士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

文字の大きさ
上 下
25 / 199

第十章「ヴァイリスの至宝」(4)

しおりを挟む



「おおよその話はわかった。おもてをあげよ」
「ははっ……」

 肘掛け椅子に座ったユリーシャ王女殿下に言われて、僕は土下座した頭を上げた。
 王女殿下が座ると、冒険者ギルドのおんぼろな肘掛け椅子が玉座に見えてくる。

 肌寒いと仰せのユリーシャ王女殿下は今、純白のシルクのローブの上から僕の外套コートを羽織っている。なるべくホコリや汚れを払ったけど、大丈夫だろうか……汗臭くないだろうか。 

 廃屋敷の顛末はすべて話し終わった。
 ただ、野生動物のうんこを燃やしたことだけは伏せておいた。
 想定外のこととはいえ、僕は棺桶の中で眠っていた「ヴァイリスの至宝」たるユリーシャ王女殿下をうんこの煙でいぶし続けていたということになるからだ。

 ……そんな話を知られたら即死級のファイアーボールを1万発撃たれてもおかしくない。

「まずはそなたに謝罪を。わたくしは救国の英雄にして命の恩人たるそなたをこの手で葬るところであった」

 ユリーシャ王女殿下が僕を見つめる。
 この場合、目を合わせるのは失礼なんだろうか。それともそらすのが失礼なんだろうか。
 いや、そもそも最初から目を伏せて話すのが正しい作法だったんだと思うんだけど、その紅玉ルビーのような瞳と一度目を合わせてしまうと吸い寄せられるように目をそらすことができなかった。

「い、いえ。王女殿下と知らず無礼な口を利いたのは僕……私ですので……」
「よい。賊の一味と思えばこそ、そなたの言は万死に値すると思ったが、今にして思えば、そなたの言葉はなかなかに心地よい」
「は、はぁ」

 ユリーシャ王女殿下は、両手を頬に当てて、さきほどのやりとりを思い出すように目を閉じた。

「私をニンゲンか、と問うたな。こんなきれいな生き物は見たことがないと」
「は、はい……」

 僕は顔から血の気が引くのを感じながら、答える。
 ヴァイリスの至宝に僕はなんということを言ってしまったんだ。

「ふふ……、わたくしのことを美しいと言わぬ者に会ったことはない。幼少のみぎりより聞き飽きておるから、そう言われてもわたくしの心には何も響かぬ。特に男共から言われてもわずらわしいと思うことこそあれ、嬉しく思ったことなどない」
「はい……」

 ユリーシャ王女の言葉に、何の傲慢さも感じない。
 きっと、その通りなんだろうな、と感じた。 

「だが、そなたの言葉は、どんな王侯貴族どもが並べ立てる美辞麗句よりも情熱的で、心に響いたぞ」

 ユリーシャ王女はそう言うと、ひざまずく僕の髪をわしわしとなでた。
 なんというか、飼い犬をかわいがっているみたいだ。

「あ、ありがとうございます」

 こういう時は、もったいなきお言葉とか、もっと選ぶべき言葉があるんだろうけど、せっかく王侯貴族と比べられているんだから、僕は自分の言い慣れた言葉で敬意を示そう。

「それにしても……、くすくす、そなたはずいぶんと大胆不敵なのだな。宰相共が潜伏している屋敷の前で肉を焼き、火災を装うなど……」
「詳しい事情はわかりませんでしたが、詳しい事情がわからないこちらにはおそらく手を出さないだろうと判断しました」
「しかし、間一髪だったのだろう? デュラハンの追手があったとか」
「あれは誤算でした……。本気で死ぬかと思いました」
「だが、それも撃破してわたくしを守ってみせた。そなたは勇敢なのだな」

 いや、あれはほとんど運とアリサと太陽のおかげなんだけど……。
 上機嫌に微笑むユリーシャ王女殿下を見ていると水を差す気になれず、頭を垂れた。

「きっとそなたとその仲間たちには、父王より褒美が下されよう。士官候補生に過分な褒美を与えれば冒険者共に不満も出ようから、わたくしを救った功績に見合うだけのものを与えてやれるとは思えぬが……」
(あっ……)

 ……そうだ。
 ユリーシャ王女殿下の言葉に、僕はあることに思い至って暗鬱な気分になった。

 知らなかったとはいえ、今回のユリーシャ王女誘拐は、銀星シルバースター冒険者以上の緊急大口依頼で、一人あたり金貨5000枚という破格の報酬だったんだ。

 そんな高額報酬を狙って各国から駆けつけた冒険者たちを、士官学校に入ったばかりの僕たちが出し抜いてしまったことになるわけで……。

(いろいろやばいかもしれん……)

 ま、まぁいいや。
 とりあえず、後のことは後で考えよう。

「それ以外に、そなたの方から特に希望はあるか? なんなら私の方から父王に口添えしてやってもよいが?」
「いえ、特にそのような……あっ」

 僕はそこまで言って、さっき見た夢のことを思い出した。

「今回の作戦で、その、キム……仲間の思い出の盾を勝手に使って……、その、ひどく汚してしまったので、もしできればその回収と修繕をお願いしたく……」
「無欲な男だな、そのぐらい造作もない」

 きっと王女殿下に命令されて回収した人はそう思わないだろうな……。
 でもこれで、キムに殺されなくて済みそうだ。

「そういえば、例のお屋敷や周囲の森は、今後どうなるのでしょうか?」
「旧伯爵のベルゲングリューンの領地か。100年以上前に断絶しておるからどうにもならんな」
「ある人から、今回のことで王国の警備が厳重になり、立入禁止になるかもしれないと聞かされたのですが……」
「それは間違いなくそうだろうな」

 ユリーシャ王女殿下がきっぱりと答えた。
 やっぱりか……。
 野盗程度ならともかく、よりによってヴァイリスの至宝が誘拐された現場なのだ。
 今後そのままにしておくということはないだろう。
 
「あの場所がどうかしたのか?」
「い、いえ、その……」

 僕は少し言いよどんだ。

「かまわぬ。申してみよ」
「はい。今回、ユリーシャ王女殿下をお救いすることができたのは完全に偶然ですが、そのきっかけを作ったのは子供たちです。
「ああ、そうであったな」
「秘密の遊び場だったあの場所での異変に気づき、子供たちが僕に相談してくれたのです」
「兵士共や冒険者に相談しておったら、子供の戯言と耳を貸さなかったであろうな。よく事の重大性に気付いたものだ」
「ありがとうございます。ですが……、結果として僕は、あの子達に頼まれたのに、あの子達の遊び場を奪ってしまったことになります……」
「……なるほど」

 ユリーシャ王女殿下は小さな顎の下に指を添えて、少し考える仕草をした。
 そんな仕草一つとっても、すばらしい肖像画が描けるだろうと思えるほどに優雅で美しい。

「私に名案がある」
「名案」
「ああ。わたくしにすべて任せておくがよい」

 ユリーシャ王女殿下はそう言ってにっこり笑うと、愛犬の頭をなでるように僕の髪をごしごしとなでた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

ドアマット扱いを黙って受け入れろ?絶対嫌ですけど。

よもぎ
ファンタジー
モニカは思い出した。わたし、ネットで読んだドアマットヒロインが登場する作品のヒロインになってる。このままいくと壮絶な経験することになる…?絶対嫌だ。というわけで、回避するためにも行動することにしたのである。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...