精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー

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消えた神々と黄昏の都

キャベツ爺さん

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「船底のタルへ閉じこめられた子供も見つかって、昨日は大変だったのよー」

 ため息を吐いたヒギエアがポーチドエッグへスプーンを突き刺せば、トロリと美味しそうな黄身が流れでる。誘拐犯ゆうかいはんのせいで休暇をつぶされた彼女はラルフの屋敷へ押しかけ朝食を共にしていた。

 平生へいぜいヒギエアは自警団じけいだんの活動をしていて、昨日の騒動もラルフから仕事をった。ちまたで騒がれた誘拐犯は捕まり港町の住人もひと安心だろう。

「まったくもうっ、犯人は軍船の先端にでも縛り付けようかしら」

「ツァルニなら、即行そっこく首をはねろと言いそうだ」

 朝から物騒ぶっそうな会話がなされる。怒りのおさまらないヒギエアは、ポーチドエッグへ刺したスプーンを引っかき回している。輩たちは港町で人をさらい、船で運んで売っていたのだろう。犯人の話を思いだし湊が会話へ加わるとヒギエアはおどろいた。

「ミナト、犯人たちの……西方の言葉がわかったの? 」

「そういえば市場で行商人とも会話してたな? 」

 いぶかしげに眉毛をよせたラルフもナディムと会話していた様子を語る。

 この世界へ来たとき文字は読めなかったのに言葉は理解できた。ナディムと会話したころから変に思ってたけど、皆それぞれの言語でしゃべっていたとすれば湊は区別なく言葉を話せている。どれもこれも自国の言語に聞こえるので気が付かなかった。おまけに妖精の声までわかり、発覚したらとんでもない事になる予感がする。

 しかし時すでに遅し、ラルフとヒギエアの懐疑かいぎのまなざしはこちらへ向けられた。



 2人の目をなんとかやり過ごした湊はディオクレスという人物に会うため馬車にゆられる。ラルフは馬車へ同乗し、ヒギエアは愛馬とともに駆けぬけた。大きな街道は郵便馬車がはしり交通も発達してる。御者ぎょしゃのうしろから前方をながめると海岸線に沿って街道がつづき、海へ突きでた陸地のさきに建物がみえる。

 のどかな海岸線、波の押しよせるなぎさ――――ではなく港町に匹敵ひってきする四角い要塞があらわれた。

 平らな基礎きそのうえに建つ要塞の南側は海に面し、侵入できない高さの壁にたくさんのアーチ窓がならぶ。見張り塔も設置され警備は厳重げんじゅうだ。石灰石せっかいせきのブロックが真昼の太陽を反射してまぶしい。

 行き先は祖父の友人の家と言っていたはず。

「家? 家なのこれ? 」

 湊が茫然ぼうぜんとしているうちに巨大な門をくぐった。港町の大通りほどある道がまっすぐび、左右対称たいしょうに居住マンションが建つ。ラルフによればここで働く人々の家だという。港町より整然として兵隊やシハナみたいな服装の人が歩いてる。

「着いたぞ、ミナト」

 ラルフの声で我にかえった湊は馬車をおりた。東西へまっすぐ道が抜け、正面の中庭から建物まで巨大な列柱がならんでいる。

「待っていたぞ! わが友の孫は、わが孫も同然じゃ、ラルフぼうや」

 衛兵の見守るなかチュニック姿のお爺さんが出てきた。ラルフの肩へ手を置いたお爺さんは正面の建物へ向かって歩きだす。プラフェ州の近況や収穫しゅうかく時期になった作物について話している。

 ヒギエアが馬を降り、湊のよこへ来た。

「客人を連れてきたのかね? おおそなたはヒギエア、闘技場のいさましい雌ライオン! 」

 お爺さんがたたえるとヒギエアは胸へ手をあて挨拶をする。お爺さんの目は湊にも向きヒギエアに軽く体を押された。真似まねをして胸に手をあて自己紹介をする。

「アキツミナト、艶黒つやぐろの色をもつ夜の青年も今日は一緒か。私のことはディオクレスと呼んでくれたまえ。皆、私の家へ招待しよう」

 青年と呼ばれる年ではないけど、こちらの世界では若く見られてしまう。満面の笑みのディオクレスはラルフと並んで歩き、湊たちも後をついて行く。正面の柱は紫へ染められ家と呼ぶには大きすぎる宮殿があった。

「スフィンクス……? 」

「ほほう、君はそのオブジェを知っているのかね? 見識が広いのはいいことだ。海のむこうから特別に取り寄せた物でね、砂漠の国では守護する神聖な存在で――――」

 円柱のあいだに飾られた像を見て湊がおどろくと、笑顔でふり返った爺さまの話は止まらない。筋骨隆々きんこつりゅうりゅう門衛もんえいの脇をすりぬけて屋内へ入った。アーチの連なった高い天井へ音は反響し、待ちかまえていたホールの使用人たちがあるじの指示で動く。

 ヒギエアが畑の話題に興味を示したら、相好そうごうをくずしたディオクレスは自身の畑を案内した。

ひろーっ!! 」

 屋上へでた湊は感嘆して声をあげた。真下に海が波打ち、雲のかたまりも近くにある気がする。日当たりのいい屋外は仕切られ、キャベツの葉っぱが生える畑があった。ヒギエアはハーブの植えられた区画へしゃがみこみ、ディオクレス爺さんが説明する。

 老後の夢は世界をこえても共通している。



「な、キャベツ爺さんだって言っただろ」

 感じ入る湊のとなりで家庭菜園かていさいえんの良さを理解していない男が腰へ手をあてた。知っているキャベツより緑色はく、葉は四方八方しほうはっぽうへ広がる。その中でも丸みをびたりっぱな物をディオクレスは収穫した。

「ラルフよ。キャベツをバカにする者は、このキャベツのようにいても中身のない頭になってしまうぞ」

 体調をととのえ胃腸に良し、煮ても酢漬けも旅のおともにも良し、ほおずりしながら語る爺さまはキャベツ好きみたいだ。別の来客の報告を受けたディオクレスは使用人へキャベツを渡す。

「わが友の好ましくない方の孫が来たようだ。挨拶しに行ってくるよ」

 ディオクレスはラルフへ向かって忠告するように人差し指をふり、階段を下りていった。



 ヒギエアは薬草とハーブ畑に夢中なのでラルフと宮殿を見学する。南の屋上にも大きなプランターがあり植物が生えている。海に面した垂直な壁の下へ小舟が停泊した。よく見ると小さな出入口があって荷物を運び入れてる。

「あんなとこにドアがある! 」
「荷物を船で搬入はんにゅうする勝手口だよ」

 湊が興奮こうふんして指さすと笑顔のラルフも壁下をのぞいた。

「そう言えば、ラルフが持ってきたタルはなんだったの? 」

 ヴァトレーネから持ってきたタルを宮殿へ運びいれた。中身はワインとザクロで作った酒、ヴァトレーネの高級ワインや多彩な味わいの果実酒はおみやげに喜ばれるのだと言う。湊はラルフによるブランド戦略を垣間見かいまみた。

 ワインと同じ製法で作られたザクロ酒はシヴィルの好物、今頃は北の城塞都市じょうさいとしへ到着しただろうかと思いをはせた。


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