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番外編(アズリエル視点)
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弟は婚約したにも関わらず、フィオラ嬢を蔑ろにして他の女性とよく遊び回っていた。
必ず出席するよう言われていた重要な式典に遅刻してくる事は日常茶飯事で、高慢な態度をとって他国の大使達を怒らせたりと、下手をすると戦争にもなりかねない状況に、父上も頭を悩ませていた。
その度にフィオラ嬢は婚約者としての務めをきちんとこなし、ジルベールのフォローに回っていた。自分は悪くないにも関わらず、他国の大使達に誠心誠意謝罪をして、とても細やかな応対をしていた。
驚いたのは相手を楽しませる巧みな話術もそうだが、他国の文化への造形の深さだ。式典に望むために、どれだけの努力をしてその知識を身に付けられたのか。
遊び呆けて遅刻してくるジルベールとのあまりの違いに、とても感心させられた。
最初は機嫌を損ねていた大使達も、フィオラ嬢の心のこもったそのおもてなしのおかげで満足して帰っていった。
正直、ジルベールには勿体ないほどよくできた女性だ。彼女のサポートがなかったら、ジルベールは今頃王族としての地位を廃嫡されていてもおかしくない。その事に気付きもせずに、感謝するどころか蔑ろにして、弟ながら許せないと思った。
◇
少しでもジルベールの目に余る態度を改められないかと、注意し続けてきたものの──
「ジルベール、婚約していながら別の女性をエスコートして会場に入るとは、どういうことだ?」
「そんなの、俺の勝手だろう? 兄上に関係ない」
「あまり勝手な行動はするな。そのように横暴な行動をとっていると、痛い目に遭うのはお前達自身だぞ」
「俺がもてるからって、嫉妬してるのか? 男の嫉妬は醜いぜ、兄上」
弟は私の言葉に全く聞く耳など持たない。何を勘違いしているのか、王族だから何をしても許されると思っているようだ。
ろくに勉強もしなかったジルベールは、貴族達の忠誠と協力があって、ルクセンブルク王国が成り立っているという事も知らないのかもしれない。
フィオラ嬢を蔑ろにし、貴族の尊厳を踏みにじるその横暴な態度は、貴族派から批難の的になっている。もしそんな事を続けていれば……間違いなく、王子としての地位を失う事になるだろう。
「いいか、ジルベール。今ならまだ間に合う。反省をし態度を改めれば……」
「もう兄上の小言は聞きあきた。毎回毎回ぐちぐちと、うるせぇんだよ! フィオラに何か吹き込まれたのか? 少し美人だからって調子にのって、陰で妹を虐めているような女だ。少しお仕置きが必要なんだよ、だからエスコートしてやらないだけさ。自業自得だろ」
「何を勘違いしている? ロバーツ公爵家にはフィオラ嬢以外に令嬢はいない。騙されているのはお前の方だ」
フィオラ嬢を侮辱し、どこまでも上から目線の態度に腸が煮えくり返りそうになる。しかし、ここで口論してもどうにもならない。冷静に諭してみるものの──
「リリアナが嘘をつくはずないだろう。母親が元娼婦だからって、よってたかって虐めて可哀想じゃないか。俺は弱い者の味方なんだよ!」
ダメだこれは。
聞く耳を持たないどころか騙されて、自分の事を正義のヒーローか何かだと勘違いしているようだ。
「いいか、ジルベール。これが最後の忠告だ。もう少し、周囲の状況を冷静に見てみろ。そして自分の置かれている状況を確認するんだ。そうすれば……」
「はいはい。どうせ兄上はオリバーの味方なんだから、俺の事なんて放っておけよ」
バタンと大きな音を立てて扉を閉めると、ジルベールはそのまま居なくなってしまった。
何一つ、私の言葉は届きはしないのだろう。どうしてこうなってしまったのか……部屋を出て、思わずため息が漏れた。
「エル兄様は、甘すぎますよ。何度説得したって無駄です」
回廊を少し進んだところで、不意に声をかけられた。
「オリバーか」
第三王子のオリバー。私とジルベールの腹違いの弟だ。
「あの馬鹿には、何を言っても無駄ですよ。理解できる頭がありませんから。実に短絡的で、滑稽で、愚かです。早々に切り捨てるべきなのに、父上も兄様も甘すぎなんですよ。兄様がロバーツ公爵と親友じゃなければ、とうの昔に処分されていたでしょうね」
「確かに、そうかもしれないな……」
幼いながらも合理的な思考の持ち主であるオリバーは、聡明で物事の判断力に長けている。もし私よりも早く生まれてきていれば、間違いなく賢王として将来を期待されていただろう。
「すまないな、不甲斐ない兄で……」
「そんな事はありません。あの時、僕を信じてくれたのはエル兄様だけでした。命の危険も省みず、迷わず手をさしのべて助けてくれた。僕にとってエル兄様は憧れであり英雄なんです。だからこれ以上あの馬鹿のせいで、兄様に余計な負担がかかるのが嫌なんです!」
オリバーは昔、出自のせいで酷い嫌がらせを受けていた。それを率先して行っていたのが、ジルベールとその取り巻き達だった。
オリバーが勉学で頭角を現してきた時から、比べられるのが苦痛になったジルベールは、勉強できないように部屋を荒らしたり、わざと閉じ込めたりと嫌がらせを繰り返していた。
その行為は次第にエスカレートし、事件が起こった。オリバーが裏門にかけられた橋の下にある用水路へ落ちていたのだ。橋の上ではジルベール達が、そんなオリバーの様子を笑いながら眺めていた。
たまたま公務から帰って来てその現場を目撃した私は、御者に衛兵を連れてくるよう命じて、オリバーを助けに行った。
『オリバーが自分で足を滑らせて落ちたんですよ、兄上。なぁ、そうだよな?』
『はい、僕も見ました』
『そうです。ジルベール様の仰る通りです』
悪びれた様子もなくヘラヘラとしているジルベールに、大袈裟に頷く取り巻き達。
『ち、違います。僕は……突き落とされたのです……っ』
怯えた小鹿のように震えながらも、必死に訴えてくるオリバー。
どちらが正しいかは、一目瞭然だった。
『本当に落ちたのを目撃したのなら、お前達は目の前で人が溺れているにも関わらず、助けも呼ばずにヘラヘラしながらそれを眺めているのか?』
『そ、それは……』
『私にはまるで、悪意をもって突き落とし、それを楽しそうに眺めていたように見えたのだが?』
『だったらどうだって言うんだよ!』
開き直ったジルベールに、気がつけば私は彼の頬を叩いていた。
『お前は、人としてやっていい事と悪い事の区別もつかないのか? 回りにいるお前達も同罪だ。覚悟しておくように』
幸いにもオリバーに怪我がなくてよかった。その後、ジルベールは3ヶ月の謹慎処分を受け、取り巻き達は社交界から永久追放された。
その事があってから、オリバーは私の事を慕ってくれるようになり、逆にジルベールとの仲は険悪になってしまった。拗れた関係を元に戻すのは難しく、溝は広がり続けるばかりだった。
「心配をかけてすまない」
オリバーが私を過大評価しすぎている部分があるのは否めないが、心配させてしまっているのは心苦しいものがある。そろそろ覚悟を決める時かもしれないな。そう思い始めていた頃に、レイからとある相談を持ち掛けられた。
必ず出席するよう言われていた重要な式典に遅刻してくる事は日常茶飯事で、高慢な態度をとって他国の大使達を怒らせたりと、下手をすると戦争にもなりかねない状況に、父上も頭を悩ませていた。
その度にフィオラ嬢は婚約者としての務めをきちんとこなし、ジルベールのフォローに回っていた。自分は悪くないにも関わらず、他国の大使達に誠心誠意謝罪をして、とても細やかな応対をしていた。
驚いたのは相手を楽しませる巧みな話術もそうだが、他国の文化への造形の深さだ。式典に望むために、どれだけの努力をしてその知識を身に付けられたのか。
遊び呆けて遅刻してくるジルベールとのあまりの違いに、とても感心させられた。
最初は機嫌を損ねていた大使達も、フィオラ嬢の心のこもったそのおもてなしのおかげで満足して帰っていった。
正直、ジルベールには勿体ないほどよくできた女性だ。彼女のサポートがなかったら、ジルベールは今頃王族としての地位を廃嫡されていてもおかしくない。その事に気付きもせずに、感謝するどころか蔑ろにして、弟ながら許せないと思った。
◇
少しでもジルベールの目に余る態度を改められないかと、注意し続けてきたものの──
「ジルベール、婚約していながら別の女性をエスコートして会場に入るとは、どういうことだ?」
「そんなの、俺の勝手だろう? 兄上に関係ない」
「あまり勝手な行動はするな。そのように横暴な行動をとっていると、痛い目に遭うのはお前達自身だぞ」
「俺がもてるからって、嫉妬してるのか? 男の嫉妬は醜いぜ、兄上」
弟は私の言葉に全く聞く耳など持たない。何を勘違いしているのか、王族だから何をしても許されると思っているようだ。
ろくに勉強もしなかったジルベールは、貴族達の忠誠と協力があって、ルクセンブルク王国が成り立っているという事も知らないのかもしれない。
フィオラ嬢を蔑ろにし、貴族の尊厳を踏みにじるその横暴な態度は、貴族派から批難の的になっている。もしそんな事を続けていれば……間違いなく、王子としての地位を失う事になるだろう。
「いいか、ジルベール。今ならまだ間に合う。反省をし態度を改めれば……」
「もう兄上の小言は聞きあきた。毎回毎回ぐちぐちと、うるせぇんだよ! フィオラに何か吹き込まれたのか? 少し美人だからって調子にのって、陰で妹を虐めているような女だ。少しお仕置きが必要なんだよ、だからエスコートしてやらないだけさ。自業自得だろ」
「何を勘違いしている? ロバーツ公爵家にはフィオラ嬢以外に令嬢はいない。騙されているのはお前の方だ」
フィオラ嬢を侮辱し、どこまでも上から目線の態度に腸が煮えくり返りそうになる。しかし、ここで口論してもどうにもならない。冷静に諭してみるものの──
「リリアナが嘘をつくはずないだろう。母親が元娼婦だからって、よってたかって虐めて可哀想じゃないか。俺は弱い者の味方なんだよ!」
ダメだこれは。
聞く耳を持たないどころか騙されて、自分の事を正義のヒーローか何かだと勘違いしているようだ。
「いいか、ジルベール。これが最後の忠告だ。もう少し、周囲の状況を冷静に見てみろ。そして自分の置かれている状況を確認するんだ。そうすれば……」
「はいはい。どうせ兄上はオリバーの味方なんだから、俺の事なんて放っておけよ」
バタンと大きな音を立てて扉を閉めると、ジルベールはそのまま居なくなってしまった。
何一つ、私の言葉は届きはしないのだろう。どうしてこうなってしまったのか……部屋を出て、思わずため息が漏れた。
「エル兄様は、甘すぎますよ。何度説得したって無駄です」
回廊を少し進んだところで、不意に声をかけられた。
「オリバーか」
第三王子のオリバー。私とジルベールの腹違いの弟だ。
「あの馬鹿には、何を言っても無駄ですよ。理解できる頭がありませんから。実に短絡的で、滑稽で、愚かです。早々に切り捨てるべきなのに、父上も兄様も甘すぎなんですよ。兄様がロバーツ公爵と親友じゃなければ、とうの昔に処分されていたでしょうね」
「確かに、そうかもしれないな……」
幼いながらも合理的な思考の持ち主であるオリバーは、聡明で物事の判断力に長けている。もし私よりも早く生まれてきていれば、間違いなく賢王として将来を期待されていただろう。
「すまないな、不甲斐ない兄で……」
「そんな事はありません。あの時、僕を信じてくれたのはエル兄様だけでした。命の危険も省みず、迷わず手をさしのべて助けてくれた。僕にとってエル兄様は憧れであり英雄なんです。だからこれ以上あの馬鹿のせいで、兄様に余計な負担がかかるのが嫌なんです!」
オリバーは昔、出自のせいで酷い嫌がらせを受けていた。それを率先して行っていたのが、ジルベールとその取り巻き達だった。
オリバーが勉学で頭角を現してきた時から、比べられるのが苦痛になったジルベールは、勉強できないように部屋を荒らしたり、わざと閉じ込めたりと嫌がらせを繰り返していた。
その行為は次第にエスカレートし、事件が起こった。オリバーが裏門にかけられた橋の下にある用水路へ落ちていたのだ。橋の上ではジルベール達が、そんなオリバーの様子を笑いながら眺めていた。
たまたま公務から帰って来てその現場を目撃した私は、御者に衛兵を連れてくるよう命じて、オリバーを助けに行った。
『オリバーが自分で足を滑らせて落ちたんですよ、兄上。なぁ、そうだよな?』
『はい、僕も見ました』
『そうです。ジルベール様の仰る通りです』
悪びれた様子もなくヘラヘラとしているジルベールに、大袈裟に頷く取り巻き達。
『ち、違います。僕は……突き落とされたのです……っ』
怯えた小鹿のように震えながらも、必死に訴えてくるオリバー。
どちらが正しいかは、一目瞭然だった。
『本当に落ちたのを目撃したのなら、お前達は目の前で人が溺れているにも関わらず、助けも呼ばずにヘラヘラしながらそれを眺めているのか?』
『そ、それは……』
『私にはまるで、悪意をもって突き落とし、それを楽しそうに眺めていたように見えたのだが?』
『だったらどうだって言うんだよ!』
開き直ったジルベールに、気がつけば私は彼の頬を叩いていた。
『お前は、人としてやっていい事と悪い事の区別もつかないのか? 回りにいるお前達も同罪だ。覚悟しておくように』
幸いにもオリバーに怪我がなくてよかった。その後、ジルベールは3ヶ月の謹慎処分を受け、取り巻き達は社交界から永久追放された。
その事があってから、オリバーは私の事を慕ってくれるようになり、逆にジルベールとの仲は険悪になってしまった。拗れた関係を元に戻すのは難しく、溝は広がり続けるばかりだった。
「心配をかけてすまない」
オリバーが私を過大評価しすぎている部分があるのは否めないが、心配させてしまっているのは心苦しいものがある。そろそろ覚悟を決める時かもしれないな。そう思い始めていた頃に、レイからとある相談を持ち掛けられた。
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