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第38話 ハイネル王子の意外な姿
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一通り説明を受けた後、俺はエレインの研究室へと向かった。
「ただいま戻りました」
「おかえりルーカス! それで、試験どうだった?」
はやく検証結果が聞きたいのか、エレインは椅子から立ち上がり、わざわざ入り口までやって来て俺を出迎えてくれた。こういう時はとても尻が軽いらしい。
「エレイン様のおかげで、無事入部できました」
「そうなんだ、おめでとう! 君の画力が壊滅的だからこそシリウスを欺けたんだね。やるじゃないか!」
「全然誉められてる気がしませんが……」
「うん、別に誉めてないし」
「ですよね」
その後、薬の効果や感想について根掘り葉掘り聞かれ、何時間でその効果がきれるのか試すために、ひたすら絵を描かされて、気がつけば今日も午前様を迎えていた。
『リバース』と名付けられたその薬の持続効果はおよそ六時間。それをすぎると徐々に元に戻るようだ。俺の描いた絵が、一時間ぐらいかけて壊滅的になっていったからな。
「それではエレイン様。失礼させていただきます」
「うん、おつかれ~」
豪華な学生寮にエレインを送り届け、寮へ戻ろうとしたら、後ろから呼び止められた。
「ルーカス、あくまでそれは試作品だ。あまり飲み過ぎは身体によくないから、使うのは最低限に止めておきなよ。試験をクリアした今、君ならその創造魔法で乗り切ることも可能でしょ」
「かしこまりました。お気遣い感謝致します」
潜入さえ出来ればこっちのものだ。後は先輩達の雑用でも引き受けて誤魔化そう。さぁ、今度こそ帰ろうとしたその時、エレインが入っていった豪華な寮の方から何やら話し声が聞こえてくる。
こっそりと、ピースケを飛ばせてその様子を観察する。すると、立派なエントランスの入口前で腕を組み、仁王立ちしているハイネルの姿があった。その顔はとても険しい。
「エミリオ、今日も随分と遅いお帰りだな?」
「げっ、ハイネ……」
「げっとは何だ、げっとは。門限はとっくに過ぎている。全く君は、何度言えば分かるのかな?」
「あ、明日は守るよ。それよりほら、こんな時間まで起きてると肌によくないよ。はやく寝た方がいいんじゃない?」
笑って誤魔化そうとするエレインに、ハイネルは深くため息をつく。
「研究に没頭するのは構わんが、規律は守れ。罰として明日一日君は、寮から出ることを禁ずる」
「そ、そんな……水をあげないと、花達が可哀想じゃないか」
いつも水やりしてんのは俺だけどな!
「私の目には、ひどいくまを作って睡眠不足の君の方が、よっぽと体調が悪そうで可哀想に見えるのだが?」
「こ、これくらい何ともないよ」
ハイネルはエレインの肩に手をおくと、彼女の耳元で周囲に聞こえないように囁いた。小さな声だったが、ピースケはその音声もしっかり拾ってくれた。
「レイ、私に同じ事を二度も言わせるな。それとも、足りないから一週間に増やして欲しいのか?」
「充分! 一日で充分だよ!」
「そうか、なら部屋に戻ってさっさと休め」
「……分かったよ」
まぁ、これはエレインの自業自得だよな。ハイネルの言ってる事は正しい。それになにより、わざわざこんな時間まで起きて待ってた所から察するに、本当に心配してたんだろう──まるで、本当の兄と妹のようだな。
ハイネル……冷徹そうな奴かと思ってたが、意外と身内にはいい所あるじゃねぇか。
◇
二週間、美術部に所属して分かった事がある。美術部には一週間に一度、モデルの女子学生がやってくる。モデルが来た日は、部員は人物画のデッサン練習をする決まりがあるそうだ。それ以外は基本自由と、かなりアバウトな部活だった。
誰かが指導するわけでもなく、自分のペースで自由に活動している部員達は、周囲に対して無頓着な奴等が多い。良い意味でも悪い意味でも芸術家気質できまぐれな彼等は、自分の世界という奴に入りきっているようで、俺にとってはかなり好都合な環境だった。
「パブロ先輩、少なくなっていた油絵具補充しておきました」
「ミラ先輩、いつでも描けるように中庭の準備は整っています」
雑用係は慣れているからな。それに、実家の手伝いで培った気配りも役に立つ。こうして少しずつ美術部員の信頼を勝ち取った俺は、どこにいてもおかしくない存在として自由に美術部内を探索できるようになった。
モデルを呼んでデッサンをする日、俺はシリウスの動向をずっと辿っていたわけだが、別段怪しい動きもない。他の部員と同様に、真剣に絵を描いている姿がそこにはあるだけだった。
モデルが帰った後に、自分のアトリエに呼んでいるのかと思いきや、そういった素振りもない。
だが掃除の際、確実にそのコレクションが増えているのは確認済みだ。モデルを呼んで二、三日の間に間違いなく描いている。
シリウスは掃除の時以外アトリエの中に人を入れたがらない。集中するため芸術家とはそういうもんだといってしまえば身も蓋もないが、あんな絵を描いているのは間違いなくこのアトリエだと思うんだよな。
ここはやはり、中でどんな絵を描いているのか覗く必要がある。なんとかして、ばれずに中に侵入する必要があるというわけだ。
ただ部屋のカーテンを完全に締め切っているため、外から覗くのは難しい。アトリエに籠っている時は、絶対に邪魔をするなという暗黙の了解がここの美術部にはある。
さて、どうしたものか。
最中に邪魔は許されない。そうか、それなら部屋の住人より先に潜り込んでいればいいんじゃないか。
シリウスのアトリエを掃除したついでに、俺はピースケをこっそりとばれない場所で待機させる事にした。
さーて、クール眼鏡シリウス様の正体を暴いてやるとするか!
「ただいま戻りました」
「おかえりルーカス! それで、試験どうだった?」
はやく検証結果が聞きたいのか、エレインは椅子から立ち上がり、わざわざ入り口までやって来て俺を出迎えてくれた。こういう時はとても尻が軽いらしい。
「エレイン様のおかげで、無事入部できました」
「そうなんだ、おめでとう! 君の画力が壊滅的だからこそシリウスを欺けたんだね。やるじゃないか!」
「全然誉められてる気がしませんが……」
「うん、別に誉めてないし」
「ですよね」
その後、薬の効果や感想について根掘り葉掘り聞かれ、何時間でその効果がきれるのか試すために、ひたすら絵を描かされて、気がつけば今日も午前様を迎えていた。
『リバース』と名付けられたその薬の持続効果はおよそ六時間。それをすぎると徐々に元に戻るようだ。俺の描いた絵が、一時間ぐらいかけて壊滅的になっていったからな。
「それではエレイン様。失礼させていただきます」
「うん、おつかれ~」
豪華な学生寮にエレインを送り届け、寮へ戻ろうとしたら、後ろから呼び止められた。
「ルーカス、あくまでそれは試作品だ。あまり飲み過ぎは身体によくないから、使うのは最低限に止めておきなよ。試験をクリアした今、君ならその創造魔法で乗り切ることも可能でしょ」
「かしこまりました。お気遣い感謝致します」
潜入さえ出来ればこっちのものだ。後は先輩達の雑用でも引き受けて誤魔化そう。さぁ、今度こそ帰ろうとしたその時、エレインが入っていった豪華な寮の方から何やら話し声が聞こえてくる。
こっそりと、ピースケを飛ばせてその様子を観察する。すると、立派なエントランスの入口前で腕を組み、仁王立ちしているハイネルの姿があった。その顔はとても険しい。
「エミリオ、今日も随分と遅いお帰りだな?」
「げっ、ハイネ……」
「げっとは何だ、げっとは。門限はとっくに過ぎている。全く君は、何度言えば分かるのかな?」
「あ、明日は守るよ。それよりほら、こんな時間まで起きてると肌によくないよ。はやく寝た方がいいんじゃない?」
笑って誤魔化そうとするエレインに、ハイネルは深くため息をつく。
「研究に没頭するのは構わんが、規律は守れ。罰として明日一日君は、寮から出ることを禁ずる」
「そ、そんな……水をあげないと、花達が可哀想じゃないか」
いつも水やりしてんのは俺だけどな!
「私の目には、ひどいくまを作って睡眠不足の君の方が、よっぽと体調が悪そうで可哀想に見えるのだが?」
「こ、これくらい何ともないよ」
ハイネルはエレインの肩に手をおくと、彼女の耳元で周囲に聞こえないように囁いた。小さな声だったが、ピースケはその音声もしっかり拾ってくれた。
「レイ、私に同じ事を二度も言わせるな。それとも、足りないから一週間に増やして欲しいのか?」
「充分! 一日で充分だよ!」
「そうか、なら部屋に戻ってさっさと休め」
「……分かったよ」
まぁ、これはエレインの自業自得だよな。ハイネルの言ってる事は正しい。それになにより、わざわざこんな時間まで起きて待ってた所から察するに、本当に心配してたんだろう──まるで、本当の兄と妹のようだな。
ハイネル……冷徹そうな奴かと思ってたが、意外と身内にはいい所あるじゃねぇか。
◇
二週間、美術部に所属して分かった事がある。美術部には一週間に一度、モデルの女子学生がやってくる。モデルが来た日は、部員は人物画のデッサン練習をする決まりがあるそうだ。それ以外は基本自由と、かなりアバウトな部活だった。
誰かが指導するわけでもなく、自分のペースで自由に活動している部員達は、周囲に対して無頓着な奴等が多い。良い意味でも悪い意味でも芸術家気質できまぐれな彼等は、自分の世界という奴に入りきっているようで、俺にとってはかなり好都合な環境だった。
「パブロ先輩、少なくなっていた油絵具補充しておきました」
「ミラ先輩、いつでも描けるように中庭の準備は整っています」
雑用係は慣れているからな。それに、実家の手伝いで培った気配りも役に立つ。こうして少しずつ美術部員の信頼を勝ち取った俺は、どこにいてもおかしくない存在として自由に美術部内を探索できるようになった。
モデルを呼んでデッサンをする日、俺はシリウスの動向をずっと辿っていたわけだが、別段怪しい動きもない。他の部員と同様に、真剣に絵を描いている姿がそこにはあるだけだった。
モデルが帰った後に、自分のアトリエに呼んでいるのかと思いきや、そういった素振りもない。
だが掃除の際、確実にそのコレクションが増えているのは確認済みだ。モデルを呼んで二、三日の間に間違いなく描いている。
シリウスは掃除の時以外アトリエの中に人を入れたがらない。集中するため芸術家とはそういうもんだといってしまえば身も蓋もないが、あんな絵を描いているのは間違いなくこのアトリエだと思うんだよな。
ここはやはり、中でどんな絵を描いているのか覗く必要がある。なんとかして、ばれずに中に侵入する必要があるというわけだ。
ただ部屋のカーテンを完全に締め切っているため、外から覗くのは難しい。アトリエに籠っている時は、絶対に邪魔をするなという暗黙の了解がここの美術部にはある。
さて、どうしたものか。
最中に邪魔は許されない。そうか、それなら部屋の住人より先に潜り込んでいればいいんじゃないか。
シリウスのアトリエを掃除したついでに、俺はピースケをこっそりとばれない場所で待機させる事にした。
さーて、クール眼鏡シリウス様の正体を暴いてやるとするか!
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