38 / 186
第四章 仲直りの代償
決意と覚悟
しおりを挟む
「その願い、叶えてしんぜよう」
窓際に神々しい光が表れて、一匹の白狐が現れた。月光に照らされ、銀色の毛並みが艶々と輝くその美しい姿は幻想的で、どこか威厳に満ちあふれている。
白狐は軽やかな身のこなしで床へ着地すると、私の方へ近付いてきた。そしてベッドの傍で立ち止まり、突然まばゆい光を放った。
眩しくて思わず目をつむる。ゆっくりまぶたを開けると、綺麗な羽織を肩にかけた和服の男性が立っていた。
絹糸のようなさらさらとした長い銀髪に、雪のように白い肌と端正な顔立ち。頭の上には三角のもふもふの獣耳があって、ゆらゆらと優雅に揺れるふさふさの尻尾。
愛しい人を彷彿とさせるその姿に、私の瞳からまた涙がこぼれてきた。
「我が愚息が随分と心配をかけているようだね。あれほど、大事な女の子は泣かせちゃいけないと教えてきたのに、本当に情けない」
そう言ってため息をもらした男性に、私は恐る恐る尋ねてみた。
「もしかして、コハクのお父さん……ですか?」
「そうだよ、私の名前は結城コサメ。桜ちゃんの未来のお父さんになるんだ。何なら、親しみを込めて『パパ』と呼んでくれて構わないからね」
未来のお父さんってそれはつまり……言葉の意味を理解すると、恥ずかしくて体内の水分が一気に蒸発しそうになった。
「フフ、やっと泣き止んでくれたね」
優しく微笑んでくれたコサメさんの顔は、コハクが大人になったらきっと彼の様になるのだろうと容易に想像出来るくらいよく似ていた。
涙がこびりついた顔を慌てて袖口で拭いベッドの上で正座をすると、私はコサメさんに向かって深々と頭を下げた。
「すみません、私のせいで大事な息子さんをこんな目に遭わせてしまって」
「君を守ったのはコハクの意志だ。桜ちゃんのせいじゃないから顔を上げておくれ。ただ、今回ばかりはちょっと無理をし過ぎたみたいだね。何もしなければ、きっと今夜が峠だろう」
「そんな……っ!」
動揺を隠しきれない私を安心させるように、コサメさんは「大丈夫」と優しく微笑んで頷いてみせた。
「君が時間内に目覚めてくれて本当に良かったよ。私がここに来たのは桜ちゃん、君に確認したい事があったからなんだ」
「確認したいこと、ですか?」
「君は、コハクの傍に居たいと思うかい?」
そんなの当たり前だ。側に居たいよ、出来るならずっと。コハクの笑顔が見たい。お礼も言えないまま、こんなお別れの仕方なんて絶対に嫌だ。
「私にとってコハクはかけがえのない大切な人です。出来る事なら、これからも一緒にたくさんの思い出を作っていきたいです」
「じゃあ、ある話をした後にもう一度、同じ質問をするから……少しだけ私の話を聞いてくれるかい?」
「分かりました」
私の返事を聞くと、コサメさんは一呼吸おいて静かに語り始めた。
「君も知っているとは思うが、あの子は妖怪白狐である私と、人間である妻との間に生まれた子なんだ。半分だが私の血を引いているからあの子にも勿論、妖怪としての力が宿っている」
「妖怪としての力……」
「そう。だから普通の人間より自己治癒力はかなり高い。だけど今のコハクは、妖怪にとって生命を維持するエネルギーである霊力を使い果たして、普通の人間と変わらない状態までその力が落ちているんだ」
「かなり危険な状態ってことですよね?」
「正直、今生きているのが信じられないくらいだよ」
「コハクは、大丈夫なのですか?」
「私の霊力を分けてあげれば、コハクの肉体はすぐにでも回復するだろうからそこは問題ないよ」
あの酷い怪我は何とかなるということだろう。コサメさんの言葉に少しだけほっとした。
「ただ……心までは修復出来ないんだ。ハーフのあの子はそこまで霊力を持っていない。それでも君を助けたい一心で、自分の霊力を全て注ぎ込んで君の治療にあたったのだろう。だが、それでも足りなかったあの子は……心力にまで手をつけてしまった」
「心力……」
聞き慣れない言葉に首をかしげていると、コサメさんが説明してくれた。
「幸福の象徴と言われる我々白狐には、他者に幸運を分け与えて幸せに導く『心力』という能力が備わっているんだ。代わりに、幸せになった者からそのオーラを分けてもらって霊力にかえているんだけどね。問題なのは心力を短時間で過度に使うと使用した者は対価として、自分の幸せだった記憶を失ってしまうんだ」
「記憶喪失になるという事ですか?」
「そう。君はあの子達にとって、幸せの塊のような存在だ。だからたとえ意識が戻ったとしても、君の事を覚えて居ないだろう」
コハクが私の事を覚えていない。
今までの思い出も全て、コハクの中には残っていないんだ……
「もし君がその事実に耐えられないのであれば、辛い選択になるが……私には治してやる事は出来ない。君が居ない世界で生き続けるよりも、君を守れた事を誇りに眠った方があの子達はきっと喜ぶだろうからね。そこでもう一度、桜ちゃんに聞きたい。それでも君は、あの子達の傍に居たいと思ってくれるかい?」
コハクと出会えて私は辛かった過去と、きちんと向き合う事が出来るようになった。
彼の存在があったから、私は前向きに生きようと思う事が出来るようになった。
今までの思い出がたとえ彼の中から消えてしまったとしても、私がコハクの事を愛おしいと思う気持ちは変わらない。
間柄が変わったとしても彼の傍に居て、今度は私が彼を支えてあげたい。
私はコサメさんの瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の気持ちを伝えた。その上で頭を下げてお願いする。
「どうかコハクの命を救って下さい……お願いします!」
「あの子達の選んだ人が桜ちゃん。君で本当に良かったよ、ありがとう。大丈夫、あの子達はきっとまた君を好きになるよ」
コサメさんに頭をポンポンと撫でられ、コハクにもよく頭をこうやって撫でられてた事を思い出す。
きっとそれもコサメさんの影響なんだろうと思うと、私の知らなかったコハクを知れた気がして嬉しくなった。
だけど、コサメさんの言葉に少しだけ引っかかりを覚える。『あの子達』とは一体……?
「それじゃあ、私はコハクの元へ向かうよ。また会おう、桜ちゃん」
「はい! コハクの事……よろしくお願いします!」
ふわりと花のような笑顔を残して、コサメさんは光に包まれて居なくなった。
狐になったり人型になったり、突然消えたり、妖怪ってすごい。
結局『あの子達』の謎は解けなかったけど、今は一刻を争う自体だ。
一秒でもはやくコハクをあの苦しみから解放させてあげて欲しい。
翌朝、コハクは奇跡的な回復をして集中治療室から一般病棟へと移った。
意識はまだ戻らないけれど、普通に眠っているようにしか見えない程身体の傷は癒えていて、病院では奇跡が起こったと騒がれていたようだ。
窓際に神々しい光が表れて、一匹の白狐が現れた。月光に照らされ、銀色の毛並みが艶々と輝くその美しい姿は幻想的で、どこか威厳に満ちあふれている。
白狐は軽やかな身のこなしで床へ着地すると、私の方へ近付いてきた。そしてベッドの傍で立ち止まり、突然まばゆい光を放った。
眩しくて思わず目をつむる。ゆっくりまぶたを開けると、綺麗な羽織を肩にかけた和服の男性が立っていた。
絹糸のようなさらさらとした長い銀髪に、雪のように白い肌と端正な顔立ち。頭の上には三角のもふもふの獣耳があって、ゆらゆらと優雅に揺れるふさふさの尻尾。
愛しい人を彷彿とさせるその姿に、私の瞳からまた涙がこぼれてきた。
「我が愚息が随分と心配をかけているようだね。あれほど、大事な女の子は泣かせちゃいけないと教えてきたのに、本当に情けない」
そう言ってため息をもらした男性に、私は恐る恐る尋ねてみた。
「もしかして、コハクのお父さん……ですか?」
「そうだよ、私の名前は結城コサメ。桜ちゃんの未来のお父さんになるんだ。何なら、親しみを込めて『パパ』と呼んでくれて構わないからね」
未来のお父さんってそれはつまり……言葉の意味を理解すると、恥ずかしくて体内の水分が一気に蒸発しそうになった。
「フフ、やっと泣き止んでくれたね」
優しく微笑んでくれたコサメさんの顔は、コハクが大人になったらきっと彼の様になるのだろうと容易に想像出来るくらいよく似ていた。
涙がこびりついた顔を慌てて袖口で拭いベッドの上で正座をすると、私はコサメさんに向かって深々と頭を下げた。
「すみません、私のせいで大事な息子さんをこんな目に遭わせてしまって」
「君を守ったのはコハクの意志だ。桜ちゃんのせいじゃないから顔を上げておくれ。ただ、今回ばかりはちょっと無理をし過ぎたみたいだね。何もしなければ、きっと今夜が峠だろう」
「そんな……っ!」
動揺を隠しきれない私を安心させるように、コサメさんは「大丈夫」と優しく微笑んで頷いてみせた。
「君が時間内に目覚めてくれて本当に良かったよ。私がここに来たのは桜ちゃん、君に確認したい事があったからなんだ」
「確認したいこと、ですか?」
「君は、コハクの傍に居たいと思うかい?」
そんなの当たり前だ。側に居たいよ、出来るならずっと。コハクの笑顔が見たい。お礼も言えないまま、こんなお別れの仕方なんて絶対に嫌だ。
「私にとってコハクはかけがえのない大切な人です。出来る事なら、これからも一緒にたくさんの思い出を作っていきたいです」
「じゃあ、ある話をした後にもう一度、同じ質問をするから……少しだけ私の話を聞いてくれるかい?」
「分かりました」
私の返事を聞くと、コサメさんは一呼吸おいて静かに語り始めた。
「君も知っているとは思うが、あの子は妖怪白狐である私と、人間である妻との間に生まれた子なんだ。半分だが私の血を引いているからあの子にも勿論、妖怪としての力が宿っている」
「妖怪としての力……」
「そう。だから普通の人間より自己治癒力はかなり高い。だけど今のコハクは、妖怪にとって生命を維持するエネルギーである霊力を使い果たして、普通の人間と変わらない状態までその力が落ちているんだ」
「かなり危険な状態ってことですよね?」
「正直、今生きているのが信じられないくらいだよ」
「コハクは、大丈夫なのですか?」
「私の霊力を分けてあげれば、コハクの肉体はすぐにでも回復するだろうからそこは問題ないよ」
あの酷い怪我は何とかなるということだろう。コサメさんの言葉に少しだけほっとした。
「ただ……心までは修復出来ないんだ。ハーフのあの子はそこまで霊力を持っていない。それでも君を助けたい一心で、自分の霊力を全て注ぎ込んで君の治療にあたったのだろう。だが、それでも足りなかったあの子は……心力にまで手をつけてしまった」
「心力……」
聞き慣れない言葉に首をかしげていると、コサメさんが説明してくれた。
「幸福の象徴と言われる我々白狐には、他者に幸運を分け与えて幸せに導く『心力』という能力が備わっているんだ。代わりに、幸せになった者からそのオーラを分けてもらって霊力にかえているんだけどね。問題なのは心力を短時間で過度に使うと使用した者は対価として、自分の幸せだった記憶を失ってしまうんだ」
「記憶喪失になるという事ですか?」
「そう。君はあの子達にとって、幸せの塊のような存在だ。だからたとえ意識が戻ったとしても、君の事を覚えて居ないだろう」
コハクが私の事を覚えていない。
今までの思い出も全て、コハクの中には残っていないんだ……
「もし君がその事実に耐えられないのであれば、辛い選択になるが……私には治してやる事は出来ない。君が居ない世界で生き続けるよりも、君を守れた事を誇りに眠った方があの子達はきっと喜ぶだろうからね。そこでもう一度、桜ちゃんに聞きたい。それでも君は、あの子達の傍に居たいと思ってくれるかい?」
コハクと出会えて私は辛かった過去と、きちんと向き合う事が出来るようになった。
彼の存在があったから、私は前向きに生きようと思う事が出来るようになった。
今までの思い出がたとえ彼の中から消えてしまったとしても、私がコハクの事を愛おしいと思う気持ちは変わらない。
間柄が変わったとしても彼の傍に居て、今度は私が彼を支えてあげたい。
私はコサメさんの瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の気持ちを伝えた。その上で頭を下げてお願いする。
「どうかコハクの命を救って下さい……お願いします!」
「あの子達の選んだ人が桜ちゃん。君で本当に良かったよ、ありがとう。大丈夫、あの子達はきっとまた君を好きになるよ」
コサメさんに頭をポンポンと撫でられ、コハクにもよく頭をこうやって撫でられてた事を思い出す。
きっとそれもコサメさんの影響なんだろうと思うと、私の知らなかったコハクを知れた気がして嬉しくなった。
だけど、コサメさんの言葉に少しだけ引っかかりを覚える。『あの子達』とは一体……?
「それじゃあ、私はコハクの元へ向かうよ。また会おう、桜ちゃん」
「はい! コハクの事……よろしくお願いします!」
ふわりと花のような笑顔を残して、コサメさんは光に包まれて居なくなった。
狐になったり人型になったり、突然消えたり、妖怪ってすごい。
結局『あの子達』の謎は解けなかったけど、今は一刻を争う自体だ。
一秒でもはやくコハクをあの苦しみから解放させてあげて欲しい。
翌朝、コハクは奇跡的な回復をして集中治療室から一般病棟へと移った。
意識はまだ戻らないけれど、普通に眠っているようにしか見えない程身体の傷は癒えていて、病院では奇跡が起こったと騒がれていたようだ。
0
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる