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第六章 「実地調査」(3)

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「なぁ……」
「うん?」

 美しい湖面からの景色を楽しんでいると、キムが声をかけてきた。

「何が悲しくて、休日の昼間に男同士でボートを漕がなきゃならないんだ?」
「しょうがないだろ。今日ヒマだったのがキムだけだったんだから。僕だってメルやソフィアさんと行きたかったけど」
「ああ、ソフィアさんもいいよな。大人のオンナって感じで……ってそうじゃなくて」

 なるほど、キムは年上好きか。
 勝手に心の中でロリコンだと決めつけていた。
 ゴツい奴にかぎって背が低くて華奢な女の子が好きだったりするからな。

「なんでオレばっか漕いでるんだよ! お前も漕げよ!」
「力仕事はキムが担当だろー? 僕は今いそがしいんだよ」
「ふざけんな……これぐらいお前でも漕げるだろ!」
「うわっ! ぶっ!! やったな、このっ!」

 キムが水しぶきがこっちに飛ぶようにオールでバシャバシャさせはじめたので、僕は負けじと手で水をかけて反撃する。

「わははは! ほら、どうした! オレの方が断然有利だぞ!!」
「わかったわかった! 僕が漕ぐからそのオールを貸してくれ」
「ウソつけ! そのオールで反撃するつもりだろうが!」
「ほらみろ、だったら最初からキムがオールで良かったじゃないか!」
「お前の日頃の行いが悪すぎるんだよ!」

 二人で水浸しになりながら、結構な距離を漕いでいた。

「……休日の昼間に男同士でボートを漕いで、いい年こいて水浸し」
「自己嫌悪に陥るなら最初からやるなよ。ほら、キム、あそこにボートを停めて」

 湖に対して来た道の反対側、屋敷から見て湖面を隔てて西向かいにあたる方向に、泥炭地が獣道のように広がっているのが見えて、僕はキムに指示した。

「くっ、……たまにお前の言うことに逆らえない気がするんだけど、これはなんなんだ」
「あれじゃないか、実はすんごいマゾだったりとか。気が強いお姉さんとかが好きなんじゃないか」
「気の強いお姉さんはちょっといいな」
「だろ」
「でもオレはマゾじゃないぞ」
「……そこはどうでもいいよ」

 キムがボートを停めて、動かないように固定している間に、僕は近くにある木の枝を拾ってくるくると振り回した。

「ははぁ、やっぱりね」
「……人に全部やらせといて、のんきに木の枝をぶん回して、何がやっぱりなんだ?」

 後ろから拳をぽきぽきいわせて、キムが近づいてくる。

「ほら、これを見てくれ」

 僕は足元を指差した。

「足跡だな。それもたくさんあるぞ……」
「そう、足跡、それも子供のでもなければ、獣やモンスターのものでもない。これは大人の足跡だ」

 そのまま僕は、手に持った枝を伸ばして、その足跡に埋もれるように伸びている太い溝を指した。

「ここには何かを引きずったような跡がある」
「たしかに」

 休日に僕にこんなとこまで連れ出されたことも、ボートを漕がされたこともすっかり忘れて、キムが思考モードに入った。
 いい奴だ。

 僕は手に持った枝で溝をなぞるようにして、その先に進む。

「足跡と引きずった跡と辿っていくと……ほら、やっぱり」
「なんだこの跡は……あ、馬蹄(ひづめ)か」
「ご名答。こっちには車輪の跡。 これは二頭立ての馬車の跡だね」
「やっぱりってことは、予測してたってことか?」
「そうだね。可能性はあるかなーって」

 僕は二頭立て馬車の跡が伸びる泥道の脇をしばらく歩いた。
 
「子供たちは屋敷から変な物音がするって言った。奇妙なうめき声がしたとも言ってた。……なるほど、おばけがいたなら当然だよね」
「ああ、それで?」
「でも『異臭がした』とも言ってる。実体のない『おばけ』から異臭なんてするかな?」
不死者アンデッドならあり得るな。ゾンビとかグールみたいな……」
「そうだね。その可能性もある。もしくは……」
「人間、か」

 僕はキムにうなずいた。
「ところでゾンビとグールの違いってなに?」
「オレも詳しくはわからんが、死んだやつを魔術とかで無理やり動かしたやつがゾンビで、死んだやつに悪霊が取り憑いたのがグールなんじゃないか」
「なるほど。まぁ似たようなもんか」
「全然違うって。ゾンビはたくさんいないと大したことないが、グールはやばいぞ。知恵が働くからな」
「へぇ、意外にくわしいね」
「お前が物を知らなすぎるんだよ……」

 呆れたようにキムが言った。

「キム、なるべく草むらの方を歩いてね。痕跡を残したくない」
「……あれだけボートを水浸しにしておいてか?」
「あんなのすぐ乾くでしょ」

 10分ほど道沿いを歩くと、森林を抜けて、舗装された道に繋がった。
 
「この先はどこに続いているんだろう?」
「アルミノ街道だろうな。イグニアの隣の。あまり人通りがない道だ」
「なるほどなるほど。……そんじゃ、帰ろっか」
「はぁ?!」

 キムが素っ頓狂な声を上げる。

「ここまで来て屋敷に立ち寄らずに帰るってのか?! 人にボート漕がせておいて?」
「ちっちっち、わかってないなぁ、キムラMK2」

 僕はキムの肩をぽんぽんと叩いた。

「二頭立て馬車がここまでやってきて、数人の連中が重たい何かを引きずって屋敷まで来た」
「ああ、それで?」
「屋敷はボロッボロで誰も使っていないはずなのに、ボートはこうして普通に漕げる」
「だからなんだってんだよ」
「そのボートが、なぜ屋敷側に停めてあったんだ?」
「あ……」

 事情を察したらしく、キムは小さく息を飲んだ。

「そう。屋敷の中にはまだそいつらが潜伏している。あんなボロ屋敷に潜伏しているんだ、どう考えてもまともな連中じゃない」
「たしかにな……」
「二頭立て馬車を用意できるような奴らだから、きっと武装もしっかりしているだろう。そんなところに2人でのこのこ行ったら命に関わるかもしれない。……それに……」
「それに?」

 僕はキムの耳元で、わざと小声でささやいた。

「子供たちが侵入したのがバレていたとすると、今の屋敷の中はたぶん真っ暗だ。『お化け』が出るかもしれない」
「……っ」

 息を飲むキムに、僕は言った。

「そういうわけで、帰りのボートもよろしく」
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