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太古に眠りしドラゴン

遠くはなれて

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 家主やぬしに礼をして出発した。なじみのある街道なのに見たこともない景色がつづき、あてどなく歩いていると海のみえる場所へついた。

 スマートフォンは圏外だが、今回は携帯式けいたいしきのソーラー充電器じゅうでんきをもっている。旅に役立ちそうな物と防水コート、ラクダマークの暖かいアンダーを完備かんび、ズボンをいてチュニックをかぶりバックパックをカモフラージュすることも忘れない。

 画面は一部文字化もじばけしていた。ラルフたちと最後に別れた日、あれから何日が立ったのだろう、みなとの気もちはく。



「ミナトサーン!! 」

 名を呼ばれた。幻聴げんちょうではなく、ロバ荷車の行商人ぎょうしょうにんが叫んでる。

「まさか……ナディム!? 」

 まんまるな目のナディムが転がるように走ってきた。なんども名前を呼び、湊の手をにぎって実在を確かめているようだ。

 港町で別れたナディムは東方国の北にある海を目指めざしていた。いま見えてる場所が細い海路でつながった丸い海だとナディムは説明する。

 数時間まえに北上するロマス帝国の大型船を目撃したそうだ。湾の北に東西を横断おうだんするおおきな河川があって国境線こっきょうせんをとおっている。ナディムが他に知ってるのは、帝国が北方と戦争をしてるというくらいだった。

 帝国の船が就航しゅうこうした河口までだいぶ距離がある。ナディムは途中にある内陸ないりくの都市へいく予定だ。河川に近い町と聞き、湊は同行することにした。沿岸から内陸の道へはいり、対岸の建物がこめつぶに見える大きな川を小船こぶねでわたった。



 帝国近郊きんこうの都市ほどはなやかではないが、頑丈がんじょうな石造りの街なみが広がっている。家屋は間隔かんかくをあけてち、見晴らしもいい。街には帝国の人もいれば石像のようにりの深い顔もいて、いろんな人がじっている。

 ナディムは広場へ荷車をめ、テントを張って品物をならべる。湊も開店の準備を手伝いながら街のことをたずねた。市場の人々があつまり、ものめずらしい品物を購入していく。ここでも帝国の銀貨ぎんか銅貨どうかが使われていた。

遠路はるばる珍しい物を売りにくる商人は希少きしょう、わりと高価な物も売れる。湊は金貨を受けとり、お釣りの銀貨をわたす。いい身なりの貴族も見物しにきて、キラキラしたガラス細工のランプや香辛料などを大量に買っていった。



 午後をまわり日がかたむく頃には、荷車にあった商品は半分以上売れた。

「ミナトが誰とでもしゃべるから、今日はよく売れたよ」

 湊の風変ふうがわりな見た目が客引きになっていたようだ。満面の笑みで荷物をしばったナディムは、働いたぶんの銀貨を気前よく渡してくる。

 ナディムに案内され、宿へチェックインする。安い宿だが安全そうな雰囲気だった。部屋の壁は漆喰しっくいで固められ、わらクッションの木製ベットが真ん中へ置かれてる。ドアには金具もあってカギを閉めることもできる。

 安全を確認してからバックパックを開けた。まっていた洗濯物を洗う場所をさがし、宿から少々はなれた洗濯場へいく。道中に浴場があったのも見逃みのがさない、湊は部屋へ下着をし鼻歌まじりに浴場へむかう。ナディムを誘うため訪室するとすでに出かけて不在だった。

 町の大衆浴場は庶民しょみんから貴族までさまざまな人が出入りしてる。入りかたは一緒でオイルをってヘラでよごれを落とし、打たせ湯のようなシャワーで流してから湯へつかる。

「ナディム見つけた! 」

「ミナト居なかったから先に来ちゃったよ~。はぁ~気持ちいい」

 浴場を満喫まんきつしていたナディムと顔をあわせた。綿毛わたげヒゲは洗われてすっかりしぼんでる。会話をわした後、彼は長旅をいやすためにマッサージルームへ入った。



 宿に帰った湊の部屋へナディムが訪れた。

 ナディムはマッサージ中に美味しい店を聞いたそうだ。夕食に誘われて宿ちかくの店へいっしょにむかう。レストランは酒場にもなっていて、ワインのほかにエールが運ばれている。湊も注文してみたら木のカップへ注がれたエールがきた。ちょっと苦みがあって肉料理にはピッタリ、ワインへ漬けられたプラムも甘酸あまずっぱくて食事がすすむ。

 となりテーブルの人にどこから来たのかたずねられた。湊がヴァトレーネだと答えたら、もと帝国兵士だった男は知ってることを教えてくれた。

 ロマス帝国は左右の山岳から攻撃をしかけ、占拠せんきょしていた蛮族は北城塞都市きたじょうさいとしへ後退した。帝国は奪還だっかんしたヴァトレーネへ橋をかけ、北城塞都市へ進軍する準備をしている。副帝とその弟が指揮していると耳にして湊の心臓はねあがった。ラルフが目を覚ましたのならきっと誰より先頭に立つだろう、残された時間はすくない。



 西へつづく川の渓谷けいこくで落石があり、船が停滞ていたいして北城塞都市への援軍はおくれる見通しだと男は話す。

「そんな……」

 飛んで帰りたいけど、ここはヴァトレーネからずいぶん離れた東の都市。いまから港町へ向かっても、到着する頃にはラルフたちは北城塞都市へ進軍している。

 カップをおいた湊がうつむくと、ナディムが顔をよせてこっそり耳打ちする。この都市の北部にある山脈に竜のがある。かつては大空を舞うドラゴンは、地上へ王国つくり大地の覇者はしゃとなった。何世紀もまえに王国はほろび伝説として語りがれているが、行商人仲間がドラゴンを目撃したそうだ。

「ミナトならドラゴンと会えるんじゃないかって、ボクは思うんだ」

 ナディムの義眼ぎがんが酒場のランプに照らされて光った。ひそひそと話すナディムは竜が目撃された場所を教えてくれる。湊はそこへいたる道をメモ帳へかきしるした。すこしでも現状を変える方法があるなら、その可能性にけたかった。

「ありがとう、俺はそこへ向かってみる。どうしてナディムはそんな大切な話を俺にしてくれるの? 」

「こうしてひがめなく一緒に酒を飲んでくれる君は特別だよ。ボクの名は『酒の飲みとも』って意味なのさ! 」

 湊がここへ現れたのも偶然ぐうぜんではなく必然ひつぜんなのだと、彼は言ってエールの杯を合わせた。


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