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第十章 悲しき邂逅
作戦会議
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それからリビングに移動して、合流した橘先生に詳しい事情を説明した。
家事が苦手なシロの代わりに私が台所に立とうとすると、危ないからとカナちゃんが代わってくれた。
好みを聞いてテキパキと作業を進めていく彼の背中は、かなり手慣れているように見える。思わず「ここに来たことあるの?」と尋ねたくなるほどに。
来客なんてお手の物と言わんばかりのその動きに、ありありと女子力の高さを見せつけられた。
「上手いなこのコーヒー。西園寺、お前さん中々いい嫁になるぜ」
そして、橘先生の御墨付き。まったく男にしておくのが勿体無いスペックだ。
皆に飲み物が行き渡った所で、作戦会議が開始される。
先生の話によると、呪いを解く方法自体は存在するそうだ。でもお祓いの儀式に必要な道具が壊れており、神力という邪気を祓う力を込め直す作業に、後二週間程かかるらしい。
海外までいけばエクソシスト協会で何とかしてもらえるかもしれないそうだ。でも道中飛行機が墜落したり、船が沈没したり無事辿り着ける可能性が低いから、おすすめ出来ないと渋い顔をされた。
コサメさんの三秒タクシーも人を連れて海外まで飛ぶのはさすがに無理らしい。一人ならどこへでもいけるというのには驚いたけど。
そして、それとなく優菜さんに探りを入れたカナちゃんの話では、コロンは確かに優菜さんに飼われているようだった。
ただ放浪癖があり今もどこかへ行ってしまい、心配しているらしい。
出会いは約一年前で、怪我をして倒れているのを助けたのがきっかけで飼い始めたという話だ。
「一年間、クレハが人に飼われていたというのか……」
半信半疑といった様子で呟やくシロに、カナちゃんが説明を加える。
「優菜は嘘つくような子とちゃうし、それは間違いやないと思うで。とりあえずアイツには、コロンが帰ってきたら連絡して欲しいとは伝えてんやけど……」
静かにカナちゃんの話を聞いていた橘先生が、一文字に結んでいた口を開いた。
「おそらく、その家にはもう戻らない可能性が高い。その様子だと、その子はクレハの正体には気付いてないんだろ?」
「というか、普通に犬やて思ってたみたいです。桜に言われて違和感持って狐て気づいたくらいですし」
「私も近くで見てシロに似てたから、もしかしてって思って。纏ってる空気もどこか歪な感じがして」
「まぁ、三秒あればどこへでも自由に移動できる奴だ。クレハが今も国内に居るとも限らない。居場所を特定するのはひとまず諦めよう」
呪いが解けるかもしれないという希望が絶たれ、クレハの居場所も分からない。
重苦しい沈黙が流れ、思わずカナちゃんが淹れてくれたココアに手を伸ばす。甘いはずのココアが、何故か少しだけほろ苦く感じる。
それでも噛み締めるように味わっていると、橘先生が沈黙を破った。
「悪いな。本当は災いが軽いうちに、解いてやれれば良かったんだが……」
「多分、簡単に解けない事も含めて呪いの効果だと思うんです。だからそんな顔しないで下さい、先生」
「そうだな、今は嘆くより対策を立てる方が大事だな。一条、少しその手を見せてもらえるか?」
数字の刻まれた手を差し出すと、橘先生はそれを見て驚いたように目を見開いた。
「シロ、この呪術はお前の世界のか?」
「分からない。俺は呪印が手の甲に現れるものを見たことがないんだ。普通は額に刻まれるはず。だがクレハなら、創作で呪術を作りだしててもおかしくない」
「オリジナルか……この紋様……まさか……」
橘先生は鞄から一冊の本を取り出して調べ始めた。半分ほどめくった所で手を止め、先生がその本をテーブルに置く。
挿し絵はあるものの、その本はびっしりと英語で埋め尽くされている。
「これは、最近ハマってる洋書なんだが……やはり、一条に掛けられたこの呪印。物語の中に出てくる『禁呪の数字の試練』の呪印にそっくりなんだよ」
先生が指差した挿絵と私の左手の甲に刻まれた呪印はそっくりだ。
「ほんまやな。数字もやけど、下にある変な模様とかまでそっくりやな」
「先生、その試練ってどんな内容なんですか?」
「簡単に言うとだな……」
先生の話を要約すると、禁呪の数字の試練とは、とある国の王様が忠実な臣下を選別するために、禁呪とされる日数の間、呪いの印を施し行った試練らしい。
『身分、性別、年齢を問わず、十三日間どんな災いが訪れようと、国に忠誠を誓うその覚悟と信念を貫き耐え抜いた者を我が右腕として歓迎する』
王様はその御触れに集まった者達に呪いの印を施し、数字が小さくなればなる程、危険度が増す試練を与えて選別を行った。
悪しき者、邪な考えを持つ者は途中、災いにより命を落とし、真っ直ぐに国を思い自分の意思を貫き通した者のみが、その魔の十三日間を耐え抜いたという。
「……どこかで……いや、気のせいか……」
「どうしたの、シロ?」
「いや、知っているような気がしたが、思い出せない。もしかすると、コハク側の記憶かもしれん。俺はあまり本に興味がないから、コハクが読んでいても覚えてない事が多い。あいつはよく、面白い本をクレハに土産として渡していたからな」
コハクがクレハに渡した本。
そこに出てくる話を模してかけられた呪い。そこに、何か意味があるのだろうか。
「当時は世界で話題になった大作だからな。子供向けに編集された物も出てたし、小さい頃お前さん達が読んでても不思議じゃないと思うぞ。これが中々泣かせる群像劇でな、特に主人公のジャックがっ……!」
「先生。その話はまた今度聞きますんで、今は戻ってきてもらってええですか? おかわり注いどきますんで」
「おう、そうだったな。すまんすまん、さんきゅー」
橘先生が群像劇にこんなに熱くなってるのは意外だった。けど、先生の扱い方がここまで上手くなっているカナちゃんにも驚きだ。
陰陽術習いながら、学んだんだろうな……くえない先生の対処法。
家事が苦手なシロの代わりに私が台所に立とうとすると、危ないからとカナちゃんが代わってくれた。
好みを聞いてテキパキと作業を進めていく彼の背中は、かなり手慣れているように見える。思わず「ここに来たことあるの?」と尋ねたくなるほどに。
来客なんてお手の物と言わんばかりのその動きに、ありありと女子力の高さを見せつけられた。
「上手いなこのコーヒー。西園寺、お前さん中々いい嫁になるぜ」
そして、橘先生の御墨付き。まったく男にしておくのが勿体無いスペックだ。
皆に飲み物が行き渡った所で、作戦会議が開始される。
先生の話によると、呪いを解く方法自体は存在するそうだ。でもお祓いの儀式に必要な道具が壊れており、神力という邪気を祓う力を込め直す作業に、後二週間程かかるらしい。
海外までいけばエクソシスト協会で何とかしてもらえるかもしれないそうだ。でも道中飛行機が墜落したり、船が沈没したり無事辿り着ける可能性が低いから、おすすめ出来ないと渋い顔をされた。
コサメさんの三秒タクシーも人を連れて海外まで飛ぶのはさすがに無理らしい。一人ならどこへでもいけるというのには驚いたけど。
そして、それとなく優菜さんに探りを入れたカナちゃんの話では、コロンは確かに優菜さんに飼われているようだった。
ただ放浪癖があり今もどこかへ行ってしまい、心配しているらしい。
出会いは約一年前で、怪我をして倒れているのを助けたのがきっかけで飼い始めたという話だ。
「一年間、クレハが人に飼われていたというのか……」
半信半疑といった様子で呟やくシロに、カナちゃんが説明を加える。
「優菜は嘘つくような子とちゃうし、それは間違いやないと思うで。とりあえずアイツには、コロンが帰ってきたら連絡して欲しいとは伝えてんやけど……」
静かにカナちゃんの話を聞いていた橘先生が、一文字に結んでいた口を開いた。
「おそらく、その家にはもう戻らない可能性が高い。その様子だと、その子はクレハの正体には気付いてないんだろ?」
「というか、普通に犬やて思ってたみたいです。桜に言われて違和感持って狐て気づいたくらいですし」
「私も近くで見てシロに似てたから、もしかしてって思って。纏ってる空気もどこか歪な感じがして」
「まぁ、三秒あればどこへでも自由に移動できる奴だ。クレハが今も国内に居るとも限らない。居場所を特定するのはひとまず諦めよう」
呪いが解けるかもしれないという希望が絶たれ、クレハの居場所も分からない。
重苦しい沈黙が流れ、思わずカナちゃんが淹れてくれたココアに手を伸ばす。甘いはずのココアが、何故か少しだけほろ苦く感じる。
それでも噛み締めるように味わっていると、橘先生が沈黙を破った。
「悪いな。本当は災いが軽いうちに、解いてやれれば良かったんだが……」
「多分、簡単に解けない事も含めて呪いの効果だと思うんです。だからそんな顔しないで下さい、先生」
「そうだな、今は嘆くより対策を立てる方が大事だな。一条、少しその手を見せてもらえるか?」
数字の刻まれた手を差し出すと、橘先生はそれを見て驚いたように目を見開いた。
「シロ、この呪術はお前の世界のか?」
「分からない。俺は呪印が手の甲に現れるものを見たことがないんだ。普通は額に刻まれるはず。だがクレハなら、創作で呪術を作りだしててもおかしくない」
「オリジナルか……この紋様……まさか……」
橘先生は鞄から一冊の本を取り出して調べ始めた。半分ほどめくった所で手を止め、先生がその本をテーブルに置く。
挿し絵はあるものの、その本はびっしりと英語で埋め尽くされている。
「これは、最近ハマってる洋書なんだが……やはり、一条に掛けられたこの呪印。物語の中に出てくる『禁呪の数字の試練』の呪印にそっくりなんだよ」
先生が指差した挿絵と私の左手の甲に刻まれた呪印はそっくりだ。
「ほんまやな。数字もやけど、下にある変な模様とかまでそっくりやな」
「先生、その試練ってどんな内容なんですか?」
「簡単に言うとだな……」
先生の話を要約すると、禁呪の数字の試練とは、とある国の王様が忠実な臣下を選別するために、禁呪とされる日数の間、呪いの印を施し行った試練らしい。
『身分、性別、年齢を問わず、十三日間どんな災いが訪れようと、国に忠誠を誓うその覚悟と信念を貫き耐え抜いた者を我が右腕として歓迎する』
王様はその御触れに集まった者達に呪いの印を施し、数字が小さくなればなる程、危険度が増す試練を与えて選別を行った。
悪しき者、邪な考えを持つ者は途中、災いにより命を落とし、真っ直ぐに国を思い自分の意思を貫き通した者のみが、その魔の十三日間を耐え抜いたという。
「……どこかで……いや、気のせいか……」
「どうしたの、シロ?」
「いや、知っているような気がしたが、思い出せない。もしかすると、コハク側の記憶かもしれん。俺はあまり本に興味がないから、コハクが読んでいても覚えてない事が多い。あいつはよく、面白い本をクレハに土産として渡していたからな」
コハクがクレハに渡した本。
そこに出てくる話を模してかけられた呪い。そこに、何か意味があるのだろうか。
「当時は世界で話題になった大作だからな。子供向けに編集された物も出てたし、小さい頃お前さん達が読んでても不思議じゃないと思うぞ。これが中々泣かせる群像劇でな、特に主人公のジャックがっ……!」
「先生。その話はまた今度聞きますんで、今は戻ってきてもらってええですか? おかわり注いどきますんで」
「おう、そうだったな。すまんすまん、さんきゅー」
橘先生が群像劇にこんなに熱くなってるのは意外だった。けど、先生の扱い方がここまで上手くなっているカナちゃんにも驚きだ。
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