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60、ウィルハーモニー王家の抱える問題
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リヴァイにエスコートされて園遊会の会場へ入ると、ふわっと甘い香りが鼻につく。匂いのした方へ視線を送ると、入り口近くには彩り豊かなスイーツがずらりと並べられていた。
中央に設置された丸い円卓のテーブルには、美味しそうにスイーツを頬張る人々の姿がある。かと思えば、隅のベンチには楽器を握りしめて緊張に震える子供達の姿も目立つ。
ああ、なるほど。演奏が終わるまでスイーツはお預けなのか。緊張で胃に入っていかないんだね。園遊会の光と闇を見た気分になった。
美しい庭園の奥にはステージが用意されており、立派なグランドピアノがおいてある。運んでくるの大変だっただろうな。
「まずは面倒な挨拶だけ先に済ませておこう。その後は比較的自由だから」
周囲を観察していると、リヴァイが園遊会の主宰である王妃様の所へ案内してくれた。
「母上、リオーネをお連れしました」
会場で一番ゴージャスな装いをされている王妃様は、とても眩しく見えた。
美しい容姿をされているのもあるけど、自信に満ち溢れた内側のオーラが抑えきれずに溢れ出てくる感じのすごさを感じる。それに身につけた装飾品が太陽の光に反射してキラリと輝き、直視できない物理的な眩しさが輪をかけている。
何を言いたいのかというと、とりあえず威圧感がすごい。
「エルレイン王妃陛下にご挨拶申し上げます。リオーネ・ルシフェン・レイフォードです。本日はお招き頂き誠にありがとうございます」
淑女の礼にならい、右足を引いて床につかないようにドレスの裾を掴み、体を屈めて挨拶をする。
「リオーネ、よく来てくれましたね。今日は是非、楽しんでいってくださいね」
リヴァイと同じアプリコット色の髪を綺麗に結い上げた王妃様は、優しく微笑んで迎えてくださった。
「はい。お気遣い頂きありがとうございます」
「また貴方の演奏を聞きたいわ。良かったらどうかしら?」
こちらへ詰め寄ってきた王妃様はそう言って、私の手を両手で包み込むように握りしめた。ひぃぃ。
「母上、今日は演奏しないと申し上げたはずですが?」
「少しくらい、いいじゃない。リヴァイド、貴方ばかり独り占めしてズルいわ。レイフォード公爵家の奇跡の双子の演奏を、皆楽しみにしているのに」
「とりあえず離れてください」
王妃様から隠すように、リヴァイは私を引き寄せると腕の中に閉じ込めた。
「リヴァイド。貴方がそうやってリオーネを閉じ込めていては、彼女の輝かしい奏者としての未来を奪っているのと一緒よ」
王妃様の言葉がぐいぐい胸に刺さる。輝かしい奏者としての未来って、私の対極にある言葉だよ。
「誰もが皆、奏者を目指しているとは思わないで下さい。リオーネは演奏する事よりも、音楽を聞いて触れる方が好きなのです。だから私は彼女に無理強いをしてまで、演奏しろなんて命令したくありません」
「でも折角素晴らしい才能を持っているのに勿体ないわ」
「母上の仰っている事は、戦いを望まぬ者に素晴らしい戦闘の才能があるから、魔物の討伐に行けと言っているのと同義です。園遊会は本来、美しい庭園でお茶を楽しみながら歓談して交流を図るついでに、希望者に演奏できる機会を与えた会場でしょう? それならリオーネがわざわざ演奏する必要もありません」
「それは貴方の屁理屈よ。子供の我が儘と変わらないわ」
「たとえ子供の我が儘と言われようが、私がその意志を曲げるつもりはありません」
違う、リヴァイは私を庇ってくれているだけだ。私が楽器を弾ければ、リヴァイと王妃様がこんな喧嘩をする必要なんてないのに。
キリキリと胃が痛む。
やはりいつまでも隠し通せるものじゃない。正直に話すしか……口を開きかけたその時、意外な人物が止めに入ってくれた。
「まぁまぁ母上、落ち着いて下さい。リヴァイドは久しぶりにリオーネ嬢に会えて嬉しいのですよ。愛し合う二人を無理に引き離しては可哀想でしょう?」
「エルンスト……貴方、今までどこに行っていたのですか!」
「あー、えーっと、そのー…………草が生い茂った美しい場所、ですかね?」
またどこかのダンジョンをさまよって居られたのだろう。エルンスト様は、お世辞にも王子様とは思えない風貌をされていた。
「まったく、服がボロボロになるまでどこをさまよっていたのですか! 本当に貴方は楽器の練習もせずに、毎日野蛮な剣ばっかり握って! 少しは第一王子としての自覚を持ちなさい!」
王妃様のお説教を聞き流しながら、今のうちに逃げろと、エルンスト様が目配せしてくれた。
「では挨拶も済みましたので、これで」
「待ちなさい、リヴァイド!」
「まぁまぁ、そんなカリカリせずに」
「エルンスト、貴方は早く着替えてきなさい!」
ごめんなさい、王妃様。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
これ幸いと言わんばかりに、リヴァイは私の手を引いてその場から離れた。
王妃様の座る席とは反対側の離れた位置にあるベンチに腰かけて一息つく。
「すみません、リヴァイ。私のせいで王妃様と喧嘩になってしまって……」
「なーに、別にいつもの事だ。気にしなくていい」
「いつもの事、なのですか?」
「母上は、音楽至上主義者だからな。良い演奏をする者は可愛がり、逆に下手な演奏をする者を嫌悪する。見ていて本当に反吐が出そうになる」
「リヴァイ?」
「だっておかいしだろ? 音楽が出来ないだけで見下し、否定するなんて。誰だって得手不得手はあるし、音楽を極めたからって、襲ってきたモンスターに抗う事は出来ない。もし今この会場が凶悪なモンスターに襲われたら、太刀打ち出来るのは騎士達と兄上だけだ。そんな国のために命を懸けて戦ってくれている者達を、剣を持つ野蛮人だと罵るなんて」
ああ、なるほど。
エルンスト様はあまり楽器が得意ではない。だからエルンスト様に対する王妃様の当たりも強くて、逆にリヴァイは優れた音楽の才能があるから可愛がられてきたのだろう。
エルンスト様はまぁ、あの超ポジティブ思考の性格で我が道を行くお方だし、王妃様のお小言は軽く受け流しておられるのだろう。自分の事を悪く言われても怒らないけど、仲間が傷つけられらと怒るタイプだしね。
そんな兄をリヴァイは尊敬してるからこそ、その不公平な態度の母の異質さが許せないのかもしれない。
とはいえ、ここはウィルハーモニー王国。
楽器を美しく奏でることが一種のステータスとして見られる音楽至上主義の国だ。王妃様と同じ思考の方は、きっとたくさん居られるだろう。
ゲームの中で、リヴァイド陛下は国の在り方を悩んでいた。メインイベントでウィルハーモニー王国を救うイベントがあって……救う?
あああああ!
私は、大事なことを忘れていた。
エルンスト様が置き手紙を残して旅立つ事で、この国は段々騎士不足になっていくんだ。カリスマ的強さを持つエルンスト様に憧れて騎士を目指す者が居なくなり衰退。
文化人気質のこの国では、剣をもって戦うことは野蛮なことだっていう貴族達の考えもあって、英才教育を受けた優秀な貴族の騎士が育たない。
騎士はほとんど平民出身で、十分な訓練を積んでいない上に、正しく指導出来る者も少なく弱々なのだ。
ゲームの中では、リヴァイド陛下とルイス公が傭兵としてモンスター討伐に同行してくれたっけ。ゲームだから深く考えてなかったけど、普通に考えたら王自ら、公爵自らモンスター討伐に行くっておかしな事だ。
それくらい、まともに戦える者が居なくて、近隣のモンスター退治は冒険者頼りになっていた。ゲームの中でその問題を解決するのが、ウィルハーモニー王国でのメインストーリーイベントだった。
イベントの途中で、リヴァイド陛下は教会に祈りを捧げながら言っていた。
『俺は子供の頃に母を亡くした。武芸に優れた兄が旅立った後、園遊会の最中にワイバーンが襲ってきて甚大な被害を受けたのだ』と。
その事が契機になって、リヴァイド陛下は強くなろうと決意したって過去の事を少し話してくれた。
確執を抱えたまま、ゲームではそうしてリヴァイド陛下の家族はバラバラになってしまったんだ。
「リヴァイはその思いを、王妃様にお伝えした事はございますか?」
「ないな。父上に止められているのだ。母上は認められるために、とても苦労して努力して音楽を極め、王妃になった。だからあまり否定しないでやってほしいと」
「そうなのですね……」
実際にお会いした時の陛下は、穏やかでとても優しそうな印象を受けた。
王妃様と共に歩んできてその苦労を傍で見てきたからこそ、リヴァイにそのように仰ったのかもしれない。
それに話を聞く限り、陛下はあまり争いを好まれる方ではないのだろう。
でもいくら音楽至上主義とはいえ、それが他を極端に卑下して良い理由にはならないはずだ。子供に正しい倫理観を教えるより、波風立たないよう現状維持される。それが王妃様に対する優しさなのか、尻に敷かれているだけなのかは、正直よく分からない。
そんな状態だからこそ、陛下はリヴァイに真偽の腕輪を与えてお育てになったのかもしれない。自分の目で見て、何が正しいかきちんと判断できる子に育つように。
普通なら才能もあって周りからもチヤホヤされて育ったら、それこそ高飛車な子供に育つだろう。自分が偉い、何をしても許されるんだって勘違いして。でも彼はそうならなかった。
それはきっと、人を疑う事を知らないどこまでも真っ直ぐなエルンスト様の背中を見て育ったからなんだろう。
でも作中でエルは、自分のせいで弟に不憫な思いをさせている事だけは心苦しく思っていた。このまま自分がここに居ても、弟の成長によくない。自分が居なくても弟なら立派な王様になれると信じて、本音は告げずに置き手紙を残して王国を飛び出した。
そこから十数年の月日が流れ、ウィルハーモニー王国の危機を主人公達と一緒に裏で解決しながら見守っていた。本当は姿を現すつもりはなかったものの、リヴァイド陛下の身に危険が及び、その攻撃から守るためにエルは飛び出した。
他人の空似だって認めようとしないエルに、リヴァイド陛下は『これは私の独り言です』って前置きして、兄に対する思いと感謝を述べた。
それを聞いてエルは号泣しちゃって、主人公達に
『いい加減認めて下さいよ』
『往生際悪いですよ』
『代わりに僕が、道中聞いた弟さんの自慢話を全部語りましょうか?』
って諭されつつ、半分冗談で脅されつつ認めたんだよね。
『たとえどこに居ても、貴方は俺の自慢の兄です』
そう言いきったリヴァイド陛下が本当に格好よくて、感動の和解シーンが脳裏に浮かぶ。やっぱりこの兄弟の絆はぐっとくる!
「どうしたのだ、急にじっとこちらを見て」
ゲームの感動シーンを思い出しながら、どうやら私は本人を凝視していたらしい。
「リヴァイはすごいなと、改めて思っただけです。私に出来る事があるなら、遠慮なく仰ってくださいね。貴方の力になりたいのです」
「こうして傍に居てくれるだけで、かなり救われてるよ。ありがとう」
ちょっと待って、私が傍に居たからさっき王妃様と衝突したばかりじゃないか。
リヴァイはそう言ってくれるけど、現状私は足を引っ張っているだけだ。このままではいけない、何とかしなければ。
それに思い出してしまったからには、王妃様の命は何としてでも助けたい。
仲違いしたまま永遠に会えなくなるなんて、悲しすぎる。リヴァイド陛下も、その事をとても悔いていたし。
『俺が一度でも本音でぶつかっていれば、兄は出ていかずに済んだのかもしれない。母は死なずに済んだのかもしれない』と。
園遊会は年二回開かれるってルイスが言っていた。ゲームのイベントがそのまま起こるとは限らないけれど、危険が潜んでいるのは間違いない。今後開かれる園遊会には、全て参加した方が良さそうだ。
幸いエルンスト様はまだ旅に出ていない。
流石に今日ワイバーンが襲ってくるなんて事はないと思いたいけど、念のためにいつでも戦える準備だけはしておこう。
先生にもらった転送バッグ、ミニマムリングで小さくして持ってきててよかった。
中央に設置された丸い円卓のテーブルには、美味しそうにスイーツを頬張る人々の姿がある。かと思えば、隅のベンチには楽器を握りしめて緊張に震える子供達の姿も目立つ。
ああ、なるほど。演奏が終わるまでスイーツはお預けなのか。緊張で胃に入っていかないんだね。園遊会の光と闇を見た気分になった。
美しい庭園の奥にはステージが用意されており、立派なグランドピアノがおいてある。運んでくるの大変だっただろうな。
「まずは面倒な挨拶だけ先に済ませておこう。その後は比較的自由だから」
周囲を観察していると、リヴァイが園遊会の主宰である王妃様の所へ案内してくれた。
「母上、リオーネをお連れしました」
会場で一番ゴージャスな装いをされている王妃様は、とても眩しく見えた。
美しい容姿をされているのもあるけど、自信に満ち溢れた内側のオーラが抑えきれずに溢れ出てくる感じのすごさを感じる。それに身につけた装飾品が太陽の光に反射してキラリと輝き、直視できない物理的な眩しさが輪をかけている。
何を言いたいのかというと、とりあえず威圧感がすごい。
「エルレイン王妃陛下にご挨拶申し上げます。リオーネ・ルシフェン・レイフォードです。本日はお招き頂き誠にありがとうございます」
淑女の礼にならい、右足を引いて床につかないようにドレスの裾を掴み、体を屈めて挨拶をする。
「リオーネ、よく来てくれましたね。今日は是非、楽しんでいってくださいね」
リヴァイと同じアプリコット色の髪を綺麗に結い上げた王妃様は、優しく微笑んで迎えてくださった。
「はい。お気遣い頂きありがとうございます」
「また貴方の演奏を聞きたいわ。良かったらどうかしら?」
こちらへ詰め寄ってきた王妃様はそう言って、私の手を両手で包み込むように握りしめた。ひぃぃ。
「母上、今日は演奏しないと申し上げたはずですが?」
「少しくらい、いいじゃない。リヴァイド、貴方ばかり独り占めしてズルいわ。レイフォード公爵家の奇跡の双子の演奏を、皆楽しみにしているのに」
「とりあえず離れてください」
王妃様から隠すように、リヴァイは私を引き寄せると腕の中に閉じ込めた。
「リヴァイド。貴方がそうやってリオーネを閉じ込めていては、彼女の輝かしい奏者としての未来を奪っているのと一緒よ」
王妃様の言葉がぐいぐい胸に刺さる。輝かしい奏者としての未来って、私の対極にある言葉だよ。
「誰もが皆、奏者を目指しているとは思わないで下さい。リオーネは演奏する事よりも、音楽を聞いて触れる方が好きなのです。だから私は彼女に無理強いをしてまで、演奏しろなんて命令したくありません」
「でも折角素晴らしい才能を持っているのに勿体ないわ」
「母上の仰っている事は、戦いを望まぬ者に素晴らしい戦闘の才能があるから、魔物の討伐に行けと言っているのと同義です。園遊会は本来、美しい庭園でお茶を楽しみながら歓談して交流を図るついでに、希望者に演奏できる機会を与えた会場でしょう? それならリオーネがわざわざ演奏する必要もありません」
「それは貴方の屁理屈よ。子供の我が儘と変わらないわ」
「たとえ子供の我が儘と言われようが、私がその意志を曲げるつもりはありません」
違う、リヴァイは私を庇ってくれているだけだ。私が楽器を弾ければ、リヴァイと王妃様がこんな喧嘩をする必要なんてないのに。
キリキリと胃が痛む。
やはりいつまでも隠し通せるものじゃない。正直に話すしか……口を開きかけたその時、意外な人物が止めに入ってくれた。
「まぁまぁ母上、落ち着いて下さい。リヴァイドは久しぶりにリオーネ嬢に会えて嬉しいのですよ。愛し合う二人を無理に引き離しては可哀想でしょう?」
「エルンスト……貴方、今までどこに行っていたのですか!」
「あー、えーっと、そのー…………草が生い茂った美しい場所、ですかね?」
またどこかのダンジョンをさまよって居られたのだろう。エルンスト様は、お世辞にも王子様とは思えない風貌をされていた。
「まったく、服がボロボロになるまでどこをさまよっていたのですか! 本当に貴方は楽器の練習もせずに、毎日野蛮な剣ばっかり握って! 少しは第一王子としての自覚を持ちなさい!」
王妃様のお説教を聞き流しながら、今のうちに逃げろと、エルンスト様が目配せしてくれた。
「では挨拶も済みましたので、これで」
「待ちなさい、リヴァイド!」
「まぁまぁ、そんなカリカリせずに」
「エルンスト、貴方は早く着替えてきなさい!」
ごめんなさい、王妃様。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
これ幸いと言わんばかりに、リヴァイは私の手を引いてその場から離れた。
王妃様の座る席とは反対側の離れた位置にあるベンチに腰かけて一息つく。
「すみません、リヴァイ。私のせいで王妃様と喧嘩になってしまって……」
「なーに、別にいつもの事だ。気にしなくていい」
「いつもの事、なのですか?」
「母上は、音楽至上主義者だからな。良い演奏をする者は可愛がり、逆に下手な演奏をする者を嫌悪する。見ていて本当に反吐が出そうになる」
「リヴァイ?」
「だっておかいしだろ? 音楽が出来ないだけで見下し、否定するなんて。誰だって得手不得手はあるし、音楽を極めたからって、襲ってきたモンスターに抗う事は出来ない。もし今この会場が凶悪なモンスターに襲われたら、太刀打ち出来るのは騎士達と兄上だけだ。そんな国のために命を懸けて戦ってくれている者達を、剣を持つ野蛮人だと罵るなんて」
ああ、なるほど。
エルンスト様はあまり楽器が得意ではない。だからエルンスト様に対する王妃様の当たりも強くて、逆にリヴァイは優れた音楽の才能があるから可愛がられてきたのだろう。
エルンスト様はまぁ、あの超ポジティブ思考の性格で我が道を行くお方だし、王妃様のお小言は軽く受け流しておられるのだろう。自分の事を悪く言われても怒らないけど、仲間が傷つけられらと怒るタイプだしね。
そんな兄をリヴァイは尊敬してるからこそ、その不公平な態度の母の異質さが許せないのかもしれない。
とはいえ、ここはウィルハーモニー王国。
楽器を美しく奏でることが一種のステータスとして見られる音楽至上主義の国だ。王妃様と同じ思考の方は、きっとたくさん居られるだろう。
ゲームの中で、リヴァイド陛下は国の在り方を悩んでいた。メインイベントでウィルハーモニー王国を救うイベントがあって……救う?
あああああ!
私は、大事なことを忘れていた。
エルンスト様が置き手紙を残して旅立つ事で、この国は段々騎士不足になっていくんだ。カリスマ的強さを持つエルンスト様に憧れて騎士を目指す者が居なくなり衰退。
文化人気質のこの国では、剣をもって戦うことは野蛮なことだっていう貴族達の考えもあって、英才教育を受けた優秀な貴族の騎士が育たない。
騎士はほとんど平民出身で、十分な訓練を積んでいない上に、正しく指導出来る者も少なく弱々なのだ。
ゲームの中では、リヴァイド陛下とルイス公が傭兵としてモンスター討伐に同行してくれたっけ。ゲームだから深く考えてなかったけど、普通に考えたら王自ら、公爵自らモンスター討伐に行くっておかしな事だ。
それくらい、まともに戦える者が居なくて、近隣のモンスター退治は冒険者頼りになっていた。ゲームの中でその問題を解決するのが、ウィルハーモニー王国でのメインストーリーイベントだった。
イベントの途中で、リヴァイド陛下は教会に祈りを捧げながら言っていた。
『俺は子供の頃に母を亡くした。武芸に優れた兄が旅立った後、園遊会の最中にワイバーンが襲ってきて甚大な被害を受けたのだ』と。
その事が契機になって、リヴァイド陛下は強くなろうと決意したって過去の事を少し話してくれた。
確執を抱えたまま、ゲームではそうしてリヴァイド陛下の家族はバラバラになってしまったんだ。
「リヴァイはその思いを、王妃様にお伝えした事はございますか?」
「ないな。父上に止められているのだ。母上は認められるために、とても苦労して努力して音楽を極め、王妃になった。だからあまり否定しないでやってほしいと」
「そうなのですね……」
実際にお会いした時の陛下は、穏やかでとても優しそうな印象を受けた。
王妃様と共に歩んできてその苦労を傍で見てきたからこそ、リヴァイにそのように仰ったのかもしれない。
それに話を聞く限り、陛下はあまり争いを好まれる方ではないのだろう。
でもいくら音楽至上主義とはいえ、それが他を極端に卑下して良い理由にはならないはずだ。子供に正しい倫理観を教えるより、波風立たないよう現状維持される。それが王妃様に対する優しさなのか、尻に敷かれているだけなのかは、正直よく分からない。
そんな状態だからこそ、陛下はリヴァイに真偽の腕輪を与えてお育てになったのかもしれない。自分の目で見て、何が正しいかきちんと判断できる子に育つように。
普通なら才能もあって周りからもチヤホヤされて育ったら、それこそ高飛車な子供に育つだろう。自分が偉い、何をしても許されるんだって勘違いして。でも彼はそうならなかった。
それはきっと、人を疑う事を知らないどこまでも真っ直ぐなエルンスト様の背中を見て育ったからなんだろう。
でも作中でエルは、自分のせいで弟に不憫な思いをさせている事だけは心苦しく思っていた。このまま自分がここに居ても、弟の成長によくない。自分が居なくても弟なら立派な王様になれると信じて、本音は告げずに置き手紙を残して王国を飛び出した。
そこから十数年の月日が流れ、ウィルハーモニー王国の危機を主人公達と一緒に裏で解決しながら見守っていた。本当は姿を現すつもりはなかったものの、リヴァイド陛下の身に危険が及び、その攻撃から守るためにエルは飛び出した。
他人の空似だって認めようとしないエルに、リヴァイド陛下は『これは私の独り言です』って前置きして、兄に対する思いと感謝を述べた。
それを聞いてエルは号泣しちゃって、主人公達に
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『往生際悪いですよ』
『代わりに僕が、道中聞いた弟さんの自慢話を全部語りましょうか?』
って諭されつつ、半分冗談で脅されつつ認めたんだよね。
『たとえどこに居ても、貴方は俺の自慢の兄です』
そう言いきったリヴァイド陛下が本当に格好よくて、感動の和解シーンが脳裏に浮かぶ。やっぱりこの兄弟の絆はぐっとくる!
「どうしたのだ、急にじっとこちらを見て」
ゲームの感動シーンを思い出しながら、どうやら私は本人を凝視していたらしい。
「リヴァイはすごいなと、改めて思っただけです。私に出来る事があるなら、遠慮なく仰ってくださいね。貴方の力になりたいのです」
「こうして傍に居てくれるだけで、かなり救われてるよ。ありがとう」
ちょっと待って、私が傍に居たからさっき王妃様と衝突したばかりじゃないか。
リヴァイはそう言ってくれるけど、現状私は足を引っ張っているだけだ。このままではいけない、何とかしなければ。
それに思い出してしまったからには、王妃様の命は何としてでも助けたい。
仲違いしたまま永遠に会えなくなるなんて、悲しすぎる。リヴァイド陛下も、その事をとても悔いていたし。
『俺が一度でも本音でぶつかっていれば、兄は出ていかずに済んだのかもしれない。母は死なずに済んだのかもしれない』と。
園遊会は年二回開かれるってルイスが言っていた。ゲームのイベントがそのまま起こるとは限らないけれど、危険が潜んでいるのは間違いない。今後開かれる園遊会には、全て参加した方が良さそうだ。
幸いエルンスト様はまだ旅に出ていない。
流石に今日ワイバーンが襲ってくるなんて事はないと思いたいけど、念のためにいつでも戦える準備だけはしておこう。
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