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閑話
シヴィルのひとりごと16「完ぺきな人なんていない」
しおりを挟む「この人は左のテントへ。フローラ、奥のテントから20番の薬と追加の膏薬持ってきてちょうだい! あなた達、その人をこっちへ運んで! 」
いそがしそうに動きまわってる人が僕たちへ声をかけた。ツァルニを右隣のテントへ運び、地面に敷かれたベッドへ寝かせる。
すぐに治療ははじまった。ツァルニの顔へ巻いてた布をはずし、液体で目を洗っている。真っ赤になった眼球を覗きこみ、煮沸消毒したピンセット金具で右目に残っていた矢の破片を取りのぞく。
突っ立ったまま見ていたら、僕も別のテントへ連れて行かれた。アルコールで消毒されたあと傷口へ薬をぬられる。矢の刺さった膝まわりは腫れ、触られると痛い。
あれから西の山をこえて沿岸部へ到着した。港町の兵士があわただしく東西へのびる街道を走り、僕たちは軍の負傷者が収容されてるテントへ行くよう指示された。
沿岸部の仮住居は完成が追いつかず、まわりに避難民のテントが建っていた。通りすぎる時ちょっとした訛りも聞こえて、北の山村の人々も無事に避難したのだとわかる。
治療中、ヴァトレーネにいた仲間とも再会して戦況をきいた。
蛮族の大型兵器が発射され、北門や建物は瓦解。味方のカタパルトが炎の雨を降らせ敵の兵器を破壊したが、爆発にともない北側のほとんどは吹き飛んでしまった。中央橋をふくむ橋をぜんぶ落とし、渡れない敵の本隊と川をはさんで睨みあっている状態だ。
指揮官であるラルフは行方不明、ミナトに関しては知る者もいない。
治療が終わってツァルニのテントへ走った。
「ヴァトレーネはどうなった!? はなせっ、俺は行かねばならない!! 」
「ちょっと動いちゃダメです! ヒギエア様を呼んできてっ!! あっ、そこのひと手伝って!! 」
とび出してきた人を避けてテントへ入ると、目覚めたツァルニが暴れてる。うめき声をあげながら上半身を起こそうとしていた。彼を押さえていたちいさい女の人と目が合って助けを求められる。
彼が起きれないように上から四肢をおさえた。負傷した肩を手の平で押下すると歯を食いしばって僕を睨みつける。
「シヴィル! ヤツはどうなったんだ!? ラルフ様はどこに!? 」
「おちついてツァルニ」
彼の混乱した姿を目の当たりにすればするほど、僕の頭は冴えて冷静になる。こっちもケガして痛いけど関節へ体重をかけて動きをふうじ、間近から見つめる。見ひらかれた彼の左目は彷徨ってから止まった。
「そのまま押さえていてね」
真横からツァルニを治療した人の声がきこえて、薬を喉の奥へおしこみ鼻と口をふさぎ強引に飲ませた。呼吸をとり戻したツァルニはまた暴れたが、しばらくすると体の力がぬけて眠りについた。
「副作用で眠るけど心配しなくていい、すこし分量をふやした鎮静剤よ。……あなた名前は? 」
「シヴィルです」
「そう、シヴィル。じゃあ彼のとなりで寝起きして、今みたいな事があったら手伝って私を呼んでちょうだい」
藍色の瞳が念押しして、さっそうとテントを出ていった。テントを担当しているフローラも礼を言って治療へもどる。
ツァルニは薬が効いてよく眠っている。僕も負傷者なので休養あつかいだけど、テントを見まわせば人手は足りていない様子だ。フローラに出来ることはないか尋ねると、かんたんな仕事やお使いをたのまれた。兵士の体をキレイに拭き、よごれた服や布を洗濯場まで持っていく。
ラルフが不在でも帝国の指揮系統は働いている。バルディリウスが軍の指揮をとり、僕の考えだがおそらくディオクレスという貴族もうしろで動いている。
お使いのあいまに避難民のテントへ寄って知ってる顔をさがした。食堂の親父や両親は見つかったがエリーク達はみつからない。ブルド隊長はおそらく前線にいるのだろう。
「おいシヴィル、聞いたか? 黒い髪の人が――」
「黒い髪? 」
負傷者たちの体を拭き、服を着がえさせていたら呼び止められた。ラルフの行方を聞く黒髪の人がテントをまわっているらしい。一瞬ツァルニを連想したけど、黒い髪はもう1人心当たりがある。
いそいで仕事を終わらせ、ツァルニのテントへもどった時ミナトを見つけた。
再会も束の間、ラルフが行方不明だと知ったミナトはテントをとび出してしまった。胸さわぎがして後を追うと、まっ暗闇の丘から妖精を連れたエリークといっしょに帰ってきた。
その日の真夜中、ラルフは見つかった。
本当に不思議だったが、おおきな転換期がやってくる。
夜明けの海に浮かぶ数多の大型船、オオワシの旗をかかげた帝国の艦隊が港町へ就航した。
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