50 / 53
いやらし天狗 ~穂波編~
エピローグ
しおりを挟む「穂波さ~ん! 」
「大吾くん、また野菜持ってきてくれたのかい? ありがとう」
「へへへ、芝さん家の爺ちゃんからせしめて来たっすよ! 」
自転車を停めた大吾は、間引いた青菜やスナップエンドウ、伸びざかりのアスパラガスを降ろして改築の終わったキッチンへ運んだ。
「WouTubeでやってた『やべー漬け野菜』作るんで、味見よろしく! 」
大吾は動画の料理チャンネルにハマっていて、穫れたての野菜で作りこうして試食させる。前は新鮮な卵を半熟にしてひたすら漬けていた。
「4月には大学、始まるんだろ? 」
「キッチンせまいから憂うつ。あ~あ、穂波さんが村へ来るの分かってたら、俺もこっちへ残ったのになぁ」
大吾らしいなげきに苦笑した穂波はエールを送る。彼は県外の大学を受験して村を出ていくことになった。父親には反対されたけれど、出戻ったという姉が説得したそうだ。
「君にお姉さんがいたってのが驚きだよ」
「負けん気が強い女っすよ! イケメンが好物だから、穂波さんも気をつけて下さいね! 」
古民家の建材を生かし、内装はエボニー色でシンプルで落ちついた雰囲気に仕上がった。瓦屋根を残して、外装は一新した古民家風のログハウスだ。出来たばかりだが近辺の人も訪れ、憩いの場になりつつある。
「風呂借りるぜ、お代は受付に置いてる」
「ちょっと富岡! 宿へ入る時は受付の呼び鈴ならしてって言っただろ! 」
「使い心地はどうだ? 」
「このキッチン高さもちょうどいいし、動線もいいよ」
富岡の猟仲間が町で工務店を営んでいるので紹介してもらった。狩猟期間外はそこで働いているらしく、改築中も出入りしていた。途中経過を見に来た時は、穂波の高さに合わせたキッチン台を取り付けているところだった。
おかげで安心して任せられて、富岡の器用な特技まで発見した。今は日曜大工でベッドを作って貰っている。
穂波がふり向いたら、熊男はさっさと脱衣所へ姿を消した。
「ほ、ほ、穂波さんっ、あれって谷の奥に住んでる熊よりこわい熊男ですよねっ。なんでそんな人がここへ!? 」
「ははは、大丈夫だよ……食べられたりしないって……」
「お巡りさんに巡回してもらうよう言ってくるっす! 」
両目頭を指で押さえた穂波はうなだれた。まずは村人の間で都市伝説と化した富岡に対する認識を変えなければならない。ずいっと身を乗りだした大吾を止め、納得させてから帰した。
風呂あがりの富岡がダイニングへ腰を下ろす。風呂場はこぢんまりした大きさでサウナを取り付けたばかり、湯は裏の井戸水を引いてる。
注文されたコーヒーを持っていくと、富岡はダイニングを見まわした。プレオープン中で1階の施設を開放して様子を見ている。宿泊客を入れる前にも、招いた人たちに泊まってもらい意見を聞く予定だ。
「飯と喫茶でもやっていけそうだな」
穂波は出来るだけ地産の食材を使った料理を考えた。さっきのように大吾が来て新しいメニューを提案していく、地元の料理は大吾の祖母に習った。
少々オーソドックスなコーヒーメーカーを譲ってもらい、厳しい桃井のレクチャーも受けている最中だ。
「ははは、今は助けられてばかりだけど、皆がホッとして喜んでくれる物を出せたらいいなぁ」
周辺に店がないため、近辺の人たちも物珍しさでやってくる。軒先の日陰へ木製のベンチを設置したら、畑仕事を終えた人や散歩する人がひと息つく場所になった。
時々穫れた野菜を置いていく村人たちがいた。断ったけれど、ベンチ代だと言って置かれる。季節になれば山菜やら茸がカゴへ追加された。
富岡へ相談すると大仰に肩をすくめた。
「そりゃ、貢ぎ物だろうよ。気をつけろ、お前はジジィキラーだ。家に誘われても付いて行くんじゃないぞ」
「えっ? なに言って――」
「ジジィはお前みたいにやさしく気遣いができて、話を聞いてくれる奴が大好きなんだぞ。そこにエロさが加わったらなおさらだ」
思いがけない答えに気恥ずかしくなって、穂波は耳元まで赤くなった。むずかしい顔をした富岡が周囲へにらみをきかせる。
「どうしよう……ちょっとワイルドにひげを伸ばしてみようかな? 」
「ま、頑張れ。社長が来週には看板できるって言ってたぞ」
「ほんとう!? うれしい! 」
穂波が笑うと、まんざらでもない表情の熊男はコーヒーを飲み干した。
***************
「穂波ちゃん、言ってた野菜持ってきたわよ~」
「アケミさん、ありがとう! いい出来ですね」
地産の野菜とは別に頼んでいたチコリが運ばれてきた。大吾の姉であるアケミは農家を継いで、宿へ野菜を卸してくれる様になった。旅行客には地産の野菜を味わって貰うためにサラダメニューも増やした。
「芽キャベツも順調よ、何にするの? サラダ? 」
「イノシシ肉のかたい部位を赤ワインへ漬けて、シチューにしてみようと思ってね」
「なにそれ、美味しそう! 作ったら呼んで! 」
弟の大吾がいなくなって、アケミは料理に飢えているそうだ。
「アケミ、また来てたのか」
「あらやだ、威嚇しにきたの?」
表へワゴンが停まって富岡が降りてきた。キッチンペーパーに包んでジップロックへ入れた肉を保冷箱から取りだす。
穂波は受け取ると冷蔵庫へ入れ、すぐに使用しない肉は手早く真空パックへ詰めて冷凍した。解体している所を見たことがあるけど、肉が硬くならないよう処理のしかたもコツがあって難しい。
「それにしてもアンタ、こんなにマメだったかしら? 」
「うるせえ」
2人は昔からの知り合いで、目を爛々と輝かせたアケミが富岡をからかっている。微笑んだ穂波は受付の奥から上着を取りだして羽織った。
「富岡、僕は宿のお客さん迎えに行くから、ユーリと五郎の様子見ててくれる? 」
生まれた時はヌイグルミのようにフワフワもちもちしていたユキの子供達、今は太い足で元気に走り回っている。
「むふぅー、穂波ちゃんも逞しくなったわねぇ。アタシもいっしょに見てるし大丈夫よ! 」
「穂波っ、俺をアケミと2人きりにするなっ」
富岡の悲痛な叫びを聞きながし、ミニバンを発進させた。
駅のロータリーに停車して待っていると、スーツケースを引いた人々が階段を下りてくる。
「穂波ぃ~、思ったより元気そうだな~」
西が走ってきて、後ろから見知った顔がつづく。前の会社の社員をふくむ社会人で登山活動をしている面々だ。今回は鼻高山より向こう側にある連山を穂波がガイドして山登りする。
「ブレット部長もお久しぶりです」
「外岩、久しぶりだから燃えるわ! 」
「楽しみにしていてください。明日登る山の頂上がクラッグになっていて――、さきに宿へ向かいましょうか」
クライマーの部長と思わず話しこみそうになるのを止め、穂波は荷物を車へ積んだ。
「俺、助手席がいいな! 」
すでに助手席へ乗りこんだ西は、満面の笑みを浮かべている。
天気予報は明日も晴れ、霞がかった山々の向こうに淡い青空が広がっていた。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます~
熊男の威嚇もアケミには効きません。
次回は海斗の時間軸に戻って、ちょっとした後日談です。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
ペイン・リリーフ
こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。
優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。
記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。
★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*)
★素敵な表紙は らテて様✧︎*。
☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
かいせん(line)
たくひあい
BL
「特異能力科」では超感覚的知覚や異能を元に、非科学的な未解決事件などを密かに調査を行っている。 サイコメトラー(心が読める)界瀬絹良と予知能力を持つ藍鶴色は、そこでのパートナーでもあり恋人だったが…
『能力を使うことは心を使うこと』
居場所の無い人たちが紡ぐちょっと切ないBL。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる