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第一章 「実地訓練」(1)
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「くっ、うぉっ……!!」
小鬼の持つ短剣の切っ先が、僕の肩当てを切り裂いた。
士官学校から最初に支給された布製のそれは装甲も薄く、肩口に鋭い痛みと出血が広がる熱い感触が広がっていく。
「まつおさん、減点5!」
「うるせーな……」
頭の中に響く指導教官の魔法伝達におもわず悪態をつく。
「ギュアアアアアア!!」
「お前もうるせーよ」
物語に出てくる鬼を身長145センチぐらいにしたようなゴブリンが、その醜悪な顔を引きつらせて、勝ち誇ったように挑発してきた。
どうやら、僕――「まつおさん」の物理戦闘能力は、それほど高くないようだ。
ということは、魔法に適正があるのか? それとも、弓か?
そう思って、見様見真似であれこれ試してみたが、どれも上手くいかない。
周囲を見渡すと、他の士官候補生の奮戦ぶりが伺える。
ゴブリンの攻撃を素早く回避して、背後に回り、ヤツの頸椎に致命的な一撃を放つ身軽な生徒。
斬撃を力任せに吹き飛ばし、全身の体重がこもった一撃を胸元に叩きつける大柄な生徒。
あれ、もしかして、僕って「才能」がないのか?
いや、それより……。
「キム、後ろ!」
僕は交戦中のゴブリンの二度目の斬撃をなんとかかわしながら、近くにいたキムに声をかけた。講堂にいたキムラMK2 だ。まさかクラスメートになるとは。
「っ!! ウォリャアアア!! 悪い! 助かった!!」
キムは目の前のゴブリンの斬撃を棍棒で弾いてのけぞらせると、木製の盾で後ろから飛びかかったもう一体のゴブリンの攻撃をがっしりと受け止め、そのまま弾き返した。
そのまま後ろのゴブリンの頭に渾身の一撃を叩き付けて即死させると、すぐさま振り返って、のけぞっていたゴブリンに反撃を開始する。
そうそう、ああいう戦い方がしたいんだよ僕は。
「まつおさん、ゴブリン1体倒すのにいつまでかかっている。減点1!」
「うるせー」
実地訓練初日で、僕はこの魔法伝達という大変便利な魔法が嫌いになりつつあった。
耳をふさいでも、目を閉じていても強制的に聞かされるというのは、ある意味暴力ではないだろうか。
「だが、キムラMK2の危機をよく助けたな。加点7!」
「へぇ……」
そんなのも評価対象なのか。
士官学校に入学式なんてものはなかった。
学級ごとに並ばされた僕たちは、まず布製の申し訳程度の防具と、棍棒か弓、魔法詠唱用の両手杖か片手杖を選ばされて、このゴブリンがやたらうじゃうじゃいる洞窟群に連行された。
その洞窟の一つが、僕たち「C組」の担当だ。
どうやら、ここでの実地訓練が最初の課題らしい。
入り口には休憩所があり、傷ついた場合はそこで神官の資格を持った指導教官が回復魔法をかけてくれる。また、武器が損耗した場合や、「やっぱり弓の方がいいんじゃないかな」なんていう時には、別の武器と交換もしてくれる。
でも、どの武器もしっくりこないから、とりあえず棍棒を選んでいる。
しっくりこないけど、弓やら杖やらよりは、まだこれのがマシだった。
実際、ほとんどの生徒が棍棒を選んでいる。
魔法なんてまだ誰も何も教わっていないから使える奴なんていないし、一人で弓を持ってゴブリンの大群と戦うのも非現実的だ。
それにしても……。
ゴブリン1匹にだらだらと苦戦しながら、僕は周りを見渡した。
ちょっと、ゴブリン、多すぎじゃない?
辺りには同じ学級の士官学校生たちがひしめき合っている。
洞窟の内部は広いようだが、音の反響はすさまじく、ゴブリンの短剣と僕たちの棍棒が打ち合う金属音と時折聞かされる魔法伝達で耳がおかしくなりそうだった。
「グギュアアアアッ!!! グッ、ギギッ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
1体のゴブリンを仕留めた銀髪の美女が、荒い息を吐きながら、銀縁《シルバーフレーム》の眼鏡をずり上げた。たしかメルという名前だ。彼女も講堂で見かけた。
惚れ惚れするような華麗な剣さばき……じゃなかった、棍棒さばきでゴブリンをバッタバッタと仕留めていたが、10体を越えたあたりから疲労の色が濃くなり、動きが鈍くなっているように感じる。……合計3体しか倒せていない僕に言われては、彼女も大いに心外だろうが。
だが、彼女だけではない。
疲労困憊になったり、傷を負ったりしてキャンプに逃げ帰る生徒が多くなってきた。
戦闘能力の高い生徒ほど、顕著にその兆候が見られる。……それはそうだ。やれてしまう
分、動くわけだから。
キムことキムラMK2はその点、まだまだ余力がありそうだ。
さすが体力自慢、といったところだが……、だが、やはりゴブリンの数が多い。
彼もいつまで保つことやら……。
「なぁ、キム」
「なんだよ……、って、うわっ、お前マジかよ。まだソイツ終わってねぇの?」
キムがドン引きした顔で僕を見る。
僕の相手をしているゴブリンは完全に攻め疲れをしていて、ゼェゼェ言いながら僕に攻撃を続けていた。
「お前もうそれ、倒してやれよ。なんか逆にかわいそうだよ。こんな悲しそうに攻撃してるゴブリン見たことないよ」
「グギッ、ググッ、ゼェ、ゼェ……、グギギッ!」
「いや、うん、そうなんだけどさ、うわっ!!」
ゴブリンの必死の攻撃が頭をかすめて、僕は思わず尻もちをついた。
「お前、余裕あるんだかないんだか、どっちなんだよ……」
「余裕なんてないよ。ただ、さ。このままだと、もっと余裕がなくなると思わない?」
僕は顎をしゃくって、洞窟の奥を指した。
奥には元気の有り余ったゴブリンの大群がこちらの戦況を伺っているのが見える。
「うーん、たしかになぁ……ふんっ!!」
「グギャアアアアッ!!」
キムの渾身の一撃が、僕が交戦していたゴブリンの後頭部に命中した。
「おっ、ありがと」
「……お前のためじゃないよ。そのゴブリンのためだ」
キムは絶命したゴブリンを弔うように、少しの間だけ目を瞑った。余裕があるのはどっちだよ。
「で、なんだって?」
「こいつら、バカに見えるけどさ、ほら、ちゃんと統制が取れているんだよ。僕みたいな弱っちいのにはしつこいけど、あっちのメルなんかが相手の場合は、ほら、傷を負ったら撤退して、また別のゴブリンが攻撃してる。ああやって、メルを疲れさせてるんだ」
「おお、お前よく見てんな……、仕事してないから」
「まあな」
「褒めてねぇし」
「たぶん洞窟の奥に指揮官みたいなのがいて、そいつが指令を出してる。その一方の僕たちは、何も考えず、ただバラバラに思いのままに攻撃しているだけ」
「……」
「本当にバカなのは、どっちだと思う?」
「ふんっ、なるほどな」キムがニヤリと笑った。「で、どうするんだ?」
「キム一人で、休憩なしで一気にゴブリン何体倒せる?」
「うーん、1 体ずつが相手なら、たぶん、何匹でも」
「お前すげぇな……さすが MK2」
「……ゴブリンの前にお前倒すわ……」
キムが棍棒を僕に突き付けた。笑っているが、目が笑ってないように見える。自分の名前のくせに、MK2って呼ばれるのはものすごく恥ずかしいというのが、こいつの弱点らしい。
「そこのメルと二人なら、洞窟の奥まで突破できるか?」
僕はメルを棍棒で指さした。肩で息をしながらも、メルは必死にゴブリンと戦っている。苦しそうにしているのに妙に絵になるのだから、なんというか、ずるい。
「うーん……、厳しいんじゃないか」
「僕を入れてもか?」
「お前が入って、戦力が変わるとは思えん」
「いや、うん、そうだね」
「あっさり認めんなよ……。まぁ、そうだな、もっとこう……、なんていうか、すばしっこくて、奴らをひっかきまわしたりとか、追い打ちをかけたり、背後から攻撃したり、そういう、『かゆいところに手が届く』的な奴がいないと、数で畳みかけられると厳しいんじゃないか。わかんねぇけど」
「ほう、ほう、なるほどなるほど」
僕は左奥にいる小柄な青年を見た。さっきから目を付けていた男だ。
「……お前、楽しそうだな」
「えっ」
キムにそんなことを言われて、僕は振り返った。
「目が生き生きしてる。ゴブリンと戦っていた時とはえらい違いだ」
「そ、そうかな。そんなことより、あいつなんかどうだ?」
左奥にいる小柄な男を指して、僕は言った。
「ルクスか、おお、良さそうだな」
「ルクス、ああ、最初に名前を呼ばれてた奴か」
僕は講堂でのことを思い出した。
「いやいや、学級分けの時に紹介されてただろうが。もう忘れたのか?」
「人の名前覚えるの、苦手なんだよ」
「でも、オレやメルのことは最初から覚えてたじゃないか」
「メルは美人だし……、MK2って名前は忘れようにも忘れられん」
「…………」
僕とキムが見ている間にも、ルクスは必死に戦っている。
うわ、すごい。ゴブリンの足の間をスライディングして背後を取った。
素早さにかけてはおそらく、ウチの学級一だろう。
だが、キムのような筋力があるわけでも、メルのような剣……棍棒さばきがあるわけでもないようだ。複数相手になると一気に苦しそうだ。
「それより、あいつなんかはどうだ? ウチの学級じゃ、どうもあいつとメルがピカ一っぽいぞ。たしか、ジルベールとか言ったか」
キムが最前線にいる男を指さした。
金髪、長髪。長身で、いちいち髪をかき上げながら戦っている。
それだけならちょっとした優男なのだが、なぜか、歴史上の武将のような口ひげとアゴひげをセットにしたようなヒゲを生やしているので、おそらく同年代であろうに、まったくそうは見えない。
持っているのは棍棒なのに、半身に構え、まるで細剣でも扱うようにひたすら連続突きを放つそのスタイルは、その長身故もあってか、ゴブリン相手には効果的なようだ。
「アレは……ダメだな」
僕は即座に却下した。
「え、なんで」
「アレは集団行動に向かなそうだ。自分のスタイルが完成されすぎていて、他の人に合わせるタイプじゃないんじゃないかな」
「でも、むちゃくちゃ強いじゃないか」
「むちゃくちゃ強いからこそ、だよ。今すぐに一緒に足並みそろえてっていうのは、ちょっと厳しいと思う」
「ほう……、まぁ、言われてみればそうかもな。動きも独特だしな」
キムは神妙にうなずいた。単純そうに見えるけど、キムはなかなか、思慮深い感じがする。
「あと……」
「え、まだあるのか?」
「名前が、ちょっとイタいよね」
「いや、『まつおさん』もどうかと思うぞ」
「『キムラMK2』にだけは言われたくないな」
とりあえず、方針は決まった。
メルは話している間に最前線のゴブリンと交戦を始めたので、僕とキムはとりあえず、左奥で苦戦しているルクスと合流することにした。
「やあ、ルクス」
「あ、アンタはたしか……まつおさん」
「え、覚えててくれたんだ?」
少し感動した。
「そんな変な名前、忘れるわけないだろ。そこの MK2も」
「……」
「……」
「な、なんだよ、手伝ってくれるんじゃないのか? うわっ」
「そのつもりだったんだけど、ちょっとやる気なくした」
「オレも」
「お、おいおい、うそだろ……、待て待て、待って! 悪かったから! さすがに3体同時はちょっと、うわっぷっ!!」
「グギュアアアアアッ!!」「ゲッゲッ!!」「ギュアヴラアアア!!」
ルクスは棍棒をまるで短剣みたいに手首で器用に動かして、ゴブリンたちの複合攻撃をそらしている。
「そんなことよりさ、ここにいるまつお大軍師殿に策があるそうなんだ。ちょっと乗ってみないか?」
「そ、そんなことよりってお前ら、このゴブリン共が見えねぇのかよ! そんなことよりはそっちの方だろ!! お前らが近づいたから、コイツら寄ってきたんだからな!」
「『そんなことよりはそっちの方』って、ちょっと何いってるかわかんないよね」
「うははは! たしかに」キムが笑った。
「わかった! わかった!! 策でもなんでも乗ってやるから!! とりあえずコイツらなんとかしてくれよ!」
「よし来た! やれ、キム!」
『お前は手伝わねーのかよ!!』
二人同時にツッコまれた。
「いやいや、そんなことより僕はメルに声をかけないと」
最前線にいるメルは明らかに損耗が激しい。早く合流して下がらせないと、もう保たないだろう。
「メル? ああ、あの高飛車女か」ルクスは言った。「あの女は声を掛けるだけムダだぞ」
「え、なんで?」
僕は手伝いもせずにルクスに聞いた。
「俺もついさっき、声を掛けたんだ。『敵が多いから、ここは一緒に組まないか?』ってね」
「おー、やるねールッ君」
僕は口笛を吹こうとしたが、唇が乾いていて音が鳴らなかった。
「ルッ君ってなんだよ! とにかく、バッサリ断られたよ。『足手まといはいらない』だとさ」
「お前レベルで足手まといなんだったら、『まつおさん』はもうなんというか、ダメだな。あきらめてジルベールに声をかけよう」
キムが容赦なく切り捨てた。
「いや、まぁ、それはそうなんだけどさ。まぁでも、とりあえず、やってみるよ。ほら、ここにいてもしょうがないし」
『だから手伝えよ!!』
同時にツッコむ男二人を残して、僕はメルの方へと小走りに駆け出した。
小鬼の持つ短剣の切っ先が、僕の肩当てを切り裂いた。
士官学校から最初に支給された布製のそれは装甲も薄く、肩口に鋭い痛みと出血が広がる熱い感触が広がっていく。
「まつおさん、減点5!」
「うるせーな……」
頭の中に響く指導教官の魔法伝達におもわず悪態をつく。
「ギュアアアアアア!!」
「お前もうるせーよ」
物語に出てくる鬼を身長145センチぐらいにしたようなゴブリンが、その醜悪な顔を引きつらせて、勝ち誇ったように挑発してきた。
どうやら、僕――「まつおさん」の物理戦闘能力は、それほど高くないようだ。
ということは、魔法に適正があるのか? それとも、弓か?
そう思って、見様見真似であれこれ試してみたが、どれも上手くいかない。
周囲を見渡すと、他の士官候補生の奮戦ぶりが伺える。
ゴブリンの攻撃を素早く回避して、背後に回り、ヤツの頸椎に致命的な一撃を放つ身軽な生徒。
斬撃を力任せに吹き飛ばし、全身の体重がこもった一撃を胸元に叩きつける大柄な生徒。
あれ、もしかして、僕って「才能」がないのか?
いや、それより……。
「キム、後ろ!」
僕は交戦中のゴブリンの二度目の斬撃をなんとかかわしながら、近くにいたキムに声をかけた。講堂にいたキムラMK2 だ。まさかクラスメートになるとは。
「っ!! ウォリャアアア!! 悪い! 助かった!!」
キムは目の前のゴブリンの斬撃を棍棒で弾いてのけぞらせると、木製の盾で後ろから飛びかかったもう一体のゴブリンの攻撃をがっしりと受け止め、そのまま弾き返した。
そのまま後ろのゴブリンの頭に渾身の一撃を叩き付けて即死させると、すぐさま振り返って、のけぞっていたゴブリンに反撃を開始する。
そうそう、ああいう戦い方がしたいんだよ僕は。
「まつおさん、ゴブリン1体倒すのにいつまでかかっている。減点1!」
「うるせー」
実地訓練初日で、僕はこの魔法伝達という大変便利な魔法が嫌いになりつつあった。
耳をふさいでも、目を閉じていても強制的に聞かされるというのは、ある意味暴力ではないだろうか。
「だが、キムラMK2の危機をよく助けたな。加点7!」
「へぇ……」
そんなのも評価対象なのか。
士官学校に入学式なんてものはなかった。
学級ごとに並ばされた僕たちは、まず布製の申し訳程度の防具と、棍棒か弓、魔法詠唱用の両手杖か片手杖を選ばされて、このゴブリンがやたらうじゃうじゃいる洞窟群に連行された。
その洞窟の一つが、僕たち「C組」の担当だ。
どうやら、ここでの実地訓練が最初の課題らしい。
入り口には休憩所があり、傷ついた場合はそこで神官の資格を持った指導教官が回復魔法をかけてくれる。また、武器が損耗した場合や、「やっぱり弓の方がいいんじゃないかな」なんていう時には、別の武器と交換もしてくれる。
でも、どの武器もしっくりこないから、とりあえず棍棒を選んでいる。
しっくりこないけど、弓やら杖やらよりは、まだこれのがマシだった。
実際、ほとんどの生徒が棍棒を選んでいる。
魔法なんてまだ誰も何も教わっていないから使える奴なんていないし、一人で弓を持ってゴブリンの大群と戦うのも非現実的だ。
それにしても……。
ゴブリン1匹にだらだらと苦戦しながら、僕は周りを見渡した。
ちょっと、ゴブリン、多すぎじゃない?
辺りには同じ学級の士官学校生たちがひしめき合っている。
洞窟の内部は広いようだが、音の反響はすさまじく、ゴブリンの短剣と僕たちの棍棒が打ち合う金属音と時折聞かされる魔法伝達で耳がおかしくなりそうだった。
「グギュアアアアッ!!! グッ、ギギッ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
1体のゴブリンを仕留めた銀髪の美女が、荒い息を吐きながら、銀縁《シルバーフレーム》の眼鏡をずり上げた。たしかメルという名前だ。彼女も講堂で見かけた。
惚れ惚れするような華麗な剣さばき……じゃなかった、棍棒さばきでゴブリンをバッタバッタと仕留めていたが、10体を越えたあたりから疲労の色が濃くなり、動きが鈍くなっているように感じる。……合計3体しか倒せていない僕に言われては、彼女も大いに心外だろうが。
だが、彼女だけではない。
疲労困憊になったり、傷を負ったりしてキャンプに逃げ帰る生徒が多くなってきた。
戦闘能力の高い生徒ほど、顕著にその兆候が見られる。……それはそうだ。やれてしまう
分、動くわけだから。
キムことキムラMK2はその点、まだまだ余力がありそうだ。
さすが体力自慢、といったところだが……、だが、やはりゴブリンの数が多い。
彼もいつまで保つことやら……。
「なぁ、キム」
「なんだよ……、って、うわっ、お前マジかよ。まだソイツ終わってねぇの?」
キムがドン引きした顔で僕を見る。
僕の相手をしているゴブリンは完全に攻め疲れをしていて、ゼェゼェ言いながら僕に攻撃を続けていた。
「お前もうそれ、倒してやれよ。なんか逆にかわいそうだよ。こんな悲しそうに攻撃してるゴブリン見たことないよ」
「グギッ、ググッ、ゼェ、ゼェ……、グギギッ!」
「いや、うん、そうなんだけどさ、うわっ!!」
ゴブリンの必死の攻撃が頭をかすめて、僕は思わず尻もちをついた。
「お前、余裕あるんだかないんだか、どっちなんだよ……」
「余裕なんてないよ。ただ、さ。このままだと、もっと余裕がなくなると思わない?」
僕は顎をしゃくって、洞窟の奥を指した。
奥には元気の有り余ったゴブリンの大群がこちらの戦況を伺っているのが見える。
「うーん、たしかになぁ……ふんっ!!」
「グギャアアアアッ!!」
キムの渾身の一撃が、僕が交戦していたゴブリンの後頭部に命中した。
「おっ、ありがと」
「……お前のためじゃないよ。そのゴブリンのためだ」
キムは絶命したゴブリンを弔うように、少しの間だけ目を瞑った。余裕があるのはどっちだよ。
「で、なんだって?」
「こいつら、バカに見えるけどさ、ほら、ちゃんと統制が取れているんだよ。僕みたいな弱っちいのにはしつこいけど、あっちのメルなんかが相手の場合は、ほら、傷を負ったら撤退して、また別のゴブリンが攻撃してる。ああやって、メルを疲れさせてるんだ」
「おお、お前よく見てんな……、仕事してないから」
「まあな」
「褒めてねぇし」
「たぶん洞窟の奥に指揮官みたいなのがいて、そいつが指令を出してる。その一方の僕たちは、何も考えず、ただバラバラに思いのままに攻撃しているだけ」
「……」
「本当にバカなのは、どっちだと思う?」
「ふんっ、なるほどな」キムがニヤリと笑った。「で、どうするんだ?」
「キム一人で、休憩なしで一気にゴブリン何体倒せる?」
「うーん、1 体ずつが相手なら、たぶん、何匹でも」
「お前すげぇな……さすが MK2」
「……ゴブリンの前にお前倒すわ……」
キムが棍棒を僕に突き付けた。笑っているが、目が笑ってないように見える。自分の名前のくせに、MK2って呼ばれるのはものすごく恥ずかしいというのが、こいつの弱点らしい。
「そこのメルと二人なら、洞窟の奥まで突破できるか?」
僕はメルを棍棒で指さした。肩で息をしながらも、メルは必死にゴブリンと戦っている。苦しそうにしているのに妙に絵になるのだから、なんというか、ずるい。
「うーん……、厳しいんじゃないか」
「僕を入れてもか?」
「お前が入って、戦力が変わるとは思えん」
「いや、うん、そうだね」
「あっさり認めんなよ……。まぁ、そうだな、もっとこう……、なんていうか、すばしっこくて、奴らをひっかきまわしたりとか、追い打ちをかけたり、背後から攻撃したり、そういう、『かゆいところに手が届く』的な奴がいないと、数で畳みかけられると厳しいんじゃないか。わかんねぇけど」
「ほう、ほう、なるほどなるほど」
僕は左奥にいる小柄な青年を見た。さっきから目を付けていた男だ。
「……お前、楽しそうだな」
「えっ」
キムにそんなことを言われて、僕は振り返った。
「目が生き生きしてる。ゴブリンと戦っていた時とはえらい違いだ」
「そ、そうかな。そんなことより、あいつなんかどうだ?」
左奥にいる小柄な男を指して、僕は言った。
「ルクスか、おお、良さそうだな」
「ルクス、ああ、最初に名前を呼ばれてた奴か」
僕は講堂でのことを思い出した。
「いやいや、学級分けの時に紹介されてただろうが。もう忘れたのか?」
「人の名前覚えるの、苦手なんだよ」
「でも、オレやメルのことは最初から覚えてたじゃないか」
「メルは美人だし……、MK2って名前は忘れようにも忘れられん」
「…………」
僕とキムが見ている間にも、ルクスは必死に戦っている。
うわ、すごい。ゴブリンの足の間をスライディングして背後を取った。
素早さにかけてはおそらく、ウチの学級一だろう。
だが、キムのような筋力があるわけでも、メルのような剣……棍棒さばきがあるわけでもないようだ。複数相手になると一気に苦しそうだ。
「それより、あいつなんかはどうだ? ウチの学級じゃ、どうもあいつとメルがピカ一っぽいぞ。たしか、ジルベールとか言ったか」
キムが最前線にいる男を指さした。
金髪、長髪。長身で、いちいち髪をかき上げながら戦っている。
それだけならちょっとした優男なのだが、なぜか、歴史上の武将のような口ひげとアゴひげをセットにしたようなヒゲを生やしているので、おそらく同年代であろうに、まったくそうは見えない。
持っているのは棍棒なのに、半身に構え、まるで細剣でも扱うようにひたすら連続突きを放つそのスタイルは、その長身故もあってか、ゴブリン相手には効果的なようだ。
「アレは……ダメだな」
僕は即座に却下した。
「え、なんで」
「アレは集団行動に向かなそうだ。自分のスタイルが完成されすぎていて、他の人に合わせるタイプじゃないんじゃないかな」
「でも、むちゃくちゃ強いじゃないか」
「むちゃくちゃ強いからこそ、だよ。今すぐに一緒に足並みそろえてっていうのは、ちょっと厳しいと思う」
「ほう……、まぁ、言われてみればそうかもな。動きも独特だしな」
キムは神妙にうなずいた。単純そうに見えるけど、キムはなかなか、思慮深い感じがする。
「あと……」
「え、まだあるのか?」
「名前が、ちょっとイタいよね」
「いや、『まつおさん』もどうかと思うぞ」
「『キムラMK2』にだけは言われたくないな」
とりあえず、方針は決まった。
メルは話している間に最前線のゴブリンと交戦を始めたので、僕とキムはとりあえず、左奥で苦戦しているルクスと合流することにした。
「やあ、ルクス」
「あ、アンタはたしか……まつおさん」
「え、覚えててくれたんだ?」
少し感動した。
「そんな変な名前、忘れるわけないだろ。そこの MK2も」
「……」
「……」
「な、なんだよ、手伝ってくれるんじゃないのか? うわっ」
「そのつもりだったんだけど、ちょっとやる気なくした」
「オレも」
「お、おいおい、うそだろ……、待て待て、待って! 悪かったから! さすがに3体同時はちょっと、うわっぷっ!!」
「グギュアアアアアッ!!」「ゲッゲッ!!」「ギュアヴラアアア!!」
ルクスは棍棒をまるで短剣みたいに手首で器用に動かして、ゴブリンたちの複合攻撃をそらしている。
「そんなことよりさ、ここにいるまつお大軍師殿に策があるそうなんだ。ちょっと乗ってみないか?」
「そ、そんなことよりってお前ら、このゴブリン共が見えねぇのかよ! そんなことよりはそっちの方だろ!! お前らが近づいたから、コイツら寄ってきたんだからな!」
「『そんなことよりはそっちの方』って、ちょっと何いってるかわかんないよね」
「うははは! たしかに」キムが笑った。
「わかった! わかった!! 策でもなんでも乗ってやるから!! とりあえずコイツらなんとかしてくれよ!」
「よし来た! やれ、キム!」
『お前は手伝わねーのかよ!!』
二人同時にツッコまれた。
「いやいや、そんなことより僕はメルに声をかけないと」
最前線にいるメルは明らかに損耗が激しい。早く合流して下がらせないと、もう保たないだろう。
「メル? ああ、あの高飛車女か」ルクスは言った。「あの女は声を掛けるだけムダだぞ」
「え、なんで?」
僕は手伝いもせずにルクスに聞いた。
「俺もついさっき、声を掛けたんだ。『敵が多いから、ここは一緒に組まないか?』ってね」
「おー、やるねールッ君」
僕は口笛を吹こうとしたが、唇が乾いていて音が鳴らなかった。
「ルッ君ってなんだよ! とにかく、バッサリ断られたよ。『足手まといはいらない』だとさ」
「お前レベルで足手まといなんだったら、『まつおさん』はもうなんというか、ダメだな。あきらめてジルベールに声をかけよう」
キムが容赦なく切り捨てた。
「いや、まぁ、それはそうなんだけどさ。まぁでも、とりあえず、やってみるよ。ほら、ここにいてもしょうがないし」
『だから手伝えよ!!』
同時にツッコむ男二人を残して、僕はメルの方へと小走りに駆け出した。
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右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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