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消えた神々と黄昏の都
寝物語
しおりを挟むラルフに隠れてバルディリウスとのやり取りを見ていた湊は逆上せてしまった。ソファで休む湊のもとへハチミツ入りのミルクが運ばれる。キンキンに冷やしたのを飲みたいところだがビミョーにぬるい、それでも逆上せた体はまたたく間に吸収してゆく。
「ミナトはこれを飲んで、もう少し丈夫におおきくなれよ」
ラルフは2杯目のミルクを渡した。三十路をこえた男がミルクを飲んでも成長することはなさそうだ。この世界の住人が異常に大きくて丈夫すぎるのだと、湊はひとり言ちた。
体調がもどるころ、バルディリウスのほかにも訪問客がフロアを訪れた。色を落とした太陽の位置はまだ高いけど夕食の準備がはじまった。日の昇る時間から活動してるラルフの夕食は早く、暗くなるまでには終了する。
「お邪魔するよ、今日はご馳走なんでしょ? 」
「ヒギエア、夕食に呼んだつもりはないぞ」
屋敷主人の不服を物ともせず、にこやかな表情の女傑は食卓へ腰をおろした。帝国でヒギエアは有名人らしく、訪問客たちに話しかけられている。
何種類かのワインがならび、新鮮な野菜に燻製玉子のオードブル、ゆでた海老とバターでソテーした白身魚、ワイン酢のソースがかかった蒸し鶏、締めくくりはデザートの果物。交易で食べ物のあつまる港町ならではのメニューを囲んだ。
ラルフは港町を任せている者達へ労いをかねて食事をふる舞う。ツァルニの父バルディリウスとヒギエア、あとは顔も知らない人たち、貴族や軍の関係者のようだ。
デザートのハチミツ林檎を食べおえた湊もサラリーマンスキルを駆使して交流を――――湊は内勤だった。ひたすらパソコンの画面と顔を合わせる日々、パーティーピーポーの対応には慣れていない。そんな湊の背後へ大きな影が近づいた。
「君がツァルニの新しい補佐かね? 」
「は、はいっ。おとうさん! 」
チャコール髭の手練れの紳士が話しかけてきた。名刺は文字が違うため渡せない、緊張して平常心を失った湊の口は勝手に返事をした。理想の上司の父だからお父さん。やらかしてしまいその場で固まったが、手練れの紳士は対応をくずさない。
「お義父さん? 」
「ミナト、ちょっとこっちへ来い」
ニコニコとほほ笑むバルディリウスの前を黄金の残像がかすめる。離れた場所で談笑していたはずのラルフはトンビみたいに湊をかっさらった。
宴もたけなわになり、招待された人々は帰っていく。
夜間は皆休むわけではなく警備や荷車の移動などがおこなわれる。ランプの灯る夜の店もあり、昼夜問わず賑わい住民や兵士はライフスタイルに合わせた生活をおくっている。日が落ちたら真っ暗になって人影も見えない、しかし夜に賑わう通りもある。邸宅の屋上から街をながめると、ぽつりぽつり灯る蛍のような光が幻想的だ。
潮風が吹き、闇に包まれた船着き場から木造船のきしむ音が流れてきた。
「ミナト、冷えたら体調を崩すぞ」
浴槽から上がったラルフに起毛の布を投げ渡された。プラフェ州は快適な気候だ、湿気も少なく濡れた髪を放っておいても乾く。
屋上には岩をくり抜いて作った1人サイズの浴槽が置かれ、ガーデンを満喫しながら入ることができる。沸かしたお湯をためて温まり、使用後の水はガーデンへ撒かれる贅沢でエコなシステム。
夜は暗闇にまぎれるから裸でも周囲を気にせず開放的になれる。蚊帳の掛かるベッドへ行くと、シハナが生成りのチュニックを用意していた。
ほんとうは黒髪に似合う服を織物職人へたのんだけど、出来あがるまで半年はかかるそうだ。発注した服の値段が気になり、湊はゴクリとノドをならした。贈り物をして後から徴収する詐欺ではないかと想像がよぎる。
湊の心配をよそに黄金の狼は尻尾をブンブンふる残像を見せた。
チュニックに袖を通した湊は違和感を感じた。
「んん? これちょっと短くない? 」
臀部をおおったチュニックは太ももが出るきわどい長さ、動けば木綿のパンツが見えてしまう。普段大きめのチュニックを着ているせいか余計に短く感じる。ラルフはまじめな顔で伝統的な丈のチュニックであると述べた。体をまわせば裾がめくれて尻が見えそう、こちらを見る彼の視線がいつもより釘付けな気がする。
おっさんのチラ見せ太もも需要なんてあるのだろうかと考え、湊は急に恥ずかしくなった。
「ラルフのは膝まであるじゃないか」
「これはデザインがちがう。ミナトは短いの似合うぞ! 」
「俺も長いのがいい! ちょっ、つかむなっ! 」
両手でぐわしと太ももをつかまれた。なぜかラルフは湊の肌質のモチモチさを語っている。湊は足で蹴とばしつつ律儀に気候や湿度のちがいで肌の質感が変わることを説明した。
太ももを解放した彼はちゃっかりベッドへ座り、いちまつの不安を感じて質問する。
「そういや、ラルフの部屋ってどこにあるの……? 」
一瞬目を丸くしたラルフはここが自分の部屋だと笑顔で答えた。
ベッドはひとつ、相ベッドせざるを得ない。2階のゲストルームへ移るべく荷物をまとめ始めると黄金の狼は湊へしがみつく。
「なぜだミナト!? あの時は2人きりの夜を過ごしたではないか!? 」
「ベッドは別だったろ! 誤解をまねく言い方はヤメロって!! 」
荷引き馬になった気分で重いラルフを引きずり部屋を出るまえに力尽きた。放してくれないので結局その部屋へ泊まることになった。
ベッドの幅は広いけど体温が伝わるくらい近い。多少波うつ心臓をおさえ、となりへ横たわれば黄金色にゆらめく瞳が見つめていた。寝物語を要求してきたのでいきなり先進的なのは避け、ラルフの親しみやすい話をきかせる。石ではなく木の柱を使った家、粘土を焼いてつくった瓦の屋根、湊の国の大衆浴場や温泉のこと。
「木窓は閉めると光も風も入らないから、目の粗い障子の内戸がほしいかなぁ。下は細木をならべて風が通るようにして――」
「ショージ? ミナト、ショージとはなんだ!? 」
漆喰と大理石の部屋にはカーテンが似合いそうだけど、木の繊維を組み合わせた紙のほうが安価で作りやすい、飛んでくる虫も防ぎ一石二鳥。ラルフの弾んだ声が聞こえたが明かりを落として表情はみえない、湊は残念に思いつつ障子の説明をした。
かすかな月の光が木窓のすきまへ入りこむ、夜にしずんだ太陽が寝息を立てるまで語りつづける。まるで次の夜も聞きたくなる千夜一夜の物語のように。
寝坊したラルフは大あくびをした後、パンを少量つまみ広場の建物へ出かけた。
遅い朝食がテーブルへならぶ。焼きたてパンとチーズ、オリーブの塩漬けにヨーグルト、厚めのグラスへミルクが注がれる。いささか乳製品が増えたように思われるが食事は美味い。
「ラルフ様の楽しそうなお顔は久しぶりです」
目立たないようスマートに立ち振舞っていたシハナがめずらしく喋った。ほほ笑んだ彼女はハチミツで煮詰めたお手製のリンゴジャムを追加した。
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