精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー

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太古に眠りしドラゴン

帰郷

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 荷をんだ馬車が港町を出発した。シハナたちへしばしの別れをつげ、みなとはスレブニーへ乗って馬車のあとをついていく。物資の輸送のため道は拡張かくちょうされ、警備の往来おうらいがふえて以前より安全な道のりになった。

 港町の沿岸ぞいに建てられた住居へ避難民ひなんみんはうつり、周辺にあったテントは撤収てっしゅうされた。いま建つのは漁師りょうしや行商のテントだけだ。

 越冬えっとうした小麦の芽が伸びつつある。新芽をみて鼻を鳴らしたスレブニーが道脇の草を食べるのを見守り、荷馬車を見失わないペースでゆっくりすすむ。
丘陵きゅうりょうへ差しかかるとブドウ畑がひろがり、むこうの丘で山羊やぎを放牧してる。休眠していたブドウは棒で支えられて列をす。春の風が吹けば芽のでる時期だとラルフが言っていた。葉をおとした枝は冬のなごりを残していた。

 剪定せんていのおわってないブドウの木を整える小作人の姿がちらほら見える。



 南門をぬけると新しい家が完成して町の人が行き来してる。避難しているあいだに生活の基盤きばんが港町へ移り、もどって来ない人もいた。人口は少し減ったけど、もともと北と南の中継地で長閑のどかな町だから問題ない。かわりに山辺の村や北城塞都市きたじょうさいとしにいた人々がヴァトレーネへ移り住んだ。

 北城塞都市は多くの人が居なくなって以前より衰退すいたいしてしまった。アッピウスを中心に兵士やその家族がもどり、少しずつ復興ふっこうしているとツァルニの書簡にしるされていた。



「お兄ちゃん! 」

 南の路地で遊んでいた子供たちの1人が走ってきた。うしろを小さな光りが一途いちずについてくる。

「エリーク! 」

 スレブニーから降りると少年は湊の腰元へ抱きついた。髪をかき乱すように頭をなでれば白い歯をみせて破顔はがんした。

 エリークの両親は沿岸からヴァトレーネへ移った。素朴そぼくな生活をしていた人たちなのでさわがしい港町よりこちらの方が住みやすいのだろう、今日はブドウ畑の剪定へ出かけている。

 友達に呼ばれたエリークは路地へけていく。湊の肩でねていた妖精のベルも少年のところへ舞いもどった。



 南の公園はすぐそこ、スレブニーの手綱たずなを引いて歩いた。到着した馬車から荷を運び入れてる。玄関で手伝っていたミラがこちらに気づき、うれしそうな声をあげた。

「ミナト様っ」
「ミラ、ただいま! 」

 ヴァトレーネ邸の修復がおわり、使用人たちはさきに帰って掃除や家主やぬしむかえる準備をしていた。湊も早めに港町をでて手伝う予定だったけど、ラルフの抵抗にあい直前に来るはめになった。

 今朝の抵抗ぶりもすさまじいものだった。おかげでラルフを引きったまま歩ける距離は増えたように思う。



 こわれた壁や風呂場は真新まあたらしくなり、中庭には若木が植えられていた。手伝う湊が木箱をおいて途中休憩とちゅうきゅうけいしていたら、ミラが同じくらいの木箱を抱えて通りすぎた。兵士やヒギエアに限らず、みんな湊より力持ちな気がする。

 白い漆喰しっくいのなつかしい部屋へ到着した。ベランダや窓は取り替えられ、あたらしい木の香りがただよってくる。どこで購入したのか、高級そうな絨毯じゅうたんいてあって足元が暖かい。

 木窓の内側へたのんでいた物が取り付けられていた。閉めても外の光を取りこみ部屋が明るい。

 むこうの世界にあった障子しょうじもどき、と言っても紙の部分はすくなく下半分は細ながい木をたてに組んでる。引き戸のすべりが悪いのでラルフにみつろうをねだることにした。

 湊は荷を片づけ部屋を見まわった。掃除もすみ床や壁はピカピカになってる。ルリアナは姉のいる港町へのこり、新人のメイドさんをミラが指導してる。昼時ひるどきになってミラが昼食をたずねてきたけど、断ってある場所へむかう。



 新しい中央橋をこえてヴァトレーネの北側へすすむ。スレブニーを道草みちくささせながら町を移動していたら新築の兵舎がみえた。兵士用の風呂も復活し、住居のそばに食堂と併設へいせつされ利便が良くなった。

 ひょっこり顔をのぞかせれば、キッチンから美味しそうな匂いがしてくる。

「親父さん? 」
「ミナト! ああもう、なかなか帰って来ないから心配したぜっ!! 」

 食堂の親父が泣きじゃくってなくて安心した。毛むくじゃらの腕に引き寄せられてハグされる。港町からヴァトレーネの兵舎へ食材を送る時に、親父ての手紙もちゃんと付けていた。

 お土産みやげ胡椒こしょうを受けとった親父は料理を作りはじめる。昼の仕込しこみもあって昼食はまたたく間に用意された。豆と肉のスープに香草とカッテージチーズのえもの、密度の高い塩パン。

「おまえのおかげで皆に好評でなぁ」

 にっかり笑った親父にうながされ、ディップみたいな香草チーズをパンへつけた。ニンニクがほのかに香りパンがすすむ、塩と茶色の親父の料理は進化していた。

「うへ~腹へった~。おっミナトじゃ~ん!? 」

 午前の仕事をおえた兵士たちが食堂へ入ってきて、シヴィルもとなりへ座った。ヴァトレーネの兵士たちは建築や街道の巡回じゅんかい、道路づくりで走りまわっている。

「ツァルニがさぁ、山のとうを強化するって言いだして大変なんだよ~」

 敵が簡単に侵入できないよう、塔のまわりに壁をつくっているそうだ。毎日材料を山の上へはこび足が筋肉痛だとシヴィルがなげく、しかしどこか楽しそうに目をくるくるさせてる。

「ツァルニは? 」

「今日は休みだよ! 部屋から出られないようにドアを木箱でふさいだから、いまごろ寝てるんじゃない? 」

 パンをスープへひたしたシヴィルの口が三日月形みかづきがたになった。働きすぎのツァルニに対する彼なりの気遣きづかいのようだけど、あとでしかられる姿が想像できる。

 知ってる兵士たちもあつまってきて近状を伝えあった。ひげもじゃアーバーの腰もすっかり良くなり、仲間たちと山の上へコンクリートの材料を運んでいる。腰を悪くしてからやっと風呂のよさを理解したそうだ。

 スレブニーで町を見まわっていたら、帰郷ききょうした人々にも声をかけられる。『名前は分からないが、灰色の馬に乗って困ったところへ颯爽さっそうとあらわれる黒髪の人』と湊は呼ばれていた。

 あしたはラルフもヴァトレーネへ帰ってくる。


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