獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十四章 最終決戦

第三の試練~妖怪式お化け屋敷~

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 屋上のペントハウスの上に佇み、口元にうっすらと笑みを浮かべて話しかけてきたクレハ。ゆっくりとした動きで尻尾を左右に振っているのは、シロとのゲームを目前に興奮を抑えられず気持ちが高ぶっているからなのだろうか?

「んー君達三人だけじゃ味気ないな」

 その時、屋上の扉がバタンと大きな音を立てて開く。途中で合流したらしい美香と優菜さんが、息を切らして走ってきていた。
 優菜さんの姿を見て一瞬クレハが驚きを露わにするも、すぐに表情を戻して不敵に笑う。

「人数的には丁度いいや。君達を僕の箱庭へ招待するよ」

 クレハが私の方へ手をかざすと、例のごとく黒いオーラが私の左手の呪印からあふれ出てきて皆を包み込んだ。いつもと違い、身体に変な重力の変化を感じて私はそのまま気を失ってしまった。

 気がつくと、和風の民家の一室と思われる畳の部屋に居た。隣にはシロが倒れており、他の皆の姿は見当たらない。
 急いでシロに駆け寄って起こすと、小さなうめき声をあげてシロが起きた。
 しかし様子がおかしい。焦ったようにキョロキョロと辺りを見回して落胆したように肩をがっくりと落とした。

 (まさか、目が完全に見えなく……?!)

 その時、クレハのアナウンスがどこからともなく流れてくる。

「シロ。君だけ特別に、視覚を封じさせてもらったよ。時が来れば、元に戻してあげる」

 クレハの仕業だとわかり安心したのか、シロはほっと安堵の息をもらす。どうやらシロの不調にクレハは気づいていないようだ。

「他の友達の皆さんは、僕と一緒に君達が到着するのを待ってるから」

 そう言って空中に現れたスクリーンの画面には、カナちゃんと美香と優菜さんがそれぞれ別の檻に入れられている映像が映し出されていた。
 高い塔の頂上に不安定な足場が設置され、そこに置かれた三つの檻。その足場の両端を細いチェーンが支えているものの、いつ切れてもおかしくないほど錆びている。
 優菜さんだけ牢屋というより、お姫様が住んでそうな部屋なのは……突っ込むべき所なんだろうか?

『クレハ、ここから出せや! てか、何で優菜だけ扱い違うんや! お前の下心丸見えで気持ち悪いわ!』
『うるさいな、ちょっと黙っててくれる?』

 そこで映像はプチっと途絶えた……まぁ確かにあそこまで差があれば、ツッコミたくもなるよね。

「さぁ、第三の試練を始めようか。ようこそ、僕の箱庭へ。君達が今居るのは、小さな民家だよ。隣に僕の屋敷があるから勝負して欲しければ訪ねておいで。ただ、歓迎するために少し改造したんだ。

 例えるなら、妖怪式おばけ屋敷。視覚を封じられた君が、僕の待つ離れにある南塔まで来れるわけないと思うけどね、シロ。制限時間は三時間。屋敷の中で人数分の鍵を集めておいで。場所はそこにある屋敷の見取図に印をつけてあるよ。

 間に合わなかった場合、お友達の入った檻を支えるチェーンが切れて塔の頂上から落下する。だからお友達を助けたいのなら、役立たずは早々に置いて行くのが攻略の鍵だよ、桜ちゃん。今回は、どちらか一人でも僕の元に辿り着けば合格にしてあげる。持ってきた鍵の数に応じて人質も助けてあげるよ。

 ちなみに、君達二人が途中で魂を抜かれて倒れたらそこでゲームオーバー。どうなるかは、もう言わなくても分かるよね? だから、不用意に口は開いておかない方が身のためだよ。それじゃあ、面白い答えを期待しているよ」

 クレハの声が聞こえなくなると、シロは拳を強く握りしめて怒ったように低い声で尋ねてきた。

「あいつ、今までもこうしてお前達を試してたのか?」
「シロみたいに視覚を封じられたりとかはなかったけど、まぁ……大体は……」
「ぜってぇ一発ぶん殴る。時間が勿体ない。行くぞ、桜」

 そう言って変化を解いたシロは元の姿に戻って歩き出す。

「シロ、目が……」

 見えないんじゃないの? と聞こうとしたが、予想に反して彼は襖の前で立ち止まり普通に開けた。

「この姿なら鼻や耳は利く。それに霊力の波動を飛ばせば、建物の構造は大体把握できる。ただ屋敷の見取図は見れないから、どこに印があるかその位置は教えてくれ」
「分かった」

 文机に、見取図と残り時間を示す小型の砂時計が置かれていた。どの向きに変えてもその砂は一定の方向にしか流れていかない、なんとも不思議な代物だ。それらを大事に持って、私達は隣の屋敷を目指して歩き出す。
 薄暗い空の下、やたら長い塀の横を歩く。その長さが屋敷の広さを教えてくれ、こんなに広いおばけ屋敷から鍵を見つけ出せるのか不安がつのる。

 おばけ屋敷と宝探しを融合させたようなこの試練。
 私のおばけ屋敷に挑む姿勢は、いかに余計なものを視界に入れずに走り抜けてゴールを目指すかだ。
 鍵を探すとなれば否応なしに滞在時間を増やされ、見たくないものを見る確率も増えるわけで……予想以上に堪える試練だな。

 だけど、視覚を奪われているにも関わらず、しっかりとした足取りで私の前を歩いていくシロの背中が逞しく見えて不安が和らぐのを感じていた。
 しかしそれは、別の意味で裏切られる事になる。

 薄暗い視界の先に、やっとお屋敷の立派な門が見えて中へ入ると、庭の奥から女性がすすり泣くような声が聞こえてきた。

「シロ、誰か泣いてるよ……ってシロ?」

 気がつくと、先程まで確かに私の前に居たはずのシロが見当たらない。
 その時、後ろからスカートを引っ張られている事に気付く。
 振り返ると、シロが大きな身体を縮こまらせてブルブルと震えながら私のスカートをガシッと握りしめていた。

「シロ、大丈夫?」

 私が声をかけると驚いたのか、ビクリと身体を跳ねさせる始末だ。

「こ、これくらい……こ、怖くもなんとも……ひいッ!」

 思いがけない所でシロの弱点が判明してしまったが、入口からこの調子でクレハの所まで辿り着けるのだろうか。
 私もあまりこういうのは得意な方ではない。
 だが、いつまでもここに居るわけにはいかず、とりあえず見取図を広げてみた。
 暗くてよく見えず怯えるシロにお願いし炎を灯してもらって確認すると、一番近くの目印は……どうやら泣き声が聞こえる方向だ。

「今から声のする方に歩いていくけど、大丈夫?」
「あ、ああ。お、俺が先に行って安全かどうか確かめてくるから、お前はここで待ってろ。いいな?」

 冷や汗をタラタラ流しながら、シロが一人カクカクとした動きで歩き出して数秒後

──カァカァ

 烏の鳴き声がして、物凄い速さで駆け戻ってきたシロは、私にしがみつきビクビクと怯えている。
 よく見るとシロの額や手には脂汗が滲んでおり、どうやら本当に苦手なようだ。

 シロがここまで怖がってくれているせいか、不思議と自分の中から恐怖心がスッと抜け落ちるのを感じていた。
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