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【閑話】難しい問題(三琴視点)
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『R-beat』で成海さんの演奏を聴いて以来、俺は悩んでいた。
彼女にギターボーカルをやってもらえたら、バンドとしてはすごく映えるだろう。
柔らかな木漏れ日のようにとても温かい。それが、初めて彼女の演奏を聴いたときの印象だった。
木漏れ日の下で歌う少女はキラキラと輝いていて、とても楽しそうにギターを弾いていた。
自然の木々達がそれに共鳴するかのようにバックコーラスを奏でて、その姿は非常に神秘的で美しかった。彼女が歌い終わった頃には人集りが出来ていたっけ。
音楽を心の底から楽しんでいる。その姿が、今はもう会うことは出来ない母の姿と重なって見えた。
しかし、理想はあくまで理想。
なぜなら、若が言う厄介な問題が残っているからだ。原因の一つは俺のせい。
どうすればいいか考えていると、知らない女子に声をかけられた。そして人気のない所まで連れてこられる。
「三琴君、よかったらこれ食べて! 昨日一生懸命作ってきたんだ。中身は普通のクッキーだから」
「ありがとう」
とりあえず、当たり障りのない返事をする。
甘いものは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。
しかし、それを渡そうと女子がこちらに近づいて来る度に、俺は少しずつ距離をとる。
「あの……受け取ってもらえないのかな?」
「気持ちは嬉しいんだけど、ゴメンね」
俺にはそれを受け取る事が出来なかった。
「こっちこそ、いきなりじゃ迷惑だったよね。ごめんなさい……っ」
涙を浮かべて、女子は走り去った。
またやってしまった。内心でため息をつきつつ反省する。
傷つけたいわけじゃないけど、どうしてもそれを受け取る事が出来ない。
女の人が怖い──その感情に支配されている俺は女子が苦手だった。
女子に近づいて来られると、身体が萎縮して震えが止まらなくなる。触れられたりしようものなら、発作を起こして激しく気分が悪くなり気を失ってしまう。
──俗に言う、女性恐怖症。
俺がこんな体質だから、若はメンバーに女子を入れることを必然的に避けている。
だけどこの前、『R-beat』で成海さんの演奏を聴いた時、あることを確信した。
若は彼女をボーカルにしたいと思っている──本人が気づいているかは別として。
口では否定してたけど、顔にはそう書かれていなかった。
きっと、彼女の演奏に魅せられていたんだと思う。だけど、俺に気をつかってわざと嫌な素振りをしてると気付いた。
若が嘘をつくときに見せる小さな癖を、俺は知っているから。左方向にそっと視線を流す時、若は決まって何かを隠してる。
この体質を克服出来れば、若に迷惑をかけずに済むんだけどな。
どうすれば、克服出来るのか。
向こうから近づいて来られるのは100%無理だ。でも、自分から近づく分にはある程度は大丈夫。
しかし、触れる事は出来ない。というより発作を起こして以来試した事がない。
どこまで耐えれるのか、まずは知る必要があるな。
この学園に入って俺に話しかけてくる女子は多い。若が一緒でない時、限定で。
何度か告白も受けたけど、彼女達の熱っぽい視線が苦痛で堪らない。
それは過去、告白を断り逆上した女子が無理矢理迫ってきた経験があるから。
俺がそういう女子に抱く感情は共通している。俺の事をよく知りもしないのに何故好きと言えるのか、理解出来ないというものだ。
彼女達が口を揃えて言うのは『一目惚れ』という単語。外見しか見えていない彼女達が、俺の体質を知って変わらず好きだと言えるのか疑問でしかない。
外見ではなくきちんと中身を見てくれる人。そういう女子が現れれば──
その時、足音を極力抑え、不自然に顔を壁側に向けた状態で固定して歩く成海さんを視界に捉えた。
前を見ていない成海さんは、すぐ前方に消火器のボックスがあることに気づいていない。
彼女はギタリスト。もし転んで手でも怪我したら大変だ。
声を掛けていたら間に合わない。そう思った俺は、気がつくと一歩踏み出して成海さんの手首を掴んでいた。
やってしまった。
咄嗟の事で思わず手首を掴んでしまったが、後悔した時には既に遅かった。
触れてる指先から震えが全身に移行し、呼吸が苦しくなる。額から尋常ではない程の脂汗か出て、意識が遠のいていく。
深い底なし沼にじわじわと沈んでいくように、俺は幼い日の辛い記憶の中へと飲み込まれていった。
***
「おい、三琴! 帰るぞ、起きろ」
「あれ、ここは……そっか、俺……」
寝起きのせいか、頭がボーッとする。
身体中に感じる汗の気持ち悪さに、俺は自分の置かれている状況を思い出した。
「若、ごめん。俺、また……」
「三琴、すまない」
見事に謝罪の言葉が重なり、思わず若の顔を見る。
若も同じようで、視線がぶつかり数秒の沈黙が流れる。
それがおかしくて俺は笑った。
滅多に自分から謝ることのない若が謝罪の言葉を口にした。きっと何かあったのだろう。
「俺が寝ている間に、何かあった?」
事のあらましを聞いた俺はそっと目を閉じて考える。
自分のせいで成海さんを巻き込んでしまった。
しかし、秘密がバレたのが他の女子ではなく成海さんだった事に胸を撫で下ろす自分が居る事に気付く。
何故、俺は今ほっとしたんだろう?
体質を克服したいとは思ってたけど協力してくれる女子が居なかった。
タイミングよく協力してくれる子が見つかったから?
いや、きっと成海さんだからだ。
最悪彼女だけでも平気になれば、厄介な問題を一つ解決できる。
たけど、制服の上から手首を掴んだだけでこの有り様だ。何度もそれが続けば、成海さんに嫌な思いをさせることになる。
その結果、彼女をバンドに誘って断られたら若に申し訳がたたない。
マイナスに傾く思考を一喝し、俺は決意を固める。このピンチを、絶対チャンスに変えようと。
彼女にギターボーカルをやってもらえたら、バンドとしてはすごく映えるだろう。
柔らかな木漏れ日のようにとても温かい。それが、初めて彼女の演奏を聴いたときの印象だった。
木漏れ日の下で歌う少女はキラキラと輝いていて、とても楽しそうにギターを弾いていた。
自然の木々達がそれに共鳴するかのようにバックコーラスを奏でて、その姿は非常に神秘的で美しかった。彼女が歌い終わった頃には人集りが出来ていたっけ。
音楽を心の底から楽しんでいる。その姿が、今はもう会うことは出来ない母の姿と重なって見えた。
しかし、理想はあくまで理想。
なぜなら、若が言う厄介な問題が残っているからだ。原因の一つは俺のせい。
どうすればいいか考えていると、知らない女子に声をかけられた。そして人気のない所まで連れてこられる。
「三琴君、よかったらこれ食べて! 昨日一生懸命作ってきたんだ。中身は普通のクッキーだから」
「ありがとう」
とりあえず、当たり障りのない返事をする。
甘いものは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。
しかし、それを渡そうと女子がこちらに近づいて来る度に、俺は少しずつ距離をとる。
「あの……受け取ってもらえないのかな?」
「気持ちは嬉しいんだけど、ゴメンね」
俺にはそれを受け取る事が出来なかった。
「こっちこそ、いきなりじゃ迷惑だったよね。ごめんなさい……っ」
涙を浮かべて、女子は走り去った。
またやってしまった。内心でため息をつきつつ反省する。
傷つけたいわけじゃないけど、どうしてもそれを受け取る事が出来ない。
女の人が怖い──その感情に支配されている俺は女子が苦手だった。
女子に近づいて来られると、身体が萎縮して震えが止まらなくなる。触れられたりしようものなら、発作を起こして激しく気分が悪くなり気を失ってしまう。
──俗に言う、女性恐怖症。
俺がこんな体質だから、若はメンバーに女子を入れることを必然的に避けている。
だけどこの前、『R-beat』で成海さんの演奏を聴いた時、あることを確信した。
若は彼女をボーカルにしたいと思っている──本人が気づいているかは別として。
口では否定してたけど、顔にはそう書かれていなかった。
きっと、彼女の演奏に魅せられていたんだと思う。だけど、俺に気をつかってわざと嫌な素振りをしてると気付いた。
若が嘘をつくときに見せる小さな癖を、俺は知っているから。左方向にそっと視線を流す時、若は決まって何かを隠してる。
この体質を克服出来れば、若に迷惑をかけずに済むんだけどな。
どうすれば、克服出来るのか。
向こうから近づいて来られるのは100%無理だ。でも、自分から近づく分にはある程度は大丈夫。
しかし、触れる事は出来ない。というより発作を起こして以来試した事がない。
どこまで耐えれるのか、まずは知る必要があるな。
この学園に入って俺に話しかけてくる女子は多い。若が一緒でない時、限定で。
何度か告白も受けたけど、彼女達の熱っぽい視線が苦痛で堪らない。
それは過去、告白を断り逆上した女子が無理矢理迫ってきた経験があるから。
俺がそういう女子に抱く感情は共通している。俺の事をよく知りもしないのに何故好きと言えるのか、理解出来ないというものだ。
彼女達が口を揃えて言うのは『一目惚れ』という単語。外見しか見えていない彼女達が、俺の体質を知って変わらず好きだと言えるのか疑問でしかない。
外見ではなくきちんと中身を見てくれる人。そういう女子が現れれば──
その時、足音を極力抑え、不自然に顔を壁側に向けた状態で固定して歩く成海さんを視界に捉えた。
前を見ていない成海さんは、すぐ前方に消火器のボックスがあることに気づいていない。
彼女はギタリスト。もし転んで手でも怪我したら大変だ。
声を掛けていたら間に合わない。そう思った俺は、気がつくと一歩踏み出して成海さんの手首を掴んでいた。
やってしまった。
咄嗟の事で思わず手首を掴んでしまったが、後悔した時には既に遅かった。
触れてる指先から震えが全身に移行し、呼吸が苦しくなる。額から尋常ではない程の脂汗か出て、意識が遠のいていく。
深い底なし沼にじわじわと沈んでいくように、俺は幼い日の辛い記憶の中へと飲み込まれていった。
***
「おい、三琴! 帰るぞ、起きろ」
「あれ、ここは……そっか、俺……」
寝起きのせいか、頭がボーッとする。
身体中に感じる汗の気持ち悪さに、俺は自分の置かれている状況を思い出した。
「若、ごめん。俺、また……」
「三琴、すまない」
見事に謝罪の言葉が重なり、思わず若の顔を見る。
若も同じようで、視線がぶつかり数秒の沈黙が流れる。
それがおかしくて俺は笑った。
滅多に自分から謝ることのない若が謝罪の言葉を口にした。きっと何かあったのだろう。
「俺が寝ている間に、何かあった?」
事のあらましを聞いた俺はそっと目を閉じて考える。
自分のせいで成海さんを巻き込んでしまった。
しかし、秘密がバレたのが他の女子ではなく成海さんだった事に胸を撫で下ろす自分が居る事に気付く。
何故、俺は今ほっとしたんだろう?
体質を克服したいとは思ってたけど協力してくれる女子が居なかった。
タイミングよく協力してくれる子が見つかったから?
いや、きっと成海さんだからだ。
最悪彼女だけでも平気になれば、厄介な問題を一つ解決できる。
たけど、制服の上から手首を掴んだだけでこの有り様だ。何度もそれが続けば、成海さんに嫌な思いをさせることになる。
その結果、彼女をバンドに誘って断られたら若に申し訳がたたない。
マイナスに傾く思考を一喝し、俺は決意を固める。このピンチを、絶対チャンスに変えようと。
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