獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
111 / 186
第十章 悲しき邂逅

作戦会議

しおりを挟む
 それからリビングに移動して、合流した橘先生に詳しい事情を説明した。

 家事が苦手なシロの代わりに私が台所に立とうとすると、危ないからとカナちゃんが代わってくれた。
 好みを聞いてテキパキと作業を進めていく彼の背中は、かなり手慣れているように見える。思わず「ここに来たことあるの?」と尋ねたくなるほどに。
 来客なんてお手の物と言わんばかりのその動きに、ありありと女子力の高さを見せつけられた。

「上手いなこのコーヒー。西園寺、お前さん中々いい嫁になるぜ」

 そして、橘先生の御墨付き。まったく男にしておくのが勿体無いスペックだ。
 皆に飲み物が行き渡った所で、作戦会議が開始される。

 先生の話によると、呪いを解く方法自体は存在するそうだ。でもお祓いの儀式に必要な道具が壊れており、神力という邪気を祓う力を込め直す作業に、後二週間程かかるらしい。
 海外までいけばエクソシスト協会で何とかしてもらえるかもしれないそうだ。でも道中飛行機が墜落したり、船が沈没したり無事辿り着ける可能性が低いから、おすすめ出来ないと渋い顔をされた。
 コサメさんの三秒タクシーも人を連れて海外まで飛ぶのはさすがに無理らしい。一人ならどこへでもいけるというのには驚いたけど。

 そして、それとなく優菜さんに探りを入れたカナちゃんの話では、コロンは確かに優菜さんに飼われているようだった。
 ただ放浪癖があり今もどこかへ行ってしまい、心配しているらしい。
 出会いは約一年前で、怪我をして倒れているのを助けたのがきっかけで飼い始めたという話だ。

「一年間、クレハが人に飼われていたというのか……」

 半信半疑といった様子で呟やくシロに、カナちゃんが説明を加える。

「優菜は嘘つくような子とちゃうし、それは間違いやないと思うで。とりあえずアイツには、コロンが帰ってきたら連絡して欲しいとは伝えてんやけど……」

 静かにカナちゃんの話を聞いていた橘先生が、一文字に結んでいた口を開いた。

「おそらく、その家にはもう戻らない可能性が高い。その様子だと、その子はクレハの正体には気付いてないんだろ?」
「というか、普通に犬やて思ってたみたいです。桜に言われて違和感持って狐て気づいたくらいですし」
「私も近くで見てシロに似てたから、もしかしてって思って。纏ってる空気もどこか歪な感じがして」
「まぁ、三秒あればどこへでも自由に移動できる奴だ。クレハが今も国内に居るとも限らない。居場所を特定するのはひとまず諦めよう」

 呪いが解けるかもしれないという希望が絶たれ、クレハの居場所も分からない。

 重苦しい沈黙が流れ、思わずカナちゃんが淹れてくれたココアに手を伸ばす。甘いはずのココアが、何故か少しだけほろ苦く感じる。
 それでも噛み締めるように味わっていると、橘先生が沈黙を破った。

「悪いな。本当は災いが軽いうちに、解いてやれれば良かったんだが……」
「多分、簡単に解けない事も含めて呪いの効果だと思うんです。だからそんな顔しないで下さい、先生」
「そうだな、今は嘆くより対策を立てる方が大事だな。一条、少しその手を見せてもらえるか?」

 数字の刻まれた手を差し出すと、橘先生はそれを見て驚いたように目を見開いた。

「シロ、この呪術はお前の世界のか?」
「分からない。俺は呪印が手の甲に現れるものを見たことがないんだ。普通は額に刻まれるはず。だがクレハなら、創作で呪術を作りだしててもおかしくない」
「オリジナルか……この紋様……まさか……」

 橘先生は鞄から一冊の本を取り出して調べ始めた。半分ほどめくった所で手を止め、先生がその本をテーブルに置く。
 挿し絵はあるものの、その本はびっしりと英語で埋め尽くされている。

「これは、最近ハマってる洋書なんだが……やはり、一条に掛けられたこの呪印。物語の中に出てくる『禁呪の数字の試練』の呪印にそっくりなんだよ」

 先生が指差した挿絵と私の左手の甲に刻まれた呪印はそっくりだ。

「ほんまやな。数字もやけど、下にある変な模様とかまでそっくりやな」
「先生、その試練ってどんな内容なんですか?」
「簡単に言うとだな……」

 先生の話を要約すると、禁呪の数字の試練とは、とある国の王様が忠実な臣下を選別するために、禁呪とされる日数の間、呪いの印を施し行った試練らしい。

『身分、性別、年齢を問わず、十三日間どんな災いが訪れようと、国に忠誠を誓うその覚悟と信念を貫き耐え抜いた者を我が右腕として歓迎する』

 王様はその御触れに集まった者達に呪いの印を施し、数字が小さくなればなる程、危険度が増す試練を与えて選別を行った。

 悪しき者、邪な考えを持つ者は途中、災いにより命を落とし、真っ直ぐに国を思い自分の意思を貫き通した者のみが、その魔の十三日間を耐え抜いたという。

「……どこかで……いや、気のせいか……」
「どうしたの、シロ?」
「いや、知っているような気がしたが、思い出せない。もしかすると、コハク側の記憶かもしれん。俺はあまり本に興味がないから、コハクが読んでいても覚えてない事が多い。あいつはよく、面白い本をクレハに土産として渡していたからな」

 コハクがクレハに渡した本。
 そこに出てくる話を模してかけられた呪い。そこに、何か意味があるのだろうか。

「当時は世界で話題になった大作だからな。子供向けに編集された物も出てたし、小さい頃お前さん達が読んでても不思議じゃないと思うぞ。これが中々泣かせる群像劇でな、特に主人公のジャックがっ……!」
「先生。その話はまた今度聞きますんで、今は戻ってきてもらってええですか? おかわり注いどきますんで」
「おう、そうだったな。すまんすまん、さんきゅー」

 橘先生が群像劇にこんなに熱くなってるのは意外だった。けど、先生の扱い方がここまで上手くなっているカナちゃんにも驚きだ。

 陰陽術習いながら、学んだんだろうな……くえない先生の対処法。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...