獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十章 悲しき邂逅

マスコット

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 朝の五時、シロを起こさないようにベッドから抜け出し、空手の稽古を始める。良質の睡眠をとれた感じがして、身体が軽い。
 まずは準備運動をして身体をウォームアップ。いつもならランニングに行く所だけど、左手の呪印に刻まれた数字がⅩⅡへと変わっているのを見て流石に思い止まった。
 予定を変更し、筋トレと柔軟体操をいつもより念入りに行い、突きや蹴りの基本稽古を時間の許す限り続けた。
 その後シャワーで汗を流し、部屋に戻って制服に着替え身支度を整えていると──

「なんだ、もう着替え終わったのか?」

 後ろからシロの残念そうな声が聞こえてきた。

「おはよう、シロ。学校は……まだ行けないよね?」

 橘先生は三日くらい力が上手く使えないって言ってたしね。

「試してみる」

 シロがコハクの姿に化けようとすると、知らないお兄さんになった。
 昨日のおじさんよりかは年齢的に近付いたわけだが、コハクにはまだ程遠い。

「学校には行く。コハクとしてではなく、お前のマスコットとしてな」

 小さな白狐に化けると、シロはちょこんと私の前に座った。
 そっと掬い上げると、彼は腕をつたって私の胸ポケットに潜り込んでひょこっと顔と前足を出す。

 な、何だこの可愛らしい生き物は!

「お前の傍に居ないと、災いから守れないからな。桜、襟元のボタン開けといて」
「え、どうして?」
「まぁ、開けたら教えてやるよ」

 考えが読めないまま、言われた通りボタンを開けると──

「ひゃっ! ちょっと……ッ!」

 シロは開いた襟元から中へ侵入してきた。
 モフモフの毛皮とぷにぷにの肉球が、直に敏感な素肌に触れる感覚に悶えていると

「いざという時、隠れるためだ。名案だろ?」

 人の気も知らずにシロは襟元からひょっこりと顔を出し、楽しそうに理由を述べた。

「わ、分かったから、とりあえず出てきて!」
「常時ここに居てもいいな。お前の胸、柔らかくてマシュマロみ……」
「早く出てこい、変態狐!」

 問答無用で掴んで引っ張り出す。

「くっ、何をする! 離せ、桜! 動物愛護法違反だ!」

 私の手の中で、ジタバタと暴れるシロ。

「へぇー動物扱いでいいんだ? なら首輪つけて紐で繋いでおかないとね?」
「クッキーは家の中で放し飼いしているだろ! 俺だけ不公平だ!」
「そういう問題? てか、動物扱いを否定しようよ」
「お前が可愛がってくれるなら、たまにはそんな生活も……」
「シロって本当、欲望のまま生きてるね。コハクの分までそういう感情奪っちゃったんじゃないの?」
「そんな事はない。あいつは俺より酷いぞ。ただ理性で抑えて善人ぶっているだけだ。実際タガが外れた時、ヤバかっただろ? 俺は普段から抑えない分、そんな事はない」

 そう言って得意気に鼻をフンと鳴らしたシロ。
 威張って言う事じゃないと思うんだけどな……

 それから、バタバタと準備を済ませて家を出た。
 道端で石に躓きそうになったり、目の前を鳩の糞が通過したりヒヤリとする場面はあったけど、今のところ大きな被害には遭ってない。
 途中カナちゃんと合流して、胸ポケットに入っているシロを見つけると笑っていた。
 学校でもこれといって大きな災いはなく、あっという間に時間が過ぎる。


 五限目は選択体育か。
 剣道場に移動していると、シロがやけにそわそわし始めた。
 そういえば、シロって選択体育の剣道だけはかなり真面目に受けてたよな。

「剣道やりたいの?」

 近くに誰も居ない事を確認して小声で尋ねてみた。

「べ、べつに……」

 興味ありませんと言わんばかりに、シロはプイッと顔を背けた。
 ポケットの中では尻尾をパタパタさせて喜んでいる癖に、本当にシロは嘘が下手だな。 

 屋上でのカナちゃんとのバドピンポン勝負や、普段の体育の授業の様子じゃ、シロはコハクより運動は苦手のようだ。
 決してシロが鈍いというわけではなく、コハクが何でも出来すぎると言ったが正しいかもしれない。

 だけど、剣道だけはコハクよりシロの方が勝っているのが素人目にしても分かる。
 それに、何だか剣道してる時のシロはとても生き生きとしているように感じていたのも事実だ。

「シロ、コハクより剣道上手いよね」
「そんな事ない。ただ、コハクが下手なだけだ。俺はまだまだアイツに……」

 何かを言いかけてハッとした様に耳をピクリとさせ、口をつぐんだシロ。
 しゅんと獣耳を下げて、さっきまでパタパタしていた尻尾も元気を無くしてしまった。
 何かいけない事を言ってしまったのだろうか。剣道場についてしまい、結局それ以上その話をする事は無かった。
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