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第二十章「若獅子祭前日」(2)
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「こ、この地形は……っ」
眼下に広がる光景を見て、ヴェンツェルがうめいた。
若獅子祭前日、僕たちは明日の舞台となる戦場の自陣に来ていた。
他クラスとの境界はすでに魔法防壁で封鎖されている。
ここで僕たちは、明日の若獅子戦に備えた準備や布陣の検討などをするのだ。
「し、森林が多すぎるッ!! しかも隣接しているB組、E組は森林を抜けた川向かい。A組はF組を越えたさらに先にあるのだぞ!」
D組以外のすべての相手は川向いだった。
それもとても大きな川で、「川」というより「河」に近い。
「うんうん」
「うんうん、ではないッ!!」
ヴェンツェルが僕の首を締めてがくがくと揺らした。
ユリーシャ王女殿下の裸絞で慣れてしまったせいか、正直、かわいい女の子とじゃれている感じしかしない。
「これでは進軍できんではないか!! 部隊が森を抜けた頃には敵軍は川の向こう側の全砦を制圧しているだろう。我々が渡河しきる前に川の前でA組の精鋭部隊が待ち構えている!!」
「おお、さすが軍師殿じゃのうー。言うちょることが違うわ」
「あのでっかい川を渡るんか。たいぎーのう」
のんびりとした西部辺境警備隊の人たちの言葉に、ついに心が折れたヴェンツェルが僕の首からずるずると手を下ろして、そのままガックリ膝をついた。
「詰んだ……始まる前から詰んだ……。ローゼンミュラー家の歴史はここで潰えるのか……」
「そんな、大げさな……」
「そ、そうだ! こんな配置は不公平だと学校側に抗議を……」
「あ、それは無理」
「な、なぜだ!?」
こちらを半泣きの表情で見上げるヴェンツェルに、僕が答える。
「僕がこの場所で希望出したから」
「べ、べべべ……」
「べ?」
「ベルゲングリューン伯ッッッ!!!!!!」
ヴェンツェルの叫び声が森林に響き渡った。
「……あの二人、仲良すぎじゃない?」
「軍師ってもっと沈着冷静で、先のことはなんでも見通しているイメージだったんだけどな」
「……そのうち血管が切れちゃわないか心配ね」
ユキ、キム、アリサが思い思いの感想を述べる。
その隣を、荷車に載せた大きな瓶や木材などを西部辺境警備隊の皆さんが次々と運んでくる。
「アレは何だ? かなり大量に運び入れているようだが……」
僕が答えるより早く、荷車の一つを止めて、ヴェンツェルが瓶の中身を覗き込んだ。
「な、なんだこの灰色の粉は……、黒色火薬でも入れているのかと思ったが……」
「火薬なんて持ち出したら失格になっちゃうでしょ」
土嚢やトラップなどを作るのに使う資材や、事前申請した本戦で使用する装備品を持ち込むのは許されているけど、携行品や資材運搬・加工用途以外での金属や火薬などの持ち込みは厳格に禁止されている。
違反すれば失格だし、全て講師たちの厳しいチェックが入るから事実上不可能だ。
「これは、この間の宴会の残りカスだよ」
「宴会? そういえば、私と会った時に二日酔いだったな……」
あきれ顔のヴェンツェルに、僕は答える。
「そうそう。あの時に食べた骨やら貝殻やらをぜーんぶ集めて、ミヤザワくんの火球魔法で焼いたものを粉々にしたやつと土やらなにやらを混ぜて、もう1回ミヤザワくんで焼いたのを細かく砕いたやつ」
「アンタ……、ミヤザワくんの魔法を台所用品かなんかだと思ってるでしょ……。領内のゴミを持ち出して不法投棄しようってんじゃないでしょうね?」
「ユキは天才だね。よくそんなこと思いつくなぁ」
「あー! まっちゃんのくせに、今私のことをバカにしたでしょ?!」
「僕のくせにってなんだよ……あ、そうそう、ユキにお願いがあるんだけど、向こうの川辺で西部辺境警備隊のコシナカっていうハゲ散らかしたおじさんたちがいるから、一緒に川沿いの砂利と砂を片っ端から集めてくんない?」
「いいけど……。砂利と砂は分けておいたほうがいいの?」
「さすがユキだな。その通り。その方が助かる」
ユキって勘が働くというか、こういう時に適応が早いんだよね。
「砂利……、何に使うんだ?」
ユキの背中を見送ってから、ヴェンツェルが僕に尋ねる。
「あのね、ヴェンツェル。西部辺境警備隊の人たちって、見ての通り戦闘技術はからっきしなんだけど、
それぞれが手に職を持っているんだ」
「そうだろうな。西部はジェルディクとの和平以前から争いのない地域だ。ほとんどが兼業で暮らしていることだろう」
「農家に漁師、大工に左官っていうのかな、壁塗り職人さん。木こりに土木作業に……」
「もういい、わかった。それで……それがどうかしたのか?」
「自分が知らない何かを学びたい時、君ならどうする?」
僕に問われて、ヴェンツェルは軽く小首を傾げてか細い顎に指を添える。
これは認めざるを得ない。かわいい。
「本を読む」
「そうだね。でも時間がかかる。他には?」
「賢者に教えを請う」
「その通り」
僕はヴェンツェルに、にっこり笑った。
「だから僕は賢者を招いたんだ。1000人の賢者をね」
「こ、この地形は……っ」
眼下に広がる光景を見て、ヴェンツェルがうめいた。
若獅子祭前日、僕たちは明日の舞台となる戦場の自陣に来ていた。
他クラスとの境界はすでに魔法防壁で封鎖されている。
ここで僕たちは、明日の若獅子戦に備えた準備や布陣の検討などをするのだ。
「し、森林が多すぎるッ!! しかも隣接しているB組、E組は森林を抜けた川向かい。A組はF組を越えたさらに先にあるのだぞ!」
D組以外のすべての相手は川向いだった。
それもとても大きな川で、「川」というより「河」に近い。
「うんうん」
「うんうん、ではないッ!!」
ヴェンツェルが僕の首を締めてがくがくと揺らした。
ユリーシャ王女殿下の裸絞で慣れてしまったせいか、正直、かわいい女の子とじゃれている感じしかしない。
「これでは進軍できんではないか!! 部隊が森を抜けた頃には敵軍は川の向こう側の全砦を制圧しているだろう。我々が渡河しきる前に川の前でA組の精鋭部隊が待ち構えている!!」
「おお、さすが軍師殿じゃのうー。言うちょることが違うわ」
「あのでっかい川を渡るんか。たいぎーのう」
のんびりとした西部辺境警備隊の人たちの言葉に、ついに心が折れたヴェンツェルが僕の首からずるずると手を下ろして、そのままガックリ膝をついた。
「詰んだ……始まる前から詰んだ……。ローゼンミュラー家の歴史はここで潰えるのか……」
「そんな、大げさな……」
「そ、そうだ! こんな配置は不公平だと学校側に抗議を……」
「あ、それは無理」
「な、なぜだ!?」
こちらを半泣きの表情で見上げるヴェンツェルに、僕が答える。
「僕がこの場所で希望出したから」
「べ、べべべ……」
「べ?」
「ベルゲングリューン伯ッッッ!!!!!!」
ヴェンツェルの叫び声が森林に響き渡った。
「……あの二人、仲良すぎじゃない?」
「軍師ってもっと沈着冷静で、先のことはなんでも見通しているイメージだったんだけどな」
「……そのうち血管が切れちゃわないか心配ね」
ユキ、キム、アリサが思い思いの感想を述べる。
その隣を、荷車に載せた大きな瓶や木材などを西部辺境警備隊の皆さんが次々と運んでくる。
「アレは何だ? かなり大量に運び入れているようだが……」
僕が答えるより早く、荷車の一つを止めて、ヴェンツェルが瓶の中身を覗き込んだ。
「な、なんだこの灰色の粉は……、黒色火薬でも入れているのかと思ったが……」
「火薬なんて持ち出したら失格になっちゃうでしょ」
土嚢やトラップなどを作るのに使う資材や、事前申請した本戦で使用する装備品を持ち込むのは許されているけど、携行品や資材運搬・加工用途以外での金属や火薬などの持ち込みは厳格に禁止されている。
違反すれば失格だし、全て講師たちの厳しいチェックが入るから事実上不可能だ。
「これは、この間の宴会の残りカスだよ」
「宴会? そういえば、私と会った時に二日酔いだったな……」
あきれ顔のヴェンツェルに、僕は答える。
「そうそう。あの時に食べた骨やら貝殻やらをぜーんぶ集めて、ミヤザワくんの火球魔法で焼いたものを粉々にしたやつと土やらなにやらを混ぜて、もう1回ミヤザワくんで焼いたのを細かく砕いたやつ」
「アンタ……、ミヤザワくんの魔法を台所用品かなんかだと思ってるでしょ……。領内のゴミを持ち出して不法投棄しようってんじゃないでしょうね?」
「ユキは天才だね。よくそんなこと思いつくなぁ」
「あー! まっちゃんのくせに、今私のことをバカにしたでしょ?!」
「僕のくせにってなんだよ……あ、そうそう、ユキにお願いがあるんだけど、向こうの川辺で西部辺境警備隊のコシナカっていうハゲ散らかしたおじさんたちがいるから、一緒に川沿いの砂利と砂を片っ端から集めてくんない?」
「いいけど……。砂利と砂は分けておいたほうがいいの?」
「さすがユキだな。その通り。その方が助かる」
ユキって勘が働くというか、こういう時に適応が早いんだよね。
「砂利……、何に使うんだ?」
ユキの背中を見送ってから、ヴェンツェルが僕に尋ねる。
「あのね、ヴェンツェル。西部辺境警備隊の人たちって、見ての通り戦闘技術はからっきしなんだけど、
それぞれが手に職を持っているんだ」
「そうだろうな。西部はジェルディクとの和平以前から争いのない地域だ。ほとんどが兼業で暮らしていることだろう」
「農家に漁師、大工に左官っていうのかな、壁塗り職人さん。木こりに土木作業に……」
「もういい、わかった。それで……それがどうかしたのか?」
「自分が知らない何かを学びたい時、君ならどうする?」
僕に問われて、ヴェンツェルは軽く小首を傾げてか細い顎に指を添える。
これは認めざるを得ない。かわいい。
「本を読む」
「そうだね。でも時間がかかる。他には?」
「賢者に教えを請う」
「その通り」
僕はヴェンツェルに、にっこり笑った。
「だから僕は賢者を招いたんだ。1000人の賢者をね」
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