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第三章 悪の女帝の迫り来る罠
迫り来る狂気
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一学期の終わり、今日は終業式。
体育館で校長先生の長い話を聞いた後、教室では一学期の成績評価表を先生からもらった。
私が貰ったのは、よくも悪くもなく平凡な成績表だった。
帰りのHRが終了し、コハクがいつものように私の元へやって来て手を差し出してくれる。
その手を握ろうとした時、私達に満面の笑みを浮かべた桃井が話しかけてきた。
「桜さん、結城君、二人にちょっとお話があるの。屋上まで来てもらえるかしら?」
「悪いけど、僕達にはもう関わらないでくれるかな?」
コハクは彼女を一瞥して、冷たく言い放った。
「いいのかしら? 貴方の正体がここでバレても……」
その言葉に、私は背筋が凍りついた。
クスクスと可笑しそうに桃井がコハクを見つめて笑った後、「貴方、人間じゃないでしょ」と口元に綺麗な弧を描き、目を細めてそう呟いた。
これ以上この場でその話をするわけにもいかず、私達は仕方なく桃井と一緒に屋上へ向かった。
コハクの秘密が桃井にバレてしまった。
彼女は何を企んでいるのか、コハクはどうなってしまうのか、様々な不安が私を襲う。
震える私の手をコハクがギュッと握りしめ、「大丈夫、桜は必ず僕が守るから」と言っていつものように優しく微笑んでくれた。
終業式という事もあり、屋上には誰も居ない。真夏の猛烈な日差しが私たちをじりじりと照らしつける。
「それで、僕達に何の用?」
冷たく低い声でコハクが桃井に尋ねた。
「私の言う事を聞いてくれたら、貴方の頭に獣みたいな耳が生えている事、黙っておいてあげるわ」
狂気の孕んだ桃井の視線がこちらに注がれ、背中をつららでなぞられたような悪寒が走る。
鞄から首輪を取り出した桃井は、それらを手にして口を開く。
「結城君。貴方、私のペットになりなさい」
ニヤリと口角を上げて、不適な笑みを浮かべる桃井に、「断る」とコハクは彼女を睨み付けながら冷たく言い放った。
「あら、秘密がバレてもいいのかしら? 少し調べさせてもらったわ。まさか本当に実在していたなんて驚きだけど。貴方、怪奇現象を巻き起こして世間を騒がす化物でしょう?」
「何か勘違いでもしてるんじゃないの?」
「奇怪な未解決事件の多くは、貴方みたいな妖怪の仲間が引き起こしているものでしょう? 人の皮を被った化物は、随分と口が達者のようね。そうやって人をだまして食らうのかしら?」
「そんな事しない!」
「あら怖い。本性が現れたわね」
桃井はコハクを挑発するようにクスクスと笑っている。
「コハクは化物じゃない。とても優しい人だよ。それ以上、罵倒するなら許さない」
「知らないの? 最初は甘い顔して近づいて、油断しきっている人間を食らうのが妖怪なのよ。首輪をつけて鎖で繋いで牢に閉じ込めておかないと危険だわ。私は親切にも桜さん、貴方を助けてあげようとしているのに。そんな怖い顔しないで欲しいわ」
演技してわざと心配そうなフリをして話しかけてくる桃井に、虫唾が走った。
「ふざけた事言わないで!」
「ふざけてる? それはどっちかしら? 正体を知っておいてのうのうと放し飼いしてるなんて、ふざけているのはそちらでしょう」
「コハクはペットじゃない! 私の大切な人をこれ以上侮辱しないで!」
大きくため息をついた桃井は、「大切な人じゃなくて、もの、でしょ?」と訂正を入れてきた。
「法律では動物は物と同等に扱われるのよ。道路に飛び出してきた動物を車で轢いても、器物損壊罪にすらならない。故意ではなく事故だから。むしろそれで車が故障したら、危険を知っておきながら放し飼いにしていた飼い主に、車の修理代を請求できる。世知辛いけど、それが世の中なのよ。桜さん、貴方がしている事は無責任な飼い主と同じ。獣みたいな耳を生やした得体の知れない化物を無責任に放し飼いにしてるだけ。分かったら早く、この首輪を結城君につけたらどう? そうすれば、別に私がわざわざペットにする必要もないし」
桃井が差し出してきた首輪を、私は叩き落とした。
あくまでもコハクを動物扱いしようとする桃井の態度が、私には許せなかった。
「どうしてそんな酷い事が言えるの?! どうしてそんな酷い事するの?!」
「安全のために決まってるじゃない。誰かの所有物ですよって印をつけておかないと、結城君の身も危険なのよ? 守るための首輪じゃない。何をそんなに目くじら立てているのかしら。従わないなら、結城君の正体をバラすわ。それが嫌ならほら、はやくこの首輪をつけなさい。貴方がきちんと飼い主としての役目を果たすと約束してくれるなら、この場は見逃してあげるわ」
弧を描くように綺麗に口角を持ち上げて、不敵な笑みをたたえる桃井の姿がそこにはあった。
彼女は頭がいい。もっともらしい理由をこじつけて、ただ楽しんでいるだけだった。私たちの絆を壊す事を。
「この首輪をつければ、君は満足するの?」
「ええ。動物は動物らしくしておいてくれればね」
首輪を拾ったコハクはそれを私に差し出してきた。
「桜、これを僕につけて。桃井さんにされるより、君にされた方が何百倍もいい」
そんな事が出来るわけがなかった。コハクをそんなペットのように扱うなんて、私に出来るわけがなかった。
「嫌だ、出来ないよ。こんなこと、私には出来ない……だってコハクは、ペットじゃない。動物じゃない。私のとても、大切な人……」
「分かってるよ。桜の気持はちゃんと分かってるから、大丈夫。それにこんなものつけたって、僕の君に対する気持ちは変わらない。だから……」
コハクはそう言って優しく微笑みかけてくれるけど、瞳の奥はとても悲しそうだった。
首輪をつけやすいようにわざわざ屈んでくれたコハクを前に、思わず首輪を握る手が震える。
「何をもたもたしてるの? バラしてもいいのかしら?」
これは、コハクを守るための行為だ。
決して桃井の意見に賛同したわけじゃない。
そう思っても、彼の首にこれをつけるなんて異常な行為を出来ずにいた。
「首輪型のチョーカーとでも思ったらいいよ、桜」
私に罪悪感を抱かせないようにかけられたコハクの言葉に、胸が痛む。
これ以上、コハクにそんな気遣いをさせたくなくて、私は口を開いた。
「だったら今度、私もコハクとお揃いのチョーカーが欲しいな」
「ありがとう、桜」
驚いたように一瞬目を大きく見開いたコハクは、嬉しそうに笑ってくれた。
そんな私たちの様子を見て、桃井はヒステリックに声を荒げた。
「どうして壊れないのよ! あの時は見捨てた癖に。保身のために見捨てた癖に!」
どこか尋常でない狂気じみた様子に、私達は言葉を発する事が出来なかった。
次の瞬間、恐ろしい程殺気のこもった桃井の眼差しが私に突き刺さった
「そうやって良い子ちゃんアピールして、人を騙して手懐けて、要らなくなったら簡単に切り捨てる癖に。アンタに友達を作る資格なんてない! ましてや恋人を持つ資格なんてない!」
桃井がここまで私に恨みを抱いている理由、それが私にはずっと分からなかった。
入学して早々、私の過去を周囲に露見させたのは間違いなく彼女だ。
一年の頃、私と彼女は同じクラスではなかった。今思えば、全く面識がないにも関わらず、桃井は最初からどこか厳しい眼差しで私を見つめていた。
いじめに加担する女子は、彼女に流されて逆らえずに行っていた印象だったが、桃井だけは確かな恨みと目的があって実行していたように思えたから。
『貴女に友達を作る資格なんてないのよ。独り床に這いつくばっている方がお似合いね』
そう言って私を見下していた桃井の瞳には、あふれんばかりの憎悪がこもっており、どこか狂ったような恐ろしさがあった。
何が彼女をそこまで躍起にさせているのか当時の私には分からなかったが、その理由は彼女の次の一言ですぐに理解できた。
「貴女が見殺しにした、蓮池美希。あの子は……私の唯一血の繋がった、大切な双子の妹だったのよ」
その言葉に、私は絶句した。
それと同時に、胸の中につかえていた物がストンと綺麗に落ちたような、府に落ちる感覚がした。
彼女が私を恨んでいるのは、全ては過去の復讐のためだったのだと。
体育館で校長先生の長い話を聞いた後、教室では一学期の成績評価表を先生からもらった。
私が貰ったのは、よくも悪くもなく平凡な成績表だった。
帰りのHRが終了し、コハクがいつものように私の元へやって来て手を差し出してくれる。
その手を握ろうとした時、私達に満面の笑みを浮かべた桃井が話しかけてきた。
「桜さん、結城君、二人にちょっとお話があるの。屋上まで来てもらえるかしら?」
「悪いけど、僕達にはもう関わらないでくれるかな?」
コハクは彼女を一瞥して、冷たく言い放った。
「いいのかしら? 貴方の正体がここでバレても……」
その言葉に、私は背筋が凍りついた。
クスクスと可笑しそうに桃井がコハクを見つめて笑った後、「貴方、人間じゃないでしょ」と口元に綺麗な弧を描き、目を細めてそう呟いた。
これ以上この場でその話をするわけにもいかず、私達は仕方なく桃井と一緒に屋上へ向かった。
コハクの秘密が桃井にバレてしまった。
彼女は何を企んでいるのか、コハクはどうなってしまうのか、様々な不安が私を襲う。
震える私の手をコハクがギュッと握りしめ、「大丈夫、桜は必ず僕が守るから」と言っていつものように優しく微笑んでくれた。
終業式という事もあり、屋上には誰も居ない。真夏の猛烈な日差しが私たちをじりじりと照らしつける。
「それで、僕達に何の用?」
冷たく低い声でコハクが桃井に尋ねた。
「私の言う事を聞いてくれたら、貴方の頭に獣みたいな耳が生えている事、黙っておいてあげるわ」
狂気の孕んだ桃井の視線がこちらに注がれ、背中をつららでなぞられたような悪寒が走る。
鞄から首輪を取り出した桃井は、それらを手にして口を開く。
「結城君。貴方、私のペットになりなさい」
ニヤリと口角を上げて、不適な笑みを浮かべる桃井に、「断る」とコハクは彼女を睨み付けながら冷たく言い放った。
「あら、秘密がバレてもいいのかしら? 少し調べさせてもらったわ。まさか本当に実在していたなんて驚きだけど。貴方、怪奇現象を巻き起こして世間を騒がす化物でしょう?」
「何か勘違いでもしてるんじゃないの?」
「奇怪な未解決事件の多くは、貴方みたいな妖怪の仲間が引き起こしているものでしょう? 人の皮を被った化物は、随分と口が達者のようね。そうやって人をだまして食らうのかしら?」
「そんな事しない!」
「あら怖い。本性が現れたわね」
桃井はコハクを挑発するようにクスクスと笑っている。
「コハクは化物じゃない。とても優しい人だよ。それ以上、罵倒するなら許さない」
「知らないの? 最初は甘い顔して近づいて、油断しきっている人間を食らうのが妖怪なのよ。首輪をつけて鎖で繋いで牢に閉じ込めておかないと危険だわ。私は親切にも桜さん、貴方を助けてあげようとしているのに。そんな怖い顔しないで欲しいわ」
演技してわざと心配そうなフリをして話しかけてくる桃井に、虫唾が走った。
「ふざけた事言わないで!」
「ふざけてる? それはどっちかしら? 正体を知っておいてのうのうと放し飼いしてるなんて、ふざけているのはそちらでしょう」
「コハクはペットじゃない! 私の大切な人をこれ以上侮辱しないで!」
大きくため息をついた桃井は、「大切な人じゃなくて、もの、でしょ?」と訂正を入れてきた。
「法律では動物は物と同等に扱われるのよ。道路に飛び出してきた動物を車で轢いても、器物損壊罪にすらならない。故意ではなく事故だから。むしろそれで車が故障したら、危険を知っておきながら放し飼いにしていた飼い主に、車の修理代を請求できる。世知辛いけど、それが世の中なのよ。桜さん、貴方がしている事は無責任な飼い主と同じ。獣みたいな耳を生やした得体の知れない化物を無責任に放し飼いにしてるだけ。分かったら早く、この首輪を結城君につけたらどう? そうすれば、別に私がわざわざペットにする必要もないし」
桃井が差し出してきた首輪を、私は叩き落とした。
あくまでもコハクを動物扱いしようとする桃井の態度が、私には許せなかった。
「どうしてそんな酷い事が言えるの?! どうしてそんな酷い事するの?!」
「安全のために決まってるじゃない。誰かの所有物ですよって印をつけておかないと、結城君の身も危険なのよ? 守るための首輪じゃない。何をそんなに目くじら立てているのかしら。従わないなら、結城君の正体をバラすわ。それが嫌ならほら、はやくこの首輪をつけなさい。貴方がきちんと飼い主としての役目を果たすと約束してくれるなら、この場は見逃してあげるわ」
弧を描くように綺麗に口角を持ち上げて、不敵な笑みをたたえる桃井の姿がそこにはあった。
彼女は頭がいい。もっともらしい理由をこじつけて、ただ楽しんでいるだけだった。私たちの絆を壊す事を。
「この首輪をつければ、君は満足するの?」
「ええ。動物は動物らしくしておいてくれればね」
首輪を拾ったコハクはそれを私に差し出してきた。
「桜、これを僕につけて。桃井さんにされるより、君にされた方が何百倍もいい」
そんな事が出来るわけがなかった。コハクをそんなペットのように扱うなんて、私に出来るわけがなかった。
「嫌だ、出来ないよ。こんなこと、私には出来ない……だってコハクは、ペットじゃない。動物じゃない。私のとても、大切な人……」
「分かってるよ。桜の気持はちゃんと分かってるから、大丈夫。それにこんなものつけたって、僕の君に対する気持ちは変わらない。だから……」
コハクはそう言って優しく微笑みかけてくれるけど、瞳の奥はとても悲しそうだった。
首輪をつけやすいようにわざわざ屈んでくれたコハクを前に、思わず首輪を握る手が震える。
「何をもたもたしてるの? バラしてもいいのかしら?」
これは、コハクを守るための行為だ。
決して桃井の意見に賛同したわけじゃない。
そう思っても、彼の首にこれをつけるなんて異常な行為を出来ずにいた。
「首輪型のチョーカーとでも思ったらいいよ、桜」
私に罪悪感を抱かせないようにかけられたコハクの言葉に、胸が痛む。
これ以上、コハクにそんな気遣いをさせたくなくて、私は口を開いた。
「だったら今度、私もコハクとお揃いのチョーカーが欲しいな」
「ありがとう、桜」
驚いたように一瞬目を大きく見開いたコハクは、嬉しそうに笑ってくれた。
そんな私たちの様子を見て、桃井はヒステリックに声を荒げた。
「どうして壊れないのよ! あの時は見捨てた癖に。保身のために見捨てた癖に!」
どこか尋常でない狂気じみた様子に、私達は言葉を発する事が出来なかった。
次の瞬間、恐ろしい程殺気のこもった桃井の眼差しが私に突き刺さった
「そうやって良い子ちゃんアピールして、人を騙して手懐けて、要らなくなったら簡単に切り捨てる癖に。アンタに友達を作る資格なんてない! ましてや恋人を持つ資格なんてない!」
桃井がここまで私に恨みを抱いている理由、それが私にはずっと分からなかった。
入学して早々、私の過去を周囲に露見させたのは間違いなく彼女だ。
一年の頃、私と彼女は同じクラスではなかった。今思えば、全く面識がないにも関わらず、桃井は最初からどこか厳しい眼差しで私を見つめていた。
いじめに加担する女子は、彼女に流されて逆らえずに行っていた印象だったが、桃井だけは確かな恨みと目的があって実行していたように思えたから。
『貴女に友達を作る資格なんてないのよ。独り床に這いつくばっている方がお似合いね』
そう言って私を見下していた桃井の瞳には、あふれんばかりの憎悪がこもっており、どこか狂ったような恐ろしさがあった。
何が彼女をそこまで躍起にさせているのか当時の私には分からなかったが、その理由は彼女の次の一言ですぐに理解できた。
「貴女が見殺しにした、蓮池美希。あの子は……私の唯一血の繋がった、大切な双子の妹だったのよ」
その言葉に、私は絶句した。
それと同時に、胸の中につかえていた物がストンと綺麗に落ちたような、府に落ちる感覚がした。
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