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第六章 波乱の幕開け
騙されるわけありません
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コハクに自宅まで送ってもらい、家に帰ってご飯を食べた。
昨夜の徹夜にほどよい満腹感が重なって、睡魔に抗えなかった私はそのまま眠りについてしまった。
気が付くと夕方の四時になっており、マイエンジェルことポメラニアンのクッキーが顔をペロペロ舐めて起こしてくれた。
どうやら散歩に行きたいようで、ワフワフと吠えてはくるくる回り催促している。
おお、なんて可愛いやつなんだ。
今すぐ準備するから少し待ってておくれ。
準備を済ませいつも通り夕方の散歩コースをぐるりと回って聖奏公園を歩いていると、女性の嗚咽の混じった泣き声が聞こえてきた。
「お願い……っ! 貴方の傍に居られるならどんな形でもいいから……」
「そんな自分の品位落とすような事、言うたらあかんて」
この声は……聞き覚えのある声に思わずそちらを見ると、高台の上にカナちゃんにすがりつくように抱きついた女の人が見えた。
カナちゃんは女の人の背中を優しくさすりながらあやしているようだ。
「お前が俺に抱いとる感情を、俺は別の女に持っとる。でもその別の女は、また違う男にその感情を抱いとる。振り向かせたいて思うなら、お前のしてる事は逆効果やて分かるやろ?」
「奏……」
「どんなに泣いてすがったかて、相手に気持ちは届かへんねん。むしろ、見返してやろう思うてがむしゃらに努力せんと何も変わらへんで」
「私、いい女になって貴方の事……絶対に見返してみせるから!」
「おうその意気や、頑張れ」
思わず木陰に隠れたものの、その場から動けず話を盗み聞きするような形になってしまった。
その後話し声が聞こえなくなり、どうやら女の人は帰ったらしい。
カナちゃんは手すりにもたれ掛かって、一人でボーッと夕焼け空を眺めている。
さっきの話……きっと私とコハクの事、なんだよね。そう考えると、胸がズキンと痛むのを感じた。
その時、リードを持つ力が緩んでいたらしく、手からスルッと滑り落ちる。
その好機をクッキーは見逃さず、目の前の小鳥を追いかけて一目散に走っていった。
「待って、クッキー! ストップ!」
必死に追いかけるも、足の速いあの子の速度に後少しが届かない。
このまま行くと、公園から車道に出てしまう。
あの子は一度夢中になると周囲の事が見えなくなる。
最悪の事態が頭をよぎり私は必死に足を動かすが、運悪く何かにつまづき転んでしまった。急いで起き上がるが、このままじゃ間に合わない。
「クッキーッ!」
私の叫び声にクッキーが身体をビクッと震わせ、何とか歩道で止まった。
安心したのも束の間、横から自転車が飛び出してきた。その人はイヤホンをつけてスマホを片手に運転しており、クッキーの存在に気付いていない。
このままだとぶつかる!
そう思った時、誰かが私の横を物凄い速さで駆け抜けて、自転車から守るようにクッキーをすかさず抱き上げた。
「あかんで、ちゃんと桜の言うこと聞かな」
クッキーを空に掲げるように高く抱いて話しかけているその横顔は、紛れもなくさっきまで高台にいたはずの人物だった。
そしてゆっくり彼は私の元まで歩いてくると、「俺、足だけは昔から桜より速かったやろ?」そう言ってニカッと笑った。
「ありがとう、カナちゃん……本当にありがとう……っ」
クッキーが無事で安心して緊張が解けたせいか、私はその場にへたりこんだ。
「ほらクッキー、ご主人様にすんまへんて言うてくるんや」
駆け寄ってきたクッキーを抱き締めて、ほっと安堵の息がもれる。本当に、無事でよかった。
「立てるか? ほら、手貸したるわ」
「うん、ありがとう」
「ほな、俺もう行くわ」
「ありがとう、カナちゃん」
「ええって、大した事やあらへん」
クルリと体を翻して歩いていくカナちゃんの後ろ姿を見つめながら、私はある異変に気付いた。
「待って、カナちゃん……足、怪我してるでしょ?」
「え、何の事? 気のせいやない?」
「その左足、庇ってるように見える」
「そんな事あらへんってほら……ッ」
カナちゃんはそう言って左足を上げたり下げたりして誤魔化したけど、地面につけた瞬間、顔が痛みに耐えるようにわずかに歪んだ。
「こっちに来て、手当てするから」
「いや、そんな大したことあらへんし大丈夫やて」
そう言って笑って誤魔化すカナちゃん。
まだ我慢するのか……ほんと、相変わらずだなと思いつつ私は問答無用で連行した。
「いいから、こっちに来なさい!」
「……はい」
クッキーが逃げないようリードを固定し、カナちゃんを近くのベンチに座らせて足の様子を確認する。
幸いそこまで酷くはなさそうだが、すぐに冷やして腫れを抑えるためにも圧迫した方がいい。
タオルか何か持っていれば良かったが、あいにく持ち合わせていない。
かくなる上は……私は着ていたシャツを脱いで引き裂いた。
「え、ちょ、桜! お前、何を……?!」
「大丈夫、今日は暑いから」
大きく瞳を見開いて驚くカナちゃんにそう答えつつ、私は彼の足首と踵を関節が動かないようにきつく巻いて固定した。
「そ、そういう問題やなくて……」
頬を赤く染めてカナちゃんは何か言いたそうに口をパクパクさせている。
「早く冷した方がいいんだけど……カナちゃん歩ける?」
立ち上がって何歩か歩いて確認すると、カナちゃんはグッと親指を立てて頷いた。
「ああ、かなり楽になったからイケるで。おおきになぁ」
「私の家まで十分かかるけど、大丈夫?」
「え? 桜の家?!」
「早く冷やさないと、捻挫はスピードが命なんだよ」
「お、おう。分かったで」
「じゃあ私の肩に掴まって、支えるから」
私の言葉にカナちゃんは目を泳がせながら、「(あ、あかんやろ……その格好でそんな密着するとか……)」と、また顔を赤くして口をパクパクして何か呟いている。
「ほら、ブツブツ何か言ってないで早く行こう」
「ほ、ほんまに……ええんか?」
「大丈夫、私毎日クッキーの散歩で身体鍛えてるから」
「ほ、ほなお言葉に甘えて……」
カナちゃんが私の肩にそっと腕を回す。
私は片手で彼の身体を支えて、もう片方の手でクッキーのリードを持ち公園を後にした。
歩き始めたのはいいけど、私の肩に置かれたカナちゃんの腕が物凄く軽い。
これでは何のために肩を貸しているのか分からない。
「カナちゃん、遠慮しないでいいからもっとこっちに体重かけて。足の負担になる」
「せ、せやけど……体重かけてもうたら桜の華奢な身体、潰れてまうで。昔とちゃうねんから」
カナちゃんの身長はコハクより少し低いけど、それでもクラスでは高い方に入る。
横に並ぶと、私の目線の高さに彼の胸板がある。
この身長差だと肩に体重をかけて借りる方は辛いと気づき、私はカナちゃんの手を握ると自分の肩に乗せた。
「じゃあ私の肩を杖だと思って。これなら大丈夫?」
「お、おう。これなら何とか……」
窺うように見上げると、なぜか不自然に顔を反対に向けているカナちゃん。
「そっちに何かあるの?」
「え、あ、いや、何もあらへんよ」
「じゃあ何でずっとそっぽ向いてるの?」
「それは……」
言い淀んだ言葉の続きを待つと、 ボソっと恥ずかしそうにカナちゃんが呟く。
「……桜の格好、目のやり場に困んねや」
そう言われて自分の格好を見てみるが、デニムにタンクトップでシャツを脱いだとはいえ、別段変な格好をしているとは思わない。
別に胸元が開いてるわけでもなく、屈んでも中は見えないほどタンクトップはピッタリと私の身体を包んでいる。
どこに目のやり場に困る要素があるのか、全く理解出来ない。
そう思いながら見上げる私に「あーもう、そこは察してくれや……頼むから」と言って、カナちゃんは顔を赤く染めてプイッとまたそっぽを向いてしまった。
「ご、ごめん」
どうしていいか分からない私は、とりあえず謝っておいた。
そうこうしている間に家にたどり着いた。
昨夜の徹夜にほどよい満腹感が重なって、睡魔に抗えなかった私はそのまま眠りについてしまった。
気が付くと夕方の四時になっており、マイエンジェルことポメラニアンのクッキーが顔をペロペロ舐めて起こしてくれた。
どうやら散歩に行きたいようで、ワフワフと吠えてはくるくる回り催促している。
おお、なんて可愛いやつなんだ。
今すぐ準備するから少し待ってておくれ。
準備を済ませいつも通り夕方の散歩コースをぐるりと回って聖奏公園を歩いていると、女性の嗚咽の混じった泣き声が聞こえてきた。
「お願い……っ! 貴方の傍に居られるならどんな形でもいいから……」
「そんな自分の品位落とすような事、言うたらあかんて」
この声は……聞き覚えのある声に思わずそちらを見ると、高台の上にカナちゃんにすがりつくように抱きついた女の人が見えた。
カナちゃんは女の人の背中を優しくさすりながらあやしているようだ。
「お前が俺に抱いとる感情を、俺は別の女に持っとる。でもその別の女は、また違う男にその感情を抱いとる。振り向かせたいて思うなら、お前のしてる事は逆効果やて分かるやろ?」
「奏……」
「どんなに泣いてすがったかて、相手に気持ちは届かへんねん。むしろ、見返してやろう思うてがむしゃらに努力せんと何も変わらへんで」
「私、いい女になって貴方の事……絶対に見返してみせるから!」
「おうその意気や、頑張れ」
思わず木陰に隠れたものの、その場から動けず話を盗み聞きするような形になってしまった。
その後話し声が聞こえなくなり、どうやら女の人は帰ったらしい。
カナちゃんは手すりにもたれ掛かって、一人でボーッと夕焼け空を眺めている。
さっきの話……きっと私とコハクの事、なんだよね。そう考えると、胸がズキンと痛むのを感じた。
その時、リードを持つ力が緩んでいたらしく、手からスルッと滑り落ちる。
その好機をクッキーは見逃さず、目の前の小鳥を追いかけて一目散に走っていった。
「待って、クッキー! ストップ!」
必死に追いかけるも、足の速いあの子の速度に後少しが届かない。
このまま行くと、公園から車道に出てしまう。
あの子は一度夢中になると周囲の事が見えなくなる。
最悪の事態が頭をよぎり私は必死に足を動かすが、運悪く何かにつまづき転んでしまった。急いで起き上がるが、このままじゃ間に合わない。
「クッキーッ!」
私の叫び声にクッキーが身体をビクッと震わせ、何とか歩道で止まった。
安心したのも束の間、横から自転車が飛び出してきた。その人はイヤホンをつけてスマホを片手に運転しており、クッキーの存在に気付いていない。
このままだとぶつかる!
そう思った時、誰かが私の横を物凄い速さで駆け抜けて、自転車から守るようにクッキーをすかさず抱き上げた。
「あかんで、ちゃんと桜の言うこと聞かな」
クッキーを空に掲げるように高く抱いて話しかけているその横顔は、紛れもなくさっきまで高台にいたはずの人物だった。
そしてゆっくり彼は私の元まで歩いてくると、「俺、足だけは昔から桜より速かったやろ?」そう言ってニカッと笑った。
「ありがとう、カナちゃん……本当にありがとう……っ」
クッキーが無事で安心して緊張が解けたせいか、私はその場にへたりこんだ。
「ほらクッキー、ご主人様にすんまへんて言うてくるんや」
駆け寄ってきたクッキーを抱き締めて、ほっと安堵の息がもれる。本当に、無事でよかった。
「立てるか? ほら、手貸したるわ」
「うん、ありがとう」
「ほな、俺もう行くわ」
「ありがとう、カナちゃん」
「ええって、大した事やあらへん」
クルリと体を翻して歩いていくカナちゃんの後ろ姿を見つめながら、私はある異変に気付いた。
「待って、カナちゃん……足、怪我してるでしょ?」
「え、何の事? 気のせいやない?」
「その左足、庇ってるように見える」
「そんな事あらへんってほら……ッ」
カナちゃんはそう言って左足を上げたり下げたりして誤魔化したけど、地面につけた瞬間、顔が痛みに耐えるようにわずかに歪んだ。
「こっちに来て、手当てするから」
「いや、そんな大したことあらへんし大丈夫やて」
そう言って笑って誤魔化すカナちゃん。
まだ我慢するのか……ほんと、相変わらずだなと思いつつ私は問答無用で連行した。
「いいから、こっちに来なさい!」
「……はい」
クッキーが逃げないようリードを固定し、カナちゃんを近くのベンチに座らせて足の様子を確認する。
幸いそこまで酷くはなさそうだが、すぐに冷やして腫れを抑えるためにも圧迫した方がいい。
タオルか何か持っていれば良かったが、あいにく持ち合わせていない。
かくなる上は……私は着ていたシャツを脱いで引き裂いた。
「え、ちょ、桜! お前、何を……?!」
「大丈夫、今日は暑いから」
大きく瞳を見開いて驚くカナちゃんにそう答えつつ、私は彼の足首と踵を関節が動かないようにきつく巻いて固定した。
「そ、そういう問題やなくて……」
頬を赤く染めてカナちゃんは何か言いたそうに口をパクパクさせている。
「早く冷した方がいいんだけど……カナちゃん歩ける?」
立ち上がって何歩か歩いて確認すると、カナちゃんはグッと親指を立てて頷いた。
「ああ、かなり楽になったからイケるで。おおきになぁ」
「私の家まで十分かかるけど、大丈夫?」
「え? 桜の家?!」
「早く冷やさないと、捻挫はスピードが命なんだよ」
「お、おう。分かったで」
「じゃあ私の肩に掴まって、支えるから」
私の言葉にカナちゃんは目を泳がせながら、「(あ、あかんやろ……その格好でそんな密着するとか……)」と、また顔を赤くして口をパクパクして何か呟いている。
「ほら、ブツブツ何か言ってないで早く行こう」
「ほ、ほんまに……ええんか?」
「大丈夫、私毎日クッキーの散歩で身体鍛えてるから」
「ほ、ほなお言葉に甘えて……」
カナちゃんが私の肩にそっと腕を回す。
私は片手で彼の身体を支えて、もう片方の手でクッキーのリードを持ち公園を後にした。
歩き始めたのはいいけど、私の肩に置かれたカナちゃんの腕が物凄く軽い。
これでは何のために肩を貸しているのか分からない。
「カナちゃん、遠慮しないでいいからもっとこっちに体重かけて。足の負担になる」
「せ、せやけど……体重かけてもうたら桜の華奢な身体、潰れてまうで。昔とちゃうねんから」
カナちゃんの身長はコハクより少し低いけど、それでもクラスでは高い方に入る。
横に並ぶと、私の目線の高さに彼の胸板がある。
この身長差だと肩に体重をかけて借りる方は辛いと気づき、私はカナちゃんの手を握ると自分の肩に乗せた。
「じゃあ私の肩を杖だと思って。これなら大丈夫?」
「お、おう。これなら何とか……」
窺うように見上げると、なぜか不自然に顔を反対に向けているカナちゃん。
「そっちに何かあるの?」
「え、あ、いや、何もあらへんよ」
「じゃあ何でずっとそっぽ向いてるの?」
「それは……」
言い淀んだ言葉の続きを待つと、 ボソっと恥ずかしそうにカナちゃんが呟く。
「……桜の格好、目のやり場に困んねや」
そう言われて自分の格好を見てみるが、デニムにタンクトップでシャツを脱いだとはいえ、別段変な格好をしているとは思わない。
別に胸元が開いてるわけでもなく、屈んでも中は見えないほどタンクトップはピッタリと私の身体を包んでいる。
どこに目のやり場に困る要素があるのか、全く理解出来ない。
そう思いながら見上げる私に「あーもう、そこは察してくれや……頼むから」と言って、カナちゃんは顔を赤く染めてプイッとまたそっぽを向いてしまった。
「ご、ごめん」
どうしていいか分からない私は、とりあえず謝っておいた。
そうこうしている間に家にたどり着いた。
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