いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗 ~穂波編~

エピローグ

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穂波ほなみさ~ん! 」
大吾だいごくん、また野菜持ってきてくれたのかい? ありがとう」
「へへへ、しばさんの爺ちゃんからせしめて来たっすよ! 」

 自転車を停めた大吾は、間引まびいた青菜やスナップエンドウ、伸びざかりのアスパラガスを降ろして改築かいちくの終わったキッチンへ運んだ。

「WouTubeでやってた『やべーけ野菜』作るんで、味見あじみよろしく! 」

 大吾は動画の料理チャンネルにハマっていて、れたての野菜で作りこうして試食させる。前は新鮮な卵を半熟にしてひたすら漬けていた。

「4月には大学、始まるんだろ? 」
「キッチンせまいからゆううつ。あ~あ、穂波さんが村へ来るの分かってたら、俺もこっちへ残ったのになぁ」

 大吾らしいなげきに苦笑した穂波はエールを送る。彼は県外の大学を受験して村を出ていくことになった。父親には反対されたけれど、出戻でもどったというあねが説得したそうだ。

「君におねえさんがいたってのがおどろきだよ」
けんが強い女っすよ! イケメンが好物だから、穂波さんも気をつけて下さいね! 」



 古民家こみんか建材けんざいを生かし、内装はエボニー色でシンプルで落ちついた雰囲気に仕上しあがった。瓦屋根かわらやねを残して、外装は一新いっしんした古民家風のログハウスだ。出来たばかりだが近辺の人もおとずれ、いこいの場になりつつある。

「風呂りるぜ、おだいは受付に置いてる」
「ちょっと富岡とみおか! 宿へ入る時は受付の呼びりんならしてって言っただろ! 」
「使い心地はどうだ? 」
「このキッチン高さもちょうどいいし、動線どうせんもいいよ」

 富岡の猟仲間が町で工務店をいとなんでいるので紹介してもらった。狩猟しゅりょう期間外きかんがいはそこで働いているらしく、改築中も出入りしていた。途中経過とちゅうけいかを見に来た時は、穂波の高さに合わせたキッチン台を取り付けているところだった。
おかげで安心して任せられて、富岡の器用きような特技まで発見した。今は日曜大工でベッドを作ってもらっている。

穂波がふり向いたら、熊男はさっさと脱衣所へ姿を消した。

「ほ、ほ、穂波さんっ、あれって谷の奥に住んでる熊よりこわい熊男くまおとこですよねっ。なんでそんな人がここへ!? 」

「ははは、大丈夫だよ……食べられたりしないって……」
「おまわりさんに巡回じゅんかいしてもらうよう言ってくるっす! 」

 両目頭めがしらを指で押さえた穂波はうなだれた。まずは村人の間で都市伝説と化した富岡に対する認識にんしきを変えなければならない。ずいっと身を乗りだした大吾をとどめ、納得なっとくさせてから帰した。



 風呂あがりの富岡がダイニングへ腰を下ろす。風呂場はこぢんまりした大きさでサウナを取り付けたばかり、湯は裏の井戸水いどみずを引いてる。

 注文されたコーヒーを持っていくと、富岡はダイニングを見まわした。プレオープン中で1階の施設を開放して様子を見ている。宿泊客を入れる前にも、まねいた人たちに泊まってもらい意見を聞く予定だ。

メシ喫茶きっさでもやっていけそうだな」

 穂波は出来るだけ地産の食材を使った料理を考えた。さっきのように大吾が来て新しいメニューを提案していく、地元の料理は大吾の祖母そぼならった。
少々オーソドックスなコーヒーメーカーをゆずってもらい、きびしい桃井ももいのレクチャーも受けている最中だ。

「ははは、今は助けられてばかりだけど、皆がホッとして喜んでくれる物を出せたらいいなぁ」

 周辺に店がないため、近辺の人たちも物珍ものめずしさでやってくる。軒先のきさき日陰ひかげへ木製のベンチを設置したら、畑仕事を終えた人や散歩する人がひと息つく場所になった。
時々れた野菜を置いていく村人たちがいた。ことわったけれど、ベンチ代だと言って置かれる。季節になれば山菜やらきのこがカゴへ追加された。

富岡へ相談すると大仰おおぎょうに肩をすくめた。

「そりゃ、みつぎぎ物だろうよ。気をつけろ、お前はジジィキラーだ。家にさそわれても付いて行くんじゃないぞ」

「えっ? なに言って――」

「ジジィはお前みたいにやさしく気遣きづかいができて、話を聞いてくれる奴が大好きなんだぞ。そこにエロさが加わったらなおさらだ」

 思いがけない答えに気恥きはずかしくなって、穂波は耳元まで赤くなった。むずかしい顔をした富岡が周囲へにらみをきかせる。

「どうしよう……ちょっとワイルドにひげを伸ばしてみようかな? 」
「ま、頑張がんばれ。社長が来週には看板かんばんできるって言ってたぞ」
「ほんとう!? うれしい! 」

 穂波が笑うと、まんざらでもない表情の熊男はコーヒーを飲み干した。



***************

「穂波ちゃん、言ってた野菜持ってきたわよ~」
「アケミさん、ありがとう! いい出来ですね」

 地産の野菜とは別にたのんでいたチコリが運ばれてきた。大吾の姉であるアケミは農家をいで、宿へ野菜をおろしてくれる様になった。旅行客には地産の野菜を味わってもらうためにサラダメニューも増やした。

キャベツも順調よ、何にするの? サラダ? 」
「イノシシ肉のかたい部位を赤ワインへ漬けて、シチューにしてみようと思ってね」
「なにそれ、美味しそう! 作ったら呼んで! 」

 弟の大吾がいなくなって、アケミは料理に飢えているそうだ。



「アケミ、また来てたのか」
「あらやだ、威嚇いかくしにきたの?」

 おもてへワゴンが停まって富岡が降りてきた。キッチンペーパーに包んでジップロックへ入れた肉を保冷箱から取りだす。

穂波は受け取ると冷蔵庫へ入れ、すぐに使用しない肉は手早く真空しんくうパックへめて冷凍した。解体している所を見たことがあるけど、肉が硬くならないよう処理のしかたもコツがあってむずかしい。

「それにしてもアンタ、こんなにマメだったかしら? 」
「うるせえ」
 2人は昔からの知り合いで、目を爛々らんらんかがやかせたアケミが富岡をからかっている。微笑ほほえんだ穂波は受付の奥から上着を取りだして羽織はおった。

「富岡、僕は宿のお客さん迎えに行くから、ユーリと五郎ごろうの様子見ててくれる? 」

 生まれた時はヌイグルミのようにフワフワもちもちしていたユキの子供達、今は太い足で元気に走り回っている。

「むふぅー、穂波ちゃんもたくましくなったわねぇ。アタシもいっしょに見てるし大丈夫よ! 」
「穂波っ、俺をアケミと2人きりにするなっ」
 富岡の悲痛ひつうな叫びを聞きながし、ミニバンを発進させた。



 駅のロータリーに停車して待っていると、スーツケースを引いた人々が階段を下りてくる。

「穂波ぃ~、思ったより元気そうだな~」

 西にしが走ってきて、後ろから見知った顔がつづく。前の会社の社員をふくむ社会人で登山活動をしている面々めんめんだ。今回は鼻高山はなたかやまより向こう側にある連山れんざんを穂波がガイドして山登りする。

「ブレット部長もお久しぶりです」
外岩ソトイワ、久しぶりだからえるわ! 」
「楽しみにしていてください。明日登る山の頂上がクラッグになっていて――、さきに宿へ向かいましょうか」

 クライマーの部長と思わず話しこみそうになるのを止め、穂波は荷物を車へ積んだ。

「俺、助手席じょしゅせきがいいな! 」
 すでに助手席へ乗りこんだ西は、満面の笑みを浮かべている。

天気予報は明日もれ、かすみがかった山々の向こうにあわい青空が広がっていた。





―――――――――――――――

お読み頂きありがとうございます~

熊男の威嚇いかくもアケミには効きません。
次回は海斗の時間軸に戻って、ちょっとした後日談です。
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