獣耳男子と恋人契約

花宵

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第六章 波乱の幕開け

通じ合う思い

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「やっと、出来た!」

 夏休みが終わり、始業式の日を迎えた朝の六時過ぎ。
 コハクのために頑張って作ったビーズストラップが、ついに完成した。
 どうしても今日までに完成させたくて、徹夜で作ったそれは少し不格好な形をしている。何度やり直しても上手くいかず結局そのままになってしまったのが心残りだが、そこは気持ちでカバーだ。
 私はあらかじめ用意しておいた小さなラッピング袋に入れて、大事に鞄の中へとしまった。

 ご飯を食べて身支度を終えても、徹夜のせいでいつもよりまだ時間が早い。
 ベッドに腰かけ背伸びをして身体を捻ると、カナちゃんに貰ったテディベアが視界に入った。
 あの後、彼から何の連絡も無ければ私もしていない。今となっては、あれは夢の中の出来事なんじゃないかとさえ思えてきた。
 夢なら夢に越したことはない。私が好きなのはコハクであって、カナちゃんではないのだから。
 それより、どんな顔をしてコハクに会ったらいいのか。そちらの方が私にとっては難題だった。
 まずは叩いて突き飛ばした事を謝ろう。そして、正直な気持ちを話してみよう。
 一週間会っていないだけなのに、もう随分と長い事会ってないような錯覚に陥る。
 少し早いけど、コハクに早く会いたい一心で私は家を出る事にした。

 時刻は朝の七時半。
 流石にまだ誰も来ていないだろうと教室のドアを開けると、酷くやつれて元気のない様子のコハクと目があった。

「ごめん、桜。僕、君になんて酷い事を……」

 私を見るなりコハクは席を立ち上がり、深々と頭を下げた。
 誰も居ないだろうけど、あまり人に聞かれたい話でもない。とりあえず教室へ入ってドアを閉めると

「お、お願い。これ以上近寄らないから……話だけでも聞いてもらえないかな?」

 コハクは慌てて私から距離を取り出した。彼を刺激しないように、私はその場で頭を下げて謝った。

「私の方こそ、思いっきり叩いて突き飛ばしちゃってごめんなさい」
「桜は悪くないよ、僕が醜く嫉妬して桜に辛く当たってしまって……全部僕が悪いんだ。だからお願い……顔を上げて」
「コハク……」

 顔を上げると憂いを帯びたコハクの瞳と視線がぶつかる。
 元から白い肌は血色が悪く蒼白く感じられ、前より頬がやつれている。サラサラとした綺麗な銀髪もどこか艶がなく、睡眠と食事をきちんと取れていないのがよく伝わってきた。
 その様子でこの一週間、彼がどんな思いで過ごして来たのか容易に想像が出来た。優しい彼はずっと自分の事を攻め続けたのだろう。

「信じられないかもしれないけど、病室で初めて君の笑顔を見た瞬間から、僕は君に一目惚れしてたんだ。記憶が戻ってるわけでもないし、こんな短時間でそんな事言われても迷惑かもしれないけど……僕は、君が愛おしくてたまらないんだ」

 苦しそうに歪められたコハクの端正な顔をそれ以上見てられなかった。気が付くと私はコハクの元まで走っていて、思いっきり飛び付いていた。
「わわっ」と声を上げながらもコハクは私をしっかりと抱き止めてくれた。

「コハク……私も貴方の事が好き。あんな事があって、コハクは好きでもない人とそういう行為ができるんだって思い知らされた気がしてショックだったけど、それでも私は貴方が嫌いになれない……好きな気持ちがあふれて止まらないの」

 嬉しくて涙がこぼれてきて、それを見られないように私は彼の胸板に顔を押しつけながら自分の気持ちを伝えた。
 私の言葉を聞いて、コハクは抱き締める腕の力を更に強めた。

「桜……ありがとう。すごく嬉しいよ。でも勘違いしないで……僕がこの腕で抱き締めたいと思うのは君だけだよ。たとえ何度記憶を失ったとしても、また君に恋せざるを得ないみたいに、僕の瞳には桜しか映らないんだ。辛い思いをさせて、本当にごめんね」

 心臓を鷲掴みされたかのように、キュウっと締め付けられて苦しい。けれどそれは嫌な感じはなく、心の奥から好きな気持ちがあふれ出してきて、幸せで包まれたように温かく感じる。

「ありがとう、コハク」

 私はコハクの背中に回した手を緩めて身体を離した。そして、彼の首元へそっと腕を回して背伸びをする。

「私もあなたのこと、大好きだよ」

 琥珀色の綺麗な瞳をじっと見つめた後、この気持ちを少しでも伝えたくて、自分の唇を彼のそれへと重ねた。
 初めて自分からしたその行為に恥ずかしさを感じるけれど、私の胸は今……とても幸福感で満ちあふれている。
 ゆっくりと唇を離すと、コハクは瞳から一粒の涙を流していた。

「桜……僕、思い出したよ。君と過ごした大切な記憶……」
「コハク……よかった」

 誰も居ない教室で、再び私たちはきつく抱き合って喜びを分かち合った。


 それからしばらく経った頃──

「……そろそろ入ってもいいかしら?」

 遠慮がちに発せられた声に気づき私はコハクから急いで身体を離した。
 教室の入口には、ニヤニヤとこちらを見ている美香の姿を発見。

「美香、居るならもっと早く声かけてよ!」

 抗議すべく美香の方へ足を進めようとすると、後ろからコハクに腕を掴まれ引き寄せられる。

「桜、迂闊に近寄ると危ないからだめ」
「その様子だと、記憶も取り戻したようね」

 フフっと鼻で笑った美香に、「君には関係ない」と、コハクは冷たくいい放った。

「とりあえず、その耳を収めてから話した方がいいわよ」

 楽しそうに指摘した美香のその言葉に、コハクは屈辱そうに顔を歪めて耳をしまった。

「ちょっと、コハク! 美香! 二人とも止めてよ!」

 ただならぬ二人の様子に、私は間に入って止めに入るけど──

「危ないから桜は僕の後ろに居て」

 コハクは美香から私を隠すように前に立って庇おうとしてくれる。
 よくよく考えてみると、コハクは私が美香と仲直りした事を知らない。
 彼の美香に対する記憶は、あの屋上のままなのだと、その時やっと気付いた。

「これ以上桜に何の用? 目的は何?」

 彼女に警戒するように、鋭い視線を送るコハクに、美香はわざとらしく不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「もう二度と、桜を泣かせるような真似したら許さないから」
「……え?」

 表情と台詞が合っていない美香に驚いたのか、コハクは戸惑っている。

「いくら余裕ないからって、この子の気持ちも考えずに馬鹿な真似はしないでねって事よ。無理矢理初めてを奪おうとするなんて、男としては最低よ」

 ニコニコと無邪気に笑ってそう言う美香に、コハクは開いた口が塞がらないようだ。
 それから事情を説明し、コハクは驚きを隠せないようだったけど、何とか納得してくれた。

「悪かったわね、結城君にもかなり迷惑をかけて。お詫びになるかどうかは分からないけど、貴方の秘密は絶対誰にも言わないと約束するわ」
「桃井さん……ありがとう」
「桜の事、幸せにしてあげてね。あの幼馴染みに負けたら、承知しないわよ」

 美香の幼馴染みという言葉にドキッと胸が跳ね上がった。
 まだ、コハクにも美香にもカナちゃんとの出来事を話せていない。今のうちに話さなければ、と思い口を開いたその時──

「あー!  結城君、美香、一条さん大丈夫なの?」
「ほんと、ほんと! 屋上から落ちたって聞いたけど……」

 クラスメイトが登校してきてしまい、結局話すことが出来なかった。
 終業式の放課後の事を色々聞かれたが、屋上から誤って落ちた美香を私が助け、それを助けるためにコハクが飛び降りたけど、運が良く軽傷ですんだという事で話がまとまる。
 現に三人とも元気でこの場に居ることが、その信憑性を物語っていたのだろう。

 結局きちんと話せないままチャイムがなり、担任の先生が教室へと入ってきてしまった。
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