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第十四章 最終決戦
これ以上、怖いものなどない
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耳元に気持ちの悪い吐息がかかり思わず身震いする。我慢だ、今はまだ我慢するんだ。
私の肩にアクラが顔を埋めて今にも食べようとしたその時、左手に仕込んでいた護符をアクラに貼り付けた。
しかし、アクラの動きは止まらない。鋭い牙で噛みつかれ肩に激痛が走る。
(どうして効かないの?! まさか……)
視線を手元にやると、そこには何も書かれていないただの紙があるだけだった。
やられた。クレハがそこまで細工していたなんて思いもしなかった。
その時、ゴクンゴクンと液体を飲む嚥下音が聞こえ、それが自分の血を啜られている音だと気付く。
やばい、このままだと意識が……必死に抗おうとするも、力ではかなわない。護符もない今、私に為す術などあるわけがなかった。
今度は私が助ける番だったのに、ごめんね。シロ……やはり私は貴方にとって、足手まといでしかなかったんだ……その現実を知らしめられて、悲しさと悔しさが同時に押し寄せ、瞳から一滴の涙が流れた。
「そんなわけないだろ!」
幻聴だろうか。朦朧とする意識の中で、シロの怒ったような声が聞こえてくる。
「アクラ、お前だけは絶対に許さねぇ……地獄の業火に焼かれて消えろ!」
「ぎゃぁあああ!」
断末魔の叫びのような声が聞こえて静かになった。
「桜、しっかりしろ! 今治してやるから」
ああ、温かい。この温かな光を私は知っている。肩の痛みが消えて、身体に温かなものが染みわたっていく。少しずつ意識がはっきりしてきて、目を開けると心配そうにこちらを覗き込むシロと目が合った。
夢じゃなかったんだ。シロ、よかった……無事だったんだ。私はまた、助けてもらったんだ……
「……ごめんね。やっぱり私、足手まといだね……」
ゆっくりと身体を起こしながら話しかけると、シロに抱きしめられた。
「バカなこと言ってんじゃねぇよ! お前が居てくれたから、俺は……苦手を克復出来た。アイツに、立ち向かう事が出来たんだ」
「シロ……」
「お前の心臓の鼓動が弱まっていくのが聞こえて、怖かった。怖くて仕方なかった。この世に、こんなに怖いことなんてない……そう思ったら、アクラなんてちっとも怖くなかった。足手まといなんかじゃない。俺は、お前を失うのが一番怖い」
さっきの断末魔の叫びはアクラのものだったのか。そうか、そうなんだ。アクラに勝ったんだ。乗り越えられたんだね。
「すごいね、シロ。本当にすごいよ。よく頑張ったね」
何だか自分の事のように嬉しかった。
震えるシロの身体を抱きしめ返した後、よしよし良い子だと頭を撫でると「子ども扱いするな」とムッとした顔で怒られた。
「とりあえず、この空間をはやく抜けるぞ。身体、まだきついだろ?」
重だるい感じがして頭がボーッとする。手足が痺れたような感覚がして力が少し入りにくい。でも、私なんかよりシロの方がひどい怪我をしていた。それなのに、私を抱えて歩き出す彼に慌てて待ったをかける。
「シロ、無理しないで! 私は自分で歩けるから大丈夫だよ!」
「案ずるな。俺の怪我はもう治ってる。秘薬のおかげだな」
シロは私を横抱きにしたまま再び歩き出す。
だけどその言葉が信じられなくて、まじまじとシロの身体を見る。着物についた血はもう固まっているようだけど……それがつよがりなんじゃないかと思って、そっとその部分に触れてみた。予想に反して、シロは全然痛そうな素振りをみせない。
「……本当に大丈夫なの?」
シロの身体の仕組みが分からない。秘薬は霊門って所を塞ぐだけで、貯め込める量を前より増やすだけだ。いくら身体が少し順応してきたからって、あんな酷い怪我をこんな短時間で治してしまうなんてそんな事が……
「俺はハーフだから霊門が多すぎて、霊力を貯め込む事は出来なかったけど、親父の血を継いでるからな。身体から生み出す潜在的な霊力量はそんじょそこらの妖怪の比じゃねぇよ。まぁ……貯め込めないと強い術は使えないから落ちこぼれだった。そのせいで、才能の無駄遣いって、同族からはよく陰口を叩かれてたな」
例えるなら、今までのシロの状態はザルで水を汲もうとしていたようなものだったのだろう。
身体からあふれ出す霊力をあまり留めておくことが出来ずにすぐに逃がしてしまうから、霊力保有量が劇的に少なかったんだ。
術を使うのにはある程度まとまった霊力が必要で、クレハが使うような高度な術は使えなかったからそんな扱いを受けていたのか。
「そうだったんだ。コサメさんってそんなに凄い妖怪なの?」
「妖界で三大妖怪の一人として認められる強さだな。保守派の多い白狐一族の中で突然変異で生まれた伝説の風雲児。昔はやんちゃしてたみたいでいくつもの伝説を作ったらしい。持ち前の気まぐれさ故に敵を作りやすくてな。迷惑なことに、親父に敵わない奴等が逆恨みでよく俺をいたぶりにきた。アクラも、その一人だ」
それはとんだとばっちりで……思わぬエピソードを聞いているうちに、クレハの待つ南塔までやってきた。
私の肩にアクラが顔を埋めて今にも食べようとしたその時、左手に仕込んでいた護符をアクラに貼り付けた。
しかし、アクラの動きは止まらない。鋭い牙で噛みつかれ肩に激痛が走る。
(どうして効かないの?! まさか……)
視線を手元にやると、そこには何も書かれていないただの紙があるだけだった。
やられた。クレハがそこまで細工していたなんて思いもしなかった。
その時、ゴクンゴクンと液体を飲む嚥下音が聞こえ、それが自分の血を啜られている音だと気付く。
やばい、このままだと意識が……必死に抗おうとするも、力ではかなわない。護符もない今、私に為す術などあるわけがなかった。
今度は私が助ける番だったのに、ごめんね。シロ……やはり私は貴方にとって、足手まといでしかなかったんだ……その現実を知らしめられて、悲しさと悔しさが同時に押し寄せ、瞳から一滴の涙が流れた。
「そんなわけないだろ!」
幻聴だろうか。朦朧とする意識の中で、シロの怒ったような声が聞こえてくる。
「アクラ、お前だけは絶対に許さねぇ……地獄の業火に焼かれて消えろ!」
「ぎゃぁあああ!」
断末魔の叫びのような声が聞こえて静かになった。
「桜、しっかりしろ! 今治してやるから」
ああ、温かい。この温かな光を私は知っている。肩の痛みが消えて、身体に温かなものが染みわたっていく。少しずつ意識がはっきりしてきて、目を開けると心配そうにこちらを覗き込むシロと目が合った。
夢じゃなかったんだ。シロ、よかった……無事だったんだ。私はまた、助けてもらったんだ……
「……ごめんね。やっぱり私、足手まといだね……」
ゆっくりと身体を起こしながら話しかけると、シロに抱きしめられた。
「バカなこと言ってんじゃねぇよ! お前が居てくれたから、俺は……苦手を克復出来た。アイツに、立ち向かう事が出来たんだ」
「シロ……」
「お前の心臓の鼓動が弱まっていくのが聞こえて、怖かった。怖くて仕方なかった。この世に、こんなに怖いことなんてない……そう思ったら、アクラなんてちっとも怖くなかった。足手まといなんかじゃない。俺は、お前を失うのが一番怖い」
さっきの断末魔の叫びはアクラのものだったのか。そうか、そうなんだ。アクラに勝ったんだ。乗り越えられたんだね。
「すごいね、シロ。本当にすごいよ。よく頑張ったね」
何だか自分の事のように嬉しかった。
震えるシロの身体を抱きしめ返した後、よしよし良い子だと頭を撫でると「子ども扱いするな」とムッとした顔で怒られた。
「とりあえず、この空間をはやく抜けるぞ。身体、まだきついだろ?」
重だるい感じがして頭がボーッとする。手足が痺れたような感覚がして力が少し入りにくい。でも、私なんかよりシロの方がひどい怪我をしていた。それなのに、私を抱えて歩き出す彼に慌てて待ったをかける。
「シロ、無理しないで! 私は自分で歩けるから大丈夫だよ!」
「案ずるな。俺の怪我はもう治ってる。秘薬のおかげだな」
シロは私を横抱きにしたまま再び歩き出す。
だけどその言葉が信じられなくて、まじまじとシロの身体を見る。着物についた血はもう固まっているようだけど……それがつよがりなんじゃないかと思って、そっとその部分に触れてみた。予想に反して、シロは全然痛そうな素振りをみせない。
「……本当に大丈夫なの?」
シロの身体の仕組みが分からない。秘薬は霊門って所を塞ぐだけで、貯め込める量を前より増やすだけだ。いくら身体が少し順応してきたからって、あんな酷い怪我をこんな短時間で治してしまうなんてそんな事が……
「俺はハーフだから霊門が多すぎて、霊力を貯め込む事は出来なかったけど、親父の血を継いでるからな。身体から生み出す潜在的な霊力量はそんじょそこらの妖怪の比じゃねぇよ。まぁ……貯め込めないと強い術は使えないから落ちこぼれだった。そのせいで、才能の無駄遣いって、同族からはよく陰口を叩かれてたな」
例えるなら、今までのシロの状態はザルで水を汲もうとしていたようなものだったのだろう。
身体からあふれ出す霊力をあまり留めておくことが出来ずにすぐに逃がしてしまうから、霊力保有量が劇的に少なかったんだ。
術を使うのにはある程度まとまった霊力が必要で、クレハが使うような高度な術は使えなかったからそんな扱いを受けていたのか。
「そうだったんだ。コサメさんってそんなに凄い妖怪なの?」
「妖界で三大妖怪の一人として認められる強さだな。保守派の多い白狐一族の中で突然変異で生まれた伝説の風雲児。昔はやんちゃしてたみたいでいくつもの伝説を作ったらしい。持ち前の気まぐれさ故に敵を作りやすくてな。迷惑なことに、親父に敵わない奴等が逆恨みでよく俺をいたぶりにきた。アクラも、その一人だ」
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