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第十二章 断罪者と救済者
相容れない現実
しおりを挟む「やった、ついにやった! 今度こそ、僕の勝ちだ!」
興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ声に驚き、思わず声の主を二度見してしまった。
私が悩んでいる間に、どうやら勝負の決着がついたらしい。
肩で息を繰り返しながらも高らかに拳を空に掲げ、歓喜に満ちあふれた笑顔をしたクレハの姿が目に飛び込んでくる。
全身で喜びを露にするその姿にかなり驚きはしたが、一緒にゲームを楽しめて、あんな表情もちゃんと出来るんだと知れて少しだけ胸がホッとした。
「俺の完敗やクレハ、お前中々見込みあんで。特別に『缶けり王』の称号譲ってやるわ」
「当然、僕は君より強いんだからね! ……って、要らないよ。下らない」
鼻高々にぐっと拳を胸の前で強く握りしめていたクレハは、私達の視線に気づくなり冷静さを取り戻したようで、スッと顔ごと視線を逸らす。
よほど恥ずかしかったのか、言葉の最後の方なんて語尾が消え入りそうなほど小さかった。
「え、今頃なに急に恥ずかしがってんのん? お前さっきめっちゃ嬉しそうにガッポーズしてたで?」
「き、気のせいでしょ。僕はそんな事してない」
カナちゃんにストレートに指摘されるも、クレハは認めたくないのかシラをきり通している。
「いいやしとった、こうや、こう!」
先程のクレハの真似をしてカナちゃんが大袈裟にガッツポーズを再現し始める。思わず込み上げてきた笑いを我慢できなくて私が笑うと、つられて優菜さんも笑いだした。
「ええやん、楽しかってんやろ? 素直になりや」
そう言って、カナちゃんがクレハの脇腹を軽く小突くも、腕を組みツンとすました彼の態度は崩れない。
何とか認めさせようとカナちゃんが何度も小突くも、クレハもムキになって頑なに口を閉ざす。
しばらく意地の小競り合いをした後、手を止めたカナちゃんは、真剣な顔をして彼に話しかけた。
「なぁ、クレハ。こっちの遊びも、中々楽しいやろ?」
カナちゃんの声の口調が変わったことでからかってないと判断したのか、クレハは固く閉ざしていた口を開いた。
「……暇潰し程度なら、やってもいいかもね」
素直じゃない言葉が何ともクレハらしいが、否定されない事は大きな前進なのかもしれない。
少し前なら『下らない』と冷たく一言でバッサリ切られていたはずだから。
「ほな、また一緒にやろや。今度はシロやコハッ君も一緒に」
「それは出来ない」
さらに関係を深めようとカナちゃんが歩み寄るも、間髪いれずにクレハは否定の意を示す。
「何でや?」
悲しげな声でカナちゃんが問いかけると、クレハはある方向へ視線を向け静かに呟いた。
「……彼が、それを許さないから」
彼とは一体誰を指してるのか。
真意を探れないかクレハの視線の先を辿ると、カナちゃんではなく斜め後方を捉えている事に気付く。
「危険です、皆さん離れて下さい!」
緊迫した声が耳に飛び込んできた。そこには、クレハに銃口を向けながらこちらに近付いて来るウィルさんの姿があった。
どうして?! 貰った装置は押してないのに。
急いでポケットを確認すると、赤いランプが点滅しており、どうやら知らず知らずのうちに当たってしまっていたらしい。
ウィルさんの手前でクレハを庇う事に私とカナちゃんが一瞬躊躇していると、迷わず優菜さんが彼の前に立って庇うように両手を広げた。
「止めて下さい! どうしてクレハさんにそんなものを向けているんですか?」
「お嬢さん、危ないので退いてください!」
「嫌です! クレハさんは悪い人ではありません! どうかその……っ!」
「大人しくして」
優菜さんの言葉を遮るように、クレハは後ろから彼女の口を手で塞ぎ、首もとに鋭い爪を突き立て動かないよう脅した。そして口元にうっすらと冷笑を浮かべて、ウィルさんに話しかける。
「この子を犠牲にしたくなければその拳銃、こっちに投げてもらえる?」
「クレハ、止めて! ウィルさんも、少し待って下さい!」
「せや、二人とも少し話を!」
その場を収めようと、私とカナちゃんが止めに入るも
「部外者は黙ってて。余計な口挟むとこの子、怪我するよ?」
逆にクレハに牽制されてしまい何も言えなくなってしまう。
緊迫した空気が漂い、無言の攻防戦が繰り広げられ、永遠に続くかと思えた沈黙を先に破ったのはウィルさんだった。
「分かりました。拳銃を投げるので、その子に危害は加えないで下さい」
そう言って彼は拳銃を下げクレハの方へ放り投げた。
優菜さんを解放したクレハは、拳銃を拾い上げると興味深そうに角度を変えて眺めている。
「君、生きてたんだ。こんなもの持って、なんかえらく立派になったものだね」
「クレハさん……私は貴方を悲しみから解放するために、エクソシストになってここまできました。お願いです。もうこれ以上、その手を血に染めないで下さい」
悲しそうに顔を歪めるウィルさんに、クレハは嘲るような口調で話しかける。
「そんなの、単なる綺麗事でしょ。君は僕が憎くてたまらないはずだよ。忘れたの? あの惨劇を。僕がどうやって君の大切な者を奪ったのか」
「それは……っ!」
言葉に詰まったウィルさんに、クレハはにっこりと綺麗な笑みを浮かべると、洗脳するかのように優しく囁いた。
「もっと素直になりなよ。『私は貴方が憎くて憎くてたまりません』って、本能のままに殺意を研ぎ澄まして向かっておいでよ」
「そんなに、饒舌な方だったんですね。あの頃、貴方と言葉を交わすことが出来ていれば、少しは未来は変わっていたのでしょうか……」
真っ直ぐにクレハを見て、悲しそうに笑うウィルさんの瞳には、後悔の念が色濃く見える。
狐として生活していたクレハはその素性を隠していたため、ウィルさんと言葉を交わしたことは一度もなかったのだろう。
初めて交わした言葉がこんなにも冷たくて悲しいものなんて、久々の再会にしてはあんまりだ。
「……変わらないよ、何も。僕は君達人間の敵だ、放っておくと今度はこの町が血の海に変わるだけさ。最初の犠牲者は勿論君だよ、桜ちゃん。今日は疲れたから引いてあげるけど、次会う時は命の保証、しないから」
物騒な言葉を残して去ろうとするクレハを、優菜さんが呼び止めた。
「待って下さい、クレハさん! どうしてこんな事を……」
クレハは一瞬悲しそうに眉をひそめるも、すぐにその感情を払拭するかのように冷笑を口元に浮かべて話しかける。
「優菜、種明かししてあげようか? 君が一年間飼ってたコロンって僕の事だよ。君は知らないうちに、大量虐殺を犯した妖怪白狐の犯罪者をかくまっていたんだ」
そう言ってクレハは人間の変化を解いて元の姿に戻った。
漆黒のもふもふの耳と尻尾のある彼の姿を見て、優菜さんは驚きが隠せないようで言葉を失っている。
「馬鹿みたいに僕を探さなければ、そんな事知らずに済んだのにね。さようなら、愚かな飼い主さん」
残酷な真実を告げてクレハは黒い霧に包まれて姿を消した。コトンと何かが落ちる音がして、地面には何故かウィルさんの拳銃が残されていた。
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