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第二十四章「ヴァイリス魔法学院」(7)
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7
「うそ……、ガチで魔法を撃ち合うの?!」
グラウンドで繰り広げられる魔法と魔法の応酬に、僕はドン引きしていた。
順番がきた魔法学院の生徒たちが、それぞれの持てる技の限りで相手に攻撃魔法を撃ち合っていた。
自分の番を待っている他の生徒たちの多くがそれを見て応援したり、大きな歓声で盛り上がっている。
「先生から防護魔法を掛けられるんだ。防護魔法は一定以上のダメージを受けるとはがれちゃうから、そうなった時点で負けになるんだって」
ミヤザワくんが教えてくれた。
「……なんか、野蛮じゃない?」
冒険者らしからぬことをつい言ってしまったけど、ミヤザワくんは同意してくれた。
「若獅子祭の時は召喚体だったから、ちょっとこわいよね……」
「怖いのは『爆炎のミヤザワ』と戦う相手の方だと思うけど……」
「あはは、やだなぁ」
冗談を言っていると思ってニコニコ笑っているミヤザワくんの顔を見ながら、僕はどうかミヤザワくんと当たりませんようにと心から神に祈った。
「でも、ヴェンツェルは大丈夫なの?」
「ん? 何がだ?」
背が低い上に近眼なので、試合の様子がよく見えないのか、僕の腕を掴んでぴょんぴょん飛んでいるヴェンツェルが、こちらを振り向かずに言った。
試合を観察しようと必死になっているのはわかるんだけど、周りから見たら散歩をせがむ子犬にしか見えない。
僕の腕を掴んでジャンプするたびに、ノンフレームの眼鏡がずれないようにもう一方の手を添えている姿がまた面白い。
「いや、ほら、軍師らしい魔法がどうとか言ってたからさ。一対一の戦いで、こないだみたいな、しょうもないモンスター情報みたいなのがぺろっと出たって、絶対勝てないじゃん」
「アヴァロニア大陸でも稀少にして貴重な分析魔法をしょうもない呼ばわりするなよ……」
ヴェンツェルが苦笑しながら言った。
「いつか一緒に冒険する時がくれば、あの魔法がどれだけ役に立つか、君にもわかる時が来るだろう」
「冒険かぁ……、楽しみだなぁ」
ミヤザワくんが言った。
二人とも、僕と一緒に冒険することが前提で考えているのが、なんか嬉しい。
「次はアーデルハイドの試合だぞ。くっ……、よく見えない」
僕の腕を掴んで一生懸命ヴェンツェルがぴょんぴょん飛んでいると、不意に僕の腕が勝手に動いて、ヴェンツェルをふわっと抱え上げた。
「ふふ、これで良く見えるのではないか?」
「べ、ベル……、こ、この体勢は……っ」
(ア、アウローラ!!)
途端に、周りにいた女子からキャー!!という悲鳴のような歓声が上がった。
その中で、生徒に混じってこちらを見て、顔を真っ赤にして口元を押さえている教師が一名。
「お姫様だっこ……!! ベルちゃんがヴェンを、お姫様だっこ……」
「お、お姉さん! 違うんです! これは僕じゃなてアウ……もがっ」
すぐにアウローラから解放された僕がジルヴィア先生に釈明しようとすると、ヴェンツェルが慌てて僕の口を両手でふさいだ。
「(バ、バカか君は!! こんなところでアウローラの憑依を公表してはまずいだろ!!)」
「(そ、そうだった……)」
「ずいぶんと、騒がしいですわね……」
試合開始したばかりのアーデルハイドが、こちらの騒ぎ声を耳にして、対戦相手に言った。
「由緒ある我がアーレルスマイアー家とバルテレミー家の貴方の試合ですもの、皆さんが盛り上がってらっしゃるのは仕方がないけれど……」
「いや、どうやら連中が盛り上がっているのは我々のせいではないようだよ」
黒髪のオールバックにメルのような銀縁眼鏡をかけた、魔法学院の生徒というよりは、やり手の高級官僚のおじさんみたいな雰囲気の生徒がそう言ってこちらを指差した。
「なっ……お、お姫様だっこ……」
アーデルハイドがこっちを見て、顔を真っ赤にした。
それは名家の淑女として育ったがゆえの恥じらいからくる紅潮だったが、すぐさま別の感情による紅潮へと変化していく。
「ベルゲングリューン伯……、また貴方ですのね……、いつもいつも私をからかって……、もてあそんで……」
「おや、もてあそんでいるのは君の方だという、もっぱらの噂だったが?」
「な……なんですって?!」
「中庭で、君との復縁を迫るベルゲングリューン伯から走り去る君の姿を、複数の生徒が目撃していたとか……」
「ふ、復縁ですって?! わ、わ、私はこの男となんの関係もありませんわ!!」
アーデルハイドが僕の方を指差したせいで、周囲の生徒が一斉にこちらを見た。
僕と、なんだかんだ試合が見やすくなったので、お姫様抱っこされたままになっているヴェンツェルを。
「なかなかひどいことを言うではないか、アーデルハイド。私とは遊びだったのか」
「なっ!!???」
僕の言葉……というか勝手に乗っ取ったアウローラが、勝手にアーデルハイドにそう言ったものだから、周囲のどよめきが制御できないレベルに達した。
(ば、ばかっ!! ばかー!!! なんちゅうことを言うんだ!!! 悪ノリしすぎだ!!)
「ふふっ、昔からああいう娘を見るとからかいたくなる性分なのだ。許せ」
アウローラはそれだけ言うと、また僕に身体の所有権を戻した。
「……なんというか、アウローラが君に憑依した理由が少しわかった気がする……」
「どういうこと?」
「似てるんだよ。君の性格をほんの少し悪くして、能力を神の領域に引き上げたらああなるのではないだろうか」
「それ、僕もちょっと思ってた……」
「ひ、ひどい……ミヤザワくんまで……」
「ベルちゃん……。一応確認しておきたいのだけど……」
「げっ、ジルヴィア先生……」
いつの間にかすぐ隣にいたジルヴィア先生に驚いて声を出すと、先生が僕の頬をぐい、とつねった。
「お・姉・ちゃん、でしょ?」
「……普通、『他の生徒の前では先生って言いなさい』とか言いません?」
「可愛い弟たちが姉を呼ぶのに、先生は関係ありません。あと、試合が終わるまでお姫様だっこは続けているように。これはお姉ちゃん命令よ!」
ジルヴィア先生がきっぱりと言ってのけた。
「それより、確認なんだけど……、アウローラはあなたが怒った時しか発現しないのよね?」
「は、はい……」
「本当に? 今アーデルハイドさんにあんなことを言ったのも、あなたってこと?」
すっとぼけようとする僕に、ジルヴィア先生が疑惑100%の眼差しを向ける。
「あはは、なんであんなこと言っちゃったんだろうな……」
「ベルちゃん! 先生の目を見て言って!」
ジルヴィア先生が僕をじっと見つめた。
「君の鳶色の目は本当に美しい。じっと見ていると、吸い込まれてしまうようだ」
「っ――!!」
僕……の代わりに勝手に発現して発言したアウローラの言葉に、ジルヴィア先生の顔がボンッ!と赤くなって、頬を手で押さえた。
「す、吸い込まれるなんて……、教え子からそんな風に言われてしまうなんて……、私、私……、キャーッ!!!!」
「あ、姉上!! どちらへ?!」
頬を押さえたまま、ジルヴィア先生はものすごいスピードでどこかに走り去ってしまった。
「べ、ベルゲングリューン伯はんぱねぇ……」
「ジルヴィア先生を堂々と口説いてたぞ……」
「女の子をお姫様だっこしたまま、アーデルハイド様にあんなことを言いながら、教師を口説いてたわよ……」
「い、いや、お姫様だっこされてるのはあれ、男だよ……」
「あ、もうだめ、意味わかんない。頭がくらくらしてきたわ……」
自分の試合なのに僕が悪目立ちしすぎたせいで、白磁のように透き通った肌をいつも女生徒たちから羨ましがられているアーデルハイドの顔が、赤黒く変色してしまっている。
「あきらめたほうがいい、アーデルハイド。……彼のことをいちいち気にしていては、まともな学院生活などできない」
対戦相手の黒髪オールバックの高級官僚おじさんみたいな生徒がいいことを言った。
が、残念ながら、選ぶ言葉を間違えて、地雷を踏んでしまった。
「……私が……あの男のことをいちいち気にしている……ですって……?」
すさまじい魔力の波動を漂わせながら、アーデルハイドが低い声で言った。
「っ、す、すごい」
ミヤザワくんがうめいた。
「さすが大魔導師を代々輩出しているアーレルスマイアー家のご令嬢といったところか……。ベル、ミヤザワくん、あれを見てみろ」
ヴェンツェルはアーデルハイドの頭上を指差した。
「あ、よく見たら、空中に魔法陣みたいなのがうっすら見えてる……それもたくさん。あれはなに?」
「……並列魔法術式だ。 同属性の魔法しか使えないが、強力な魔法を一度に並列して撃つことができる方法だ。アーレルスマイアー家が代々得意とする攻撃法らしい」
「え、なにそれ、ズルいじゃん」
「ふっ、たしかにズルいんだが、そこではない」
僕の感想に、ヴェンツェルは苦笑した。
「並列術式自体は修練を積んだ魔導師なら難しいことではない。だが、そんな魔導師でもこんな速度でこれほどの数を同時に展開することはできないし、それを一介の学生がやってのけるというところがズルいのだ」
ヴェンツェルの解説は便利だなぁ。
これからは何かの試合を観戦に行くときは、だっこして連れて行こうかな。
「ファイアーボール!!」
アーデルハイドが火球魔法の詠唱を正確ながら、驚くほどすばやく唱え終えると、うっすらと浮かんだ無数の魔法陣から巨大な火球が次々と出現して、生徒たちが大きくどよめいた。
「うわ、こんなのオールバックくん絶対勝てないじゃん……」
「オ、オールバックくん……」
なぜか僕の声が響いたせいで本人の耳に届いてしまったらしく、オールバックくんが軽くよろめいていた。
「だが、ベルゲングリューン泊、侮ってもらっては困る。我がバルテレミー家の本分は鉄壁の防御魔法にあるのだ!!」
高級官僚おじさん風黒髪オールバック銀縁メガネくんが僕に向かってそう叫ぶと、左手でメガネを押さえ、無数のファイアーボールが飛んでくる方向に右手をかざした。
「手にはめている黒い革手袋が、またおじさんくさいな……」
つぶやいたはずの僕の声がまた妙に響いて、オールバックくんの身体が軽くよろめき、周囲がどっと笑う中。
「氷の壁!!」
オールバックくんが手をかざした前方に、巨大な氷の壁が一瞬で作られた。
「えっ!? 無詠唱で?!」
ミヤザワくんが驚愕の声を上げる。
無数のファイアーボールは、突然オールバックくんを守るように立ちはだかった氷の壁に命中し、その氷によって急激に炎の勢いを失い、そのまま消失した。
「ふふ、このぐらいで驚いてもらっては困るよ、『爆炎のミヤザワ』殿?」
オールバックくんはメガネを押さえながら、ニィ、と口元をつり上げた。
「まだよ!! 雷撃魔法!!」
今度はアーデルハイドの魔法陣から次々と巨大な放電が起こり、それがオールバックくん目掛けて一気に放出される。
「は、早いっ!? こ、これじゃ、いくら無詠唱でも……」
ミヤザワくんがそれを言い終えるよりも早く、オールバックくんが指を鳴らした。
「属性変更!!」
「えっ?!」
オールバックくんがそう宣言した瞬間、それまで分厚い氷の壁だったそれが、急に形状変化して、金属製の大きな柱に変化する。
その瞬間、オールバックくんに向かって放たれようとしていた雷が向きを変え、まるで避雷針のように金属製の大きな柱に放電した。
「あれがバルテレミー家の奥義と言われる、属性変更だ。別名、『バルテレミーの盾』。彼らの一族はあれで瞬時に相手の反対属性の魔法を使って打ち消すことで、彼の祖先は、戦場で一度も傷を負ったことがないという……」
「へぇ……」
その後も、アーデルハイドの苛烈な並列魔法はことごとくオールバックくんの「バルテレミーの盾」で相殺され、試合は引き分けで終わった。
「両者引き分け!」
「フッ、君とはいつも引き分けだな、アーデルハイド」
「……相変わらず、見事な魔法防御ですこと」
「君の並列魔法の冴えも見事だった。一時も油断することができなかったよ」
生徒たちが惜しみない拍手と歓声を送る中、アーデルハイドとオールバックくんが互いを称え合っている。
「引き分けた場合はどうなるの?」
「これだけの試合を行った時点で実力テストの評価は合格ラインだろうが、他の生徒に1勝するまでやるのが今回の課題だからな。それぞれ他の生徒と試合をすることなる。当たった生徒は不幸だが……」
「へぇ……」
ヴェンツェルの言葉に、僕は少し考えた。
「1勝するまでやって、時間内に勝てなかった生徒は不合格?」
「ああ、そうだ。もしそんな生徒がいれば、の話だが……」
そこまで言って、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見た。
……そう、そんな生徒がいるとしたら、君をお姫様だっこしている人物だ。
「ベル、す、すまない。だが、君ならきっと……」
「いや、いいんだ、ヴェンツェル。それより、ちょっと聞きたいんだけど……」
「うん?」
「あの二人のどっちかで1勝しちゃったりしたら、評価って高くなるよね?」
「それは、もちろんそうだが……ベル?」
僕はオールバックくんに大きく手を振った。
「オールバックくん!! 次の試合、よかったら僕とやろうよ!!!」
グラウンドが、大きくどよめいた。
「うそ……、ガチで魔法を撃ち合うの?!」
グラウンドで繰り広げられる魔法と魔法の応酬に、僕はドン引きしていた。
順番がきた魔法学院の生徒たちが、それぞれの持てる技の限りで相手に攻撃魔法を撃ち合っていた。
自分の番を待っている他の生徒たちの多くがそれを見て応援したり、大きな歓声で盛り上がっている。
「先生から防護魔法を掛けられるんだ。防護魔法は一定以上のダメージを受けるとはがれちゃうから、そうなった時点で負けになるんだって」
ミヤザワくんが教えてくれた。
「……なんか、野蛮じゃない?」
冒険者らしからぬことをつい言ってしまったけど、ミヤザワくんは同意してくれた。
「若獅子祭の時は召喚体だったから、ちょっとこわいよね……」
「怖いのは『爆炎のミヤザワ』と戦う相手の方だと思うけど……」
「あはは、やだなぁ」
冗談を言っていると思ってニコニコ笑っているミヤザワくんの顔を見ながら、僕はどうかミヤザワくんと当たりませんようにと心から神に祈った。
「でも、ヴェンツェルは大丈夫なの?」
「ん? 何がだ?」
背が低い上に近眼なので、試合の様子がよく見えないのか、僕の腕を掴んでぴょんぴょん飛んでいるヴェンツェルが、こちらを振り向かずに言った。
試合を観察しようと必死になっているのはわかるんだけど、周りから見たら散歩をせがむ子犬にしか見えない。
僕の腕を掴んでジャンプするたびに、ノンフレームの眼鏡がずれないようにもう一方の手を添えている姿がまた面白い。
「いや、ほら、軍師らしい魔法がどうとか言ってたからさ。一対一の戦いで、こないだみたいな、しょうもないモンスター情報みたいなのがぺろっと出たって、絶対勝てないじゃん」
「アヴァロニア大陸でも稀少にして貴重な分析魔法をしょうもない呼ばわりするなよ……」
ヴェンツェルが苦笑しながら言った。
「いつか一緒に冒険する時がくれば、あの魔法がどれだけ役に立つか、君にもわかる時が来るだろう」
「冒険かぁ……、楽しみだなぁ」
ミヤザワくんが言った。
二人とも、僕と一緒に冒険することが前提で考えているのが、なんか嬉しい。
「次はアーデルハイドの試合だぞ。くっ……、よく見えない」
僕の腕を掴んで一生懸命ヴェンツェルがぴょんぴょん飛んでいると、不意に僕の腕が勝手に動いて、ヴェンツェルをふわっと抱え上げた。
「ふふ、これで良く見えるのではないか?」
「べ、ベル……、こ、この体勢は……っ」
(ア、アウローラ!!)
途端に、周りにいた女子からキャー!!という悲鳴のような歓声が上がった。
その中で、生徒に混じってこちらを見て、顔を真っ赤にして口元を押さえている教師が一名。
「お姫様だっこ……!! ベルちゃんがヴェンを、お姫様だっこ……」
「お、お姉さん! 違うんです! これは僕じゃなてアウ……もがっ」
すぐにアウローラから解放された僕がジルヴィア先生に釈明しようとすると、ヴェンツェルが慌てて僕の口を両手でふさいだ。
「(バ、バカか君は!! こんなところでアウローラの憑依を公表してはまずいだろ!!)」
「(そ、そうだった……)」
「ずいぶんと、騒がしいですわね……」
試合開始したばかりのアーデルハイドが、こちらの騒ぎ声を耳にして、対戦相手に言った。
「由緒ある我がアーレルスマイアー家とバルテレミー家の貴方の試合ですもの、皆さんが盛り上がってらっしゃるのは仕方がないけれど……」
「いや、どうやら連中が盛り上がっているのは我々のせいではないようだよ」
黒髪のオールバックにメルのような銀縁眼鏡をかけた、魔法学院の生徒というよりは、やり手の高級官僚のおじさんみたいな雰囲気の生徒がそう言ってこちらを指差した。
「なっ……お、お姫様だっこ……」
アーデルハイドがこっちを見て、顔を真っ赤にした。
それは名家の淑女として育ったがゆえの恥じらいからくる紅潮だったが、すぐさま別の感情による紅潮へと変化していく。
「ベルゲングリューン伯……、また貴方ですのね……、いつもいつも私をからかって……、もてあそんで……」
「おや、もてあそんでいるのは君の方だという、もっぱらの噂だったが?」
「な……なんですって?!」
「中庭で、君との復縁を迫るベルゲングリューン伯から走り去る君の姿を、複数の生徒が目撃していたとか……」
「ふ、復縁ですって?! わ、わ、私はこの男となんの関係もありませんわ!!」
アーデルハイドが僕の方を指差したせいで、周囲の生徒が一斉にこちらを見た。
僕と、なんだかんだ試合が見やすくなったので、お姫様抱っこされたままになっているヴェンツェルを。
「なかなかひどいことを言うではないか、アーデルハイド。私とは遊びだったのか」
「なっ!!???」
僕の言葉……というか勝手に乗っ取ったアウローラが、勝手にアーデルハイドにそう言ったものだから、周囲のどよめきが制御できないレベルに達した。
(ば、ばかっ!! ばかー!!! なんちゅうことを言うんだ!!! 悪ノリしすぎだ!!)
「ふふっ、昔からああいう娘を見るとからかいたくなる性分なのだ。許せ」
アウローラはそれだけ言うと、また僕に身体の所有権を戻した。
「……なんというか、アウローラが君に憑依した理由が少しわかった気がする……」
「どういうこと?」
「似てるんだよ。君の性格をほんの少し悪くして、能力を神の領域に引き上げたらああなるのではないだろうか」
「それ、僕もちょっと思ってた……」
「ひ、ひどい……ミヤザワくんまで……」
「ベルちゃん……。一応確認しておきたいのだけど……」
「げっ、ジルヴィア先生……」
いつの間にかすぐ隣にいたジルヴィア先生に驚いて声を出すと、先生が僕の頬をぐい、とつねった。
「お・姉・ちゃん、でしょ?」
「……普通、『他の生徒の前では先生って言いなさい』とか言いません?」
「可愛い弟たちが姉を呼ぶのに、先生は関係ありません。あと、試合が終わるまでお姫様だっこは続けているように。これはお姉ちゃん命令よ!」
ジルヴィア先生がきっぱりと言ってのけた。
「それより、確認なんだけど……、アウローラはあなたが怒った時しか発現しないのよね?」
「は、はい……」
「本当に? 今アーデルハイドさんにあんなことを言ったのも、あなたってこと?」
すっとぼけようとする僕に、ジルヴィア先生が疑惑100%の眼差しを向ける。
「あはは、なんであんなこと言っちゃったんだろうな……」
「ベルちゃん! 先生の目を見て言って!」
ジルヴィア先生が僕をじっと見つめた。
「君の鳶色の目は本当に美しい。じっと見ていると、吸い込まれてしまうようだ」
「っ――!!」
僕……の代わりに勝手に発現して発言したアウローラの言葉に、ジルヴィア先生の顔がボンッ!と赤くなって、頬を手で押さえた。
「す、吸い込まれるなんて……、教え子からそんな風に言われてしまうなんて……、私、私……、キャーッ!!!!」
「あ、姉上!! どちらへ?!」
頬を押さえたまま、ジルヴィア先生はものすごいスピードでどこかに走り去ってしまった。
「べ、ベルゲングリューン伯はんぱねぇ……」
「ジルヴィア先生を堂々と口説いてたぞ……」
「女の子をお姫様だっこしたまま、アーデルハイド様にあんなことを言いながら、教師を口説いてたわよ……」
「い、いや、お姫様だっこされてるのはあれ、男だよ……」
「あ、もうだめ、意味わかんない。頭がくらくらしてきたわ……」
自分の試合なのに僕が悪目立ちしすぎたせいで、白磁のように透き通った肌をいつも女生徒たちから羨ましがられているアーデルハイドの顔が、赤黒く変色してしまっている。
「あきらめたほうがいい、アーデルハイド。……彼のことをいちいち気にしていては、まともな学院生活などできない」
対戦相手の黒髪オールバックの高級官僚おじさんみたいな生徒がいいことを言った。
が、残念ながら、選ぶ言葉を間違えて、地雷を踏んでしまった。
「……私が……あの男のことをいちいち気にしている……ですって……?」
すさまじい魔力の波動を漂わせながら、アーデルハイドが低い声で言った。
「っ、す、すごい」
ミヤザワくんがうめいた。
「さすが大魔導師を代々輩出しているアーレルスマイアー家のご令嬢といったところか……。ベル、ミヤザワくん、あれを見てみろ」
ヴェンツェルはアーデルハイドの頭上を指差した。
「あ、よく見たら、空中に魔法陣みたいなのがうっすら見えてる……それもたくさん。あれはなに?」
「……並列魔法術式だ。 同属性の魔法しか使えないが、強力な魔法を一度に並列して撃つことができる方法だ。アーレルスマイアー家が代々得意とする攻撃法らしい」
「え、なにそれ、ズルいじゃん」
「ふっ、たしかにズルいんだが、そこではない」
僕の感想に、ヴェンツェルは苦笑した。
「並列術式自体は修練を積んだ魔導師なら難しいことではない。だが、そんな魔導師でもこんな速度でこれほどの数を同時に展開することはできないし、それを一介の学生がやってのけるというところがズルいのだ」
ヴェンツェルの解説は便利だなぁ。
これからは何かの試合を観戦に行くときは、だっこして連れて行こうかな。
「ファイアーボール!!」
アーデルハイドが火球魔法の詠唱を正確ながら、驚くほどすばやく唱え終えると、うっすらと浮かんだ無数の魔法陣から巨大な火球が次々と出現して、生徒たちが大きくどよめいた。
「うわ、こんなのオールバックくん絶対勝てないじゃん……」
「オ、オールバックくん……」
なぜか僕の声が響いたせいで本人の耳に届いてしまったらしく、オールバックくんが軽くよろめいていた。
「だが、ベルゲングリューン泊、侮ってもらっては困る。我がバルテレミー家の本分は鉄壁の防御魔法にあるのだ!!」
高級官僚おじさん風黒髪オールバック銀縁メガネくんが僕に向かってそう叫ぶと、左手でメガネを押さえ、無数のファイアーボールが飛んでくる方向に右手をかざした。
「手にはめている黒い革手袋が、またおじさんくさいな……」
つぶやいたはずの僕の声がまた妙に響いて、オールバックくんの身体が軽くよろめき、周囲がどっと笑う中。
「氷の壁!!」
オールバックくんが手をかざした前方に、巨大な氷の壁が一瞬で作られた。
「えっ!? 無詠唱で?!」
ミヤザワくんが驚愕の声を上げる。
無数のファイアーボールは、突然オールバックくんを守るように立ちはだかった氷の壁に命中し、その氷によって急激に炎の勢いを失い、そのまま消失した。
「ふふ、このぐらいで驚いてもらっては困るよ、『爆炎のミヤザワ』殿?」
オールバックくんはメガネを押さえながら、ニィ、と口元をつり上げた。
「まだよ!! 雷撃魔法!!」
今度はアーデルハイドの魔法陣から次々と巨大な放電が起こり、それがオールバックくん目掛けて一気に放出される。
「は、早いっ!? こ、これじゃ、いくら無詠唱でも……」
ミヤザワくんがそれを言い終えるよりも早く、オールバックくんが指を鳴らした。
「属性変更!!」
「えっ?!」
オールバックくんがそう宣言した瞬間、それまで分厚い氷の壁だったそれが、急に形状変化して、金属製の大きな柱に変化する。
その瞬間、オールバックくんに向かって放たれようとしていた雷が向きを変え、まるで避雷針のように金属製の大きな柱に放電した。
「あれがバルテレミー家の奥義と言われる、属性変更だ。別名、『バルテレミーの盾』。彼らの一族はあれで瞬時に相手の反対属性の魔法を使って打ち消すことで、彼の祖先は、戦場で一度も傷を負ったことがないという……」
「へぇ……」
その後も、アーデルハイドの苛烈な並列魔法はことごとくオールバックくんの「バルテレミーの盾」で相殺され、試合は引き分けで終わった。
「両者引き分け!」
「フッ、君とはいつも引き分けだな、アーデルハイド」
「……相変わらず、見事な魔法防御ですこと」
「君の並列魔法の冴えも見事だった。一時も油断することができなかったよ」
生徒たちが惜しみない拍手と歓声を送る中、アーデルハイドとオールバックくんが互いを称え合っている。
「引き分けた場合はどうなるの?」
「これだけの試合を行った時点で実力テストの評価は合格ラインだろうが、他の生徒に1勝するまでやるのが今回の課題だからな。それぞれ他の生徒と試合をすることなる。当たった生徒は不幸だが……」
「へぇ……」
ヴェンツェルの言葉に、僕は少し考えた。
「1勝するまでやって、時間内に勝てなかった生徒は不合格?」
「ああ、そうだ。もしそんな生徒がいれば、の話だが……」
そこまで言って、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見た。
……そう、そんな生徒がいるとしたら、君をお姫様だっこしている人物だ。
「ベル、す、すまない。だが、君ならきっと……」
「いや、いいんだ、ヴェンツェル。それより、ちょっと聞きたいんだけど……」
「うん?」
「あの二人のどっちかで1勝しちゃったりしたら、評価って高くなるよね?」
「それは、もちろんそうだが……ベル?」
僕はオールバックくんに大きく手を振った。
「オールバックくん!! 次の試合、よかったら僕とやろうよ!!!」
グラウンドが、大きくどよめいた。
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公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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