魔法伝達テレパシーが使えないと、一方的に話しかけるだけになってしまうからだ。
 実際、僕の周囲で双方向で会話できる相手は、ユリーシャ王女殿下、ヴェンツェル、エレインと冒険者ギルドのソフィアさんぐらいしかいない。

(みんなといつでも会話できるっていうのは、すごく便利かもしれないなぁ)

「他にも、クラン専用依頼クエストがあったり、クラン戦っていう若獅子祭みたいなクラン対抗の試合があったり、冒険者をしていても、クランに所属しているだけで優遇されることもたくさんあるのよ」
「へぇー」
「さっき、クランからお誘いがいっぱい来るって言ってたけど、まっちー君がどこかに入るのは絶対やめたほうがいいと思う」
「私も同感だ」
「へ、なんでですか?」
「あなたって、ヘンなカリスマ性があるでしょ? 最初は客寄せパンダとして重宝されるだろうけど、そのうち周りがクランリーダーよりあなたの言うことを聞くようになって……」
「うわ、想像したら胃が痛くなってきた……」

 カリスマ性云々はともかく、何をやっても悪目立ちしちゃうところがあるのは否めない。

「あなたたちは、まっちー君を中心としてすでに団結しちゃってるから、どこかに所属しても派閥ができちゃうだけよ。だったら、自分たちで作っちゃったほうがいいと思う」
「はぁ……、なるほど」
「……というわけで!」

 ミスティ先輩は身を乗り出して、僕に言った。

「今回はそのうちキミがクランを運営することも念頭に置いて、15人の大所帯で冒険してみましょ」
「……ミスティ先輩、もしかして、最初からそのつもりで……」

 ミスティ先輩は、さぁ、どうでしょう、という顔で肩をすくめた。
 やれやれ、この人にはとてもかなわない。

「ベルのクランか……、なかなか面白そうだ」
「その時は、運営の面倒くさいことは全部ヴェンツェルに押し付けるから、よろしくね」
「ふふ……、たしかに、君たちの中で、面倒くさいことをやるのは私の役割だろうな」

 ヴェンツェルがにやりと笑った。
 本人はクールに決めているつもりなんだろうけど、周りから見たら、毛づくろいが終わった子猫が妙にキリッとして顔を上げているようにしか見えない。

「ええと、15人分の食料と水、薬草類、調理道具、大型の幌馬車1台、テントに寝袋に……。他にも……ああ、そうか、こういうのも必要なんですね」
「女子は特にねー。あと、ここには書いてないけど……」
「ふむ、なるほど……。馬は各自に用意してもらう感じでしょうか?」

 ヴェンツェルの問いに、ミスティ先輩が答える。

「そうね。ジェルディクまで来るのに何人かは馬で来たみたいだし、交代で馬車に乗ればいいから人数分はいらないわね」

 ミスティ先輩が冒険に必要なもの、逆に現地調達できるものを色々と教えてくれる。
 さすが探検と冒険のプロ。僕にとってもヴェンツェルにとっても、ものすごく勉強になる。
 こういうのは、いくら授業や本で学んでも、実際に経験している人の感覚には絶対にかなわない。
 大人数での冒険なら特に。

「このチームの最大の弱点は、アンナリーザちゃんしか回復役がいないこと。彼女は『聖女』だけあって範囲回復魔法エリアヒールも扱えるスペシャリストだからいいけれど、本当はもう一人ぐらい欲しいわね。わかっていると思うけど、彼女が倒れたら、冒険は即中止よ」
「簡単な回復魔法ヒールなら、エレインが使えるみたいです。あと私も」

 ヴェンツェルが言った。

「……素晴らしいわ。まっちー君の仲間は、とても士官候補生とは思えない人材揃いね。意識して集めたの?」
「いえ、まったく」
「……本当、恐ろしい子」

 とても士官候補生とは思えない代表格が言った。

「それじゃ、後の進行はまっちー君に任せるわね。案内役は任せて」
「えー、ミスティ先輩が仕切ってくれないんですか?」
「だって、それじゃつまらないもの。お手並み拝見よ」

 ミスティ先輩が悪戯っぽく笑った。
 
「それじゃ、まずは買い出しの分担だね。花京院、キム、ユキで食材と水の確保。力自慢の男手が必要だし、花京院のアホさと食いしん坊のキムがバカ買いしそうな時はユキにコントロールしてもらおう」
「わかった。魔法伝達テレパシーで通達する」
「調理道具は元帥閣下のお宅でお借りできないかゾフィアとテレサに確認。薬草関係の知識はアリサとエレインが詳しいから、二人に行ってきてもらう。テント、寝袋、あと防寒具関係、その他雑貨、小物関係はよく気が付くジョセフィーヌと閣下、メルがいればいいだろう。足りない食器や調理道具もこのメンバーが確保。女の子に特に必要な物なんかも、メルとジョセフィーヌがどうにかしてくれるだろう」
「了解」
「ミヤザワくんと手が空いたメンバーは荷物まとめ係。ミヤザワくんの整理整頓能力はすごいから、彼にリーダになってもらって、馬車に効率的に収納できるように対応してもらう」
「なるほど。わかった」

 僕がヴェンツェルにテキパキ指示を出しているのを、ミスティ先輩が腕を組んで楽しそうに眺めている。

「ヴェンツェル、馬車の値段の相場ってわかる?」
「ああ」
「幌馬車が一番お金がかかる。ヴェンツェルは僕に同行して馬車の相場を教えて。僕が値段交渉する」
「了解だ」
「私は?」
「ミスティ先輩は支度が終わるまで、中庭でゴロゴロしててください」
「えー、つまんないー! 私にも何か指示だしてー!」

 ミスティ先輩が駄々っ子みたいにジタバタしはじめた。

「じゃ、ミスティ先輩はメンバーの装備の点検をお願いします。お金を渡しておくので、不足品があったら購入させてください」
「さすがまっちー君!」

「それじゃ、各員行動開始!」

 僕とヴェンツェルはそれぞれ魔法伝達テレパシーで各員に分担や諸注意事項を伝達すると、一足先に馬車を確保するために街に向かった。



「うーん」
「思ったより、いい馬車が見つからないな」

 ジェルディク市街をいくつも回ってみたが、やはりお店に置かれているのは売れ筋である市街地用の2~4人用の馬車ばかりで、大型の幌馬車を扱っているお店はほとんどなく、あっても売り切ればかりだった。
 そもそも、荷馬車ならともかく、300年の和平が続いた昨今では軍隊が行軍するようなこともなく、大人数を収容するような馬車はあまり必要とされないらしかった。

「仕方がない、小型の荷馬車を数台用意しようか?」
「うーん、そうだなぁ。ヴェンツェル、ちょっと待って」

 僕は1つ思い付いたことがあったので、魔法伝達テレパシーを使ってみた。

『ソフィアさん、こんにちは』
『あらあら、これは支部長代理。元気そうね』
『ええ、なんとか。お忙しいでしょうに、お休みをもらっちゃってすいません』
『いいのよ、あなたはすっかり時の人だもの。……それに、今は観光客ばっかりだから依頼が少なくて、実はとってもヒマなのよ』
『あ、よかった。超過勤務はお肌の敵ですもんね』
『そうなのよー、ホントに。いやホント。ホントにそう。そうなのよ、ホント』

 ソフィアさんがしみじみと言った。

『それで、今日はどうしたの?』
『実は、折り入ってご相談がありまして……。今、なるべく大きな幌付きの馬車が欲しいんですよね。ソフィアさんなら、お心当たりがないかなーと思いまして』
『……はぁっ……』
『……ソフィアさん?』

 急にソフィアさんが、妙に色っぽいため息を吐いた。

『ホント、あなたって天使が私の為にこの世につかわしてくださったのかと、時々思うわ……』
『ってことは……あるんですね』
『あるわよ。……とびっきりのが。幌じゃないけど、きっと機能はそれ以上よ』

 仔細を聞いて、僕は魔法伝達テレパシーでテレサも連れて行くことにした。


 僕とヴェンツェル、テレサの3人はジェルディク帝国とヴァイリス王国のほぼ国境付近にある牧場にやってきた。

「きゃー、来た来た!! 待ってたわよー!!」

 ソフィアさんが僕の姿を確認するなり駆け寄ってきて、思いっきり抱きついてきた。

「ソ、ソフィアさん、ちょっ、ちょっと……」
「若獅子祭以来、イグニア第二支部は職員も冒険者も、あなたの話でもちきりよ! すっかり遠い人になっちゃって寂しかったんだからー! あれ、ちょっと腕とかたくましくなったんじゃない? あなたがいなくなって事務作業が3倍くらいになって、あなたに今まですっごく助けられてたんだなぁーって、私……」
「ソフィアさん、わかりましたから、わかりましたから……」
「……お兄様の守備範囲、広すぎません?」
「テレーゼ、声が大きいぞ……」

 ヴェンツェルが慌てて小声でたしなめた。

「だって、あんな年上の人にも気に入……」

 「年上」というワードに、あれほど上機嫌だったソフィアさんがピク、と反応した。

「……ねぇ、このかわいらしいたちはあなたの御学友なのかしら?」
「い、いえ、こっちのヴェンツェルはそうですけど、こっちのテレサはクラスメイトの妹さんです」
「ああ、そうなのね。どうりで、年齢の感覚がちょっと幼いのね。うふふ」

(こ、怖ぇ……、テレサ、いきなりとんでもない地雷を踏んづけてんじゃないぞ!)

 僕が目で、テレサに自重するよう視線を送った。

「そ、それで、その馬車というのは……」
「あ、そうだったわね。こっちに来て」

 ソフィアさんに倣って僕たちは牧場主に会釈をすると、奥にあるものすごく大きな厩舎の中に入った。

「えっ」
「な」
「な、なんじゃ……こりゃ……」
 
 僕たち三人は、厩舎の中にあるソレを見て、三者三様に固まった。
 黒塗りの車体に瀟洒しょうしゃな金の細工がちりばめられた美しい外装は、以前廃屋敷で見かけた二頭立ての馬車とほとんど変わらない、とても高級そうなデザインだが、そのサイズと質感が全然違っていた。
 車輪のサイズは分厚く、馬車の外側も主要部分が頑丈な鋼鉄で作られていて、ちょっとやそっとの矢や槍を通すことは難しいだろう。
 でも、僕たちが言葉を失ったのは、そこではない。
 すさまじいいななきと共に、フシュウウウウ!!と鼻から蒸気を噴き出し、興奮しているのか互いに身体をぶつけあっている巨大な黒馬たちが、計6体。

「いやいや、これほとんど首なし騎士デュラハンの馬でしょ……生きているってだけでさ」
「それ……笑いごとじゃないのよね……」

 ソフィアさんが怪談話でも始めるかのような声で、ぽつりと言った。

「この馬車に乗っていた人たち、ある大手クランの人たちだったんだけどね。北方にいる首刈り族の奇襲に遭って全滅して、全員首なしになっちゃったのよ……」
「「「うわぁ……」」」

 僕たち三人は、同時にうめいた。

「こんな6頭立ての馬車を使う冒険者なんてそうそういないし、見ての通り、馬たちの気性が荒すぎて、身の程をわきまえない銅星カッパースター冒険者が『オレ、馬の扱い得意なんスよ』とか言って馬の背中を触った途端、後ろ脚で頭を蹴られて、さらに首なしになって……」
「「「うわぁ……」」」
「それでこの馬たちの見た目でしょう? 全員真っ黒でものすごく大きいから、『あれは悪魔の馬車だ』とか『呪われた馬車』とか、『あの馬車は地獄に通じている』とか『あの馬車に乗った者は必ず首なしになる』とか、良くない噂がどんどん広まっちゃって、ギルドで競売にかけたのに買い手が付かなかったのよ!」
「……お兄様、帰りましょう……」

 僕の手を取ろうとするテレサの腕を、ソフィアさんがガッシリと掴んだ。

「ひぃっ!!」
「あなたたちだけが頼りなの!! それでなくてもウチの支部の運営費は逼迫ひっぱくしているってのに、この馬たちのエサ代と、この厩舎の維持費だけでもバカにならないのよ!!!」
「だってさ。……どうする、ヴェンツェル?」

 僕はどうするか、とっくに決めているんだけど、あえてヴェンツェルに尋ねた。

「ど、どうって……、まさか君は、この馬車の購入を検討しているのか?」
「やっぱり、やめたほうがいいと思う?」
『ヴェンツェル、ずっと購入に反対し続けてくれる?』
『わ、わかった』
「当たり前だろう。ソフィアさんには悪いが、こんな馬車も馬も僕らの手に余る」
「うーん、やっぱりそうだよねぇ……」
「お願いよー!! もうお姉さん、この子たち怖くて嫌なのよぉぉー!!」
「そもそも、こんな6頭立て馬車なんて見たことがないぞ。購入資金だけでもバカにならないはずだ。それに、不要になった時の処分が難しいということも、今のソフィアさんを見ればわかる」
「じゃ、じゃあ、もうタダでいいです!! どうせ競売で売れなかったんだし、タダでいいから引き取ってぇぇぇ!!」

 悲壮な顔で、ソフィアさんが宣言した。
 だんだんかわいそうになってきたけど、これからの僕たちの未来がかかっているから、ここは手を抜けない。

『ベル、どうする?』
『まだ、もうひと押し』
「購入費用がかからないのはありがたいが……、維持費が高く付くということもソフィアさんがご自身でおっしゃっていたからな。やはり、とても学生の身分では……」
「やっぱり、そこなんだよね……。厩舎はどうにかできるにせよ、僕たちでエサ代を毎回用意するのは、なかなか……」
「そ、そんな……」
「ソフィアさん、ごめん。個人的にはすっごく魅力的な馬車だと思うんだけど、やっぱり僕たちの身の丈にはちょっと……」

 僕がそう言うと、ソフィアさんが半泣きになりながら言った。

「ま、待って!!!」
「ごめん、ソフィアさん……、僕たち、今日中に馬車を探さなきゃいけないから……」
「待って!!! 今、計算しているから!!!」

 外に出ようとする僕たち3人の前に、まるで行く手を塞ぐ豪傑のように、ソフィアさんが大股で厩舎の入り口に立ちふさがった。

「じゃ、じゃあ! じゃあ! 出します!! もうやけくそよ!! 私の責任において、今後2年間、この馬車にかかるエサ代はイグニア支部が全部出しますっっ!! それでもウチでの3年間の維持コストよりは低いもの!!」 
「ふむ……、どうする? ベル?」
「そうだね。ソフィアさんからそこまで言ってもらったんだから、仕方ない。この馬車は僕たちで面倒を見させてもらうことにしようか」
「っ!!!! ありがとおおおぉぉぉぉぉっ!!! あなたはホントに天使!! 私の天使ちゃんよぉぉぉっ!!!」

 ソフィアさんが泣きじゃくりながら僕に抱きついた。

「私には……お兄様たちが悪魔に見えましたけど……」

 ドン引きしたテレサがぼそっとつぶやいた。

「だが、ベル。この暴れ馬たちをどうやって制御するつもりなんだ?」
「うん、そのためにテレサを連れてきたんだ」

 僕がテレサの方を向くと、テレサがヴェンツェルにニコッと会釈をした。

「彼女は一流の獣使いビーストテイマーだからね」
「あら……、お兄様はなんでもお見通しですのね」

 そりゃそうだろう。
 なんといっても、ダイヤウルフのイスカンダルとあそこまで心を通わせ、鳥たちと会話ができるぐらいなんだから。

「ですが、あそこまで気性が荒い馬を手懐けるのは、正直、無傷では難しいと思います」

 僕はテレサが腰に提げている革の鞭を見た。
 襲いかかってきた獣を手懐けるのならともかく、鎖で繋がれていて、しかもこれから一緒に過ごす馬たちをあれで痛めつけるのは、ちょっとかわいそうだ。

「それじゃ、まずは僕がやってみよう」
「ベルが?」
「ヴェンツェル様、お兄様はイスカンダルを目だけで付き従わせたんですよ?」
「だ、だが……」

 僕は荒れ狂う巨馬たちの前に立って、腕を組んだ。

「……」 
(私は帝国元帥、ベルンハルト・フォン・キルヒシュラーガー……の真似をしている、まつおさん・フォン・ベルゲングリューンである!!)

「……」
(これから、私たちはお前たちの新しい飼い主となる!! だから、まずはその気を鎮めて欲しい!!)

「……」
(こんな厩舎で一生を終えるのは君たちも不本意だろう? 僕たちと一緒に、冒険の旅に出て、野原や高原を飛び回ろう!!)

「……」
(ベルゲングリューン領に君たちの場所も用意する。水も美味しいし、草も野菜もおいしいぞ!)

「や、やっぱり君ってすごいのね……、馬たちが、鎮まったわ……!」

 ソフィアさんが興奮を隠せない声でつぶやいた。
 彼女の言う通り、馬たちはさっきまでの荒れ狂った勢いがすっと引き、こちらに向かって首を下げている。
 だが……、まだ油断はできない。

(一匹だけ、ものすごくちんちんがでかいやつがいるな……)

 前列の一番右にいる巨大な黒馬。
 その一匹だけ、まだこちらを認めていないぞとばかりに、ブルブルと鼻を鳴らしながら、こちらを威嚇している。

「ほーら、ヨーシヨシヨシ」

 僕はそいつの相手はあえてせずに、他の五頭の鼻に手を持っていって匂いを嗅がせ、鼻や頬を軽く触ってあげながら、首をとんとんと叩いた。

「馬の扱いに慣れていらっしゃるんですね」
「ううん、全然。若獅子祭の時に、君のお姉さんがこうしてたなぁって」

 戦乙女ヴァルキリー騎士団から鹵獲ろかくした馬を、ゾフィアがこうやって手なづけていたのを覚えていた。

 そうやって、ものすごくちんちんがでかい馬以外の馬のご機嫌を取って、後列一番右の馬を撫でていたその時……。

「ブヒヒヒヒヒヒーンッ!!!!」
「ベル、危ないっ!!」
「う、うわわっ!!!!」

 振り向いた僕の顔面めがけて、僕の顔ぐらいの大きさの巨馬の後脚がものすごい勢いで飛んできた。
 ものすごくちんちんのでかい馬が、僕が後ろに回ったのを見て殺しにかかったのだ。
 危ない……、僕まで首なしになるところだった……。
 僕は尻もちを付いてなんとかそれをかわしたけど、興奮したものすごくちんちんのでかい馬が、そんな僕を目掛けて後脚を振り下ろし……。

 パシィィィィィィィィィン!!!!!!

 その時、鼓膜をつんざくような鋭い音が厩舎全体に響き渡り、ものすごくちんちんのでかい馬の動きがピタリ、と止まった。

 テレサが、ものすごくちんちんのでかい馬の顔面すれすれの地面を、しならせた鞭で叩きつけたのだ。
 なんと、革の鞭のその一撃で厩舎の石畳の端が砕け散った。

「……お前は、お兄様の言うことが聞けないというのッッ!!??」

 パシィィィィィィィィィン!!!!!!

(こ、怖っわ!!! テレサ怖っわ!!!!)

 僕を助けに来ようとしたヴェンツェルも、テレサの豹変ぶりに腰を抜かしている。
 普段ニコニコしているテレサからは想像もつかないような、鋭い眼光。
 テレサはあれだろうか、鞭を持つと人格が変わってしまう子なんだろうか……。

「聞けないの!? 聞けるの?! どっちなの!!??」

 パシィィィィィィィィィン!!!!!!

「ブ、ブヒン……」

(へ、返事した!!! 馬が返事した!!!)

 テレサが鳥たちと心を通わせられるって、本当なんだろうか。
 もしかして、テレサが怖すぎて無理やり返事しているんじゃないだろうか。

(と、とにかく、これで馬車の問題は解決だな……)

 僕らの資金ではとても手に入らないような、馬車と馬たちを手に入れた。
 ものすごくちんちんがでかい馬のちんちんは、初等生ぐらいにちぢこまっていた。
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