獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
92 / 186
第九章 文化祭に向けて

暗黒王子、青春を謳歌する?

しおりを挟む
 その日を境に、シロの態度が一変した。
 前に橘先生が言っていた『かなり優秀なパシリと呼べなくもない』という言葉の意味がよく分かる程度に。

 例えば部屋で私が本を読んでいて、一旦中断しようとしおりを探すが近くになかった場合──シロはゴソゴソと着物の裾をあさって一枚の葉っぱを取り出したかと思うと、それをあっという間にしおりに変化させて手渡してくる。
 長時間同じ姿勢で座って腰が痛くてさすっていると、葉っぱを取りだしふかふかのクッションに変えて使えと言わんばかりに差し出してくる。

 言葉を発していないのに、私の行動を見てすかさず欲しいものを的確に差し出してくるその姿は……さながら先生の言葉通りだ。

 チラリとシロの方を見ると、嬉しそうに尻尾をパタパタさせて、ご褒美を待っているようだ。
 どちらかと言えば以前のシロは気まぐれで猫っぽい感じがしたけど、今は完璧に犬だ。正確に言うと、ご褒美にキスをねだってくる狐だが。

 そして時間が経つと、それらは元に戻るようで彼が帰った後──私の机の上には葉っぱの山が出来あがる。この葉っぱ、とっておいたら外で焼き芋するのに使えそうかも。


 シロは学校も朝からきちんと登校するようになり、授業中も寝なくなった。
 しかし授業が終わる度に「桜、今の授業寝なかったから褒美をよこせ」といって所構わずキスを迫ってくる。
 その度にカナちゃんが何やらブツブツと唱えてシロの動きを止める。

「何しやがる偽善ヒーロー」
「それはこっちの台詞や変態狐」

 その合言葉を皮切りに彼等は熱いバトルを繰り広げ、私はその間、美香に借りたマナー本を読んで勉強に勤しむ。

 昼休み、屋上でお弁当を食べた後、私は再び本に目を通していた。
 目前ではさっきの件から、シロとカナちゃんが何やら卓球のピンポン玉とバドミントンのラケットを持ち出し、通称『バドピンポン』をして楽しく遊んでいる。
 ちなみに審判は拉致られてきた如月君。

「ほらほらどないしたんや、こんなんも取れへんのんか?」
「クッ……際どいコースばかり狙ってきやがって」
「泣きごと言うてる暇あったら、はよ玉さん追いかけてーや」
「チッ、調子に乗りやがって」

 試合の行方を見ると、どうやらカナちゃんの圧勝らしい。
 コハクと違ってシロはそこまで運動神経が良くないようだ。
 それに比べてカナちゃんは素人の動きではない気がする。どこに跳ねるか予測しにくいピンポン玉を何なく打ち返していく所を見ると、相当やりこんでいるのが分かる。

 浪花の貴公子様は転校する前──華月高校の屋上で、毎日これをやっていたんじゃないかと思える程度に。

「これでも食らえ」
「反則使うてくるやなんて、相変わらず男の風上にもおけへん奴やな」
「何とでも言うがいい、ようは勝てばいいんだよ」
「生憎、そんなことで俺は負けへんから……なッ!」

 シロは妖術を使っているのか、球をギリギリまで目に見えなくしている。
 如月君がいるのに目の前でそんな事をして……

「ね、ねぇ一条さん! 結城君のボール、消えてない?」
「あーうん、あれねぇ……ピンポン玉の回転を高速化させて消えてるように見えるだけだよ!」
「結城君ってすごいんだね!」

 如月君が単純じゃなければ今頃大騒ぎになってるよ、これ。
 最後は中々接戦になったけど、汚い手に屈する事なくカナちゃんは、シロの動きとラケットの角度などから玉の軌道を予測し見事打ち勝った。

 ゼェ、ハァと肩で息をする二人を見る限り、相当の運動量だったようだ。
 シロがふらふらとした足取りでこちらに近付いてくる。

「桜、限界……」

 私の横にドカッと倒れ込むように座ったかと思うと、上半身を捻ってこちらに手を伸ばしてきた。
 後頭部と背中に手を回して身体を固定され、動けなくなる。そのまま顔を寄せてきたシロに、唇を奪われた。
 相当キツかったのだろう。霊力の補充をした瞬間、シロは元気になった。それはいい。でも、人前でするのは止めてって言ったのに!

 その場面を間近で見ていた如月君は、顔を赤くして目を逸らし、カナちゃんは慌てて私からシロを引き剥がしにきた。

「人前で白昼堂々と盛ってんなや変態狐!」
「男の嫉妬は見苦しいぞ、偽善ヒーロー」
「お前はセクハラが過ぎるんや!」
「落ち着いて、奏。結城君は転校してきてから一条さんとずっと付き合ってるんだから……き、キスくらい」

 今にも殴りかからんばかりのカナちゃんを、如月君が少し恥ずかしそうな顔をしてなだめている。

「今のこいつはその頃のコハッ君とちゃうんやて、桔梗君。見張っとかんと桜が危険なんや」
「結城君……かなり前と印象が変わったと思ってたけど、別人なの?」

 驚いたように目を丸くして尋ねてくる如月君に、私は苦笑いしながら答えた。

「別人というか、もう一つの人格が出てきちゃってるっていうか」

 納得したように頷いた後、如月君はシロをチラッと一瞥する。その視線に気付いたシロは、眉をつり上げて如月君に威嚇した。

「おいビク男。お前、桜に気安く話しかけてんじゃねぇ」
「あはは……ごめん。人格変わっても、結城君は結城君だね……」

 そう言って如月君は、乾いた笑いをもらしていた。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...