精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー

文字の大きさ
上 下
14 / 68
消えた神々と黄昏の都

港町サロネ

しおりを挟む


 なだらかな坂で車輪しゃりんが音を立てた。湊は街道の人々を眺めながら馬車にゆられる。

 いさましいヒギエアが先行し、ラルフと護衛ごえいも馬へのって隊列をくむ。兵士が巡回してるとはいえ暗くなればぞくが出没する。ヴァトレーネから持ってきたタルも荷車にのせられて港町をめざす。

 ブドウが段をつくる畑は港町へ近づくにつれて小麦へ変わった。収穫が終わってたがやされ、小作人が新たな作付けをしている。



「このあたりは見晴らしがいい、山の街道とくらべたら安全なのさ」

 スピードを落としたラルフは馬車へ横づけして声をかけた。

 湊が顔を出せばヴァトレーネの見張り塔から見えていた海はすぐそこ、島と海岸線のあいだを大きな船がゆっくり通過した。

 そびえる石積いしづみの壁にかこまれた町は要塞ようさいのようだ。沿岸の岩をけずって構築こうちくされた囲いは敵の侵入をふせぐ。壁のうえから兵士たちが見下ろす門をくぐり、大通りを進んで中央広場へ到着した。

 円柱に支えられた建物から帝国兵が出てきて整列した。緋色ひいろのマントに黒鉄くろがね甲冑かっちゅをまとう指揮官しきかんが先頭で出迎える。まちがいなく手練てだれにみえる兵士の眼光に湊はおもわず身を低くして隠れた。

 指揮官と握手あくしゅを交わしたラルフが馬車へ戻ってくる。

「ミナト、私は兵舎に用事がある。ヒギエアと屋敷へ行ってくれ」

 馬から降りたラルフは兵舎へむかった。湊もヒギエアの後をついていく、石レンガのマンションみたいな建物が隙間すきまなく並び、港町の人口の多さがわかる。



 ヒギエアが門兵へ話しかけると、鉄柵の扉がひらき屋敷へ通された。客人を迎えるフロアの装飾や調度品はヴァトレーネの邸宅よりずっと豪華ごうかだ。

「あっちは別邸、こっちが彼の本宅になるわね」

 湊が視線をさまよわたらヒギエアは肩を抱いてフロアを案内した。港町サロネは一帯いったい管轄かんかつする軍の本拠地ほんきょちであり、ラルフの本宅はさまざまな要人を迎えいれる。もっともラルフ本人は訪問客の多さに辟易へきえきしてヴァトレーネへ入りびたってるらしい。

 ヴァトレーネも港町も帝国の属州、海の対岸に本国があって海岸線の要所へ帝国軍が配置されている。とくに交易がさかんな港町は軍以外にも各地から人があつまる。



 使用人のシハナが挨拶する。ルリアナとおなじ髪の色だが言葉はすくなく礼儀正しい。ヒギエアはいったん自宅へ帰り、シハナが案内を引きいだ。

「それではミナト様はこちらへ」

 ゲストルームのある2階へ――と思ったら3階へ案内された。屋上の部屋はきらびやかな下の階とは異なり、庭園があって悠々ゆうゆうとしてる。しかし1人で滞在するには広すぎてシハナを呼び止めようとしたが、彼女はすぐにいなくなってしまった。

 ぽつんと残された湊は、しかたなくカバンを下ろす。

 ヴァトレーネの邸宅と比較したら都会的なビルディング、豪勢ごうせいだけど実用性を重視じゅうしした建物だ。
屋上からながめると壁のうえの通路と兵士の駐在する塔が見えた。町の中心を通る主要な道路、路地はクモの巣みたいに張りめぐらされ住居や店がひしめく。船の停泊する港はたくさんのテントが建ち、ひっきりなしに荷車が行き来している。

 湊の世界とくらべて異文化、まるで古い外国の映画を見ているようだ。

「すげ~」

「ここから帝国本土へ船が出てる」

「うわっ、ラルフ!? 」

 頬杖ほおづえをついてつぶやいたら、いつのまにかラルフが真後ろにいてビックリした。帝国へは陸路でも行けるけど、湾を迂回うかいすれば何日もかかり船で移動するほうが早い。

「帝国ってどんなところ? 」

 ここから帝国は見えなくて大きな海が広がっている。

 火を吹く山のふもとにある温泉地、人が豆粒まめつぶにみえる競技場、歌劇かげきをおこなうホールと巨大な入浴施設。地域にもよるが中心部はとにかく人が大勢おおぜいいて娯楽もたくさんある。手をひろげてオーバーに語ったラルフは石積みの柵へ腕をおろした。

「あそこにいる貴族どもは、あるだけの金を自分のために使う事しか考えていない。外側に金箔きんぱくをはって内側は腐りきった国だよ」

 辛辣しんらつな言葉が聞こえ、湊はおもわず顔をあげた。いままで見たこともない彼の表情、うれいと黄昏たそがれに染まった瞳が海の向こうを見ていた。



 湊が無言で見つめていると、笑顔にもどったラルフは湊の手をにぎった。

「せっかくだし、サロネを案内しよう」

 階段をけくだり、大通りをぬけて船つき場へ到着した。停泊した木造船もくぞうせん荷揚にあげをおこない波止場はとばへ木箱やツボが積まれていた。近くの広場でテントを張った商人が取引している。木箱やタル以外に水揚げされた魚の店にはイカやタコもならんでる。

 市場の片すみに発酵臭はっこうしゅうのするタルが置いてあった。茶色いうわずみ液が陶器とうき皿へ注がれる。

「頭と内臓をとったイワシを塩漬けにして発酵させた調味料だ。独特の香りだが料理によく合う」

 商人から渡されたちいさなスプーンを舐めると魚醤ぎょしょうだった。イワシ以外の魚醤もならび、イカの塩辛しおからを思い出してホカホカの白米が食べたくなった。白米はないけど滞在中は新鮮な魚介ぎょかいが食べられそうだ。



 東方や砂漠の商人たちの集まるテントを見つけた。細工物、黒糖やスパイス、胡椒こしょうなどが麻袋へ詰められている。

「ミナトサーン」
「あっ、ナディム!! 」

 行商人のナディムは移動して港町まで来ていた。市場の大きさに驚いたというナディムは質がよく安い店を教えてくれた。ツァルニから買いだしを頼まれた湊は教えてもらった店をメモする。

「――――ミナト、知りあいか? 」

 ナディムと別れた後、ラルフが背中へぴったり貼りついた。しばらくそのまま移動したけど、答えるまで背中へくっつく気だ。体温も高く暑苦あつくるしい、ヴァトレーネで会った行商人だと説明してラルフを背中から引きはがした。





 港町の観光は1日では収まらない、太陽もかたむきラルフの屋敷へもどった。

「はぁ~気持ちいい」

 湊は浴槽よくそうのふちへ腕をかさねアゴをのせた。オイルマッサージされて砂埃すなぼこりいその匂いを落として入る風呂は格別かくべつだ。ヴァトレーネ邸の風呂よりやや高温で浴室へ湯気がこもる。

でられたタコみたいになってるぞ」

 坪庭つぼにわの石像を眺めていたら背後からラルフがおおいかぶさり、市場の時みたいに背中へ貼り付かれた。オイルマッサージでスベスベした肌の感触がする。

「……ラルフ、近い」

 ゼロ距離に抗議したら彼は笑った。上をむくと黄金色の瞳がのぞきこみ湊の心臓は跳ねた。大きな手で顔をはさまれ見つめあう。

 ふいにせきばらいが聞こえ、あわててラルフを押し返した。咳ばらいの方向へ視線をやればチャコール色のひげ貫禄かんろくあるオジサンが浴槽へかっている。

「だれっ? 」

 おもわず声に出ていた。



 おさらいするとラルフは風呂へ入るまえに隣の建物へおもむいた。運動がてら古式こしきの武術で汗をながし、対戦相手といっしょに自宅の風呂へ戻ってきたようだ。

 まじまじと見返せば、広場で出迎えた眼光のするどい指揮官だった。

「ツァルニの親父さんだよ」
「ええええ!? 」

 衝撃の事実、チャコール髭のオジサンはツァルニの父だった。港町に駐留ちゅうりゅうする軍の指揮官で、帝国の属州になる前はこの地をおさめていた部族の血筋だという。

「黒き狼の父、狼たちをひきい山岳においては敵なし、だったなバルディ」

「はっはっは、おたわむれをおっしゃいますなラルフ様。いまは帝国の兵士、バルディリウスでございます」

 ツァルニの時とちがってハラハラしたけど関係は良好な様子だ。数多あまたの傷痕を持つバルディリウスは目元をゆるめて豪快に笑った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

処理中です...