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第一章 獣耳男子と恋人契約
過剰なスキンシップはご遠慮下さい
しおりを挟む学校からの帰り道、私はコハクに手を引かれて歩いていた。
恋人のフリなんて学園内だけで十分だと思ってたけど、律儀に家まで送ってくれるらしい。
男の子と手を繋いだ事なんて、小学校のフォークダンス以来だ。今さらだけど、この状況が恥ずかしくなってきた。
「桜……僕の事、どう思ってる?」
「どうって……?」
「その、妖怪白狐と人間のハーフだと知って……」
「その耳の気持ちよさと可愛さは犯罪的」
無意識に彼の頭に視線をやってしまう私の行動が、その気持ちを顕著に表している。
「え? 怖いとか思わなかったの?」
「全然」
妖怪だと言われても、もふもふの獣耳がある以外全然人と変わらない。
コハクは黙っていればクールに見えるけど、口を開けば人懐っこい犬みたいで怖いとは感じない。むしろかなり優しい人だろう。
半分は人の血が流れているわけだし、優れたルックスに獣耳というおいしいとこどりをした、実に素晴らしい容姿を誇ってもいいと思う。
ただ1つ欠点を上げるとすれば、スキンシップが過剰な事。今みたいに、ぱぁっと嬉しそうな顔でコハクがこちらを見てきたら要注意だ。
なんて思っているそばから彼は、私の手を自分の方へ引き寄せると、ぎゅっと私の身体を抱き締めてきた。
「ありがとう、身内以外でそう言ってくれたのは桜が初めてだよ」
身長の高いコハクが私を抱き締めると、顔が彼の胸板にすっぽりと埋まる。
そう、埋まるのだ!
布が押し当てられた鼻と口は息をし辛い。
それに、程よく筋肉のついた硬い胸板や背中に回された腕が、嫌でも体格の違いを知らしめ、彼が男の人だと意識させてくる。
その結果、いつもの二倍ぐらいの速さで脈を打つオーバーワーク気味の心臓にいつガタが来るのか心配になる。
「分かったから、いきなり抱き締めてくるの止めて。心臓に悪い」
「ごめん、嬉しくてつい……」
解放された私は、乱れる呼吸を整えようと必死に息を吸った。
ここは日本であって、軽々しくハグなどする習慣はない。嬉しいという気持ちを行動に出さなくてもコハクの場合、嬉しそうに緩んだ顔から容易に想像がつく。
お願いだから、無闇に私の心をかきみだすのは止めて欲しい。
「桜、照れてるの? 可愛い」
「こっち、見ないで」
真っ赤に染まっているであろう顔を見られたくなくて私が後ろを向くと
「そんな事言わないで、もっとその可愛い顔見せてよ」
耳元に響くコハクの低い声で、顔がさらに熱を帯びるのを感じる。
キッと彼を睨み付けると、その端正な顔は相変わらずニコニコと口元に笑みをたたえていた。
女の子を選び放題なコハクと違って、私に声をかけてくるのは道に迷ったおじいちゃんくらいなんだよ。そんな間近で囁かれたら、耳がうまく機能しなくなるじゃないか!
心臓の次は耳まで壊しに来るとは……本当にこんな侘しい女をからかって何がそんなに楽しいのか。次第に悔しくなってきて、私は思わず声を荒げてしまった。
「もう! からかわないで!」
「ごめん、桜の嫌がることはもうしないから許して」
先程までの笑顔から一変して、眉を下げて悲しそうな顔へと早変わり。コハクはまるで捨てられた子犬のようにすがるような眼差しでこちらを見ている。
いくら声を荒げてしまったとはいえ、その過剰すぎる落ち込み具合に少し胸が痛む。獣耳があったらしゅんと下かってるんだろうな……って本当に下がってる!
「コハク、耳!」
私の言葉で、コハクは急いで耳を隠した。
ああ、可愛い耳が!
物凄く残念な気持ちになったのは何故だろう。
どうやら、感情が激しく高ぶると油断して耳が出てしまうらしい。本人はそれに気づかないから、指摘する私の役目は責任重大だ。
今は人気がないから誰にも見られてないとは思うけど、これを学内で隠し通すのは、橘先生一人では確かに大変そうだ。
「学園内で耳って叫ぶわけにもいかないし、何か合図を決めとかない?」
「それなら、心の中で強く僕に呼び掛けて。そうすれば、僕に伝わるから」
そう言われ、『コハク』と私は心の中で呼んでみた。
「呼んだ?」
「すごい、本当に伝わった!」
「桜が危ない時は、こうやって僕を呼んで。そしたらすぐに駆けつけるから」
「これって、私が考えてる事も分かったりするの?」
「残念だけど、僕はハーフだからそこまで力は強くないんだ。自分に呼び掛けてくる思念を感知するぐらいしか出来ないよ」
「それでもすごいよ! これって、テレパシーって奴だよね!」
興奮が収まらない私にコハクはニコッと微笑むと
「やっぱり桜は笑ってる方が可愛いね」
そう言ってポンポンと優しい手つきで私の頭を撫でてくれた。
指摘されて初めて気付いた。外で笑ったのが、とても久しぶりだということに。
過剰なスキンシップは心臓には悪いけど、こうやって普通にお話し出来るのはなんだか楽しい……かもしれない。
コハクの秘密を守るためにも、きちんと私も任務を遂行できるよう頑張ろうと思いながらその日は帰宅した。
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