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2章 恋焦がれて

会長は恋する乙女①

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 ある日の土曜日。

「ここが雨宮先輩の家ですか……」

「左様でございます、咲お嬢様」

 私、鏡見咲は華蓮先輩に連れられて雨宮生徒会長の家の前にへと来ていた。

 何でも雨宮会長が私に学校では言えないプライベートな用があるらしいとのこと。会長は生徒会関係で華蓮先輩と付き合いがあり、そして私の中学時代の先輩後輩でもある。雨宮先輩と言ってしまうのはその時の癖だ。

 しかしながら、私は連れられてきたその家を見て唖然としていた。

「あ、あの華蓮先輩。これが本当に家なんですか」

「はい、そうです」

 私が指さしたその先、その方向には家と呼んでいいのかとわからない程の明らかに大きすぎる豪邸が立っていたのである。

 しかもその家の周りはかなり大きな庭が広がっており、それを囲むようにレンガ造りの壁がある。さらに正面には大きな門が佇んでおり、まさに創作の世界に出てきそうなびっくりするほどの豪邸なのだ。

「お嬢様は雨宮会長と中学時代の付き合いと聞きましたが、家にはいかれなかったんですか?」

「いえ、そこまでのお付き合いではなかったので。家には行ったことなかったんですよ。豪邸とは聞いていたんですが、まさかここまでとは……」

 中学時代にも先輩の家はお金持ちだと聞いていたので、家もさぞ立派と思っていたが想像をはるかに超えており、唖然としてしまう。

「えぇ。そのようですね。……。」

 私の驚きと興奮とは真逆になぜか先輩の歯切れが悪い。一体どうしたのであろう。私はすぐに問い詰めることにした。

「華蓮先輩どうされました? 何か具合でも? それとも会長のことでなにか?」

「いえ、あのですね。今から会う会長の雨宮優(あまみやゆう)なんですが、彼女には私たちの主従関係を悟られたくはないのです」

「主、主従関係……?。あ、あぁそうですか。確かにそれはそうかもしれませんね」

「はい。咲お嬢様のご友人には既にお伝えしてはいますが、会長である彼女にはやはり教えるのはあまりよろしくないと思ってるんです」

 華蓮先輩の言うとおりだ。そもそも先輩とのこのメイドと雇い主という関係性。本来は異常なことなのだ。先輩は学園の皆が憧れの方だし、私は平々凡々の一生徒。そんな二人がこんな主従関係と知られたらえらいことだ。絶対にみんな暴徒化する。多分自分は生きていられないだろう。

 友達の麻也香ちゃんと天音ちゃんには以前の海のホテルに行ったときに話しているのだが、私から周りにばらさないようにとはお願いしてる。先輩も私の特に仲の良い友人だからとそのことは承諾してくれた。

 ただし会長ともなると話は別だ。会長とは多少面識あるけど、先輩とはあまり仲は良さそうではないらしい。だから黙ってくれる保証はないし、むしろ情報がより広がるのが目に見えている。だからバレずに済ますしかない。なにか手を打たないと。

「華蓮先輩。じゃあどうしましょうか。とりあえず話し方を変えれば何とかなる気もするのですが。華蓮先輩がため口で私にはなしかけて」

 それが無難だろう。私は華蓮先輩に敬語で話してるから特に問題はないけど、本来の後輩である私に先輩が敬語で話しかけてくるのは普通なら不自然だ。慣れてしまったけど。

「え、そ、それは……」

 しかしながら先輩の表情は複雑であった。嫌そうな顔というよりかは気恥ずかしそうな表情というか。

「む、無理です。お嬢様にタメ口で話すなんて。そんな恐れ多いこと」

「いえ、別に私は大丈夫ですよ。本来は学園の先輩後輩なわけですし、タメ口で話すのが普通なんですから。私は気にしませんから。いやむしろばれたらまずいのでしてもらわないと」

「そ、そうですか。く、くぅ……。で、では」

 すんごく辛そうだけど、先輩は一度深呼吸をしてそして手を胸に当てて気持ちを落ち着かせる。すると目がきりっとしていつも学園で見る先輩の表情になった。

「では行くわよ。鏡見咲さん」

 そしてその表情のままカッコイイ声色で私を呼んだのだ。

「ぐふっ!!」

「お、お嬢様!?」

 私は大ダメージを受けて、その場に膝をついた。華蓮先輩は慌てて私の元に駆け寄り、そして抱え込んでくれた。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ。大丈夫です。ただの致命傷です」

「大丈夫じゃないですよ!!?」

 そういえば学園のクールな先輩に話しかけられたのは初めてだった気がする。だからこそここまで破壊力が高かったのだろう。先輩とは学園ではなるべく会わないようにしてるし、顔を合わすのは下校時のみで、そのときはもうメイド口調になっている。

 でもそんなクールなままの先輩の話し方、素敵すぎる。カッコ良すぎる。イケメンすぎる。

 これは少々きついかもしれない。なんたる誤算であろうか。しかし耐え抜かなくてはいけない。先輩との関係を壊すわけにはいかないから。そう思い、私は先輩に手を取ってもらって立ち上がろうとした。その時である。


「あなた方が、優お嬢様の来客者ですか」

 突然、門の中から一人の女性の声がしたのだ。私と華蓮先輩は、視線をそこに移す。

「メ、メイドさん!?」

「あなたは優のメイドさん……」

 立っていたのは、眼鏡をかけた茶髪セミロングの女の子であった。年は私たちより少し上だろうか。格好も華蓮先輩が普段着ているものと微妙に違うデザインのメイド服を身に着けている。色も少々青みを帯びている。

「せ、先輩。この方ご存じなんですか?」

「えぇ、青島涼葉(あおしますずは)さん。雨宮優の家に使えるメイドさんで、近所の大学に通う一回生よ」

「そ、そうなんですか……」

 先輩の軽い説明を聞き、再び彼女の元に視線を戻す。すると彼女は門のカギを開け始めていた。

「ご紹介ありがとう。優お嬢様がお待ちしております。さ、中へどうぞ」

 涼葉さんは淡々とした口調と動きで門を開ける。ぎいぃという鉄の門の開閉音を聞きながら、私たちは敷居内へと入った。私たちが入ったのを確認すると、涼葉さんは再び門を閉めてカギをかけた。

「さ、早く行きましょうか。厄介ごとは早々に終わらせたいですし」

 彼女はどこか気だるそうに私たちの前を先導し始めた。いったいどうしたのだろうか。気になってこっそりと先輩に話かける。

(華蓮先輩、なんだか涼葉さん、すごく不機嫌そうじゃないですか? 私たち何かしてしまいましたかね?)

(いえ、我々のことではありませんよ。多分彼女が一番めんどくさがってるのは……。)

(先輩?)

(いずれわかります)

 先輩は最後まで理由を言ってくれなかった。いずれわかるとはどういうことだろうか。思わず首をかしげてしまう。

 しかしそんな内緒話をしていると、いつの間にか豪邸の入り口近くまで来ていた。ここまで近寄ると、この家の大きさと豪華さに圧巻される。玄関前にはなんか美術品の様な石像が置いてあったり、見たことのない高級そうなきれいな花も植えられている。

「こちらへ」

 涼葉さんは今度はその建屋用のカギを取り出して開錠する。そして大きな両扉を彼女はドアノブを持って、力いっぱいに開けた。

「ふう。えぇと、下駄箱はそこにあります。今日は誰も来られないのでお好きな場所に入れてもらえればいいです」

「は、はい」

 入って左手には20人分くらいの下駄箱が並んでいる。私と先輩は言われたとおりに靴を脱いで、箱に入っていたスリッパに履き替える。

「履き替えてもらったらお客様用の部屋に案内しますね」

 再び、彼女の先導で家の中を歩き始める。

「ほへぇ~~」

 家の中は何ともすごい光景である。床一面には赤い絨毯が敷いてあり、目の前には二方向から二階へと上がれるらせん状の階段が設けられている。そこの中央にはこれまた大きなオブジェが飾られていた。さらに天井にはシャンデリアが吊るされており、部屋の壁には絵画も置かれている。

 こんなのが現実に存在するのかと、さっきから驚いて声が出ない。しかし先導するメイドさんはともかく、華蓮先輩はこの内装に特に動揺している様子もない。なんだが私だけがテンパっているのが恥ずかしくなってくる。だけどやっぱり私は物珍しくなって、あっちこっちに視線が行ってしまう。

「おじょ、うぅん。鏡見咲さん、前を見ないと危ないわよ」

「ふは!? は、はい!!?」

 そんな様子をさすがに見かねたのか、華蓮先輩は私に注意を促してくれた。とはいえ先輩も言いなれない口調に言葉が詰まっているようだ。そして私自身も先輩口調の言い回しを聞きなれていないので、焦って変な声が出てしまった。

「だ、大丈夫……ですか。あぁいや大丈夫? 咲さん」

「い、いえあのその。ありがとうござます」

 足元もぐらついてしまった私を先輩はまた手を取って抱えてくれた。やはりいつもとは違う口調で言われると、ドキドキが加速する気はする。なんとなく先輩の顔も赤かった。


「……………」

 そんな私たちのやり取りを涼葉さんはなんだが遠い目で見ていた。そして大きくため息をついていた。


「あの、そんなイチャイチャした展開見せられても、私どうしていいかわからないんですが」

「イ、イチャイチャなんかしていないわ!!」

「そ、そうです。でたらめを言わないでください」

 私たちはお互いの握った手を放して思い切り否定する。しかし涼葉さんは表情は依然変わらない。なんかとってもめんどくさそうな顔されてる。

「お二人の関係がなんとなく分かりました。はぁ、これは優お嬢様は前途多難だなぁ……」

 涼葉さんはそういうと、また大きくため息を吐いていた。『前途多難』とはどういうことだろう。

「あぁ、気にしないでください。こちらの問題ですから」

 彼女はそんな私の懐疑的な表情から考えを察すると、苦笑いしながら言葉を返してくれる。

「さぁ、着きました。ここがお客様用の部屋です。少々狭いですが、しばしお待ちを。私はあのバカ、いえ優お嬢様を連れてきます」

 部屋につくと、そのまま扉を開けて入室を促してきた彼女。私たちはその言葉に従い、部屋にある長机の近くに置かれていた椅子へと座った。そして涼葉さんは軽くお辞儀をすると、そのまま出て行ってしまった。


「あの、先輩。今あの人、会長のこと、バカって言いませんでした?」

「そのようね。まぁ、何というかそれもすぐにわかるわ。雨宮優会長殿は、本当にギャップがありすぎるから……」

「???」

 また先輩が会長のことを考えて、残念そうな邪魔くさそうな表情を浮かべている。すぐわかるといって教えてくれないし、いったい何だっていうんだろう。

「ギャップかぁ。雨宮先輩ってそんなことあったっけなぁ?」

 中学時代の雨宮先輩は普通に厳しく、それでいて優しく皆を指導する立派な方であった。裏表があるとはあまり思えないけど。

 そう考えているとなんと別の部屋から大声が聞こえてきた。



「とっとと出てこ~い!!!! このバカ娘がぁぁ!!!!」

「い、いやよいやよ!!! ま、まだ心の準備ができていないんだから!! もうちょっと待ってもうちょっと待って!! 涼葉ちゃん!!!!!」

「自分で招いといて、なんで出ていかないんですか!! もう来てるんです!! 待たせてるんです!! 毛布にくるまってないで早く出てこい!!! バカ主人!!!」

「無理無理無理!! 私、緊張でバクバクで!! ちょ、ち、そこは、ああ~~~~!!!!」



 メイドさん以外の女性の声、そして鳴り響く馬鹿でかい物音。何か得体の知れないことがどこかで巻き起こっているようだ。しかしそんな状況になっても先輩はどこ吹く風ですっごく無関心。

「えぇ!? 雨宮先輩の声!? か、華蓮先輩!? いったい何が起こってるんですか!?」

 私がそう聞くと、華蓮先輩は軽く苦笑いを浮かべ口を開いた。

「始まりましたよ。本当に面倒ごとが」
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