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第3話 先祖返りの宿命

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 その日の夜、俺は悪夢にうなされて目が覚めた。
 たまに見るとても鮮明で嫌な夢だ。
 虫の次は悪夢かよ……思わず心の中で悪態をつく。
 そんな事したって、意味がないと分かっているのに。
 草むしりのために特性をつけた道具を創り出した事が、おそらく今回の悪夢の原因だろう。

 俺が創造魔法を使う限り、この悪夢とは一生付き合っていかなければならないものだと、昔言われたっけ。
 初めてこの悪夢に苛まれ、制御できずに魔力を暴発させて隔離された施設の中で。

 現代に残っている魔法は五行属性の火、水、土、風、雷に属したものだ。
 昔はそこに光と闇に関する魔法もあったそうだが、人の理を大きく乱す行為が目立ち、時代の流れと共に、それに連なる家系は全て滅びてしまった。
 光魔法と闇魔法は、極まれに生まれる「先祖返り」だけが使える魔法だと現代では言われている。
 俺の使う創造魔法は元々光属性の魔法らしく、そういった失われた魔法が使える「先祖返り」だけに、共通したある特徴があった。
 意図的に魔法を使えば使うほど、地獄絵図のような悪夢に苛まれること。
 血に刻まれた先祖の記憶とか、道を踏み外さないよう戒めのためにかけられた呪いだとか、悪夢について色々言われてるらしいけど、詳しい事は解明されていない。
 もうそれは生まれる前から定められた宿命のようなもので、正しい心を持ち、それに打ち勝てる者だけが光魔法や闇魔法を使うことが出来るそうだ。

 折角の才能に恵まれても、この悪夢に苛まれて壊れていく人間も居るらしい。
 ティアナとダリウスが居てくれなかったらきっと、俺もその一人になっていただろう。

 初めてその悪夢に襲われたのは確か、十歳の頃だった。
 飼っていたペットのピースケが死んでしまって、悲しくて悲しくて、俺はピースケと過ごした楽しい日々を心に描いて魔法を使ってしまった。
 創造魔法でピースケを創り出したのだ。
 生き物が作れるなんて思いもしなかった。
 ピースケは少しだけ元気に飛び回った後、すぐ動かなくなってしまった。
 それでも、ピースケにまた会えた事が嬉しかった。
 
 その翌日だった。ちょうどそれは地元の学校に通い初めて間もなかった時期で、授業中に突如激しい頭痛に襲われた俺は、そのまま意識を失った。


 一面が火の海に染まり、死体がゴロゴロと転がった大地に、少年が佇んでいた。

『お前の与えた武器のせいで、俺の妻と子供は殺された!』

 目の前には、酷い怪我をした人々が最後の力を振り絞り、お前のせいで、家族が、恋人が、友人が死んだと怒りの形相で訴えて、その場で息絶えていく。

『ごめんなさい。僕のせいで、本当にごめんなさい』

 少年は泣きながら必死に謝った。
 だけど、もう誰も声を発する事の出来る人は居ない。

 頼まれるまま、お願いされるまま、作り出して与えた武器で、火薬で、毒薬で、町が一つ滅んでしまった。

 何度も何度も謝って、どうしたらこの罪を償えるのか少年は必死に考えた。
 そして思いつく。壊れた建物を、人を、創ってしまえばいいんだと。

『本当にごめんなさい。すぐに創ります。全て創り直します。だからどうか、許して下さい』

 力を解放して、少年は血の海に染まった町を、人を、全て綺麗に創り直した。

 精巧に作り直した人々は、少年の行った罪を覚えていた。

『あのガキを殺せ! あのガキさえ居なければ!』

 魔力を使い果たした少年は、鬼の形相でこちらに武器を構えて襲ってくる人々を視界に捉えたのを最後に、立っていることもままならずその場に崩れ落ちた。

 少年と入れ代わるように、俺は目を覚ました。

「こっちに、来るなぁぁああ!」

 殺されると思った。襲ってくる人々に抗うように魔力を暴発させた俺はその日、多数のクラスメイトを傷付けた。
 自分が何をしたのか、その時は分からなかった。
 怪我をしたクラスメイトが運び出され、その場に残るクラスメイトが怯えるようにこちらを見つめる姿に、加害者が自分なのだと嫌でも理解した。

 初めて、魔法が怖いと思った。
 あんな簡単に、人を傷付ける事が出来る力を持っている自分が恐ろしくなった。
 誰かを傷付けるような、そんな想像を心でしてしまった自分が怖くて仕方なかった。

 二週間ほど魔力関連の病気を取り扱う施設に隔離され、魔力が安定していると判断されてやっとそこから出された。
 家に帰った俺は、外に出るのが怖くなって閉じこもるようになっていた。

 無意識とはいえ、人を傷つけた。
 もしまたあの変な意識にあてられて、誰かを傷付けてしまったら……

 もう皆に合わせる顔がない。
 まるで化け物をみるかのようなクラスメイトの眼差しが、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 創造魔法でシェルターを作り出した俺は、誰も入ってこれないよう魔法をかけて閉じこもった。
 外から心配する母ちゃんと父ちゃんの声が聞こえた。
 ティアナとダリウスも心配して駆けつけてくれた。

『俺のことはもう放って置いてくれ。もう誰とも顔を合わせたくない。ここでこのまま独りで生きて、死んでやる』

 必死に呼びかけてくる声を全てシャットアウトしようとしたその時――

『お前が本気なら、こっちだって本気で行くからな!』

 ダリウスのそんな怒りを含んだ低い声が聞こえて、シェルターの壁を必死に何かで叩きつける打撃音が聞こえた。

『こんなものを作ったって、無駄だ。ルーカス、俺達は絶対に、お前を独りにはしない! お前がそうやって壁を作るなら、俺が魔法で全て壊してやる! アレク先生のような教師になりたいんだろ?! こんな所で簡単に、諦めるな!』

 次第にそれは大きくなって、俺の作ったシェルターに亀裂が生じ、小さな穴が開いた。
 どうやら召雷を纏わせた剣で、ダリウスが物理的に壊してきたようだ。

『今だ、ティアナ!』
『うん、まかせて!』

 急いでその小さな穴を修復しようとしたその時、ティアナがその穴を通り中へ入ってきた。
 
『一緒に帰ろう、ルーカス。そんな所に独りで居ちゃダメだよ』
『来るなよ! あっちいけよ!』

 勝手に侵入してきた異物を排除するかのように、ティアナに向かって激しい暴風が吹き荒れる。
 ああ、まただ。ティアナを傷付けたいわけじゃないのに、人を拒む思いが魔法で具現化されてティアナを傷付けている。

『行かないよ。これくらいへっちゃらだもん。だから、一緒に帰ろう』

 暴風に負けず、一歩、一歩、確実に足をこちらち進めてきたティアナは、気が付けば俺の目の前に立っていた。

『嫌だ。俺はたくさんの人を傷つけた。またこの力で誰かを傷付けてしまったら……怖いんだ』

 膝を抱えて縮こまる俺の身体を包み込むように抱きしめて、ティアナは言った。

『大丈夫。ルーカスが優しい子だってこと、私達はちゃんと知ってるよ。それにルーカスの魔法は、人を傷つけるためにあるんじゃない。人を幸せにする、笑顔にするための魔法なんだよ。お遊戯会で見せてくれた手品ショー、すごく楽しかったんだから。前を向いて、心を強く持って。そうすれば、絶対に大丈夫』

 恐る恐る膝に埋めていた顔を上げると、笑顔のティアナが視界に入る。

『怖いなら、傍に居るよ。お姉ちゃんが一緒に謝ってあげるから、大丈夫。だから、行こう』

 強引に俺の手を掴んで、ティアナはシェルターに閉じこもった俺を外へ連れ出した。

『おかえり、ルーカス』

 俺の無事を確認したダリウスは、ほっと肩の力を抜いて、多くを語らずに笑顔で俺の頭をポンポンと撫でた。

『ティアナちゃん、ダリウス君、本当にありがとう!』

 そんな俺達の姿を見て、母ちゃんは俺達を抱きしめたまま、その場で泣き崩れた。
 父ちゃんには「この馬鹿息子が! 皆に心配かけさせやがって!」とげんごつをもらった。
 そんな父ちゃんの瞳は赤く染まっていて、急に背中を向けた父ちゃんの方からは、鼻水を必死にすする音が聞こえてきた。
 頭はすっげー痛かったけど、皆の思いが嬉しくて、心はポカポカと温かかった。

 その後、ダリウスとティアナが怪我をさせたクラスメイトの元へ付き添ってくれて、一緒に謝ってくれた。
 他のクラスメイトにも、一所懸命魔力を暴発させてしまった理由を説明してくれて、誤解を解いてくれた。

 本当に、お人好しでお節介な、お兄ちゃんとお姉ちゃんだった。
 周囲にはそうやって甘い癖に、ダリウスとティアナは、妙に自分自身にはストイックな面がある。
 ダリウスは剣の稽古をしすぎてよくぶっ倒れて庭で寝てるし、ティアナも平気で徹夜して洋服作ってテンションおかしくなってるし、しばらく顔を見ない時はマジで要注意だった。
 俺の実家は雑貨屋を営んでいたから、配達ついでによく二人の安否確認をしていたものだ。懐かしいな。

 アイツ等が居てくれてたから、今の俺がある。
 昔みたいに、三人で一緒に遊びたいな……なんて、少しだけセンチメンタルな気分になった夜だった。
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