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第三章 借りすぎた恩を返したい!
22、魔法の言葉「アリシアのため」(ガブリエル視点)
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「アリシアが、可愛すぎてつらい」
明け方の執務室で、身悶えるようなため息と共に放たれた若の言葉に、作業の手を止める者は居ない。それは、このため息混じりの呟きが日常茶飯事であるが故だった。
「それで、今回はどうされたんですか?」
書類にペンを走らせながら、リフィエルが反応を返す。
「食事をしながら、俺の腕の中で眠ってしまったのだ。とても安心しきったあのあどけない寝顔は天使のようだった」
思い出して身悶えている若は、心ここにあらずな状態だった。だが、俺からしてみれば──
「嬢ちゃんの働かせ過ぎが原因でしょ」
食事中に眠ってしまうなど、ただ疲れがたまっていたようにしか思えない。
「断じて違う。アリシアには君達以上に休みをきちんと与えているし、勤務時間も短くしている。定時にはしっかりと俺が部屋に送り届け、食事もきちんと与えている。管理は完璧だ」
決して無理をさせないよう、嬢ちゃんのタイムスケジュールは若によって完璧に管理されているらしい。もし過労が原因なら、勤務時間を減らすべきか……と一人でブツブツと検討している若に、書類に走らせていた手を止めたリフィエルが顔をあげて口を開いた。
「彼女、仕事持ち帰ってますよ。それに、休みの日でも私の手伝いをよくしてくれてますし」
「リフィエル! アリシアに無理を強いるな!」
「アリシアはとても責任感の強い子です。断っても折れないんですよ。若様もご存知でしょう?」
「当たり前だ。それはアリシアのたくさんある長所の中の一つだからな」
あーもう拗らせすぎて面倒くさい性格になられてと、喉元まで出かかった言葉をリフィエルは何とか飲み込んだようで、遠い目をしていた。
「てか、いい加減その呟きも聞き飽きた。そんなに好きならそろそろ男見せたらどうだ?」
嬢ちゃんがハイグランド帝国に来てもう二年近く経っている。そのうち一年は寝たきりだったにしても、毎晩互いに血を与え合うという夫婦の営みに近い事をしている癖に、今さらなにを怖じ気づいてんだ。さっさとくっついてくれ、見ているこっちが焦れったい。というのが俺の率直な感想だった。
「アリシアには思いを寄せた相手が居るのだ。振られるのが分かっていて、今の関係を壊すことなど……」
「でも嬢ちゃん、失恋してんでしょ? 優しく慰めてやったら案外コロッと落ちるかもしれないぜ?」
「アリシアは、そんなに軽い女ではない! 子供の頃からずっと一途に想いを寄せていたのだぞ。そう簡単になびくはずがない」
初恋を拗らせた若は、恋愛面においてとても面倒くさい男となっていた。
「では、いつまで待つおつもりですか?」
いい加減しびれを切らした様子でリフィエルが尋ねる。
「それは、アリシアの心の傷が癒えるまで何年でも、何十年でも、何百年でも待つつもりだ」
あーやっぱり面倒くせぇ……どうやらリフィエルも同じように感じているのか、思わずついたため息が重なった。
「若様、ご存知ですか? 故人ってどんどん美化されるんですよ。そんな悠長に構えていたら、相手の男性の寿命の方が先に来ます」
「恐ろしい事を言うな!」
「恐ろしいもなにも、単なる未来予想図です。美化された故人ほど、越えられない存在は居ませんよ。それが嫌なら、何らかのアクションを起こすべきだと思いますけどね」
「そうだぜ、若。女ってのは情に絆されやすい生き物だ。ダメ元で何回もアタックしてればそのうち妥協して認めてくれるはずだ」
「妥協……俺は、妥協されて初めてスタート地点に立てるのか?」
説得していたつもりが、ただ若にダメージを与えてしまった。
「(ガブリエル、言い方に気をつけて下さい。若様が繊細な心の持ち主なのは、昔からよくご存知でしょう!)」
「(お前もな! てかもう毎度毎度このくだりが面倒くさくなっちまってよ)」
「(まぁ、それは同感です)」
がっくりと項垂れる若に聞こえないように、リフィエルと小声で話す。
「二人で何をコソコソ話しているのだ?」
「作戦ですよ、若様。いま意見をまとめている所なのでもう少しだけお待ち下さい」
「(で、どうすんだ?)」
「(自信が持てれば、きっと若様も一歩踏み出す事ができるでしょう。現状私達に出来るのは、そのお手伝いをすること、ぐらいですね)」
方向性が見えてきた俺は、デスクの上で項垂れている若に声をかける。
「よし、若。鈍った体動かしに行くぞ」
「急に何故そうなる?」
気だるげに上半身を起こした若だが、その腰はまだ重いようだ。
「そりゃー嬢ちゃんに美味しい食事を用意してやるためだ。美味い血に健康的な体は不可欠だ。もっと餌付けして、日頃から胃袋ガッチリ掴んでおけば逃げられはしないだろ? そうしてとりあえず、スタート地点に立たない事には何も始まらないからな」
「そうだな、それも一理ある」
立ち上がった若に、リフィエルが呼びかける。
「若様、ついでに頭と心の方も鍛えましょう。血に美味しい深みとコクを出すためには、抱負な知識を記憶できる頭脳と多彩な発想力を生む心も不可欠です。何冊か相応しい本を用意しておきますので、是非目を通されて下さい。これも、アリシアのためですよ」
「分かった、必ず読もう!」
魔法の言葉「アリシアのため」は、若に絶大な力をもたらす事が、今までの実績で分かっている。
こうして昔から嬢ちゃんを餌に、完璧な皇太子になれるよう、二人の教育係から文武両道をモットーに鍛えられてきた若は、今日も嬢ちゃんのために頑張っている。
明け方の執務室で、身悶えるようなため息と共に放たれた若の言葉に、作業の手を止める者は居ない。それは、このため息混じりの呟きが日常茶飯事であるが故だった。
「それで、今回はどうされたんですか?」
書類にペンを走らせながら、リフィエルが反応を返す。
「食事をしながら、俺の腕の中で眠ってしまったのだ。とても安心しきったあのあどけない寝顔は天使のようだった」
思い出して身悶えている若は、心ここにあらずな状態だった。だが、俺からしてみれば──
「嬢ちゃんの働かせ過ぎが原因でしょ」
食事中に眠ってしまうなど、ただ疲れがたまっていたようにしか思えない。
「断じて違う。アリシアには君達以上に休みをきちんと与えているし、勤務時間も短くしている。定時にはしっかりと俺が部屋に送り届け、食事もきちんと与えている。管理は完璧だ」
決して無理をさせないよう、嬢ちゃんのタイムスケジュールは若によって完璧に管理されているらしい。もし過労が原因なら、勤務時間を減らすべきか……と一人でブツブツと検討している若に、書類に走らせていた手を止めたリフィエルが顔をあげて口を開いた。
「彼女、仕事持ち帰ってますよ。それに、休みの日でも私の手伝いをよくしてくれてますし」
「リフィエル! アリシアに無理を強いるな!」
「アリシアはとても責任感の強い子です。断っても折れないんですよ。若様もご存知でしょう?」
「当たり前だ。それはアリシアのたくさんある長所の中の一つだからな」
あーもう拗らせすぎて面倒くさい性格になられてと、喉元まで出かかった言葉をリフィエルは何とか飲み込んだようで、遠い目をしていた。
「てか、いい加減その呟きも聞き飽きた。そんなに好きならそろそろ男見せたらどうだ?」
嬢ちゃんがハイグランド帝国に来てもう二年近く経っている。そのうち一年は寝たきりだったにしても、毎晩互いに血を与え合うという夫婦の営みに近い事をしている癖に、今さらなにを怖じ気づいてんだ。さっさとくっついてくれ、見ているこっちが焦れったい。というのが俺の率直な感想だった。
「アリシアには思いを寄せた相手が居るのだ。振られるのが分かっていて、今の関係を壊すことなど……」
「でも嬢ちゃん、失恋してんでしょ? 優しく慰めてやったら案外コロッと落ちるかもしれないぜ?」
「アリシアは、そんなに軽い女ではない! 子供の頃からずっと一途に想いを寄せていたのだぞ。そう簡単になびくはずがない」
初恋を拗らせた若は、恋愛面においてとても面倒くさい男となっていた。
「では、いつまで待つおつもりですか?」
いい加減しびれを切らした様子でリフィエルが尋ねる。
「それは、アリシアの心の傷が癒えるまで何年でも、何十年でも、何百年でも待つつもりだ」
あーやっぱり面倒くせぇ……どうやらリフィエルも同じように感じているのか、思わずついたため息が重なった。
「若様、ご存知ですか? 故人ってどんどん美化されるんですよ。そんな悠長に構えていたら、相手の男性の寿命の方が先に来ます」
「恐ろしい事を言うな!」
「恐ろしいもなにも、単なる未来予想図です。美化された故人ほど、越えられない存在は居ませんよ。それが嫌なら、何らかのアクションを起こすべきだと思いますけどね」
「そうだぜ、若。女ってのは情に絆されやすい生き物だ。ダメ元で何回もアタックしてればそのうち妥協して認めてくれるはずだ」
「妥協……俺は、妥協されて初めてスタート地点に立てるのか?」
説得していたつもりが、ただ若にダメージを与えてしまった。
「(ガブリエル、言い方に気をつけて下さい。若様が繊細な心の持ち主なのは、昔からよくご存知でしょう!)」
「(お前もな! てかもう毎度毎度このくだりが面倒くさくなっちまってよ)」
「(まぁ、それは同感です)」
がっくりと項垂れる若に聞こえないように、リフィエルと小声で話す。
「二人で何をコソコソ話しているのだ?」
「作戦ですよ、若様。いま意見をまとめている所なのでもう少しだけお待ち下さい」
「(で、どうすんだ?)」
「(自信が持てれば、きっと若様も一歩踏み出す事ができるでしょう。現状私達に出来るのは、そのお手伝いをすること、ぐらいですね)」
方向性が見えてきた俺は、デスクの上で項垂れている若に声をかける。
「よし、若。鈍った体動かしに行くぞ」
「急に何故そうなる?」
気だるげに上半身を起こした若だが、その腰はまだ重いようだ。
「そりゃー嬢ちゃんに美味しい食事を用意してやるためだ。美味い血に健康的な体は不可欠だ。もっと餌付けして、日頃から胃袋ガッチリ掴んでおけば逃げられはしないだろ? そうしてとりあえず、スタート地点に立たない事には何も始まらないからな」
「そうだな、それも一理ある」
立ち上がった若に、リフィエルが呼びかける。
「若様、ついでに頭と心の方も鍛えましょう。血に美味しい深みとコクを出すためには、抱負な知識を記憶できる頭脳と多彩な発想力を生む心も不可欠です。何冊か相応しい本を用意しておきますので、是非目を通されて下さい。これも、アリシアのためですよ」
「分かった、必ず読もう!」
魔法の言葉「アリシアのため」は、若に絶大な力をもたらす事が、今までの実績で分かっている。
こうして昔から嬢ちゃんを餌に、完璧な皇太子になれるよう、二人の教育係から文武両道をモットーに鍛えられてきた若は、今日も嬢ちゃんのために頑張っている。
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