27 / 68
消えた神々と黄昏の都
ボーダーライン
しおりを挟むヴァトレーネの南門が遠ざかる。
ゾッと鳥肌がたった刹那、大気がふるえて大型兵器の火がふたたび放たれた。南門をかすめ火のまっすぐな線が空へ焼きつく。1発目より威力は弱かったけれど、火が通りぬけた位置にはラルフの向かった南台のカタパルトがあった。
湊は身を乗りだし馬車から降りようとした。
「ラルフ――――」
『いま行ってはダメ』
エリークの連れていた妖精とおなじ声が耳元でハッキリ聞こえた。姿は見当たらなくて、ミラが湊の服を掴んでいた。
間髪いれず、ゆっくり浮遊する煙と真っ赤な炎が垂直に昇った。衝撃波と天をつんざく轟音が広範囲をゆらす。街道にいた人々は地面へふせ、湊はおびえて走り出しそうになったスレブニーをなだめる。
「ヴァトレーネが燃えてる……」
青ざめたミラがつぶやいた。炎に包まれる町を見ることしかできなかった。ミラを抱きしめた湊は手綱をにぎりスレブニーを発進させた。いったんは足を止めた人々も港町へ早足で移動する。
交差路に港町の援軍が整列しヴァトレーネへ進軍した。沿岸はたくさんテントが建ち、避難民が滞留していた。爆発音は港町までとどき、みんな空を見あげている。混乱した民衆でごった返す大通りをぬけラルフの屋敷へ着いた。
門衛に事情を説明すると確認のためシハナとルリアナが姿をあらわした。姉妹と再会をよろこび、ミラと疲れきったスレブニーをまかせる。湊はできるかぎりヴァトレーネの状況を記した書簡をバルディリウスとディオクレスへ宛てた。書簡をうけ取ったシハナは中央広場の兵舎へ届けることを約束した。
「ミナト様はどこへ!? 」
「ヴァトレーネの人たちのテントを見てくる。なにか出来るかもしれないし……」
屋敷に背をむけて歩きだすと、シハナがケープを持ってきた。ラルフの紋章が入った特別なものだった。湊は礼を言いケープを羽織って大通りへ踏みだす。
「ミナトッ! あなた無事だったのね!! 」
大量の荷物を運んでいたヒギエアが走ってきた。力いっぱい抱きしめられ、男のあこがれのたわわより極限まで鍛えられた胸筋にチョークされ酸欠になりかける。彼女は負傷した人があつまるテントへ薬をはこぶ最中だった。手を貸してほしいと要請され、湊も沿岸部のテントをめざす。
多量のケガ人が横たわっていた。ヒギエアの指示に従って傷口をアルコールで洗いながし、調合した膏薬でおおう。負傷者はテント外にもあふれ、治療を手伝っているうちに夕方になった。ランプが灯され、運ばれてきたヴァトレーネ兵の姿も確認できた。
ラルフの行方を聞いたが知る者はいない、寝かされている兵士のなかにツァルニを見つけた。
すでに手当ては終わり、右目の痛々しい矢傷は膏薬で覆われている。肩にも大きな内出血の痕がある。
「ツァルニッ! 」
「しーっ、起こしちゃダメだよ。さっきまでヴァトレーネへもどるって暴れてたんだから」
ひとさし指を唇へたて、小声のシヴィルが歩いてきた。湊はあっと声を上げそうになり慌てて口をふさぐ。シヴィルも足を引きずり満身創痍だった。
迎え撃った奇襲兵のなかに敵の将軍がいて、猛攻とはげしい追撃のすえ崖から落とされたという。
「や~僕も膝に矢をうけちゃってマジ死ぬかと思ったけど、ちゃんとツァルニ連れて帰ってきたよ」
彼がほめて欲しそうに頭を差しだすので、灰色の髪をくしゃくしゃ撫でた。シヴィルは嬉しそうに笑って座りこむ。生きのこった山岳隊は敵の本隊がいるヴァトレーネ北側には入らず、西の山道をまわって港町へ来たようだ。
北門へなだれこむ蛮族を足止めするため、ラルフの指示でヴァトレーネの橋を落としたと他の兵士が語った。奥にいた重症の兵士も息も絶え絶えに口をひらく。
「南台は崩落した……あそこにいたなら……もう……」
「そんな……」
呼びとめるシヴィルをふりきり、テントを飛びだし暗い道を走った。気づいたら小高い丘の上、まだ赤く燃えるヴァトレーネが見えた。両手をかたく握りしめてラルフの名を精一杯よんだ。
「ちくしょう、なんでだよ!! 必ず帰ってくるって……言ったじゃないか……」
返事はなく、湊は衝動のまま丘の暗闇へ駆けだそうとした。
「お兄ちゃん! 」
丘のふもとから小さな声が聞こえた。白い光りが飛びこみ顔前でクルクルまわる。
「エリーク……? 」
ちいさなエリークが息を切らせ走ってきて、湊の服のすそを引っぱった。
「行っちゃダメッ!! 」
肩で息をした少年は湊へしがみつく。ビックリした湊は少年の呼吸が整うのを待ち、どうやって来たのかたずねた。丘の上まではかなり距離があり、周囲は真っ暗闇に包まれてる。
「ベルが……」
エリークはモジモジと指を交差させ、妖精がここへ案内したと語った。エリークは妖精に名前つけていて、名を呼ばれたベルは楽しげにはずむ。
「帰ってくるから行っちゃダメだって。お兄ちゃんが行ったら、いなくなっちゃう」
エリークが悲しそうにうつむき、困った湊は屈んで頭をなでた。表情の明るくなった少年は湊へ抱きつく。
「あのね、つよくねがえばたすけてくれるよ 」
「誰が? 」
「ともだち? うーん? よくわかんない」
ベルの話すことはよく分からないと、エリークは首をよこへ振る。暗闇のなかにいるベルはランプみたいに夜道を照らす。湊は少年の髪をなでて丘を下りた。さわがしい地上と対照的な星の海は地平線のはしで繋がっていた。
「ミナトッ!! 」
足を引きずったシヴィルが追いついた。シヴィルに謝り、丘のふもとにあるエリークのテントへ泊めてもらった。家族は大変なのにあたたかい笑顔で迎えてくれて懐かしい塩味のスープを口にする。エリークといっしょに横になり、久しぶりに人肌のぬくもりを感じる。
――――白い光りについて行くと輝くオオカミが待っていた。
ミナトは走った。見えない誰かを探してひたすら走った。気づけば森から顔をのぞかせた乙女たちが何事かと見守り、口々に『あっちよ』と道を教えてくれた。
『おねがい帰ってきてラルフ、俺のもとへ』
走りながらミナトは大きな声で叫んだ。
外がさわがしい、となりへ視線を移せばエリークは眠っていた。起こさないように毛布をかけなおし、起きていた少年の父に様子を見てくると伝えてテントをでる。
さっき下りてきた丘のふもとへ松明を持った兵士が集まっていた。闇夜の川下から誰か歩いてくる。2人の兵士を背負った男は黄金色の瞳を向けてかすかに笑った。
まわりを囲む兵士をかきわけラルフを抱いた。かたい鎧と冷えきった腕が覆いかぶさる。
「やっぱりミナトだった」
「おかえりラルフ」
「帰ったよ」
安心して寄りかかるラルフはそのまま湊を巻きこんで倒れた。あつまった兵士に助けられて気を失ったラルフを運ぶ。沿岸部のテントは夜中にもかかわらず喧騒が漂っていた。起きた兵士たちはテントから出て沖の方角へ目をむける。
「夜の海を渡ったっていうのか……」
「見ろっ! われら帝国の旗だ!! 」
兵は驚愕と賛嘆の声をあげる。松明が等間隔におかれた海岸線にランプの光が現れ、木造船のきしむ音が聞こえた。多量の船――帝国の艦隊が港町の沖へ浮かんでいた。
テントへ運ばれたラルフをヒギエアが診察した。
「おどろいたわ……やけど以外のケガがほとんどない、なんて頑丈なの……」
寝ているところを起こされた彼女は感嘆しながら膏薬を塗る。身体中にすり傷や打ち身はあったものの、ひどい外傷は負っていない。ラルフは安心した子供のように大口をあけて眠っていた。
東の果てへのぼった太陽の光がプラフェ州へとどき、海が見わたせるほど明るくなった。赤布に金色のオオワシをかかげた数十隻の艦隊が接岸して海岸線は船で埋め尽くされた。
船から降りてきた帝国兵は野営地をつくり移動する。平野が埋まりそうなくらいの大群がプラフェ州へ上陸した。
100
お気に入りに追加
326
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる