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第二章 獣耳男子と偽恋生活
借りたものは返しましょう
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その日の夜、コハクが傷口に巻いてくれたハンカチを見つめながら、私は頭を悩ませていた。
昨日洗ったものの、乾いたハンカチにはまだうっすらシミがついている。流石にこの状態じゃ返せるわけがない。
私が再度洗面台に立ち、ゴシゴシと血のついたハンカチを洗っていると後ろから姉に話しかけられた。
「桜、何してるの?」
「あ……うん、借りたハンカチ汚しちゃって洗ってるんだけど、中々染みが取れなくて」
一旦水で流して広げてみるものの、血の染みがまだ薄く残っている。あんまり強くこすると破けそうで怖いし、どうしたものか。
「そういう時は漂白剤使えばいいのよ。ほら、ちょっと貸して」
姉は染みのついた部分に漂白剤を垂らすと軽く擦って水で流した。染みが取れたのを確認すると、軽く絞ってどうだと言わんばかりにそれを広げて掲げて見せてくる。
「すごいお姉ちゃん、綺麗になった」
「ざっとこんなもんよ!……ってこれどうしたの? ハリウッドスターも御用達、スノウレインのハンカチじゃない!」
ハンカチの隅についたタグを見て姉が驚いたようにそう尋ねてきた。
「こ、転んじゃって……怪我したのを見かねた転校生の男の子が、これで手当てしてくれたんだ」
「まだ日本では売り出されてない代物よ。取り寄せたら一枚、数万円はするハンカチで怪我の手当て……桜、あんたも中々隅に置けないわね」
ニヤニヤした顔でこちらを見る姉をよそに、私は別の事に気をとらわれていた。
「え、これ、そんなにするの?! ど、どうしよう……洗って返すだけじゃ駄目だよね……」
確かに、やけにさわり心地よくて上品なハンカチだと思ってたけど、まさかそんな高級品だったなんて! あの時、もっと抵抗しておくべきだった……
「手当てしてもらった時、何て言われたの?」
「……君に使ってもらえるなら本望だよって」
「どこのイケメンよそれ! 見た目はどうか知らないけど、心根は超優しいイケメンじゃない! 仕方ないわね、桜。足りない分は身体で返してきなさい」
「ちょっと、何言い出すのお姉ちゃん!」
真顔でとんでもない事を言い出す姉に、私は慌てて抗議する。
「落ち着いて、あくまでそれは最終手段よ。とりあえず、感謝の気持ち伝えて相手が望むこと聞いてあげたらどう? そういう意味での『か・ら・だ』よ」
からかわれていただけだと気付いた頃には、「じゃあねー」と姉は私に背を向けて歩き出していた。
翌日、アイロンをかけ綺麗にたたんだハンカチを、とりあえず百均で昔買っておいた小さめの紙袋に入れた。
時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時間になろうとしている。
大事にその紙袋を抱え、軽く深呼吸をして玄関のドアを開く。
「おはよう、桜」
相変わらず朝から迎えに来てくれるコハクに挨拶をすませ、とうとう借りた恩を返す時が来た。
「あの、コハク……これ、貸してくれてありがとう」
差し出した紙袋を受け取ったコハクは中身を確認すると驚いたように目をクリクリさせて口を開いた。
「わざわざ洗ってアイロンまでかけてくれたの? 気にしなくてよかったのに。でも嬉しいな、ありがとう」
こちらがお礼を言っていたはずなのに、何故かお礼の言葉が返ってきた。
「ごめんね。一度血で汚れたハンカチなんて、いくら洗ったとはいえ返されても困るよね。そのうち必ず新しいの弁償するから……」
「その必要はないよ。僕、言ったよね? 桜に使ってもらえて本望だって」
「だけど、そんな良いもの駄目にしちゃって……」
「ハンカチなんていくらでも取り替えがきくけど、君はそういうわけにはいかない。だからいいんだよ、気にしないで」
「それだと私の気がすまないの……何か代わりに出来ることないかな? ほら、雑用でも何でもやるから! 鞄、持つよ!」
コハクの鞄を貸して欲しいと意思表示で両手を差し出すも、「女の子にそんな事させられません」と断られてしまった。
しゅんとした私を見かねたのか、彼はある提案を持ちかけてきた。
「そうだな……だったら、今日一日僕のお願い叶えてくれない?」
「私に出来る事なら……」
了承の返事を聞くと、コハクは満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃあ最初のお願い。笑って、桜」
「え?」
「さっきから君、すごく悲しそうな顔してる。桜は、笑った方が今よりずっと可愛いよ」
そんな優し気な眼差しでこちらを見つめて微笑まないで。可愛いなんて言われ慣れてない私には、彼の言葉も行動も刺激が強すぎて、まるで新手の拷問みたいだよ。
「あ、でも照れた顔も中々捨てがたいかも……」
こちらの気も知れず、コハクは紅潮した私の顔をまじまじと見てそんな事を呟き出す。
誰か、私に彼の扱い方を教えてください……切実に。
昨日洗ったものの、乾いたハンカチにはまだうっすらシミがついている。流石にこの状態じゃ返せるわけがない。
私が再度洗面台に立ち、ゴシゴシと血のついたハンカチを洗っていると後ろから姉に話しかけられた。
「桜、何してるの?」
「あ……うん、借りたハンカチ汚しちゃって洗ってるんだけど、中々染みが取れなくて」
一旦水で流して広げてみるものの、血の染みがまだ薄く残っている。あんまり強くこすると破けそうで怖いし、どうしたものか。
「そういう時は漂白剤使えばいいのよ。ほら、ちょっと貸して」
姉は染みのついた部分に漂白剤を垂らすと軽く擦って水で流した。染みが取れたのを確認すると、軽く絞ってどうだと言わんばかりにそれを広げて掲げて見せてくる。
「すごいお姉ちゃん、綺麗になった」
「ざっとこんなもんよ!……ってこれどうしたの? ハリウッドスターも御用達、スノウレインのハンカチじゃない!」
ハンカチの隅についたタグを見て姉が驚いたようにそう尋ねてきた。
「こ、転んじゃって……怪我したのを見かねた転校生の男の子が、これで手当てしてくれたんだ」
「まだ日本では売り出されてない代物よ。取り寄せたら一枚、数万円はするハンカチで怪我の手当て……桜、あんたも中々隅に置けないわね」
ニヤニヤした顔でこちらを見る姉をよそに、私は別の事に気をとらわれていた。
「え、これ、そんなにするの?! ど、どうしよう……洗って返すだけじゃ駄目だよね……」
確かに、やけにさわり心地よくて上品なハンカチだと思ってたけど、まさかそんな高級品だったなんて! あの時、もっと抵抗しておくべきだった……
「手当てしてもらった時、何て言われたの?」
「……君に使ってもらえるなら本望だよって」
「どこのイケメンよそれ! 見た目はどうか知らないけど、心根は超優しいイケメンじゃない! 仕方ないわね、桜。足りない分は身体で返してきなさい」
「ちょっと、何言い出すのお姉ちゃん!」
真顔でとんでもない事を言い出す姉に、私は慌てて抗議する。
「落ち着いて、あくまでそれは最終手段よ。とりあえず、感謝の気持ち伝えて相手が望むこと聞いてあげたらどう? そういう意味での『か・ら・だ』よ」
からかわれていただけだと気付いた頃には、「じゃあねー」と姉は私に背を向けて歩き出していた。
翌日、アイロンをかけ綺麗にたたんだハンカチを、とりあえず百均で昔買っておいた小さめの紙袋に入れた。
時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時間になろうとしている。
大事にその紙袋を抱え、軽く深呼吸をして玄関のドアを開く。
「おはよう、桜」
相変わらず朝から迎えに来てくれるコハクに挨拶をすませ、とうとう借りた恩を返す時が来た。
「あの、コハク……これ、貸してくれてありがとう」
差し出した紙袋を受け取ったコハクは中身を確認すると驚いたように目をクリクリさせて口を開いた。
「わざわざ洗ってアイロンまでかけてくれたの? 気にしなくてよかったのに。でも嬉しいな、ありがとう」
こちらがお礼を言っていたはずなのに、何故かお礼の言葉が返ってきた。
「ごめんね。一度血で汚れたハンカチなんて、いくら洗ったとはいえ返されても困るよね。そのうち必ず新しいの弁償するから……」
「その必要はないよ。僕、言ったよね? 桜に使ってもらえて本望だって」
「だけど、そんな良いもの駄目にしちゃって……」
「ハンカチなんていくらでも取り替えがきくけど、君はそういうわけにはいかない。だからいいんだよ、気にしないで」
「それだと私の気がすまないの……何か代わりに出来ることないかな? ほら、雑用でも何でもやるから! 鞄、持つよ!」
コハクの鞄を貸して欲しいと意思表示で両手を差し出すも、「女の子にそんな事させられません」と断られてしまった。
しゅんとした私を見かねたのか、彼はある提案を持ちかけてきた。
「そうだな……だったら、今日一日僕のお願い叶えてくれない?」
「私に出来る事なら……」
了承の返事を聞くと、コハクは満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃあ最初のお願い。笑って、桜」
「え?」
「さっきから君、すごく悲しそうな顔してる。桜は、笑った方が今よりずっと可愛いよ」
そんな優し気な眼差しでこちらを見つめて微笑まないで。可愛いなんて言われ慣れてない私には、彼の言葉も行動も刺激が強すぎて、まるで新手の拷問みたいだよ。
「あ、でも照れた顔も中々捨てがたいかも……」
こちらの気も知れず、コハクは紅潮した私の顔をまじまじと見てそんな事を呟き出す。
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