獣耳男子と恋人契約

花宵

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間章 夢の世界(コハク視点)

隠していた本音

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 何故だろう……最近、シロからあまり感情が流れて来ない。
 僕と同じ意識を共有している彼は、僕が見たものや感じたものなんかを知ることが出来る。
 桜と一緒に居るときは、意識の遮断はあまりしないと思うんだけど。
 時折感じるのは、ひどく苛立ったかと思えば寂しそうに心を痛めてる感情。話しかけても返事はないし、まだあの事怒ってるんだ。
 食べなくても平気なくせに、何故か僕より味覚はグルメなんだよな。今度、新しいの買ってきてあげよう──数量限定販売の『半熟贅沢プリン』

「コハク! ねぇ、コハクったら! またボーッとしてる! 私が傍に居るのに本当、いい度胸してるわね!」
「あ、ごめんね」

 気が付くと、目の前で桜が腰に手をあてて仁王立ちしている。プーッと頬を膨らまして、どうやらご機嫌ななめのようだ。
 その可愛らしい頬をつついたら、流石に火に油かな……やめとこう。

「構ってくれないなら他の所に行くからね! 後で後悔しても知らないんだから!」
「待って桜、僕が悪かったから。そんな事言わないで」
「だったら、ちゃんと私の事見てよ……」
「いつだって僕は、君の事しか見てないよ」

 桜の頭をポンポンと撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めて笑った。
 しかし、次の瞬間顔を赤く染めてプイっと顔を背ける。

「べ、別に嬉しくなんてないんだから! それが当然なの! だけど……どうしてもって言うなら、もっと撫でてもいいよ?」

 今日の桜は何て言うか……すごくツンデレだ。
 言葉は素直じゃないけど、表情や態度は分かりやすいぐらい好意的に見える。

 最近日替わりで桜の態度が変わるのは、何故だろうか。僕を試してるのかと思ってたけれど、彼女が僕に向けてくる好意は素直で純粋無垢なもの。とても、何かを企んでいるようには見えない。

(まるで、恥ずかしがりやに否定をプラスしてこうなったかのような……あれ?)

『恥ずかしがりやな要素が足りなかったんだね』

 そう言ってた翌日、極度の恥ずかしがりやになっていた。

『程よく否定されることを望んでいるんだね』

 と昨日言ってて、今日はツンデレになっている。

 そういう事か……桜はきっと、僕の望みを必死に叶えようとしてくれてたんだ。
 彼女の行為を無下に、何か企んでいるなんて考えた自分が恥ずかしい。

「桜、無理に態度を変えなくてもいいんだよ。積極的な君も、恥ずかしがりやな君も、ツンデレな君も可愛いけれど、僕はありのままの君が一番好きだから」
「ありのままの自分……」

 途端に俯いてポソリと呟いた後、ひどく怯えたように桜は僕を見上げた。

「ダメ、それじゃダメなの! もっと具体的に言ってくれないと分からない、分からないよ!」
「桜?」
「ありのままの自分ってどんな感じなの? 抽象的過ぎて分からないよ、それだとダメなの、再現出来ないの!」

 すがるように僕の着ているベストをぎゅっと握りしめて、悲しそうに顔を歪める桜。
 その様子を見ていられなくて、背中へ手を回して思わずそっと抱き締める。
 理由は分からないけど、僕の言葉で桜を傷付けてしまった。なだめるように背中をポンポンと撫でて、僕は優しく桜に話しかける。

「大丈夫、そんなに難しく考えなくていいんだよ。嬉しいと思う時には喜んで、楽しい時には笑って、悲しいと感じる時には泣いて、モヤっとした時には怒ったらいい。自然体で僕の隣に居てくれたら、それだけでいいんだ」

 僕の言葉を聞いて数秒後、桜はピタリと動きを止めた。

「それがありのままの自分……」

 まるで自分に言い聞かせるように静かに呟いた後、僕から離れた桜はこちらに向かってびしっと人差し指を突き立てる。

「見てなさい、明日はちゃんとしてみせるんだからね!」

 まるで宣戦布告でもされてるみたいだ。
 元気を取り戻してくれたのはいいんだけど、また気になるあの言葉。
 明日はちゃんとする……それを聞いたのは、これで三度目だ。

(桜……明日の君は、一体どうなっているの?)

 一抹の不安が胸をよぎるが、余計な事を言って彼女をまた傷付けたくない。
 こうして桜が僕の隣にいてくれること自体が、本当に奇跡のようなものなんだ。望みすぎたら罰が当たってしまう。
 だから、少しでも長く君と楽しい時間を過ごしていたい。そのためにも、今この瞬間を大切にしていこう。

***

 就寝前、どこからか僕に呼び掛けてくる謎の声。途切れ途切れに聞こえてくるその思念は、相変わらず何を伝えたいのかよく分からない。
 日を増す毎に少しずつ単語を拾えるようになってきたものの、断片的すぎて意味が分からない。
 シロだったら完璧に読み取れていると思うんだけど、相変わらず返事がない。

 最近父さんから、何かあった時のために、そろそろシロの事を話したがいいと言われている。
 本当は最初に話すべきだったんだろうけど、なんか面倒そうな人だと第一印象から敬遠されたら困るから言えなかった。
 ありのままの気持ちを伝えると言いながら、今まで黙ってた後ろめたさも拍車をかける。

 親睦を深めてからなら受け止めてくれる可能性も上がると、言い訳をして逃げ続け、今度はその築き上げた絆が壊れたらって怖くなって本末転倒。
 そして信頼されればされるほど、秘密にしている事への罪悪感が膨らんでいって苦しくなる。
 けれど言えない、負のスパイラルにハマって抜け出せない僕は本当にバカだ。

 いつまでも黙っているわけにもいかない、よね。
 しかし、いきなり二重人格でしたなんて聞かされたら……流石に桜も驚くだろうな。

 シロも天邪鬼だから、わざと桜のこといじめて泣かせそうだし……そんな事されると僕も困る。
 どうやって話したらいいのか。シロも桜に会いたいんだろうけど、臆病なとこあるし、どんな反応されるか怖くて逃げてるのかな。

 今まで桜と絆を紡いできた僕だって打ち明けるのが怖いんだから、当然か。
 ありのままの姿をさらけ出すって、本当は難しい事なんだな。
 桜が過去を打ち明けてくれたのは、凄く勇気がいった事だったんだと今更ながらに実感させられる。

 僕は今まで、過去の話をするのを必然的に避けていた。
 それを話してしまえば、格好の悪い自分をさらけ出すと共に、シロの存在を伝えなければならなくなる。そして、過去に犯した罪深い所行も。

 知ってもし拒絶されてしまったら、想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
 そんな時、幼馴染みの西園寺君が現れて……あんな場面を見てしまって……あんな場面って何だ?

 駄目だ、思い出せない。

 何を勘違いしているんだろう僕は……桜は彼にいつも素っ気ない態度をしてるじゃないか……あれ? 本当にそうだっけ?

 桜は西園寺君の事、大切にしていたはず……今までそんな態度してなかったと思うんだけど……何故だろう、その辺の記憶がすごくあやふやだ。

 何を不安になって焦ってたんだろう。これはありのままに秘密を打ち明けられない、僕の問題だ。

 ああ、だから今日……桜も怯えていたのかな。
 もしかすると桜にも、何か僕には言えない秘密があるのかもしれない。
 君がどんな秘密を隠していたって、僕は君を嫌いになれるわけないのに。

 自分が真実をさらけ出せてないのに、桜の事を全て知りたいって望んでしまうなんて、ほんと強欲過ぎ、だよね。
 思わず自嘲めいた笑いが漏れる。部屋に飾っている写真を見つめ

『君は、僕たちを受け入れてくれるのかな……?』

 はにかんだ笑顔でこちらを見つめる写真の桜に、そっと問いかけた。
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