私立桜華学園~薄れゆく記憶に抗う少女の黙示録~

花宵

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 出した新曲は全てオリコンチャート一位。
 それまでロックに興味のなかった子供やお年寄りまでを虜にし、空前のロックブームを巻き起こした伝説のロックバンド「リクレ」

 そこでギターボーカルを務めていたのが「ルイ」こと私の兄、成海流唯なるみるいだった。
 中でもラストシングル「Remembarance~追想の果て~」を含んだアルバムは売上三百万枚を越えるミリオンセラーを獲得。
 その年の音楽に関するあらゆる賞を総なめにするほど、人気実力共にナンバーワンを誇るロックバンドだった。

 しかし、人気絶頂の最中──リクレは電撃解散を発表。その突然の出来事に、多くのファンは涙し、混乱した。

 解散の理由として、メンバーの音楽性の不一致だとか、常にトップをキープし続けるプレッシャーに耐えられなくなったとか、色々な説が唱えられた。

 しかし、その真実は定かではない。

「一人前になったらまた会おう。その時は俺とお前でスペシャルライブの開催だ」

 そう言い残して、バンドの解散と共に兄は消息を絶った。

 当時はこぞってマスコミも騒ぎ立てたが、兄の行方は依然として掴めず、一年も経てば世間から忘れられようとしていた。

 当時小学一年生だった私は、兄の言葉の意味もよく理解できずに、のんきにまた会おうねと手を振った。
 忙しい兄に会えないのはいつものことで、自由気ままな兄のことだから、またひょっこり戻って来ると思っていた。

 しかしその後、事件は起こった。

 学校で成長日記というものを作成することになり、幼い頃のアルバムを開いた時のことだ。

──あれ、何かがおかしい。

 最初に感じたのは奇妙な違和感だった。
 そしてページをめくる毎にその違和感は大きくなり手が震え出す。
 全てを見終わった後、私は全身から血の気が引いたような感じがして身震いした。

──る、流唯兄の写真が一枚もない。

 兄の幼い頃の写真はもちろんのこと、家族で撮ったはずの集合写真でさえ、まるで最初から兄は存在していないかのようなものになっていた。
 きっと母が兄の写真だけ別のアルバムに分けているんだ。
 無理やり自分にそう思い込ませ、急いで階段をかけ下りた。

 ことの真相を両親に確かめると、信じられない言葉が返ってきた。

「ルイって誰だい?  そんな子知らないよ」
「私たちの子供は蓮華ちゃん、あなただけよ」

 両親の言葉に、私は後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
 冗談にしてはたちが悪いよと怒りつつ、私は両親に兄の存在を訴えかけた。

 しかし、兄の存在は信じてもらえず、頭でも打ったのかと逆に心配されてしまう始末だ。

 何か兄に関わるものはないかと探しても、写真はおろか兄の部屋までもが物置と化していた。

 それどころか、伝説のロックバンド「リクレ」のギターボーカルも「ルイ」ではなく「レイ」という人物に成り変わり、世間からも「成海流唯」という存在が完全に抹消されていた。

 まるで兄の存在がこの世界からすっぽりと抜け落ちてしまったかのように、誰も覚えていない。
 そして、兄に関するあらゆるものが消えてしまった。唯一、兄からもらったギターのみを残して。

 ある日突然人々の記憶から特定の人物の記憶が消えてしまう。そんなことが現実として起こり得るのだろうか。
 その人の歩んだ軌跡そのものが抹消され、写真も持ち物も歴史も、何一つ形として残っていない。

「妄想と現実の区別ぐらいつけろよ」

 周囲の人々は言う。
 おかしいのは世間ではなく、抹消された人間の記憶をもつ私なのだと。
 家族も友達も先生も、誰も信じてはくれない。それでも私は言い張った。

「リクレのギターボーカルはレイじゃなくてルイだ!」

 両親は心配して何度も私を病院へ連れていった。そこで下された病名は、兄という存在への強い憧れが引き起こした『妄想と現実の区別が曖昧になる記憶障害』というものだった。

 妄想なんかじゃない! 流唯兄は確かに存在していた。私に音楽の楽しさを教えてくれたのは他の誰でもない、流唯兄なんだから。

 大きくなったら私も兄のように舞台に立ちたいと思っていた。
 幼い頃から食い入るように見ていた兄のライブ映像は、今でも私の脳裏にしっかりと焼き付いている。
 眠れない時に、ギターの弾き語りを聴かせてくれた夜のこと忘れられるはずがない。

 兄の存在を妄想ではないと思いつつも私はそれ以降、兄の存在を他言するのを止めた。
 おかしな子扱いされ、また病院へと戻されたくない。それに両親にもこれ以上心配をかけたくなかったからだ。

 不妊治療の末に、やっと出来た大事な娘なのだと力説された。私がどれだけ待ちに待った存在なのかを。
 先に兄を産んでやれなくてごめんなさいと、涙ながらに謝ってくる母を前に、それ以上言えるわけがなかった。

 しかし、兄のことを諦めたわけじゃない。

『一人前になったらまた会おう。その時は俺とお前でスペシャルライブの開催だ!』

 最後に聞いた兄の言葉を思い出し、私はある決意をする。
 それは、兄のように、いやそれを越える有名なシンガーになること。

 そうすれば、きっと兄は私に会いに来てくれる。何の確証もないただの絵空事のような夢かもしれない。
 でも、何の手がかりも掴めないこの状況では、それだけが私に残された唯一の希望のように思えた。

 兄にもらったギターだけは何故か私の手元に残されている。
 きっとこのギターを弾き続けていれば、兄にもう一度会えるはず。
 その一心で私は、ボイストレーニングとギターレッスンに励んでいた。

 たとえ世界中の人々が、流唯兄のことを忘れてしまったとしても……私は決して忘れない。
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