獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十一章 与えられる試練

怒りの一撃

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「ごめんなさい、美希。私、本当にごめんなさい……ッ」
「いいの、桜。私は貴女の事が大好きだから、こうしてまた会えただけで嬉しいよ」

 必死に謝る私に、彼女は首を左右に小さく振ると、はにかんだ笑顔を見せた。

「あの、桜……よかったら一つだけ、私のお願いを聞いてくれないかな?」
「もちろん、美希のお願いなら何でも聞くよ!」

 遠慮がちにとあるお願いをしてくる美希に私が快諾すると、彼女は満面の笑みを浮かべた後、悲しそうに眉を曇らせ静かに話し始めた。

「ありがとう、桜。実は私には別々に暮らしている双子の姉が居るの。小さい頃、何でも出来るその姉と私はずっと比べられてきた。『お姉ちゃんは出来るのに、どうして貴女は出来ないの?』って。劣化版ってあだ名までつけられて、本当に辛かった。引き取られてからも、向こうは裕福な家庭でなに不自由なく暮らせて、それなのに私は……っ! 桜と出会えた事だけが、私にとって唯一救われた事なの。それなのに、私から桜まで奪おうとするお姉ちゃんがどうしても許せないの。桜にこんなひどい傷を残しておいて、のうのうと友達面して、それが許せないの。だから、今すぐこの扉から逃げて。お姉ちゃんなんか放っぽって、今すぐ桜だけでもここから逃げて!」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 美希が美香を嫌っていた?

 嘘だ、そんな事って……美香は美希のために屋上から……

「美希、何かの勘違いじゃ? 美香は美希の事とても大切に……」
「お姉ちゃんは昔から打算的で、周囲からの目線を最優先に考えるの。だから、私に優しいのは人前だけで、実際は違うの。騙されないで、桜」

 確かに美香は演技が上手いし、周囲からはすごく頼りにされている優等生だ。

 だけど、その信頼は決して上部だけの関係で構築されたものじゃない。
 一年で別のクラスだった頃、美香が誰よりも早く来てチョークの補充や花瓶の水を取り替えている姿を見たことがある。
 病気で休んだ子のために、ルーズリーフに授業のノートをとってあげたり、調子が悪そうな子には声をかけたり、気配り上手でかなり面倒見がいいタイプだ。

 それが全て打算的だとは思えない。

 コハクの事で悩んでいた時、親身になって相談にのってくれて、分からない課題は丁寧に教えてくれた。
 プリンセスコンテストに向けて、わざわざ時間を割いてかなり手厚いサポートをしてくれているし、この傷の事だって、美香は凄く責任を感じて自分を責めている。

「……ごめん、美希。私には美香を置いていくなんて出来ないよ」
「どうして? お姉ちゃんは本当に……っ!」

 私の言葉に美希は悲しそうに顔を歪めた。

「美香は、確かに打算的な所はあるよ。でも、それだけじゃないんだ。誰よりも周りに気を配って、生粋の姉御肌なんだよ。周囲の目だけ気にしての行動だけじゃ決してない。影で皆のために頑張ってる彼女の姿を私は知っている。だから……」
「桜……私は桜の事を思って言ってるのに! お姉ちゃんと一緒に居ても、桜が利用されるだけだよ、そんなの耐えられないよ!」

 分かってほしくて懸命に気持ちを伝えるも逆効果で、美希は私にすがり付くようにして違うと訴えてきた。

「美香は貴女のために、屋上から飛び降りたんだよ。この傷だってそう、全て貴女のためにやった事なんだよ。打算的にそんな事は出来ないよ! それくらい、美希の事を大切に思っていたんだ。その気持ちが感じられないほど、貴女は鈍い子じゃない」
「桜は私よりお姉ちゃんの方が大事なんだね……」

 そんな事はない。
 美希も美香も私の大切な友達だ。
 どっちがとか、そういう概念で考えられないくらい、大切なんだよ。

 その時、ふとある違和感を感じる。
 どうして美希は私に触れる事が出来るの?

 3D映像は触れない……それ以前に、こうやって会話出来るはずがない。

 美希はもうこの世に居ないんだから。
 じゃあ、今目の前に居る美希は……

 少しだけ冷静になって見えてきた事実が、よりリアルに感じられると湧き上がってくる止めようのない怒り。
 私は目の前の美希に、睨み付けるように鋭い視線を送った。

「さっきは、本当に感謝した。きちんと美希と向き合う機会を作ってくれた事に。でも今は、手加減出来そうにないくらい、全身から怒りがあふれ出てくるよ」
「桜? 急にどうしたの?」

 異変を感じ取ったのか、美希は少し焦ったように尋ねてきた。

「妖怪の貴方に言っても分からないかもしれない。でもこっちの世界に来たのなら、やって良い事と悪い事の区別くらい、つけろーッ!」

 右足を一歩引き、腰を落として構えるとみるみる顔色が変わる目の前の人物。

「え、ちょっと、待っ……!」

 演技するのも忘れ、相手が焦りを顕著に見せた所へ、私は渾身の力を振り絞って思いっきり拳を突きだした。
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