上 下
15 / 18

第十一話 トラウマ

しおりを挟む
 早乙女君を追いかけてきたものの、結局そのまま保健室についてしまった。
 ウジウジしていた時間が長すぎたせいか、間に合わなかったらしい。
 結局、力になれなかった……悔しくてうなだれていたその時、突如保健室のドアが開く。

「お前、こんな所で何してんだ?」
「早乙女君! 笠原君の具合は? 大丈夫なの?」
「あ、ああ。いつものことだ、少し休めば大丈夫だろう」

 私の気迫に驚いたのか、早乙女君は目を丸くして答えた。
 次の瞬間、しまったという表情になった早乙女君。それを私は見逃さなかった。

「いつもの事ってどういうこと?」
「お前には関係ねぇ」
「あんなに苦しそうなのが、いつもの事なの?」
「お前には関係ねぇ」
「もしかして、何か悪い病気なの?」
「お前には関係ねぇ」

 取り付く島もない早乙女君の態度に心が折れそうになる。
 しかし、もう逃げないと決めた以上、自分に出来る事なら力になりたい。その一心で私は言葉を続ける。

「迷惑かもしれないけど……笠原君には色々気をつかってもらってるし、私に何か出来るなら力になりたい」

 早乙女君は真偽を確かめるかのように、私の目を数秒じっと睨んできた。目を逸らさず見つめ返すと早乙女君が軽くため息をつく。そして、ぶっきらぼうに口を開いた。

「──付いて来い」

 早乙女君の後を追い、到着したのは屋上。授業中ということもあり、流石に人は居ない。
 まぁ、私が屋上に呼び出されて以来、屋上は悪魔のテリトリーという暗黙の了解が広まったせいでもあるが。

「お前、三琴に何をした?」
「何もしてないよ。ただ横を通りすぎようとしたら、いきなり手首掴まれて。振り返ると笠原君、物凄く具合悪そうで」
「お前から近づいたわけじゃないのか?」
「うん、むしろ近寄りがたい雰囲気だったから避けてたよ」
「じゃあ、何で手首掴まれたんだ?」
「具合が悪かったからじゃないの?」

 理由が分からない以上、質問に質問で返すのは仕方ない。
 お互い真相がわからないためか、沈黙が流れる。

「そういえば、笠原君を見かける前に泣きながら走っていく女子を見かけたんだけど、何か関係あるのかな?」
「……なるほどな」

 何かを察したかのように早乙女君が呟いた。

「何か分かったの?」
「だいたいな。たが、いくら気分が悪くてもあいつが自分から──」

 早乙女君は、途中まで言いかけた言葉をハッとした表情で飲み込んだ。その様子から察するに、きっと何か事情があるのだろう。

 何か特別な事情が──そういえば初めて笠原君に会った時、私が潰れたサンドイッチを受け取ろうと近付くと後ずさっていた。
 屋上に呼び出された時、リクちゃんを見て警戒してた。
 さっき笠原君を見かけた時、近寄りがたい雰囲気だったのは事実だが、あそこまで具合が悪そうには見えなかった。

 むしろ、私の手首を掴んだ後急に様子がおかしくなったような?

 掴まれた手首から感じたのは、強い力と徐々に増してく小刻みな震え。
 それはまるで人が恐怖を感じている時、無意識にものをギュッと掴むような感じだった。
 加えて早乙女君の「近づくな」という必死な叫びから導き出した答えを私は半信半疑で口に出した。

「もしかして、笠原君は……女性恐怖症?」

 驚きを隠しきれない程大きく開かれた早乙女君の瞳が、どうやら肯定の証のようだ。
 私からそっと視線を外した早乙女君は、フェンス越しに運動場を眺めて口を開く。

「お前、それ誰にも言うなよ。もし周りにばれるようなことがあれば──」

 今までの比ではない程、恐ろしくドスの利いた声で早乙女君が言った。そして、氷のように冷たい視線が私に突き刺さる。

「絶対に言わないよ、約束する」

 その本気に応えるように、私も真剣に答えると、「そうか」と短く呟いて早乙女君は再び視線を運動場へ移した。
 先程とは打って変わって、その横顔は普段では想像出来ないほど穏やかだった。

 もしかして、早乙女君が必要以上に周りを威嚇するのは笠原君のため?

 金色の悪魔と周囲に恐れさせることで、笠原君に極力女子を近づけないようにしているのではないだろうか。
 事実、早乙女君が一緒にいる時、女子は恐くて笠原君に話しかけたりしない。
 そう考えると、目の前の人物は悪魔なんかじゃなく友達思いの不器用な奴に見えてきた。

「ニヤニヤしてこっち見てんじゃねぇよ、気持ち悪ぃ」

 おっといかん、顔に出てしまっていたか。

「早乙女君って、本当は優しい人だったんだね」
「ハァ? お前バカか?」
「ちょっと見直したよ! 俺様主義の自己中のイタイ奴だと思っててごめん」
「ハァ? お前、喧嘩打ってんのか?」
「いや、誉めてるんだよ」
「チッ、意味不明な奴」

 印象が変わったせいか、今までカチンときていた言葉もわざと虚勢を張っているように見えてくるから不思議だ。

『わざわざ用意してくれてたみたいなのに、俺に気を遣わせないようにたまたま貰ったから持ってたんだって嘘までついてね』

 笠原君に聞いた莓みるくの飴のエピソードを思いだし、今ならそれが素直に信じられた。

「ところでお前、さっき『私に何か出来るなら力になりたい』って言ってたよな?」

 そう言って、悪人面でニヒルな笑みを浮かべる早乙女君。

「い、言ったけど…… 」

 嫌な予感しかしないのは何故だろう。

 私の身体を上から下まで一通りチェックした後、まだまだだと言わんばかりに視線を逸らせてため息を吐いた。

 なんか、物凄く失礼なこと考えてる気がする。

「女としての魅力には欠けるが、最初はこんなもんで十分か。お前、三琴の練習台になれ」
「はい? それどういう意味?」
「最初のステップとして、ガキっぽいお前でまず三琴を慣れさせんだよ」

 早乙女君の上から目線の言動は相変わらずだが、要するに笠原君の女性恐怖症を克服させたいという事だろう。

「ガキっぽいって、アンタだけには言われたくない」

 私の身長は百五十センチ。
 早乙女君とは、推測だけど数センチぐらいしか変わらない。だって、ほとんど見上げる必要ないし。

「ハァ? それどういう意味だ?」
「私がガキだってんなら、早乙女君。アンタだって身長そんなに変わらないじゃない」
「テメェ、俺の逆鱗に触れるのが相当好きらしいな?」
「人にはガキっぽいって言っといて自分が言われて怒るなんて、そっちの方がよっぽどガキじゃない」
「テメェは身長だけじゃなく、体型もお子様じゃねぇか!」
「私はこれから成長するの!」
「俺様もこれから伸びるんだ!」

 フンと鼻をならしてお互いそっぽを向いた。今更だけど、私はコイツと似ているのかもしれない。

「で、返事はどうなんだ?」
「もちろん、私に出来ることなら何でも協力するよ」
「その言葉、肝に銘じておけよ」

 早乙女君は、ニヤリと口角を持ち上げて不敵な笑みを浮かべた。
 その笑みにやや不安を感じるが、一度やると言ってしまった以上引き下がることは出来ない。

「で、具体的にはどうするの?」
「ククク、今週の日曜『R-beat』に昼一時に来い」

 話は済んだと言わんばかりに、早乙女君は返事を待たずに踵を返して屋上から去った。
 相変わらずの傍若無人な態度に、私はこう結論付けた。

 早乙女君は99%の自己中と、1%の優しさで出来ている。

 だけど『R-beat』に呼び出されたのは嬉しい誤算だった。少なからず龍さんと話す機会があればいいな、と淡い期待を抱きながら私も屋上を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

処理中です...