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いやらし天狗 ~穂波編~
三度目の再会
しおりを挟む桃井を鼻高神社まで送り、車を発進させた穂波は教えてもらったルートへ向かう。肌寒い日が増え、木々の葉は色を変えて地面へ舞いおちる。山林道をはしり悪路を越えると、見覚えのある鉄柵が見えた。西日が影をつくり、敷地の奥で犬が吠えている。
呼び出しブザーを押して待つこと数分、反応はない。
再度押してみたが、誰もいないようだ。桃井は居るはずだと言っていたけど、連絡の手段がなかったので出掛けたのかもしれない。すぐ帰る気にもなれなくて、鉄柵の下でうずくまった。
(桃井さんは朗報があるって……何だったんだろう? )
直接自分の目で確かめた方がいいと言われたが、不在では確認しようもない。いちおう宿は町のビジネスホテルに目星をつけている。しかし淡い期待を抱いて予約はしていなかった。
(今日は帰って来ないかも……明日、昼には立たなきゃいけないし……会っても喜ばれなかったら? )
1人で座っていると考えなくてもいい事まで頭を過る。情けなくなってウジウジしている内に空は暮色へ変化した。
「おい」
「はぁ……」
「おい、穂波」
幻聴まで聞こえてきた。溜息を吐いて見上げれば、瞬きはじめた星をさえぎって熊男が見下ろしている。ポカンと口を開けてると再び名を呼ばれた。
「そこにいたら、柵が開けられねぇ」
「は、はい」
立ち上がった穂波は、慌てて横へ移動した。富岡は錠前を外し鎖を解いている。
(第一声がソレって……やっぱり歓迎されてないのかな? )
鉄柵を開けて中へ入った熊男はふり向いた。
「閉めるから早く入れ」
「えっ? はい」
熊男に付いていくと柵のなかに見覚えのある犬がいた。黒まだらの秋田犬がシッポを振っている。
「トラッ! 」
久しぶりの再会だった。桃井から退院後の状態は聞いていたけど、こうして自分の目で確かめると安心する。低く吠えたトラは、すっかり痩せていてひょこひょこと寄ってくる。
トラは柵の近くへ立ち、かるく尻尾をふった。前は近寄りがたい雰囲気だったが、手を伸ばすと大人しく触れさせてくれる。
「後遺症が残っちまったから、猟には出られねえ」
「そんな……」
「そう悲しむ事もない、ユキ! 」
富岡が声をかければ、犬舎の中から真っ白い犬が出てきた。こちらも身が重そうに歩き、親しげに鼻を鳴らしながら穂波の手を舐めた。
「もしかして……」
「トラの子だ。妊娠してる」
目がまんまるになった穂波を残して、富岡は犬のごはんを用意するため家へ入った。
犬にごはんをあげている間、居間で待っているよう言われて穂波はぽつんと座っていた。最初に来た頃みたいにソワソワ落ちつかない。
戻ってきた富岡がテーブルのななめ横へ腰を下ろした。
「……」
「…………」
友人と久しぶりに会ったような楽しい会話が交わされることもなく、静寂の空間へアナログ時計の音がひびく。
(えっと、何て言ったら……久しぶり? いや違うな……)
穂波が言葉を探していたら富岡が立ちあがった。
「メシ、食べたか? 」
「ま、まだ食べてない」
穂波も立ちあがり台所へ向かった。食卓を2人で囲んでお腹がふくれたところで、富岡が紙袋から小さい箱を取りだす。興味ぶかく見ていると、中からスマートフォンが出てきた。
「それって……」
「お前が来ると聞いて、新しい電話に変えてきた。すぐ終わると思ってたんだが、時間がかかって夜になっちまった」
前時代の衛星電話しか持っていなかった男には、ハードルが高かったようだ。眼窩が落ちくぼんだ熊男はため息を吐いた。
「……番号登録するか? 」
「うん! あとメールとチャットアプリも」
「ああ!? 何だそれ? 」
結局、富岡の横につきっきりでスマートフォンの使い方を教えた。時計を見ると11時を過ぎていた。
「明日、帰るのか? 」
新しい機種の画面を触っていたら静かな声が降ってきた。いつの間にか距離が近くなり、ときどき腕ごしに体温が伝わる。
「明日は用事があるし……。剛……実はこっちへ引っ越そうと思ってる……」
伝えたかったけど伝えられなかった言葉。富岡に拒否されたら、このまま移住計画を進められるだろうかと、うつむいた穂波は画面から目を離せなくなる。
「町に知り合いがいてっ、そこで働いて……家はどうしようかなぁ」
隣の男が黙ったので冗談めかして笑った。心の内では拒まれて傷つくことを恐れていた。
大きな手のひらが穂波の腰を引き寄せる。大きなクマに両手で抱かれているようでとても温い。
「この家を整理して建て直せば、お前の部屋くらい――」
「桃井さんの家を改築して、そこへ住もうと――」
同時に口を開いて視線を合わせた。
「なんだと!? 」
熊男の頭の中は同棲で話が進んでいたらしい。目がまんまるになった後、可笑しくなって笑った穂波はもたれ掛かった。いっしょに住むのもいいけど、頼りきりではなく穂波自身も自立して役に立つ生活をしたかった。
どうやら思っている以上に歓迎されていた様子で、富岡は残念そうにうなだれた。安心して全身を預けても、巌のような筋肉におおわれた体はビクともしない。
「……もう1つベッド欲しいかも」
「別のトコ住むんだろ? 」
「だって泊まりに来た時、剛の布団だと匂いが……」
「匂い!? 匂うのか!? 」
うろたえた富岡は自分で匂いを嗅いでいる。まさか彼の匂いで発情しそうになるとも言えない穂波は、耳元まで真っ赤にして挙動不審におちいった。
先にシャワーを浴びて白いシーツへ横たわっていると、ピカピカの富岡が風呂から出てきた。手には折り畳んだ毛布を持っていてこっちへ放り投げる。
「新しい毛布はこれしかない、我慢しろ」
さっき言った事を気にしているのだろうか、となり部屋のソファーへ行こうとした男の腕をつかみ、いつもの穂波とは思えないほど強引にベッドへ引っ張りこんだ。
「おい」
「こっちの方があったかい」
仰向けに寝転がった富岡の上にのり、シャツを着ていない上半身へ触れた。腕は傷痕がたくさんあるのに、背中や胸元は荒削りでなめらかな肌だ。撃たれて負傷した肩は引きつった痕になっている。
穂波が指を這わせていたら、富岡がその手を握る。
「誘ってるのか? 」
「…………うん」
上半身を起こした富岡が覆い被さった。熱い掌が腰から太ももへつたい、情欲の衝動が湧きあがる。身体を重ね合わせると官能的な夜がやってくる。
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