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【閑話】入学式を抜け出して(若菜視点)

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 環境が変わるこの季節。
 必ずと言っていいほど避けて通れねぇのが自己紹介──ったく、やってらんねぇ。


 早乙女若菜、この女みたいな名前が昔から嫌いだった。
 ただでさえも口にしたくないこの名前を否が応でも言わされるこの季節、俺の機嫌は悪かった。

 プラスして今朝会った生意気な女の件もあり、最高潮に悪かった。
 そこに重なる長すぎる校長の祝いの言葉。

 チッ、男がちんたら話してんじゃねぇよ。

 進行表の時間を過ぎても話をやめようとしない校長。
 それを知りながらもバカ正直に終わるのを待つ周囲の人間。
 俺のポリシーとして、勝手に決められたことを自分が守る義理はない。
 しかし、自分で決めたことを守らない奴は許せない。それは、相手が校長だろうが関係ねぇ。

 いい年こいた大人が時間配分も守れないのかよ。

 一分、また一分と時計が針を刻む度に、俺の苛立ちは募っていく──そして、キレた。
 気がつけば、『入学式では大人しくしておく』という三琴に言われたことも忘れ、壇上に立っていた。


 鬱憤を晴らした俺は、馴染みのバンド練習スタジオ『R-beat』の前に立っていた。

「お、どうした若?  お前、今日は入学式って言ってたろ?」

 話しかけてきたのは、『R-beat』の店長、鬼塚龍一。
 怪しいサングラスが印象的で当時の面影は大分薄れてはいるが、何を隠そうこの人物、伝説のロックバンド『リクレ』のリーダーにしてドラム担当の『リュウ』である。
 引退後はこのバント練習スタジオを開き、俺と三琴に音楽を教えてくれている。

「校長の話がバカみたいになげぇから抜けてきた」
「おいおい、いいのかそれで?! 学校ぐらいちゃんと行っとけよー。後から後悔すんぞ」
「いいんだよ別に。あんな話聞くぐらいなら早くドラムの練習やりてぇよ」
「練習熱心なのは良いことだか、見ての通りドラムは今チューニング中な。すぐ終わらせっから適当にその辺座っとけ」

 慣れた手つきでドラムをチューニングする龍さんを眺めながら、俺は練習中の曲を流し、リズムを体に刻み込んでいた。

「ハァ、ハァ──やっぱり、ここに来てたんだね若」

 息をつきながら三琴が入ってきた。

「お前まで抜けてきたのか?」
「うん、何かめんどくなっちゃって」
「だけど、新入生なんちゃらの挨拶頼まれたって言ってなかったか?」
「へぇ~すごいな三琴! お前首席で入学したのか?」

 器用に手を動かしながら龍さんが会話に入ってくる。

「うん、でもそれ断ったから。俺そういうの向いてないし」

 笠原三琴──こいつは俺の親友で、勉強もスポーツも何でもそつなくこなせる優等生タイプだ。
 おまけに容姿も整っており、女にすごくモテる。
 しかし、俺が言うのも何だか如何せんアバウトな所が玉に瑕。そして、たまに突拍子のない事を言っては周りを混乱させるかなりの天然だ。
 アイツと付き合いの長い俺と龍さんは慣れているが

「今日は心の中の兎さんがよく飛び跳ねてるんだ。だからいい音が出せそうな気がするんだよね!」

 心の中の兎さん理論だけはどうにも理解出来ない。しかもお前に憑いているのは兎じゃなくて狐だろ、とつっこむのは野暮だろうか。

「お前ら悪ガキ街道まっしぐらだな。まぁ、お世辞にも俺の学生時代も真面目に勉強してたとは言い難いから、そう強くは言えんが。今だけだぞ、そういうウザったい校長の話とか聞けるのも」
「いいんだよ、俺たちが今やりたいのはロックだ」
「そうだね、リクレみたいにすごい音を奏でてみたい」
「そうか、そうか。お前らそろそろ個人練習は飽きてきただろ?  ってことで、臨時じゃなくて本格的にバントのメンバー集めてみたらとうだ?」

 名案だろ? と言わんばかりに龍さんがニヤリと口角を上げて笑う。

「そうだな、そろそろ本格的にやっていきたいし。な、三琴お前もそう思うだろ?」

 俺がドラムで、三琴がベース。後はボーカルとギターが入ればそれらしくなる。

「実はさ……俺、昔公園で弾き語りをしてるすごく歌の上手い子を見たことがあるんだ」

 耳のいい三琴が言うんだ、相当な腕の持ち主だろう。

「へぇ~その子さ、髪を二つ結びにしてアコギ使ってなかったか?」
「あれ、龍さんも見たことあるんですか?」
「ああ、俺もたまにな。中々いい逸材だと思うぜ。ギターの腕もあの歳にしたら中々だし、特にあの歌声!  ボーカルやったらすごく舞台栄えするだろうな」

 龍さんまで認めた奴ならこれは期待出来るぞ。しかし、ちょっと待て──

「髪を二つ結びってまさか、女じゃねぇよな?」
「ああ、お前らと歳の近そうな可愛らしい女の子だったな」
「ボーカルが女じゃなんだかなー。それに……たまに公園で見かける程度じゃ次いつ来るかも分かんねぇじゃんかよ」

 俺のテンションは一気に下がった。

「それがね、若。実は若も知ってる人物かもしれないんだ」
「え、三琴──それどういう意味だ?」

 俺が知ってる女?  しかも二つ結びでギター持ってる奴。
 それを聞いた瞬間、俺はなぜか嫌な予感がした。

「うん、実は──」
「──でぇ?!  マジかよ!!」

 驚きを隠しきれない俺は金魚のように口をパクパクとしたまま固まってしまった。
 ま、まさか今朝のムカつく女かもしれないなんて……いや、多分違う!  きっと三琴の見間違いだ!
 そうにちがいねぇ。てか、そうであって欲しい。

「彼女だって決まったわけじゃないんだけど、似てる気がするんだよね、すごく」
「だったら本人に確認したらいいんじゃないか?  お前ら知り合いなんだろ?」
「知らねぇ、俺はそんな奴知らねぇ!」

 あんなムカつく女なんて二度と見たくねぇ!

「知り合いという程でもないけど、桜華の制服着てたし、同じ学校だと思う」
「ハァ?  それマジかよ三琴……」

 同じ学校なんて最悪だ、目障りだ。

「もし見かけたら聞いてみようよ、若」
「バッカ三琴、あのはねっかえりみたいな女が素直に『はい、そうです』なんてすんなり答えると思うか?」

 アイツと関わりたくない俺はわざと否定的な言葉で返す。

「うん、答えてくれると思うよ」

 しかし、天然の三琴にその真意は伝わらない。
 違うだろ三琴!  そこは俺に同意して諦める所だろ!

「まぁ、仮にそうだとしても直接演奏聞いてみないことには話にもなんねぇ」

 もしアイツがそうだとしても、演奏聞いて納得しなければいいだけだ。

「だったら、頼んで何か一曲聴かせてもらうのはどうだ?  何なら、ステージ会場開けとくぜ?」
「頼むっていうのは俺様の主義に反する」
「じゃあどうしようか?」

 あのくそ生意気な女に俺が頭を下げるなんてありえねぇ!
 しかし、三琴と龍さんが認めた奴の演奏か……少しくらいは聞いてみたい気もする。

 そこで、俺にある妙案が思い浮かぶ。

「ククク、俺様にいい方法がある。三琴はアイツに普通に聞いてみろ。そしてその後は俺に任せとけ」

 さぁ、いっちょ罠にでも嵌めてやるか。
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