私立桜華学園~薄れゆく記憶に抗う少女の黙示録~

花宵

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第一話 曲がり角にはライオンさん

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──ピピピピピピピピ

 けたたましい程の大音量で鳴るベル音に起こされた朝、寝ぼけた頭で無意識に手を伸ばしアラームを切る。

 気だるい体を起こして視界に映るのは、真新しい制服。何か嫌な予感がして、スマホの画面を見た瞬間私は一気に覚醒した。

 ヤバい、遅刻ーっ!

 そう、今日は待ちに待った念願の私立桜華学園中等部の入学式なのだ。
 華々しい門出の日に遅刻など決してあってはならない。その一心で急いで着替えを済ませ、髪を二つに結んで身支度完了。
 スカスカの鞄とギターケースを持って勢いよく階段を駆け下りた。

「あら、蓮華ちゃんったらそんなに慌ててどうしたの?」
「入学式! 今日、入学式だよ!」

 やっと念願だった兄の母校に通える嬉しさから、夜遅くまでギターをかき鳴らしていたのが失敗だった。
 遠足前の子供かと内心自分につっこみつつ、私は大急ぎで玄関に向かう。

「あら、てっきり明日だと思っていたわ。ごめんなさいね、蓮華ちゃん。それじゃあ朝御飯にしましょうか?」
「いや、そんな悠長に食べている時間ないから!  ごめん、今日はパス!」

 玄関で靴を履いていると、母は手早く包んだサンドイッチを差し出してくる。

「それじゃあこれを持って行きなさいな!  時間が出来たら食べてちょうだいね」
「うん、ありがとう」

 ブンブンと大きく手をふる母に見送られ、私は家を出た。
 余裕があったら美味しく頂こうと考えつつ、パンの良い香りする包みを大事に抱え、私は学校までの道のりを全力疾走した。

 しかし住宅街を抜け、後少しで学園にたどり着くという時、事件は起こった。

──ドンッ

 角を曲がろうとして、不運にも私は出会い頭にぶつかってしまったのだ。

「イッテェ──テメェ、どこ見て歩いてやがる!」

 ぶつかった相手であろう金髪の小柄な少年が、獅子の咆哮の如く啖呵を切る。それと同時に噛みつくような目で私を睨んできた。

 ライオンみたいだ。

 目の前に立つ人を見ての率直な感想。
 ぶつかってから即座に体勢を立て直し、啖呵を切るまでの流れるような一連の素早い動きと迫力。風にサラサラとなびいている鮮やかな金髪も相まって、まるで百獣の王。

 えっと……ライオンに遭遇した時の対処法って何だっけ?
 死んだフリでもしておくべきか?
 でもやけに小さいな、まだ子供のライオンなのかな?

 ゴシゴシと目をこすってよく見ると──人間だった。

 すいません、ごめんなさい、申し訳ありませんでした!

 急いで起き上がり謝ろうと私は立ち上がる。しかし、右肩に掛かっていた重みが無いことに気づく。

 あれ、ギターがない!

 急いで辺りを見回し、相棒のギターを探す。床に転がるギターに駆け寄り、慌てて中身を確認する。頑丈なケースのおかげか、中身はなんともなかったようで思わず安堵の息がもれた。
 不思議なことに、ギターケースの下にはたくさんの落ち葉が集まっていた。まるで、私のギターを衝撃から守るかのように。瑞々しい色をした緑色の葉が、こんな所に集まっているなんて普通ならありえない。
 昔からそうだ。何故か私が危険な目に遭いそうな時、自然が守ってくれる。現に私が尻餅をついた場所にも……やっぱり葉っぱがあった。

「おい、テメェ聞いてんのか?!」

──ビシャ

 イライラした感じで金髪の少年が近づいてきて、何かを踏んだ。

「ウゲ、何だよこれ!  ダーテメェ、俺様の靴まで汚しやがって!」
「あー私の朝ごはん…」

 金髪の少年の足下で無惨な姿に変わってしまったサンドイッチを見て、思わず言葉が漏れた。

「な、何だよ……俺様の足下に落としたお前が悪いんだろうが! お、俺様は悪くねぇからな」

 俺様は悪くない? きちんと横を確認してなかった私も悪い。
 でも、全ての責任をこっちに押し付けられるのはいい気がしないな。
 相手が女だからと言ってなめられるのはごめんだ。

「こちらにも非があったのは確かです、それは謝ります。ですが、人様の大事なもの潰しておいてその態度はあんまりでは?」
「ァア?! だからお前がそんなとこ落とすから悪いんだろ! 俺様は断じて悪くねぇ! ていうか、こっちは靴汚されて迷惑してんだよ!」
「アナタだって注意力散漫でこうなったんでしょう? お互いにきちんと気を付けていればこうはならなかったと思いますが!」
「なに言ってんだ、俺様の道を遮ったお前が悪いに決まってんだろ!」

 これでもか! という程つり上げられた目が、相手の本気度を物語っている。

 ここまで自己中な奴、見たことない。

 自分の非を決して認めず、あろうことか道を遮る方が悪いなんてどこの王様気どりだよ。自分のこと俺様って言ってる時点て変な奴だと気づけばよかった。

 ムカつくけど、同じ土俵に立ったら負けだ。

 世の中には残念だけど、是が非でも自分が正しいと信じて疑わない自尊心の強い人がいる。
 こういう人に正面から立ち向かっても、こちらが折れない限り平行線をたどる一方だ。
 だけど、ただ引き下がるのも面白くない。どうにかしてこの目の前の自己中をギャフンと言わせる方法はないかと考えていると…
 
「若、ストップ……時間、ないから、ね?」
「だけどよ、三琴!  この女、俺様が悪いとか抜かすんだぜ!」

 いつの間に現れたのか、別の少年が立っていた。
 目鼻立ちの整った端正な顔と、透き通るような色白の肌。体型は線が細く、スラッと長い手足。客観的に見るとかなりの美形に分類される少年と視線がぶつかる。
 あの自己中の仲間だという認識からか、私は警戒した。

「もしかして、あの時の……」

 しかし、警戒とは裏腹に予想外の言葉をかけられた。
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