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黄金の瞳をもつ狼
プロローグ「平行する未来のあなたへ」
しおりを挟む日が昇り異国情緒あふれる商店街は活気づく。石レンガの建物は白い漆喰で化粧され、軒先へ日よけテントが掛かる。にぎわう路地を観光客の流れにそって歩けば、色鮮やかでオリエンタルな模様の品々がならぶ。その町の中心に絵の具を混ぜたような青く美しい川が流れていた。
金属をたたく小気味よい音を聞いた湊は店をのぞいた。
「お兄さん、ボクの銅細工ステキでしょ? 銀もあるよ、お土産にどう? 」
黄金色の石がはめこまれた細工物のアクセサリーを眺めていたら、灰色のヒゲを生やした恰幅のいい店主が話しかけてきた。その姿になつかしい友人を思い出して顔がほころぶ。
「この腕輪、いくらですか? 」
「おやまあ、この国の言葉が話せるなんてめずらしい。それは琥珀だねぇ。大昔にあった太陽の色にかがやく石を模したアクセサリーだよ」
覚えたての言葉で店主と話しこむ。街について色々聞いていると、帰りに店の奥から持ってきた物を渡された。買った腕輪と同じく槌で細かな紋様を浮き彫りにした銀のメダルだった。
「昔から伝わるお守りね。道標とも云われてるから、旅人の君にあげるよ! 」
手をふって店を後にして、人の多いバザールから静かな場所へ移動する。砲弾で破壊された建物も残っていて、街が平和になったのはつい最近なのだと実感する。カフェでコーヒーを飲み、ケバブの羊肉を味わう。2階のカフェテラスから街を見下ろせば、町の中心を悠久の川がゆったりと流れている。
「ミナト、うまそうなの俺にもくれよ! それより、さっきの店主とよく話せたよなぁ」
テーブルへ手が出てきたので、パンをちぎって肉をのせた。美味しかったらしくもっと要求してきたけど、人間の食物に慣れたら向こうへ帰れなくなるかもと脅せば腕は現れなくなった。
「さっきのってどういう意味? 」
「コーヒーくれたら答えてやる」
拗ねた声が聞こえた。しかたなく銅器のミルク入れにコーヒーをそそいで置いたら、にゅっと白い髭のオッサンが出てきた。しかしオッサンの背は30センチにも満たない。全身をおおう髭の下から腕が伸びてコーヒーをすすり、頭についた木の葉が陽気にゆれた。
細工物を売っていた店主の瞳は左右非対称だった。左目は茶色で右目はカンラン石のように淡い黄緑色、気になったのはそのくらいだ。
「ちょうちょう超絶、怖いってことDEATH! 俺みたいなの、はるの夜の、ゆめのごとしぃ~」
どこで覚えたのか、オッサンは駅の路地裏で鍛えたという下手なラップを披露する。頭の葉っぱがカッコよく湊を指した。
「あぁんな物騒な目と強いオーラ、こっちじゃ神様って呼ばれる部類だぜ~。オマエ耐性ありすぎなんだよ~。あ、にぶいだけ~? 」
デリカシーのない発言にケバブのパンを握りしめると、オッサンは視界から消えた。この妖怪か精霊なのか分からない生き物は、湊の身に起こった奇妙な出来事が元でいっしょに旅をすることになった。
握りしめて硬くなったパンを食べたら、変な観光客に気をつかった店員がコーヒーのおかわりを勧めてくれた。
「お前のせいで恥かいたろ! 」
「俺のせいにすんなよ~、相棒ぉ~」
運転しているとオッサンが肩でクルクル回り、ヒゲが当たって鬱陶しい。観光地から車で30分も走ればのどかな丘陵地帯が広がっていた。ふもとの農村へ車を停め、簡素な石造りの家を横目に通りすぎる。
近代化した都市とはかけ離れた風景、草原の丘がどこまでも起伏する。遠くに青い川の町があり、田園地帯が続いてその先に海が広がっていた。
見晴らしのよい景色に感嘆した湊は、頂きをめざして坂道をのぼる。強風がジャケットをはためかせ、襟元までジッパーを閉めた。緑に埋めつくされた古い墓碑が、長年の風雨により浸食され岩へ還ろうとしていた。
初めて訪れた場所なのに郷愁にかられる。古代の墓は人の姿やブドウの蔦、車輪のような紋様が象られている。近年の戦闘で空いた穴をたどり、指先がひとつのモチーフへ触れた。
崩れかけたそれが狼だと、湊は理解していた。
午後の日差しが傾き地平線は朱に色づいた。風で乱れた髪をかきあげると月が見える。
「おお~い! 1人でフラフラ歩いてったと思ったら、こんなトコにいたのかよ~」
草をふみ分ける音がして、薄闇の中からぼんやり光る顔が現れた。湊を見つけて安心したオッサンは踵を返し、すこし歩いてまた振り向く。
「その辺のヤツに聞いたけど、昔は森が広がってキレイだったってさ。人間が争って燃やして踏み潰しちまったから、今は若い草木しかいないって、なんでそんなに争いが好きかねぇ~。ま、向こうのやつらも大概だけどな~」
理解しがたいとオッサンは肩をすくめた。見晴らしのよい草原の下は、夜に染まった黒い土が敷き詰められている。立ち止まった湊は色を落としゆく草原を見つめた。
「そういや、見つけたから俺は行くぜ。オマエはどうすんだよ? 」
オッサンはスキップして、ぴょこぴょこと丘を下る。ふたたび宙を見上げたら、降ってきそうな星空が遙か彼方まで続いていた。
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