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第十三章「帝国猟兵」(3)
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3
「めちゃくちゃ弱いではないか!」
「だから言っただろ!」
でかいたんこぶを冷やしながら、僕は放課後のCクラス教室に駆け込んできたゾフィアを見上げた。
大氷壁を想像させるようなアイスブルーの髪が涼やかな目鼻立ちと見事にマッチしていて、まさにクールビューティな雰囲気を漂わせている。……見た目だけは。
「貴殿はあれか、女相手に剣は振るえぬとかふざけたことを申す輩と同類なのか?」
「あのね、ウチのクラスの女子はめちゃくちゃ強いんだよ。普段アホみたいなユキだって、近接格闘術のエキスパートなんだぞ。そうだ、ユキと試合すればいいじゃないか」
「……アンタね、さりげなく私を巻き込まないでくれる? しかもメルの名前を出さないなんて、いやらしい」
メルは何も言わず、銀縁の眼鏡を押し上げた。
みんな僕が負けることがわかっていたので、教室に他の生徒はいない。
メルは試合の立ち会い役、つまり審判を努めてくれたのでまだ残っていて、ユキは面白がって帰ってくるのを待っていたらしい。
試合の結果は、ひどいものだった。
試合にすらならなかった。
僕が木剣を構えて深呼吸した時には、ゾフィアはもう、正面にはいなかった。
側面から強烈な一撃を頭に食らって、僕はあっけなくその場に昏倒した。
せめてもの救いは、決着が着くのがあまりにも早すぎて、見物客が集まる前に試合が終わってしまったことだろうか。
ボイド教官め、なにが自問自答だ。
「とにかく、今回の試合内容では納得がいかん! 王国の近衛兵やネクロマンサーを捕らえ、デュラハンをも屠ったというそなたの本気を見るまではな!」
「それ、本気を見る前にまっちゃん死んじゃうんじゃ……」
「とにかく、再戦だ! 30分の休憩の後、再び訓練場で……」
「だから僕はこれから補習があるんだってば!」
カタン。
「っ――」
その時、メルが小さな音を立てて窓際の花瓶を取り落した。
その瞬間、まるで風のようにゾフィアが移動して、その花瓶をキャッチした。
「すっご」
ユキが感嘆の声をあげる。
「……ありがとう」
「問題ない。私も花が好きだからな」
花瓶をメルに手渡して、ゾフィアが優しく微笑んだ。
この子、女の子からもモテそうだな。
「さて、まつおさんよ。今日の無礼な試合のことは忘れる。都合が悪いというなら明日の放課後に再戦だ。忘れるなよ」
ゾフィアはそれだけ言うと、颯爽と教室を去っていった。
「無礼……、無礼な試合だって?」
僕は自分の肩がぷるぷる震えるのを感じた。
一方的に試合を申し込まれて、一方的にしばかれて、一方的に大きなたんこぶを作って、それで「無礼な試合」だって……?
あんまりだ……。
こんな気分で頭にでっかいたんこぶを作ったまま、みんながさっさと帰った校舎で補習を受ける僕の気持ちがわかるか。
「まっちゃん、ご愁傷さま。もう一個たんこぶ作ったら、きっとゾフィアさんもわかってくれるよ。それじゃーね」
ユキが面白いものが見れたとばかりに、教室を出た。
メルだけは花瓶を手にしたまま、考え事をするように虚空を見つめている。
「メル、どうしたの?」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「このあいだのコボルト狩りで、冒険者のガンツさんから『目に頼らない戦い方を覚えろ』って言われて、私は自分の弱点に気がついたの」
「メルに弱点なんてあるの」
ゴブリンの洞窟でメルの勇姿を見て以来、僕は戦いの時のメルの華麗な動きに魅了されている。
そんな僕から見れば、メルの剣技に弱点があるなんて想像もつかない。
「たくさんあるわよ。でも、一番大きな弱点は、目よ」
「目? 眼鏡がないとほとんど何も見えないってこと?」
「ううん、そうじゃないの。普段見えないからこそ、眼鏡をかけて『見えている』ことに固執していたのよ」
「わかるような、わからないような」
「たとえば最初の洞窟であなたに矢が飛んできたとき、私はあなたより先にそれに気付いていたのに、まず『目』で飛来する矢を確認してから動いたの。それで対処が遅れた。もし『目』に頼らず、自分の感覚を信じることができていれば、あなたがあの時、ケガをすることはなかった」
メルはそう言って悔しそうに唇をかんだ。
そんなことまで気にしてくれていたのか……。
「それで、やっぱりってのは?」
「ガンツさんに言われてそういうことを意識するようになってから、わかったの。人にもモンスターにもいろんな『感覚』があるけれど、みんなそれぞれ、得意にしている『感覚』が違うんだって」
「感覚……もしかして、さっきの花瓶、わざと落としたの?」
「……そうよ」
メルがいたずらっぽく笑った。
うおお、これはレアな表情だ!
僕は思わずメルの表情を脳裏に焼き付けた。
「彼女は……『耳』に頼ってる」
「耳……」
「試合の時の彼女は、あなたの深呼吸の『音』を聴いていたの。だから、息を吸って吐くまでの無防備な間に一気に距離を詰めることができた」
「そ、そんなことが……」
「花瓶が落ちるわずかな『音』を察知してあんな動きができるんだもの。そうとしか考えがつかない」
メルは慎重に考えるように、でも自信を持って僕にうなずいた。
たしかに、帝国猟兵出身のゾフィアの出自を考えれば、森に紛れて潜伏している敵を探すために『耳』を使うというのはあり得る話だと思う。
それにしても……。
……さっきの笑顔、もう一回見せてくれないかな。
「めちゃくちゃ弱いではないか!」
「だから言っただろ!」
でかいたんこぶを冷やしながら、僕は放課後のCクラス教室に駆け込んできたゾフィアを見上げた。
大氷壁を想像させるようなアイスブルーの髪が涼やかな目鼻立ちと見事にマッチしていて、まさにクールビューティな雰囲気を漂わせている。……見た目だけは。
「貴殿はあれか、女相手に剣は振るえぬとかふざけたことを申す輩と同類なのか?」
「あのね、ウチのクラスの女子はめちゃくちゃ強いんだよ。普段アホみたいなユキだって、近接格闘術のエキスパートなんだぞ。そうだ、ユキと試合すればいいじゃないか」
「……アンタね、さりげなく私を巻き込まないでくれる? しかもメルの名前を出さないなんて、いやらしい」
メルは何も言わず、銀縁の眼鏡を押し上げた。
みんな僕が負けることがわかっていたので、教室に他の生徒はいない。
メルは試合の立ち会い役、つまり審判を努めてくれたのでまだ残っていて、ユキは面白がって帰ってくるのを待っていたらしい。
試合の結果は、ひどいものだった。
試合にすらならなかった。
僕が木剣を構えて深呼吸した時には、ゾフィアはもう、正面にはいなかった。
側面から強烈な一撃を頭に食らって、僕はあっけなくその場に昏倒した。
せめてもの救いは、決着が着くのがあまりにも早すぎて、見物客が集まる前に試合が終わってしまったことだろうか。
ボイド教官め、なにが自問自答だ。
「とにかく、今回の試合内容では納得がいかん! 王国の近衛兵やネクロマンサーを捕らえ、デュラハンをも屠ったというそなたの本気を見るまではな!」
「それ、本気を見る前にまっちゃん死んじゃうんじゃ……」
「とにかく、再戦だ! 30分の休憩の後、再び訓練場で……」
「だから僕はこれから補習があるんだってば!」
カタン。
「っ――」
その時、メルが小さな音を立てて窓際の花瓶を取り落した。
その瞬間、まるで風のようにゾフィアが移動して、その花瓶をキャッチした。
「すっご」
ユキが感嘆の声をあげる。
「……ありがとう」
「問題ない。私も花が好きだからな」
花瓶をメルに手渡して、ゾフィアが優しく微笑んだ。
この子、女の子からもモテそうだな。
「さて、まつおさんよ。今日の無礼な試合のことは忘れる。都合が悪いというなら明日の放課後に再戦だ。忘れるなよ」
ゾフィアはそれだけ言うと、颯爽と教室を去っていった。
「無礼……、無礼な試合だって?」
僕は自分の肩がぷるぷる震えるのを感じた。
一方的に試合を申し込まれて、一方的にしばかれて、一方的に大きなたんこぶを作って、それで「無礼な試合」だって……?
あんまりだ……。
こんな気分で頭にでっかいたんこぶを作ったまま、みんながさっさと帰った校舎で補習を受ける僕の気持ちがわかるか。
「まっちゃん、ご愁傷さま。もう一個たんこぶ作ったら、きっとゾフィアさんもわかってくれるよ。それじゃーね」
ユキが面白いものが見れたとばかりに、教室を出た。
メルだけは花瓶を手にしたまま、考え事をするように虚空を見つめている。
「メル、どうしたの?」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「このあいだのコボルト狩りで、冒険者のガンツさんから『目に頼らない戦い方を覚えろ』って言われて、私は自分の弱点に気がついたの」
「メルに弱点なんてあるの」
ゴブリンの洞窟でメルの勇姿を見て以来、僕は戦いの時のメルの華麗な動きに魅了されている。
そんな僕から見れば、メルの剣技に弱点があるなんて想像もつかない。
「たくさんあるわよ。でも、一番大きな弱点は、目よ」
「目? 眼鏡がないとほとんど何も見えないってこと?」
「ううん、そうじゃないの。普段見えないからこそ、眼鏡をかけて『見えている』ことに固執していたのよ」
「わかるような、わからないような」
「たとえば最初の洞窟であなたに矢が飛んできたとき、私はあなたより先にそれに気付いていたのに、まず『目』で飛来する矢を確認してから動いたの。それで対処が遅れた。もし『目』に頼らず、自分の感覚を信じることができていれば、あなたがあの時、ケガをすることはなかった」
メルはそう言って悔しそうに唇をかんだ。
そんなことまで気にしてくれていたのか……。
「それで、やっぱりってのは?」
「ガンツさんに言われてそういうことを意識するようになってから、わかったの。人にもモンスターにもいろんな『感覚』があるけれど、みんなそれぞれ、得意にしている『感覚』が違うんだって」
「感覚……もしかして、さっきの花瓶、わざと落としたの?」
「……そうよ」
メルがいたずらっぽく笑った。
うおお、これはレアな表情だ!
僕は思わずメルの表情を脳裏に焼き付けた。
「彼女は……『耳』に頼ってる」
「耳……」
「試合の時の彼女は、あなたの深呼吸の『音』を聴いていたの。だから、息を吸って吐くまでの無防備な間に一気に距離を詰めることができた」
「そ、そんなことが……」
「花瓶が落ちるわずかな『音』を察知してあんな動きができるんだもの。そうとしか考えがつかない」
メルは慎重に考えるように、でも自信を持って僕にうなずいた。
たしかに、帝国猟兵出身のゾフィアの出自を考えれば、森に紛れて潜伏している敵を探すために『耳』を使うというのはあり得る話だと思う。
それにしても……。
……さっきの笑顔、もう一回見せてくれないかな。
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