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第八章 暗黒王子と学園生活
裏切り者への制裁 ★
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急いでカナちゃんから離れて振り返ると、シロが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
これならまだ隠れずに廊下に出て、無理矢理にでもシロを教室まで引きずっていった方がマシだったかもしれない。
でも、その間カナちゃんが室内でじっとしている保障もないし、説明する時間もなかった。
私が飛び出してきた化学室からカナちゃんが出てきたら──どちらにしても、最初にお昼をきちんと断らなかった私の落ち度だ。
「ち、違うのシロ、これには深いわけがあって……」
理由を話せば分かってくれるかもしれない。そう思ってシロの瞳を正面から捉えた瞬間、背筋がゾクリと凍った。
視線だけで人を簡単に殺めてしまいそうな凍てつくその視線に、身体が震え上がり、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
「隠れてコソコソと抱き合うのにある理由など、一つしかないだろ。お前には、お仕置きが必要みたいだな」
シロがこちらへ伸ばしてきた手を、「嫌……ッ! 触らないで!」と恐怖心から私は思いきり払いのけてしまった。
その時、脳裏に橘先生の言葉がよぎる。
『暴走すると一気に思考が変わる。例えるなら抱いていた感情が、純愛から狂愛へと成り果てるぐらいにおかしくなる』
私は今、思いっきりシロを拒絶してしまった。一番やってはいけないことを、してしまったのだ。
「一からやり直しか……」
やれやれといった様子で、シロは大きなため息を漏らした。
「人を支配するのに一番効果的なのは、痛みを与えて恐怖心を植え付ける事だ」
抑揚のない声で発せられたシロの言葉が、静かな室内に不気味に響いた。
しまったと後悔した時には、私の身体はカナちゃんの傍から引き離され、反対側の壁に突き飛ばされていた。
ドンと激しい音がしたが、幸いそこまで身体に痛みはなかった。
「桜!」
心配して駆け寄ろうとするカナちゃんに、シロは「邪魔だ」と呟きながら手のひらをかざす。次の瞬間、その手からカナちゃんの方に青い波動の衝撃波みたいなものが放たれた。
「止めて、カナちゃんは関係ないから乱暴しないで! お願い……ッ!」
棚に打ち付けられて、苦しそうに顔を歪めたカナちゃんの姿を見ていられなくて、私は必死に懇願した。
「その中でもより効果的なのは、精神からポキリとへし折る事だ。安心しろ、桜。調教の末、お前が感情を無くし物言わぬ人形に成り果てたとしても、俺は一生お前を愛してやるよ」
駄目だ。話が全く通じない。
シロの今の状態を一言で表すなら、まさに狂っている。それ以外に相応しい言葉が見つからない。
カナちゃんの方へ向き直ったシロは、その姿を眺めて、クククと喉で可笑しそうに笑っている。
「お前はただそこで見ているがいい。好きな女が辱しめられ、壊れていく姿をな」
「く……っ、なんやこれ……身体が……っ」
どうやらシロは、妖術でカナちゃんの動きを封じたらしい。
そんな彼等の姿を後ろから眺めながら、何故か恐ろしい程私の思考は冷静になった。
今この場で、二人を救えるのは私しか居ない。失敗は許されない極限の状態に、空手の試合前のようなゾクリとした緊張感が全身に走った。
幸い私に妖術はまだ使われていないため、身体は自由に動く。気付かれないように、私は内ポケットから護符を取り出してそっと手に忍ばせた。
振り返ったシロは、私をカナちゃんの前まで来させると、優雅に机に腰をかけて「服を脱げ」と指示を出した。
ここで逆らっては、シロに護符を貼る機会を失ってしまう可能性が高い。チャンスは一度きり、絶対に彼に不信感を抱かせてはならない。
確実なのは、彼に抱き付いて手を回した瞬間、背中に貼る事だろう。そのために私がすべきなのは、シロに油断させて近づくこと。
もし失敗すれば、コハクの秘密が学園中に広まって一緒には居られなくなる。それだけは嫌だ。
それに、私の愚かな行動のせいでシロを狂気に染め、カナちゃんまで巻き込んでしまった事にひどく胸が痛む。少しでも被害を最小限で抑えられるなら、今は従うしかない。
言われた通りに、私は俯いてブラウスのボタンに手をかけ、護符を持っているのがばれないように慎重に外して脱いだ。
九月とはいえ、まだそこまで寒いわけではなないが、急に外気に触れた上半身がひんやりと感じて思わず自分の身体を抱き締めた。
指示に従ったという意思表示でシロの方を向くと、彼は満足そうにこちらを眺め、ニヤリと口角を上げて「スカートも脱げ」と指示を出した。羞恥心に耐え、スカートのホックに手をかけた時──
「止めろ、桜! これ以上、従うな……ッ!」
カナちゃんの悲痛な叫びが聞こえた。視線を向けると、目を閉じてポロポロと涙を流しているカナちゃんの姿が目に入った。
「ほう、自分で術を少し解いたのか。ほら、目を開けろよ。これからが面白い所だぞ」
不適な笑みを浮かべるシロに、「お前、頭おかしいんとちゃうか! 桜を大事かて思ってんなら、こんな酷い事すなや!」とカナちゃんは目を閉じたまま、激しく怒りをぶちまけるように叫んだ。
「言っておくが、先に裏切ったのはお前等の方だろう。制裁を加えて何が悪い」
ひどく冷酷な眼差しを向けて言うシロに「お前が桜を脅すから、あんなに怯えて逃げてんやろが! それくらいも分からへんのんか!」とカナちゃんは怯むことなく言い返す。
シロがカナちゃんに気をとられている内に近付くか……その距離は約二メートル。しかし、妖術で動けなくされてしまえば一貫の終わりだ。やはりここはまだ、好機を待つしかない。
「自由に動けもせぬ癖に、正義のヒーロー気取りか? お前のような偽善振りかざした奴見てると、心底ヘドが出る。善人面した裏側ではどうせ、邪な考え持って下心丸出しなんだろ」
「否定はせぇへん。でも、お前のように脅して無理強いする卑怯な手使って見たいわけとちゃうわ、アホ! 男なら、女が自分から身体預けたなるまで惚れさせてから手、出せや」
「フン、そこまで言うならお前のちっぽけな正義感がどこまで持つか、試してやろう。桜、手始めに俺がいつもやる方法で、キャンキャンうるさいコイツの口を塞げ」
ニヤリと口角を上げ嘲笑を浮かべたシロの、悪魔のような言葉が聞こえた。
「シロ、それは出来ない。私が貴方の言う事を何でも聞くから、これ以上私の大事な友達に手を出さないで」
これ以上カナちゃんを巻き込みたくない一心で訴えるも逆効果だった。
シロは右手でカナちゃんの髪の毛を無造作に掴んで無理矢理上に引っ張りあげると、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「特別に選ばせてやろう。俺が直接コイツに制裁を下すのと、お前が優しく制裁を下すのとどちらがいい?」
「それは……」
狂ったシロの制裁など、それこそ本当に取り返しのつかない事になってしまう。カナちゃんには悪いけど、腹を括るしかないと思ったその時──
「まぁ、お前がコイツを選べば代わりに、お前の大好きなコハク君はショックでもう二度と目覚めないかもしれないけどな」
コハクとカナちゃんを天秤にかけて、シロは私の心を揺すりにきた。
どちらに転んでも片方を裏切った罪悪感で、私の心を押し潰して壊す。きっとこれが、裏切り者の私への制裁なのだろう。
これならまだ隠れずに廊下に出て、無理矢理にでもシロを教室まで引きずっていった方がマシだったかもしれない。
でも、その間カナちゃんが室内でじっとしている保障もないし、説明する時間もなかった。
私が飛び出してきた化学室からカナちゃんが出てきたら──どちらにしても、最初にお昼をきちんと断らなかった私の落ち度だ。
「ち、違うのシロ、これには深いわけがあって……」
理由を話せば分かってくれるかもしれない。そう思ってシロの瞳を正面から捉えた瞬間、背筋がゾクリと凍った。
視線だけで人を簡単に殺めてしまいそうな凍てつくその視線に、身体が震え上がり、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
「隠れてコソコソと抱き合うのにある理由など、一つしかないだろ。お前には、お仕置きが必要みたいだな」
シロがこちらへ伸ばしてきた手を、「嫌……ッ! 触らないで!」と恐怖心から私は思いきり払いのけてしまった。
その時、脳裏に橘先生の言葉がよぎる。
『暴走すると一気に思考が変わる。例えるなら抱いていた感情が、純愛から狂愛へと成り果てるぐらいにおかしくなる』
私は今、思いっきりシロを拒絶してしまった。一番やってはいけないことを、してしまったのだ。
「一からやり直しか……」
やれやれといった様子で、シロは大きなため息を漏らした。
「人を支配するのに一番効果的なのは、痛みを与えて恐怖心を植え付ける事だ」
抑揚のない声で発せられたシロの言葉が、静かな室内に不気味に響いた。
しまったと後悔した時には、私の身体はカナちゃんの傍から引き離され、反対側の壁に突き飛ばされていた。
ドンと激しい音がしたが、幸いそこまで身体に痛みはなかった。
「桜!」
心配して駆け寄ろうとするカナちゃんに、シロは「邪魔だ」と呟きながら手のひらをかざす。次の瞬間、その手からカナちゃんの方に青い波動の衝撃波みたいなものが放たれた。
「止めて、カナちゃんは関係ないから乱暴しないで! お願い……ッ!」
棚に打ち付けられて、苦しそうに顔を歪めたカナちゃんの姿を見ていられなくて、私は必死に懇願した。
「その中でもより効果的なのは、精神からポキリとへし折る事だ。安心しろ、桜。調教の末、お前が感情を無くし物言わぬ人形に成り果てたとしても、俺は一生お前を愛してやるよ」
駄目だ。話が全く通じない。
シロの今の状態を一言で表すなら、まさに狂っている。それ以外に相応しい言葉が見つからない。
カナちゃんの方へ向き直ったシロは、その姿を眺めて、クククと喉で可笑しそうに笑っている。
「お前はただそこで見ているがいい。好きな女が辱しめられ、壊れていく姿をな」
「く……っ、なんやこれ……身体が……っ」
どうやらシロは、妖術でカナちゃんの動きを封じたらしい。
そんな彼等の姿を後ろから眺めながら、何故か恐ろしい程私の思考は冷静になった。
今この場で、二人を救えるのは私しか居ない。失敗は許されない極限の状態に、空手の試合前のようなゾクリとした緊張感が全身に走った。
幸い私に妖術はまだ使われていないため、身体は自由に動く。気付かれないように、私は内ポケットから護符を取り出してそっと手に忍ばせた。
振り返ったシロは、私をカナちゃんの前まで来させると、優雅に机に腰をかけて「服を脱げ」と指示を出した。
ここで逆らっては、シロに護符を貼る機会を失ってしまう可能性が高い。チャンスは一度きり、絶対に彼に不信感を抱かせてはならない。
確実なのは、彼に抱き付いて手を回した瞬間、背中に貼る事だろう。そのために私がすべきなのは、シロに油断させて近づくこと。
もし失敗すれば、コハクの秘密が学園中に広まって一緒には居られなくなる。それだけは嫌だ。
それに、私の愚かな行動のせいでシロを狂気に染め、カナちゃんまで巻き込んでしまった事にひどく胸が痛む。少しでも被害を最小限で抑えられるなら、今は従うしかない。
言われた通りに、私は俯いてブラウスのボタンに手をかけ、護符を持っているのがばれないように慎重に外して脱いだ。
九月とはいえ、まだそこまで寒いわけではなないが、急に外気に触れた上半身がひんやりと感じて思わず自分の身体を抱き締めた。
指示に従ったという意思表示でシロの方を向くと、彼は満足そうにこちらを眺め、ニヤリと口角を上げて「スカートも脱げ」と指示を出した。羞恥心に耐え、スカートのホックに手をかけた時──
「止めろ、桜! これ以上、従うな……ッ!」
カナちゃんの悲痛な叫びが聞こえた。視線を向けると、目を閉じてポロポロと涙を流しているカナちゃんの姿が目に入った。
「ほう、自分で術を少し解いたのか。ほら、目を開けろよ。これからが面白い所だぞ」
不適な笑みを浮かべるシロに、「お前、頭おかしいんとちゃうか! 桜を大事かて思ってんなら、こんな酷い事すなや!」とカナちゃんは目を閉じたまま、激しく怒りをぶちまけるように叫んだ。
「言っておくが、先に裏切ったのはお前等の方だろう。制裁を加えて何が悪い」
ひどく冷酷な眼差しを向けて言うシロに「お前が桜を脅すから、あんなに怯えて逃げてんやろが! それくらいも分からへんのんか!」とカナちゃんは怯むことなく言い返す。
シロがカナちゃんに気をとられている内に近付くか……その距離は約二メートル。しかし、妖術で動けなくされてしまえば一貫の終わりだ。やはりここはまだ、好機を待つしかない。
「自由に動けもせぬ癖に、正義のヒーロー気取りか? お前のような偽善振りかざした奴見てると、心底ヘドが出る。善人面した裏側ではどうせ、邪な考え持って下心丸出しなんだろ」
「否定はせぇへん。でも、お前のように脅して無理強いする卑怯な手使って見たいわけとちゃうわ、アホ! 男なら、女が自分から身体預けたなるまで惚れさせてから手、出せや」
「フン、そこまで言うならお前のちっぽけな正義感がどこまで持つか、試してやろう。桜、手始めに俺がいつもやる方法で、キャンキャンうるさいコイツの口を塞げ」
ニヤリと口角を上げ嘲笑を浮かべたシロの、悪魔のような言葉が聞こえた。
「シロ、それは出来ない。私が貴方の言う事を何でも聞くから、これ以上私の大事な友達に手を出さないで」
これ以上カナちゃんを巻き込みたくない一心で訴えるも逆効果だった。
シロは右手でカナちゃんの髪の毛を無造作に掴んで無理矢理上に引っ張りあげると、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「特別に選ばせてやろう。俺が直接コイツに制裁を下すのと、お前が優しく制裁を下すのとどちらがいい?」
「それは……」
狂ったシロの制裁など、それこそ本当に取り返しのつかない事になってしまう。カナちゃんには悪いけど、腹を括るしかないと思ったその時──
「まぁ、お前がコイツを選べば代わりに、お前の大好きなコハク君はショックでもう二度と目覚めないかもしれないけどな」
コハクとカナちゃんを天秤にかけて、シロは私の心を揺すりにきた。
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