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少年が愛に狂うとき(後編)

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 翌朝、レオナルドが目を覚ますと、スースーと気持ち良さそうに寝息をたてて眠っているルーシェの姿が目に入る。どうやら一晩中看病をしてくれていたらしい。そのおかげで、レオナルドの熱は下がっていた。


 朝日を浴びてキラキラと輝くルーシェのプラチナゴールドの髪にそっと触れる。頭を撫でるようにとくと、「ん……」とくぐもった声を漏らしてルーシェが起きた。


「すみません、私、いつの間にか眠ってました! おはようございます、レオナルド様。お加減はいかがですか?」

「お前のおかげで治ったようだ。ありがとう、ルーシェ」


 確かめるように、ルーシェはレオナルドの額に手を伸ばす。


「よかった、これなら大丈夫そうですね! レオナルド様、食欲はございますか?」

「あまり、ないな」

「かしこまりました。それでは消化の良いものをお持ちいたしますね」


 一人部屋に残されたレオナルドは、どこかもの寂しさを感じていた。今まではそれがあたり前であったはずなのに、あの温もりを知ってしまったら、あの優しさに触れてしまったら、もう元には戻れない。心にぽっかりと穴が開いてしまったかのように感じるのは、ルーシェが居ないせいであろう。


「お待たせしました、レオナルド様!」


 しばらくして、手に食事のプレートを持って、ルーシェが帰って来た。


「無理をなさらなくて結構ですが、少しでも食べられそうなら、召し上がって下さい」


 食卓に並べられているのは、温かな湯気を放つ卵粥だった。美味しそうなだしの香りが鼻孔をくすぐり、食欲をかきたてる。


「熱いのでお気をつけ下さいね」


 スプーンで卵粥を掬って、息を吹きかけて少し冷ます。熱が粗方とれたところで口に運ぶと、優しい素朴な味が口の中いっぱいに広がった。体の芯から温まるその卵粥は、今まで食べた中で一番美味しかった。


「美味しく、なかったでしょうか?」


 その余韻に浸っていると、不安そうにこちらを見つめるルーシェの姿が目の前にあった。彼女はポケットから取り出したハンカチで、レオナルドの頬を優しく拭っている。そこで初めて、自分が涙を流している事にレオナルドは気付いた。


「その逆だ。こんなに美味いもの、初めて食べた」


 王妃の嫌がらせによりまともな食事を出してもらえなかったレオナルドは、自分で食事の準備をしていた。それはただ空腹を満たすためのもので、味わえるほど美味いものではなかった。


「お口に合って、よかったです。お塩入れすぎちゃったかなって、少し心配だったんです」

「これは、ルーシェが作ってくれたのか?」

「はい、そうですよ」


 レオナルドはその卵粥をよく味わって、一粒残さず綺麗に食べた。


「とても美味しかった。ありがとう」

「こちらこそ、綺麗に召し上がって頂いて嬉しい限りです。ありがとうございます!」


 食器を引いて下がろうとするルーシェを、レオナルドは引き止めたかった。しかし、何と声をかけたらいいのか分からない。結局、そのまま見送るしかなかった。


 追い討ちをかけるように馬車の修理が終わり、宿にとどまる理由までもが無くなった。もう一目だけでいい、ルーシェの姿が見たくて探すも見当たらない。その時、窓の外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「いつも運んでくれてありがとう、アンドリュー」

「すぐ隣なんだし、気にすることないよ。それに、朝から君に会えるから僕は逆に嬉しいんだ」

「私も、アンドリューに会えて嬉しいよ」

「ルーシェ、何だか目が赤い。何かあったの?」

「昨夜、体調の悪いお客様がいらっしゃって、看病してたの」

「いいなー僕が体調崩しても、看病してくれる?」

「勿論だよ! だってアンドリューは私の大切な人だもん」


 そこにはルーシェが、同じくらいの年の男の子と仲良く話している姿があった。

 その光景を見て、レオナルドは頭を鈍器で殴られたかのような激しい痛みを感じていた。


 自分に向けられていたあの眩しい笑顔が、惜しげもなく別の男へ向けられている。その上、頬を赤く染めて砕けた喋り方をするルーシェの姿から、ある程度の親密さを感じ取っていた。


 そんな光景を見せつけられて、心の底からわき上がるのは醜い嫉妬の感情だった。


 レオナルドにとってルーシェは、初めて温もりや優しさを教えてくれた人だった。愛に飢えたレオナルドがその温かさに触れて、正気でいられるはずがなかった。


 ルーシェが欲しい。

 あの笑顔を独り占めしたい。

 自分だけしか見れないようにしたい。

 そのためなら、何だってしてやる。


 どれだけ時間がかかってもいい、必ず手に入れてやる!


 愛に飢えた少年は、そのたった一つの温もりさえあればよかった。満足だった。それ以外、何も要らなかった。

 その想いが後に、とんでもない悲劇を巻き起こす事になるなんて、この時はまだ誰も知るよしはなかった。
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