12 / 186
第二章 獣耳男子と偽恋生活
そのプリンは誰のため?
しおりを挟む
放課後。コハクの三つ目のお願いを叶えるために、私達は駅前のケーキ屋さんまで来ていた。
まさか突然、「プリンが美味しい店を教えて欲しい」なんて言われるとは予想外だった。
引っ越してきたばかりで、コハクはまだこっちの地理にあまり詳しくない。それでおすすめの店があれば教えて欲しいとのことで、案内がてら一緒にやってきた。
姉がよく大学の帰りに買ってきてくれる、ほっぺたが落っこちそうになるくらい美味しい逸品を目指し、いざ店内へ。
足を踏み入れた途端、甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
ああ、いい匂い。ケーキ屋さんって、ここに居るだけでなんか幸せになれる魔法空間みたいだ。
だからついつい財布の紐が緩んでしまう。そして我に返るのは、全てを食べ終わって魔法が解けた後。軽くなった財布と、増加した体重に苦しむのだ。
「急に立ち止まってどうしたの?」
「え……いや、何でもないよ」
今日は案内に来ただけだ。誘惑にはまけない。絶対にまけない!
お洒落な店内の冷ケースに並んでいる、瓶詰めの可愛らしいプリン。その前までコハクを誘導すると、彼は思わずといった様子で感嘆の声をもらした。
手書きで付け足されたポップがまたにくい演出をしているせいだろう。『厳選された契約農家の産みたて新鮮卵を贅沢に!』とか、『産地直送のブランド牛の絞りたてミルク』とか、煽り文句だけで思わず食欲を刺激される。
「ここの半熟贅沢プリンは濃厚で味も絶品だけど、口に含んだ瞬間とろけるような舌触りがたまらなく美味しいんだよ」
「そんなプリンもあったんだ、珍しいのに目がないからきっと喜ぶよ。特に桜のおすすめなら尚更ね。教えてくれてありがとう。ちょっと買ってくるね」
半熟贅沢プリンをごっそりとカゴに入れたコハクは、颯爽とレジへと向かっていく。
自分用じゃなかったんだ? 誰に食べさせる気なんだろう?
「なんかたくさん買ったからおまけもらっちゃった」
ほくほくとした笑顔で戻ってきたコハクはそう言って、小さな紙箱を軽くかかげて見せてくれた。
たくさん買ったからっていうのも間違いではないだろうけど、恐らくは……顔を赤らめてコハクを見つめている店員さんの私情も含まれている気がする。
ケーキ屋でニコニコと笑顔で買い物する男子高校生も中々珍しい、よね。でも悔しいくらいに違和感がないのはきっと、彼のルックスがなせる技なのだろう。
お店を出て一緒に帰路を歩きながら、私はコハクに話しかけた。
「コハク、甘いもの好きなんだね」
「うん、こてこてに甘すぎるのは少し苦手だけど、ほどよい甘さのスイーツは好きだよ」
「そのプリン……結構甘いけど大丈夫?」
「これの大半を食べるのは僕じゃないから大丈夫だよ」
「誰が食べるの?」
「ああ、それはシ……親戚のおじさんだよ!」
今、明らかに何か言い直したよこの人。
にこやかに笑って誤魔化しているけど、何か違和感を感じる笑顔だ。
「そ、そうだほら、桜の分も買ったからお家の人と一緒に食べて。今日つき合ってくれたお礼」
「そんな、受け取れないよ。楽しみに待ってる親戚のおじさんに悪いし」
「大丈夫、この量いっぺんに食べられたら次の日僕がキツイし。遠慮せずにもらって?」
親戚のおじさんが食べるのに、コハクが次の日キツくなる事と、なんの因果関係があるのだろうか。
疑問を抱えつつコハクの方を見ると、心なしか焦っているように見えなくもない。
いつのまにか家の前まで来ていたようで、コハクは私にプリンの入った紙箱を握らせると「今日はありがとう、また明日ね」と返事を待たずに帰っていってしまった。
あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。所詮は偽の恋人関係、あまり立ち入った事を聞くのは控えよう。コハクを困らせたくはないし。
遠ざかる背中を眺めながら、胸にわずかな痛みが走った気がした。
まさか突然、「プリンが美味しい店を教えて欲しい」なんて言われるとは予想外だった。
引っ越してきたばかりで、コハクはまだこっちの地理にあまり詳しくない。それでおすすめの店があれば教えて欲しいとのことで、案内がてら一緒にやってきた。
姉がよく大学の帰りに買ってきてくれる、ほっぺたが落っこちそうになるくらい美味しい逸品を目指し、いざ店内へ。
足を踏み入れた途端、甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
ああ、いい匂い。ケーキ屋さんって、ここに居るだけでなんか幸せになれる魔法空間みたいだ。
だからついつい財布の紐が緩んでしまう。そして我に返るのは、全てを食べ終わって魔法が解けた後。軽くなった財布と、増加した体重に苦しむのだ。
「急に立ち止まってどうしたの?」
「え……いや、何でもないよ」
今日は案内に来ただけだ。誘惑にはまけない。絶対にまけない!
お洒落な店内の冷ケースに並んでいる、瓶詰めの可愛らしいプリン。その前までコハクを誘導すると、彼は思わずといった様子で感嘆の声をもらした。
手書きで付け足されたポップがまたにくい演出をしているせいだろう。『厳選された契約農家の産みたて新鮮卵を贅沢に!』とか、『産地直送のブランド牛の絞りたてミルク』とか、煽り文句だけで思わず食欲を刺激される。
「ここの半熟贅沢プリンは濃厚で味も絶品だけど、口に含んだ瞬間とろけるような舌触りがたまらなく美味しいんだよ」
「そんなプリンもあったんだ、珍しいのに目がないからきっと喜ぶよ。特に桜のおすすめなら尚更ね。教えてくれてありがとう。ちょっと買ってくるね」
半熟贅沢プリンをごっそりとカゴに入れたコハクは、颯爽とレジへと向かっていく。
自分用じゃなかったんだ? 誰に食べさせる気なんだろう?
「なんかたくさん買ったからおまけもらっちゃった」
ほくほくとした笑顔で戻ってきたコハクはそう言って、小さな紙箱を軽くかかげて見せてくれた。
たくさん買ったからっていうのも間違いではないだろうけど、恐らくは……顔を赤らめてコハクを見つめている店員さんの私情も含まれている気がする。
ケーキ屋でニコニコと笑顔で買い物する男子高校生も中々珍しい、よね。でも悔しいくらいに違和感がないのはきっと、彼のルックスがなせる技なのだろう。
お店を出て一緒に帰路を歩きながら、私はコハクに話しかけた。
「コハク、甘いもの好きなんだね」
「うん、こてこてに甘すぎるのは少し苦手だけど、ほどよい甘さのスイーツは好きだよ」
「そのプリン……結構甘いけど大丈夫?」
「これの大半を食べるのは僕じゃないから大丈夫だよ」
「誰が食べるの?」
「ああ、それはシ……親戚のおじさんだよ!」
今、明らかに何か言い直したよこの人。
にこやかに笑って誤魔化しているけど、何か違和感を感じる笑顔だ。
「そ、そうだほら、桜の分も買ったからお家の人と一緒に食べて。今日つき合ってくれたお礼」
「そんな、受け取れないよ。楽しみに待ってる親戚のおじさんに悪いし」
「大丈夫、この量いっぺんに食べられたら次の日僕がキツイし。遠慮せずにもらって?」
親戚のおじさんが食べるのに、コハクが次の日キツくなる事と、なんの因果関係があるのだろうか。
疑問を抱えつつコハクの方を見ると、心なしか焦っているように見えなくもない。
いつのまにか家の前まで来ていたようで、コハクは私にプリンの入った紙箱を握らせると「今日はありがとう、また明日ね」と返事を待たずに帰っていってしまった。
あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。所詮は偽の恋人関係、あまり立ち入った事を聞くのは控えよう。コハクを困らせたくはないし。
遠ざかる背中を眺めながら、胸にわずかな痛みが走った気がした。
0
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
京都式神様のおでん屋さん 弐
西門 檀
キャラ文芸
路地の奥にある『おでん料理 結(むすび)』ではイケメン二体(式神)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※一巻は第六回キャラクター文芸賞、
奨励賞を受賞し、2024年2月15日に刊行されました。皆様のおかげです、ありがとうございます✨😊
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる