いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗 ~穂波編~

後日談

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「丸メガネの教授きょうじゅみたいヤツ、一体なんだったんだ? 」

「教授みたいなの、じゃなくて教授だよ」

 富岡とみおかはウンザリした顔で口をひらいた。先日まで滞在していた間崎まさきについて話している。木札きふだを書いた人に会わせてほしいとたのまれ、穂波ほなみは2人を引き合わせた。富岡のほうは張り付かれて教授と行動を共にしていた。

「山で急に奇声きせいをあげて呪文みたいなのとなえるわ、木札を書かせるわ……何しに来たんだ? アイツ」

「アイツじゃなくて教授! まあ海斗かいとくんも無事見つかって良かったね」

「よくねぇ、ユキの写真もたくさんりやがったんだぞ! 」

 さすがの熊男も興味津々きょうみしんしんなうえに押しの強い教授にはたじろいだようだ。



 都内の大学から来たという間崎教授が、穂波の宿やどへ姿を現したのは数日前。海斗が行方不明ゆくえふめいになったと知らされ、村人や富岡と犬たちを連れて目ぼしい山中を捜索そうさくした。

やわらかいコケの生えた場所で見つけた海斗は、すっぱだかたおれていた。彼の身に起こった出来事は容易よういに想像できる。宿へ連れ帰り、かいがいしく世話をしていたら1日ほどで正気をとり戻した。勿論もちろんそのあいだ、間崎と富岡は部屋から閉め出した。

われに返った海斗は赤面してうろたえていたが、間崎が悪縁斬あくえんぎりというをおまじないを行なった。その手のことにうとい穂波には理解できなかったけれど、2人とも安堵した顔をしていたので良しとしよう。

教授は富岡に作成させた木札を3つ持ち帰った。

保存用、陳列ちんれつ用などと聞こえたのは、黙っていようと固くちかう穂波であった。



 別れぎわ、穂波は白石家を訪れたことを海斗へ伝えた。

美鶴みつるの話を聞いて、最新治療をおこなっている病院へ入院させるよう説きふせた。夫に対して遠慮えんりょがちだった妻も説得へ加わり、当の父親はすこし驚いた顔で了承した。薄情はくじょうと言ってしまえばそれまでだが、息子の事まで気がまわっていなかったのだろう。

「そっか……元気になったらいいな。ありがと、穂波さん!! 」
 海斗は屈託くったくのない笑顔で礼をべ、また来ると言い残し丸メガネ教授の背中を追った。

「ははは。戻って来たらダメだって、本当に分かってるのかなぁ」 
「お前には言われたくないだろ」
 めったに見送りにこない富岡が車の助手席でつぶやく。ふてくされたら、熊男は運転席へ移動して助手席のシートを叩いて呼ぶ。

「ほぅら、おっさんがふくれてても、可愛さは俺にしか伝わらないぞ」
つよしには伝わるんだ……」

 機嫌きげんをなおした穂波は助手席へ乗りこみ、富岡の肩へもたれかかった。

「……今日、家に泊まっていい? 」

 みつ独特どくとくな甘ったるい匂いがする。穂波もあてられたように鼻腔びくうの奥がしびれて頭がクラクラする。そっと頭をあずけて視線を向ければ、隣の男は真顔まがおでうなずいた。



***************

『ホナミ! おかげで楽しく過ごせたよ! 自然が多くていい所だ、来年は妻を連れて来るね』
『ええ、ジェイコブさん。お待ちしてます! 』
 駅前へ停車すると、海外から来た客は大きなスーツケースを引いてエスカレーターを昇っていく。



 クライミング用品を扱っていた関係で、多少の英語は出来る。彼らは穂波の宿近くでタクシーから降り、大きなスーツケースを引きながら何かをさがしている様子だった。

『なにかお探しですか? 』
『ああ助かるよ! この写真の家を探してるんだ! 』

 ハガキの差し出し人に「Minoru Momoi」としるされていた。おどろいたことに彼らは桃井ももいの息子と孫だった。毎年届いていた手紙やクリスマスカードが届かなくなって、手紙の住所をたよりに訪問したという。背も高くガッシリした体躯たいくで桃井とはかけ離れていたが、柔らかそうな微笑みを浮かべるところは少し似ていた。

桃井のことを伝えると、はかまで案内して欲しいというので連れて行く。彼が老衰ろうすいで亡くなって、そろそろ1年つ。

『母が死んでから、父が国を出ていくと言ってケンカになったんだ。でも手紙はくれてね、とても楽しそうに過ごしていることが伝わってきた。ホナミ! 最後の手紙には君のことも書いてたな! ……父が元気なうちに来れば良かったよ』

 後悔こうかいねんを吐きだし、父の最後を知って安心したジェイコブは宿へ1泊して、村での桃井の生活ぶりを聞き帰っていった。



 日をあらためておまいりへ行けば、巴那河はながが墓の前で手を合わせていた。昨日そなえた物に新しい花が加えられ、はなやかに彩られてる。かがんで線香せんこうを立てた穂波も手を合わせた。

「新しい豆を入荷したのですが、お飲みになりますか? 」
 穂波から巴那河へこのように声をかけるのはめずらしい。桃井の墓の手前、センチメンタルな気分になったのかもしれない。

「君がれるコーヒーは桃井の次に美味しい、ありがたく頂きましょう」
 巴那河は目じりにシワをたくさん寄せて笑顔を浮かべた。





 今年も天狗祭りの季節がやってくる。




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