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第九章 文化祭に向けて
暗黒王子の抱えていたもの
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「え、コハク君……? その耳……ていうかどこから現れたの?!」
「お、お姉ちゃん、とりあえず落ち着いて! お母さん達にバレちゃうから!」
「え、あ、うん、そ、そうね」
それから、かなり驚いた様子の姉に事情を説明した。
どんな反応が返ってくるかビクビクしていると、姉はシロの方を向いて「これからも桜をよろしくね」と優しい笑顔を浮かべた。
「俺を、認めてくれるのか?」
驚きを隠せないシロに、姉はフフフと喉で笑って口を開く。
「だって、桜が今こうして元気で居られるのは、コハク君とシロ君のおかげだもの。それに、この子を女の子に戻してくれたのもね。昔はあんなに無邪気だったのに、今じゃクッキーにしか興味持てない暗い子になっちゃって心配してたのよ」
「お姉ちゃん……」
「でもこうして見るとシロ君って、桜の理想そのものじゃない? モフモフの耳と尻尾もそうだけど、昔はアンタ切れ長の瞳の男の子に憧れてたよね」
「そうなのか?」
「うん……そんな時期もあったね」
昔、空手の試合で強さが互角の男子の目力に一瞬怯み、その隙にやられた事がある。
それ以降、あの目力が羨ましくて、その男子みたいな切れ長の瞳の人を無意識に追いかけていた時期があった。
チラリとシロの方を見ると、視線に気付いた彼が流し目でこちらを見つめてきて、胸がトクンと高鳴った。
意識せずにあの妖艶さ、確かにシロはすごい目力の持ち主だ。
今まで好きな男の子のタイプとかおこがましくて考えた事もなかった。けど確かにシロの見た目は、私の好みのタイプかもしれない。
「さて、邪魔者はそろそろ退散するわ。こうして夜訪ねてくるってことは今からお楽しみの時間でしょう?」
「ち、違うよ!」
「桜、女の子は良質の恋をしてますます綺麗になるのよ。シロ君、文化祭までにこの子をたっぷり磨いてあげてね!」
「ああ、任せろ。立派な女にしてやるよ」
「フフ、若いっていいわね。アリバイ工作が必要な時はいつでも言って、適当に誤魔化しとくから。それじゃ頑張って~」
姉はニヤニヤと意地悪な笑みを残して、部屋から出ていった。
「お前の周りの人間は、温かいな」
ポツリと呟かれた言葉にシロの方を見ると、ドアを見つめながらひどく哀しげな顔をしていた。屋上でカナちゃんと三人、コハクの事を話していた時のように。
「シロ、何か悩んでいるなら聞くよ? 話すと楽になる事もあるかもしれないし、美香の受け売りだけど」
「お前が聞いてもつまらぬ事だ」
「それでも、シロの事なら知りたいよ」
「なら、ここに座れ」
そう言って、シロはニヤリと口角を上げて自分の膝をポンポンしている。
座りにくい席ナンバー1を指定され、私は彼の横に腰を下ろした。
「私、重いし。ここでいいでしょ?」
「案ずるな、お前はさほど重くない……ダメか?」
さっきの不敵な顔から一変して、しゅんと獣耳をさげ長い睫毛の奥で瞳を悲しそうに揺らすシロを前に、断る事など出来なかった。
遠慮がちに座ると、後ろから引き寄せられるように抱き締めらる。
シロは私の肩に顔を埋め「桜……」と弱々しく呟いた後、動かなくなった。
まだ夜の補充はしていない。霊力が足りていないのだろうか?
でもあの悲しそうな顔を思い出すと、今は身体より心の方が辛そうに見える。
どうしていいか分からず、シロの手にそっと自分の手を重ねて、話してくれるのをじっと待った。
しばらくして、シロは顔を上げると抱き締める力を少しだけ強め、ゆっくりと話し始めた。
「人の温かさに触れる度、ここは俺の居場所ではないと思い知らされる。妖界では力が全てだ。弱者は強者に虐げられる。それは力がない弱者が悪いからだ。誰も見知らぬ弱者を助けたりはしないし、興味さえもたれない。それが、俺の中では当たり前の常識なんだ」
まさに弱肉強食。優劣がはっきりしている世界なのだろう。以前コサメさんは言っていた。妖界も人間界も、半妖にとっては生きにくい世界なのだと。力が霊力の事だとしたら、シロは妖界でかなり苦労をしてきたのだろう。
「だから俺には、人間の思考が分からない。何故、お前は他人のためにその身を危険にさらした? 何故、西園寺は邪魔な存在の俺とコハクに協力する? 何故、お前の姉は意図も容易く俺を信用した? 考えても理由がさっぱり分からない。俺にとって一番大切なのはお前だけで、それ以外はどうでもいい。親父だって、一番大切なのはお袋だけで、他は眼中にない。それ以外の者に施しをする事はあっても、それはお袋に言われてか、単なる気まぐれで自発的なものではない。昔、お前が教えてくれた優しさを、コハクと別れた際に俺は失った。見知らぬ他者に施す優しさなど、妖怪には必要のないものだから。でも今は、それが物凄く惜しい事のように思えてならない。俺もコハクのように、お前と同じ目線で物事を考えて……生きてみたかった」
寂しげに紡がれたシロの言葉が、シンとした部屋の静寂に飲み込まれた。
妖界で生きやすいようにシロの人格は形成されている。だから、彼が人間界で生活する中で様々な葛藤や戸惑いを覚えるのは当然だ。
私だっていきなり今までとは価値観も考え方も違う世界に放り出されたら、戸惑うだろうし悩みもするだろうから。
「お、お姉ちゃん、とりあえず落ち着いて! お母さん達にバレちゃうから!」
「え、あ、うん、そ、そうね」
それから、かなり驚いた様子の姉に事情を説明した。
どんな反応が返ってくるかビクビクしていると、姉はシロの方を向いて「これからも桜をよろしくね」と優しい笑顔を浮かべた。
「俺を、認めてくれるのか?」
驚きを隠せないシロに、姉はフフフと喉で笑って口を開く。
「だって、桜が今こうして元気で居られるのは、コハク君とシロ君のおかげだもの。それに、この子を女の子に戻してくれたのもね。昔はあんなに無邪気だったのに、今じゃクッキーにしか興味持てない暗い子になっちゃって心配してたのよ」
「お姉ちゃん……」
「でもこうして見るとシロ君って、桜の理想そのものじゃない? モフモフの耳と尻尾もそうだけど、昔はアンタ切れ長の瞳の男の子に憧れてたよね」
「そうなのか?」
「うん……そんな時期もあったね」
昔、空手の試合で強さが互角の男子の目力に一瞬怯み、その隙にやられた事がある。
それ以降、あの目力が羨ましくて、その男子みたいな切れ長の瞳の人を無意識に追いかけていた時期があった。
チラリとシロの方を見ると、視線に気付いた彼が流し目でこちらを見つめてきて、胸がトクンと高鳴った。
意識せずにあの妖艶さ、確かにシロはすごい目力の持ち主だ。
今まで好きな男の子のタイプとかおこがましくて考えた事もなかった。けど確かにシロの見た目は、私の好みのタイプかもしれない。
「さて、邪魔者はそろそろ退散するわ。こうして夜訪ねてくるってことは今からお楽しみの時間でしょう?」
「ち、違うよ!」
「桜、女の子は良質の恋をしてますます綺麗になるのよ。シロ君、文化祭までにこの子をたっぷり磨いてあげてね!」
「ああ、任せろ。立派な女にしてやるよ」
「フフ、若いっていいわね。アリバイ工作が必要な時はいつでも言って、適当に誤魔化しとくから。それじゃ頑張って~」
姉はニヤニヤと意地悪な笑みを残して、部屋から出ていった。
「お前の周りの人間は、温かいな」
ポツリと呟かれた言葉にシロの方を見ると、ドアを見つめながらひどく哀しげな顔をしていた。屋上でカナちゃんと三人、コハクの事を話していた時のように。
「シロ、何か悩んでいるなら聞くよ? 話すと楽になる事もあるかもしれないし、美香の受け売りだけど」
「お前が聞いてもつまらぬ事だ」
「それでも、シロの事なら知りたいよ」
「なら、ここに座れ」
そう言って、シロはニヤリと口角を上げて自分の膝をポンポンしている。
座りにくい席ナンバー1を指定され、私は彼の横に腰を下ろした。
「私、重いし。ここでいいでしょ?」
「案ずるな、お前はさほど重くない……ダメか?」
さっきの不敵な顔から一変して、しゅんと獣耳をさげ長い睫毛の奥で瞳を悲しそうに揺らすシロを前に、断る事など出来なかった。
遠慮がちに座ると、後ろから引き寄せられるように抱き締めらる。
シロは私の肩に顔を埋め「桜……」と弱々しく呟いた後、動かなくなった。
まだ夜の補充はしていない。霊力が足りていないのだろうか?
でもあの悲しそうな顔を思い出すと、今は身体より心の方が辛そうに見える。
どうしていいか分からず、シロの手にそっと自分の手を重ねて、話してくれるのをじっと待った。
しばらくして、シロは顔を上げると抱き締める力を少しだけ強め、ゆっくりと話し始めた。
「人の温かさに触れる度、ここは俺の居場所ではないと思い知らされる。妖界では力が全てだ。弱者は強者に虐げられる。それは力がない弱者が悪いからだ。誰も見知らぬ弱者を助けたりはしないし、興味さえもたれない。それが、俺の中では当たり前の常識なんだ」
まさに弱肉強食。優劣がはっきりしている世界なのだろう。以前コサメさんは言っていた。妖界も人間界も、半妖にとっては生きにくい世界なのだと。力が霊力の事だとしたら、シロは妖界でかなり苦労をしてきたのだろう。
「だから俺には、人間の思考が分からない。何故、お前は他人のためにその身を危険にさらした? 何故、西園寺は邪魔な存在の俺とコハクに協力する? 何故、お前の姉は意図も容易く俺を信用した? 考えても理由がさっぱり分からない。俺にとって一番大切なのはお前だけで、それ以外はどうでもいい。親父だって、一番大切なのはお袋だけで、他は眼中にない。それ以外の者に施しをする事はあっても、それはお袋に言われてか、単なる気まぐれで自発的なものではない。昔、お前が教えてくれた優しさを、コハクと別れた際に俺は失った。見知らぬ他者に施す優しさなど、妖怪には必要のないものだから。でも今は、それが物凄く惜しい事のように思えてならない。俺もコハクのように、お前と同じ目線で物事を考えて……生きてみたかった」
寂しげに紡がれたシロの言葉が、シンとした部屋の静寂に飲み込まれた。
妖界で生きやすいようにシロの人格は形成されている。だから、彼が人間界で生活する中で様々な葛藤や戸惑いを覚えるのは当然だ。
私だっていきなり今までとは価値観も考え方も違う世界に放り出されたら、戸惑うだろうし悩みもするだろうから。
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