獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
182 / 186
第十四章 最終決戦

最後の試練~眠れる王子を奪還せよ~

しおりを挟む
「さぁ、最後の試練を始めようか。今から君をコハクの居る空間に飛ばしてあげる。日が沈むまでに、隣に居る彼女を偽物だとコハクに気付かせる事が出来たら合格。君がコハクのソウルメイトなら、たとえどんな姿をしていても、偽物に負けたりなんかしないよね?」

 あの……クレハさん、未だにそのノリで行っちゃうんですね。普通に説明してくれたらいいのに。

「余計なツッコミは要らないよ」

 何故、心の声を?!

「ただし、一つだけ忠告しておくよ。この空間にとって君はイレギュラーな存在だから、排除される対象となる。油断していると、本当に死ぬよ。怪我ぐらいなら戻ってくれば治してあげられるけど、死んだら元には戻せない。くれぐれも、気をつけて。それじゃあ、コハクの近くに送ってあげるから行っておいで」

 気がつくと、私は聖奏公園の森林広場に居た。かなり西方向に傾く太陽から、日没まであまり時間がないと悟る。
 クレハはコハクの近くに送ってくれると言った。だとすれば、同じ公園内に居る可能性が高い。
 とりあえず人気のある場所まで行こう。
 コハクは背も高いし、ここでは珍しい綺麗な銀髪をしているから遠目からでも分かりやすい。

 そう思って走り出すも視線の高さがいつもよりかなり低いことに気付く。そして歩く度に何故か手を地面につけている。
 ふと自分の手を見ると、そこには肉球がついていて腕にはみっちりとふさふさの毛が生えていた。

 (これは!)

 どこかに自分を映し出せるものがないか探し、噴水が目に入った私はそこまで全力疾走して水面に自分の姿を映してみた。
 すると、大きな三角形の耳の根元にシロからもらった髪飾りをつけたクリーム色の小型犬になっていた。

 そういえばクレハが『たとえどんな姿でも』とか言ってたな。
 流石にいきなり私が二人現れたらコハクが驚いちゃうだろうし、姿を変えられているのだろう。

 (しかし──なんということだ!)

 この姿ではこの愛らしい姿を愛でることが出来ない。
 いや、でもこの愛らしい姿が今の自分なわけで……そんな葛藤を抱いていると、突如後ろから強い圧力を感じて噴水に落ちた。

 これが世界に排除されるってことなのか。

 さいわいそんなに深い噴水ではなかった。けれど今のこの姿では、底に足がつかない。それ以前に身体の作りが違いすぎて泳げない。
 犬かき、犬かきってどうやるんだっけ?
 前足と後足をせわしなくバタバタと動かしてみるも浮かぶのが精一杯でなかなか前に進まない。
 くっ……あと少しなのに!

 その時、誰かが手を差しのべてくれた。

「大丈夫?」

 そう耳に届く声は聞き間違えるはずのない大切な人の声で、綺麗な琥珀色の瞳と視線がぶつかる。
 コハクは私を水の中から救い出すと、ほっと一息ついて安心したように微笑んだ。

 ああ、本当にコハクだ。
 コハクが目の前に居るんだ。
 感動のあまり胸元からこみ上げてくる熱いものに飲み込まれそうになるも、今はそんな場合ではない。
 一刻も早く彼をここから連れ出さなければ!

「クゥーン!」
(ありがとう、コハク! 私だよ、桜だよ! お願い、気付いて!)

「怖かったんだね、もう大丈夫だよ」

 だけど、私の言葉は伝わらないようでコハクはそう言って持っていたハンカチで私の身体の水分を拭ってくれた。

「クゥーン!」
(違うんだよ、ここは危ないからいっしょに帰ろう! お願い気付いて!)

 しかし、私の言葉が通じるわけもなく、「寒いんだね。可哀想に……」と、コハクは悲しそうな表情で私の頭を撫でる。
 その時、驚いたように目を見開いて、コハクが私の方に顔を近づけてきた。

「これは……」

 どうやら、髪飾りを見ているらしい。
 私の耳元にあるそれにコハクが触れようとした時、後ろから女の人の声がした。

「コハク! もう、勝手にどこ行っちゃうのよ!」

 コハクの後ろに両手を腰に当てて仁王立ちして怒っている女の人は、紛れもない偽物の私だった。

「ごめんね、桜。この子が溺れているのが見えたから……」
「私とのデートより、その小汚い犬の方が大事なんだ?」
「そ、そんなことない。大事なのは勿論桜だよ!」

 おろおろとした様子で慌てて否定するコハクは、どこか疲れ切ったような顔をしているように見えた。
 そのコハクの様子に驚いていると、クレハが呼びかけてくる。

『偽物の君は中々良い性格してるみたいだね』
『クレハ……見えてるの?』
『その呪印から、音ぐらいなら拾えるだけさ』
『そうなんだ』
『ここはもう、コハクの理想とする世界じゃない。シロに異変が起きた時点で、それはもう狂い始めている。それでもコハクがあの偽物に縋っているのは、あれが本物の君だと信じているからさ。本物ならほら、早くコハクを連れてきなよ』
『は、はい……』

 そうしたいのは山々なんだけど、言葉が通じないのに、どうやって分かってもらったらいいのか。
 考えていると、おもむろに偽物の私がこちらに近付いてきた。

「犬のくせに、こんなもの付けちゃって。似合わないからとってあげる」

 そう言って、偽物の私はシロがくれた髪飾りを乱暴に奪い取った。

「ワンワン! ワンワン!」
(やめて! それは私の大事なものなの!)

 必死に取り返そうともがくも、この短い手足じゃ届かない。

「キャ! 今、私に噛みつこうとした!」
「大丈夫? 桜」

 飛びかかった私に、偽物の私は驚いたようにしてコハクの後ろに隠れた。

「追い払って。この犬、嫌い。全然可愛くない」
「でも桜、その髪飾り返してあげた方が……ほら、飼い主さんからつけてもらった大事なものだろうし……」
「私は似合わないものを取ってあげただけだよ。犬が持ってたんじゃ、この綺麗な髪飾りが可哀想。コハクは私がおかしいっていうの?」
「でも、それはその子のだから……」
「コハクはありのままの私が好きだって言ってくれたよね? だったら、口答えしないでよ。素直に従ってよ。じゃないと、嫌いになるよ?」
「……っ、ごめん」

 なにこれ。何でコハクはそんな酷い事を言われてそんな辛そうな顔をして謝るの?
 ねぇ、コハク……その子は偽物なんだよ。お願い気付いてよ!

 気がつくと、コハクの足下に縋るように前足を伸ばしていた。そんな私に彼は一言。

「ごめんね。あっちへおいき」

 辛そうに顔をゆがめて拒絶の意を述べた。
 その様子を偽物の私は満足そうに眺めた後、「さ、行こっか」とコハクの腕に自分の腕を絡めて引っぱるようにして歩き出した。

 遠ざかる二人の背中を眺めながら、私の中にフツフツとした怒りがわき上がる。

 (髪飾りとコハクを返せ!)

 全身をブルブルと左右に震わせてハンカチで拭いきれなかった水分を落として、私は彼等の後を追い掛けた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...