富士見の丘で

らー

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21.報酬

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 収穫したばかりの湘南ポモロンが入ったカゴを持って作業場に来た。3面が壁に囲まれた建物の中央には作業台があり、奥には農機具や段ボール箱、プラスチックカゴなど様々な物が収納されている。

「今日は蒸し暑いですね」と昇が大型の扇風機をつける。

「じゃあ次はですね、ポモロンを袋詰めしてもらいます」

 昇が作業台にカゴを置く。千勢も持っていたカゴを隣に置いた。

「まず、1袋にレッドとゴールドを3個ずつ入れます。1個がおおよそ80gなので6個で約480g。プラスマイナス20gで、460~500gになるようにしてください。大きいものがあれば小さいものと組み合わせて、なるべく同じ重さにしてくださいね」

 カゴからトマトをいくつか取った昇は、作業台にある秤のザルに6個乗せた。ちょうど480g。さすがプロ。そして置いてあったビニール袋を1枚広げる。

「次に袋詰めですが、並べたとき見栄えよくするために左側にゴールド、右側にレッドと揃えるようにしてください。さらに湘南ポモロンの紙を入れます」

 名刺大の白い紙には「神奈川県育成品種 湘南ポモロン レッド&ゴールド」と書かれている。下に小さく山崎ファームの名前と電話番号も載っている。

「最後にバッグシーリングテープで袋を閉じます。口の部分をクルッとねじって、シーラーの隙間に押し込みます」

 ガッチャンと音がして袋がテープで閉じられた。

「これで完成。簡単でしょ?」

「ええ。流れは分かりました」

「じゃあ、ちょっとやってみましょう」

 千勢は目についたポモロンを取りポンッポンッと秤に6個乗せた。483g。袋にスッスッと入れ、シーラーでガチャンと閉じる。

「おっ。やっぱりちーちゃんスジがいいですよ」

「昇さん、さては褒めて伸ばすタイプですね」

 お世辞とは分かっていてもやはり褒められると気分が弾む。

「じゃ、これを30分くらいでやってみましょうか」

 また昇が目標を定める。自分のペースで出来る主婦業に慣れすぎて、他人からノルマを決められるとプレッシャーを感じてしまう。

「え!? これ全部ですか?」

「今日は収穫量も多いし、初めてですから、もし全部終わらなくても午後に追加の搬入をすることもできます」

 そう言われてしまうと逆に「全部やってやろうじゃん!」とやる気になる。

 ポモロンを軽量して、袋に入れて、口を閉じる。千勢は黙々と続けた。

 30分経った頃、昇が様子を見に来た。あと1~2袋分を残すところだった。

「ちーちゃん、すごいわー! ウチの佳奈より早いんじゃないですか!?」

「またおだてて……。でも全部やり切れそうでよかったです」

 昇は袋詰めされたポモロンの検品を始めた。一つ一つ手に取り全部確認した。

「うん、大丈夫。さすがですね。これから納入に行ってきますんで、ちーちゃんは休憩しててください。1時間くらいかかるから一旦帰ってもいいですよ。で、お昼ご飯は一緒に食べましょう」

 昇は軽トラの荷台にポモロンの箱を軽々と乗せた。すでに大玉など他の品種のトマトの箱も積まれていた。

「あと……。この紙なんですけど、もう少し何とかなりませんか?」

「ん? と言いますと?」

「なんて言うか、シンプル過ぎて。ポモロンのかわいさが伝わらないんですよね」

「あー、これね。JAのフォーマットを使わせてもらったんだけどね」

「買うほうの立場、主婦目線で見ると、知らない品種ってどう料理していいか分からなくてためらっちゃうんです。この『生でも加熱しても』って表現もイマイチ。もっとポモロンの良さを前面に出して。それにはレシピですよ。細かい調味料とかは要らないんです。主婦は献立のヒントが欲しいんですよ。こんな料理にも、あんな料理にもってレパートリーが広がるような」

 千勢は梱包しながら考えていたことを一気にしゃべった。

「なるほど。主婦のアイデア、いいですね」

「あと、山崎ファームの名前だけじゃなくて写真とか似顔絵とか入れたほうがいいですよ。最近、『顔が見える野菜』が流行ってますけど、やっぱり親近感ありますもん。イメージが残るからリピーターにもなってもらいやすいです。私がそうでしたから」

 力説しすぎて、昇は呆気にとられていた。予算とか手間とか考えずに好き勝手なことを言ってしまったと反省する。

「そうですね。ちーちゃん、ありがとう。考えてみます。そろそろ時間なので、また話しましょう」

 千勢は「たくさん買ってもらえますように」と祈りながら軽トラを見送った。



 ミルクの様子が心配だったから、千勢はすぐに家に戻った。中に入り「みーちゃん」と声を掛けるとミィーと鳴き声がした。

 お気に入りの縁側で横になっていた。エリザベスカラーのおかげで優雅な王子様の昼寝に見える。

「みーちゃん、お薬の時間だよ」

 病院で教わったとおり何とか薬をのませ、キャットフードを皿に盛った。カリッカリッと音を立てる。食欲はありそうなので安心した。

 千勢はふと思い立って将太のらくがき帳を開いた。頭の中にあるイメージを紙に書きだしてみる。30分ほどで書き上げると「ちょっと見てもらうだけね」と独り言を言ってリュックに仕舞った。



 再び山崎ファームを訪れると佳奈が来ていた。

「ちーちゃん、お疲れ様でした。大変だったでしょう」

「佳奈ちゃん! 疲れたは疲れたけど心地いい疲労感ですね。それより体調はどうなの?」

「ご心配をおかけしてすみません。少しゆっくりさせてもらったんでもう大丈夫ですよ」

 佳奈は右腕で力こぶを作って見せた。少し痩せたかも。無理して笑顔を作っているように見える。

「じゃーん。これ、ちーちゃんとお昼ご飯食べるからいっぱい作ってきましたー」

 テーブルの上には大小のプラスチック容器が置かれ、さらに氷水に浸したポモロンもある。佳奈がフタを開けると、おにぎり、唐揚げ、玉子焼き、キュウリの漬物などがぎっしりと詰まっていた。

「なんかピクニックみたい。佳奈ちゃん、ありがとう」

 佳奈に前日のミルクの怪我のことなどを話していると昇が戻って来た。

「無事、納入終わりました。ちーちゃん、本当にお疲れ様でした」

 昇が千勢の前に銀行の紙封筒を差し出した。

「これ、少ないですけどバイト代として」

「いえいえ。みーちゃんを助けてもらったお礼ですから。頂けませんよ」

「こちらも、みーちゃんのお礼はいいんです。佳奈の代わりに来てもらえて助かりました」

「でも、私が手伝いたいと言って手伝ったんですよ」

 千勢は断固として受け取ろうとしなかった。まだ善意を素直に受け取れない自分がいる。

「じゃあ、ちゃんと言いますね。今日、楠木さんの働きぶりを見て素晴らしいなと思いました。だからこれは当然の報酬です。ぜひまたお願いしたいんですが、ボランティアだと好意に甘えることになり、頼みにくくなります。今後のためにも受け取ってください」

「そんな……。そこまで言ってもらえるなんて。ありがとうございます」

 千勢はおじぎをしながら両手で封筒を受け取った。仕事をしてお金をもらう。それが報酬なのだ。

 じんわりと気持ちが温かくなった。体の末端まで血が通うように、ジワジワと喜びが広がっていく。これは充足感というのだろうか。

 稔も主婦としての千勢を褒めてはくれたが、それは愛情がベースにあるから。専業主婦の仕事に対してお金という報酬をもらったことは、もちろんない。

「お給料を頂けるなんて思ってもなかった。こんなに嬉しいもんなんですね」

「よかったですね、ちーちゃん。じゃあ、お昼ご飯食べましょ」

 そう言って佳奈がポットの麦茶をプラカップに注ぎ始めた。昇も千勢もパイプ椅子に座った。

「おにぎりは手前が鮭、真ん中が梅、奥が塩昆布です」

「じゃあ鮭にしよう。いただきまーす」

 ほお張るとホロッとほぐれる絶妙な握り具合。塩がしっかりきいていて、汗をかいた後にはちょうどいい塩梅。鮭もフレークではなく切り身がゴロッと入っていて食べ応えも十分だ。

「おいしい。本当おいしい。佳奈ちゃん天才!」

 千勢は瞬く間に1個を平らげてしまった。唐揚げも玉子焼きも一口でパクリ。今度は梅干しのおにぎりに手を伸ばす。

「すごくお腹がすいていたみたいで……」

 まるで男子高校生みたいな食欲に、千勢は恥ずかしくなって言い訳した。

「そりゃそうですよ。かなり重労働ですもん」

「やっぱり体を動かすとご飯が美味しいですね」

 稔が亡くなってからこんなに食物が美味しいと感じたのは初めてかもしれない。ひと口、またひと口とほお張るたびに、千勢は食べる喜びを思い出していた。疲れ果てた体にエネルギーが満ちていく。生きているんだと実感する。

 佳奈が「これもぜひ」と、氷で冷やしたポモロンを勧める。

「んー! 冷たくてみずみずしい。これは最高の食べ方ね」

「ちーちゃん、ホント美味しそうに食べますね」

「美味しいものを美味しい顔して食べると、もっと美味しくなるのよ」

 よく稔が同じことを言っていた。

 心地よい風が白髪交じりの髪を揺らす。草いきれが千勢の記憶のフタを開ける。

 稔と登山に行くときお弁当は必ずおにぎりだった。2人が一番好きな具材は鮭。次に梅干しと塩昆布。

「頂上で食べるおにぎりって最高の贅沢だよね」

 稔のクシャッと笑った顔が浮かぶ。もう二度とあの笑顔は見られない……。


 昇に「ちーちゃん」と呼ばれてハッとした。

「先ほどのポモロンのカードの事なんですけど、何とか実現できればと思うんですよね」

「なになに? 何のこと?」

 佳奈が聞くと、昇が千勢のアイデアを説明した。

「すごい! 主婦目線なんて、さすが!」

「ふふ。主婦の年季が違いますからね」

 千勢は「それで、私なりに考えたんですけど」と前置きして、リュックから将太のらくがき帳を取り出す。

「さっき家で試しに書いてみたんです」

 表紙をめくると昇と佳奈が「おおっ」と声を揃えた。

 中央にトマトをかたどった湘南ポモロンのロゴマーク。その上に「サラダはもちろん 煮ても焼いてもおいしい」のキャッチコピー。下には昇と佳奈の似顔絵。

「かわいいですね!」「これ私たち? すごい似てる」

 気分がよくなった千勢はらくがき帳をもう一枚めくった。なんとなく思いついたレシピをまとめたのだ。


『ポモロンソテーのチーズ乗せ』……ポモロンをバターで焼いて、とろけるチーズを乗せて。

『ポモロンのコロコロサラダ』……レッド&ゴールド、アボカドをサイコロ状に切ってワサビマヨネーズで和えて。

『ポモロン肉じゃが』……いつもの肉じゃがのお肉を鶏肉に変えて、ポモロンを一緒に煮込んで。


「おいしそう!」「しかも簡単にできそう」「デザインもかわいい」

 2人からすごい勢いで褒められて、「勝手にイメージして書いたらくがきですけど……」と千勢は謙遜した。

「これは採用ですね! うん。この方向で行きましょう」

 昇が断言した。佳奈も力強く頷く。

「よかったぁ。出しゃばったかなと心配だったんですけど、お役に立てそうで光栄です」
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