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第七話 約束の日
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四月某日の土曜日。
時計の針がまもなく二時を指す頃。私は、バンド練習スタジオ『R-beat』の前に立っていた。
「ごめんね、リクちゃん。今日は剣道部の練習があったのに」
「なに、構わぬさ。お主の演奏が聴けるのなら私はどこにだって足を運ぶぞ? 何たってお主の最初のファンは何を隠そうこの私だからな」
「ありがとう、リクちゃん!」
気を使わせまいとわざとおちゃらけて言うリクちゃんの優しさに、私は嬉しさのあまり飛びついた。
リクちゃんは慣れた手つきで私を抱き寄せて頭を撫でてくれる。
リクちゃんの身長は、私より十五センチほど高い。それに加え、艶のある綺麗な黒髪はショートカットで、服装もボーイッシュ。目鼻立ちの整った凛としたお顔と相まってかなりのイケメンだ。
もしリクちゃんが男の子だったら私はこんな彼氏が欲しい。
その時、ブツブツと何かを呟きながら不機嫌そうに外に出てきた早乙女君と目があった。
「ちょ、おま、え、こ、こんな所で、あ、逢い引きとか、してんじゃねぇ!」
思いっきり上ずった声で叫ぶ早乙女君。
あいびき? 随分難しい言葉を使うものだね。古文で習った気がするけどどういう意味だったか覚えていない。
その意味が分かったらしいリクちゃんがニヤニヤとしながら口を開いた。
「何をそんなに焦っておるのだ、早乙女よ。女同士で逢い引きとはおかしなことを言うものだな」
リクちゃんの言葉に、早乙女君は赤くなりそっぽを向いた。
そこへタイミングよく笠原君がやってきた。
「あれ、若どうしたの? 顔赤いよ」
「う、うるせぇ!」
「あ、成海さんたちも来てたんだね。案内するから付いてきて」
早乙女君は一人で先にずんずんと歩いて行ってしまった。
「(ねぇねぇリクちゃん、早乙女君何かおかしくなかった?)」
「(そういう年頃なのだろう、そっとしといてやれ)」
道中そんな会話をしながら、笠原君についていく。
案内された先は小型のライブ会場だった。
「どうだ! テメェには勿体ねぇくらいの会場だろ?」
調子を取り戻したらしい早乙女君が、自慢気な顔で言った。
こんな立派な所で歌えるなんて……夢みたいだ!
本物のライブハウスのように凝って作られた内装。そして、臨場感を出すために照明も機材も全て本物らしい。
会場に入った時から、私はどこか懐かしさを感じていた。
一歩一歩と中へ進み、客席から見えるステージが近づいて来るにつれ、その感情はより強くなる。
思い出した。ここは、流唯兄がまだメジャーデビューする前によく演奏してたライブハウスに似てるんだ。
『リクレ』はデビューした後も、年に一回とある小さなライブハウスで演奏していた。
そこはインディーズ時代から馴染みの場所で、初心を忘れないよう当時の地元ファンだけを招いたスペシャルライブを開いていたという。
そのライブDVDは数量限定販売の超プレミア物で、市場にはあまり出回っていない。
「ねぇ、早乙女君。ここの店長さんってリクレのファンなのかな?」
「ハ? なんだ急に」
「ここの内装、リクレがスペシャルライブやってたとこによく似てるなぁと思って」
「へ~龍さんはリクレのファンて言うよりむしろ──」
「お、君が噂のギター少女?」
早乙女君の言葉を遮るようにして、怪しいサングラスの男性が話しかけてきた。
「なんだ、龍さんも聞きに来たのか?」
「そりゃあな、優秀な逸材を見つけるのが俺の生きがいだからな」
「あ、紹介するね。この人がここの店長の龍さんだよ」
見た目のサングラスとは裏腹に、纏っている雰囲気は気さくで親しみやすい印象を受けた。
「初めまして、成海蓮華です。こちらは友達のリクちゃんです。今日は立派な会場を用意して頂き、ありがとうございます」
「な~に、元凶を作ったのはコイツだろ? 君が気にする必要はないさ」
早乙女君の頭をグリグリしながら龍さんが言った。
「ちょ、何すんだよ! 離せよ!」
「ああ、悪い悪い」
こうやって見てると、早乙女君も年相応の子供みたいだな。
「お前、何か今失礼なこと考えただろ?」
「え、いや、何のこと? 気のせいだよ?」
こやつ、勘が鋭いな。
「はいはい、そこ喧嘩しない。ところで蓮華ちゃん。さっき若に聞いてた事、いい演奏してくれたら教えてあげるよ」
「本当ですか? じゃあ、精一杯頑張ります!」
準備を整えて、私はステージに立った。
初めて立ったステージは、予想以上に広く感じてどこか落ち着かない。緊張で足がガクガクして、手は震える。
ステージから見える客先は勿論ガラガラで、兄のライブとはえらい違いだ。
だけど客席からではなく、初めてステージ側から感じる景色に私は心踊らせていた。
流唯兄はいつもここから客席を見てたんだね。
兄と同じ景色を少しだけ感じることが出来た。そのことが嬉しくて、気がつくと自然と手足の震えが止まっていた。
いつか私も流唯兄みたいに大舞台に立って、同じ景色を眺めてみたい。
ゆっくり深呼吸して、リズムをカウントする。
大丈夫、何度も練習してきた私の大好きな曲──Remembarance~追想の果て~
今できる全ての力を使って、私は相棒のギターと共に思いっきり歌った。
時計の針がまもなく二時を指す頃。私は、バンド練習スタジオ『R-beat』の前に立っていた。
「ごめんね、リクちゃん。今日は剣道部の練習があったのに」
「なに、構わぬさ。お主の演奏が聴けるのなら私はどこにだって足を運ぶぞ? 何たってお主の最初のファンは何を隠そうこの私だからな」
「ありがとう、リクちゃん!」
気を使わせまいとわざとおちゃらけて言うリクちゃんの優しさに、私は嬉しさのあまり飛びついた。
リクちゃんは慣れた手つきで私を抱き寄せて頭を撫でてくれる。
リクちゃんの身長は、私より十五センチほど高い。それに加え、艶のある綺麗な黒髪はショートカットで、服装もボーイッシュ。目鼻立ちの整った凛としたお顔と相まってかなりのイケメンだ。
もしリクちゃんが男の子だったら私はこんな彼氏が欲しい。
その時、ブツブツと何かを呟きながら不機嫌そうに外に出てきた早乙女君と目があった。
「ちょ、おま、え、こ、こんな所で、あ、逢い引きとか、してんじゃねぇ!」
思いっきり上ずった声で叫ぶ早乙女君。
あいびき? 随分難しい言葉を使うものだね。古文で習った気がするけどどういう意味だったか覚えていない。
その意味が分かったらしいリクちゃんがニヤニヤとしながら口を開いた。
「何をそんなに焦っておるのだ、早乙女よ。女同士で逢い引きとはおかしなことを言うものだな」
リクちゃんの言葉に、早乙女君は赤くなりそっぽを向いた。
そこへタイミングよく笠原君がやってきた。
「あれ、若どうしたの? 顔赤いよ」
「う、うるせぇ!」
「あ、成海さんたちも来てたんだね。案内するから付いてきて」
早乙女君は一人で先にずんずんと歩いて行ってしまった。
「(ねぇねぇリクちゃん、早乙女君何かおかしくなかった?)」
「(そういう年頃なのだろう、そっとしといてやれ)」
道中そんな会話をしながら、笠原君についていく。
案内された先は小型のライブ会場だった。
「どうだ! テメェには勿体ねぇくらいの会場だろ?」
調子を取り戻したらしい早乙女君が、自慢気な顔で言った。
こんな立派な所で歌えるなんて……夢みたいだ!
本物のライブハウスのように凝って作られた内装。そして、臨場感を出すために照明も機材も全て本物らしい。
会場に入った時から、私はどこか懐かしさを感じていた。
一歩一歩と中へ進み、客席から見えるステージが近づいて来るにつれ、その感情はより強くなる。
思い出した。ここは、流唯兄がまだメジャーデビューする前によく演奏してたライブハウスに似てるんだ。
『リクレ』はデビューした後も、年に一回とある小さなライブハウスで演奏していた。
そこはインディーズ時代から馴染みの場所で、初心を忘れないよう当時の地元ファンだけを招いたスペシャルライブを開いていたという。
そのライブDVDは数量限定販売の超プレミア物で、市場にはあまり出回っていない。
「ねぇ、早乙女君。ここの店長さんってリクレのファンなのかな?」
「ハ? なんだ急に」
「ここの内装、リクレがスペシャルライブやってたとこによく似てるなぁと思って」
「へ~龍さんはリクレのファンて言うよりむしろ──」
「お、君が噂のギター少女?」
早乙女君の言葉を遮るようにして、怪しいサングラスの男性が話しかけてきた。
「なんだ、龍さんも聞きに来たのか?」
「そりゃあな、優秀な逸材を見つけるのが俺の生きがいだからな」
「あ、紹介するね。この人がここの店長の龍さんだよ」
見た目のサングラスとは裏腹に、纏っている雰囲気は気さくで親しみやすい印象を受けた。
「初めまして、成海蓮華です。こちらは友達のリクちゃんです。今日は立派な会場を用意して頂き、ありがとうございます」
「な~に、元凶を作ったのはコイツだろ? 君が気にする必要はないさ」
早乙女君の頭をグリグリしながら龍さんが言った。
「ちょ、何すんだよ! 離せよ!」
「ああ、悪い悪い」
こうやって見てると、早乙女君も年相応の子供みたいだな。
「お前、何か今失礼なこと考えただろ?」
「え、いや、何のこと? 気のせいだよ?」
こやつ、勘が鋭いな。
「はいはい、そこ喧嘩しない。ところで蓮華ちゃん。さっき若に聞いてた事、いい演奏してくれたら教えてあげるよ」
「本当ですか? じゃあ、精一杯頑張ります!」
準備を整えて、私はステージに立った。
初めて立ったステージは、予想以上に広く感じてどこか落ち着かない。緊張で足がガクガクして、手は震える。
ステージから見える客先は勿論ガラガラで、兄のライブとはえらい違いだ。
だけど客席からではなく、初めてステージ側から感じる景色に私は心踊らせていた。
流唯兄はいつもここから客席を見てたんだね。
兄と同じ景色を少しだけ感じることが出来た。そのことが嬉しくて、気がつくと自然と手足の震えが止まっていた。
いつか私も流唯兄みたいに大舞台に立って、同じ景色を眺めてみたい。
ゆっくり深呼吸して、リズムをカウントする。
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